五本目 『アイカツ!』 休日のショッピングモール、キッズゲームコーナーにて
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※この物語は、おそらくフィクションである。
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「ねえ、アイカツのおじちゃん! あと、どれくらいでわたしの番?」
「そうだな……あと十五分ぐらいだろう」
私のスーツの裾をぐいぐいと引っ張りながら嬉しそうに尋ねるその女児に、腕時計に目をやって答えた。私たちとデータカードダス『アイカツ!』筐体との間には、まだ三人の小学生女子が順番待ちをしていた。両隣の筐体にも、それぞれ五~六人の行列ができている。三連休中日の日曜日。駅前の大型ショッピングモールのキッズゲームコーナーがここまで混雑しているとは、正直予想していなかった。
「まだかなぁ~まだかなぁ~」
と、せわしなくその場で足踏みを繰り返しながら自分の番を待っているこの子は、小学校三年生のすみれちゃん。私が彼女とこうして『アイカツ!』に並んでいるのには理由がある。
あれはちょうど一ヶ月前のことだ。
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「よし、じゃあそういうことで! よろしく頼むよ!」
とうに還暦を過ぎた白鬚の社長が、そう言って力強く私の肩を叩いた。
「はい、ありがとうございます」
私は平静を装いながらも、内心ではすっかり興奮していた。なにしろ、久しぶりの大型受注なのだ。毎日しんどくても、たまにこういう事があると仕事は楽しい。
「それでは、私はこれで……」
「こちらこそよろしく……ん? それ、もしかしてインベーダーゲームかね?」
席を立とうとした時、社長の目に留まったのは私のネクタイの柄だった。黒地の上に、たくさんの小さな赤いインベーダーたちが規則的に配置されている。数年前、通販サイトで見かけて思わず衝動買いしたものだ。
「なっつかしいなあ、オイ。昔よう遊んだもんだよ。ということはあれか? 君もゲームやるクチかね?」
「ええ、まあ」
「そうかあ。それは良いことを聞いた。なあ、悪いが一つ頼まれてくれんかね?」
「なんでしょうか?」
あまり良い予感はしなかったが、そう尋ねないわけにもいくまい。
「ワシの孫娘がゲーム好きでな。しょっちゅうジイちゃん相手してくれー言うてせがまれるんだが、ワシはもう最近のゲームはよう分からんのだよ」
「なるほど、それで私が代わりに……」
「さすが。話が早うて助かるわ」
「ちなみに、お孫さんはどんなゲームをされるんですか?」
そう、ひとくちにゲームと言っても様々な種類がある。私のその質問に、社長は腕組みをしながらウーンと唸り、細い記憶の糸を辿っていた。
「なんちゅうてたかなあ……。なんぞ、音楽に合わせてボタンを叩くとかなんとか……」
なるほど、音ゲーか。鍵盤にギターにダンスまで幅広い種類の操作系をカバーするジャンルだけに、迂闊に「得意です」などとは言えないが、その不慣れな操作を徐々に自分のものにしていく過程が楽しく、好きなジャンルではある。
「うーん、名前が思い出せんな……。よし、本人に聞いてみるか。おーい、すみれちゃん! ちょっとジイジのとこにおいで!」
社長の大きな声に呼ばれて奥の部屋から出てきたのは……予想していたよりもずっと小さな女の子だった。私は彼女の手に大切に包まれている数枚のカードを見て、ようやく自分の追い込まれた窮地を理解した。
「すみれちゃん、それ何だったかいな」
「アイカツ!」
元気にそう答えるすみれちゃんとは裏腹に、私の額には玉のような汗が浮かんでいた。正直、この手のキッズ向けゲームはまったくの門外漢である。
「そうそう、あいかつな。この間、親戚の子にだぶったカードを譲ってもらったらしいんだが、これでどうやって遊んだらいいのか分からん言うて困っとったんだよ。キミ、教えてやってくれんかね?」
「しょ……承知しました……。ただ、今は色々と立て込んでおりまして……来月、どこかの日曜日あたりでどうでしょうか……?」
「おお、いいよいいよ。すみれちゃん、このおじちゃんが今度あいかつ教えてくれるって。良かったなあ」
「うん! おじちゃん、ありがとう!」
今の私には、せいぜいひきつった笑顔を返すことしかできなかった。
さあ、これから一ヶ月で『アイカツ!』を勉強せねばならないぞ……。
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それから、私はひたすら『アイカツ!』漬けの生活を送った。たかだか一ヶ月のにわかだが、子供に遊び方を教えるぐらいならなんとかなるだろう……と、思いたい。
気付けば、次は私たちの番。
百円硬貨を手に、背の低い筐体に合わせて置かれた長椅子にすみれちゃんと二人で並んで座った。筐体の脇には「ひとり2プレイまで! 終わったら次のおともだちに交代しよう!」の注意書きが貼られている。さすがの人気ぶりだ。
「じゃあ、すみれちゃん。やってみようか?」
「……やって」
「ん?」
「……おじちゃん、やって」
すみれちゃんは、そう言って三枚のアイカツカードを私に差し出していた。
なるほど、何事においても新しいことに挑戦するのは勇気が要ることだ。
分かる。
それは分かるが。
分かりはするが。
「……やって」
……残念ながら、私はこういう時の子供への対処法を知らなかったので、観念してカードを受け取った。
”アイカツ!”
百円玉を入れると、筐体から飛び出した元気な声が周囲に響いた。音ゲーらしく、なかなかの音量だ。
『アイカツ!』を遊ぶ成人男性のことを(非公式に)「アイカツおじさん」と呼ぶそうだが、さしずめ私は「職業アイカツおじさん」と言ったところか。
そもそも『アイカツ!』とは。
データカードダスと呼ばれるコレクション性のあるカードを読み込ませて遊ぶ、小学生女子をメインターゲットに据えたアーケードゲームである。
一昔前に流行した『甲虫王者ムシキング』や『オシャレ魔女ラブandベリー』を思い浮かべれば理解しやすいが、アーケードゲームを旗艦とした『アイカツ!』の展開は、アニメ・漫画・コンシューマゲームに始まり、玩具に映画にライブにアパレルまで幅広い。
”ボタンを押して、遊びたいモードを選んでね!”
筐体には赤・黄・緑の三つの大きなボタンが用意されており、モードの選択からゲームプレイまで、すべてこれだけを使用して進行する。この敷居の低さも人気の秘密だろうか。緑ボタンの「ひとりであそぶ」を選択する。
”アイカツカードが下から一枚出てくるよ。忘れずに取ってね!”
案内の通り、筐体下部のカード排出口から、ステージ衣装の描かれたデータカードダスが一枚払い出された。
こうして集めた衣装をアイドルに装着させてライブ(音ゲー)に挑戦するのが、このゲームの大まかな流れだ。
このアイカツカードには、直接スコアに影響する「アピールポイント」の他に、キュート・クール・セクシー・ポップの四つの「属性」や、数が少ないほど使いこなすのが難しい「ラッキースター」といった様々なステータスが設定されており、ライブステージの種類やプレイヤーの腕前によって臨機応変にカードの組み合わせを変えていかねばならない。なかなかにカード収集欲をそそる、良くできた仕組みだ。
ちなみに、今回排出されたのはクール属性のボトムス「ジオメトリックスカート」。能力的には平凡な衣装と言える。
続いてはオーディション……つまり、遊ぶモードの選択だ。実在のアイドルとのコラボステージや期間限定のキャンペーンなどがあるが、今回はスタンダードな「メインオーディション」をチョイスし、遊ぶ曲を選ぶ。
「あ、これ! すみれ、これ知ってる!」
すみれちゃんが、筐体から流れてきた曲の一つに反応した。
「『ダイヤモンドハッピー』か……」
アニメ版『アイカツ!』の2ndオープニングテーマである。なかなかにアップテンポで、聴いていて元気になる曲だ。難度は星三つの「ポップ」属性ステージ。
手元のカードに目をやる。トップス「パステルピンクハートトップス」、ボトムス「ピンクフラワースカート」、シューズ「アンクルビッグリボンパンプス」
ううむ、一式揃っているのはありがたいが、これでは完全なる「キュート」属性だ。おまけにアクセサリーカードによるステータス底上げも無いときた。となれば、ゲームの腕前でカバーするしかないか。まあ、普段プレイしている音ゲーに比べれば譜面の難度はそう高いわけではない。むしろ、ちょうどいいハンデといったところだ。
”オーディションを受けるアイドルを選んでね!”
画面上にずらりと並ぶアイドルたち。前後列に分かれた立ち姿は『餓狼伝説2』のキャラクター選択画面を彷彿とさせる。もっとも、彼女たちには性能差は無いのだが。あるとすれば、キャラクター愛によるプレイヤーのモチベーション差ぐらいのものだ。
「いちごちゃん! いちごちゃんがいい!」
すみれちゃんからのリクエストは、主人公である星宮いちご。素手で崖を登り、斧を振り回すパワーファイターだ。『ゴールデンアックス』で言うところのギリウスに相当する。子供たちには吸血鬼アイドルの藤堂ユリカ様が圧倒的人気というのが個人的リサーチ結果だったが、やはり好みは人それぞれか。
”セルフプロデュース、スタート!”
データカードダスにはそれぞれバーコードが記載されており、それを筐体前面のバーコードリーダーに読み込ませて画面上のキャラクターに衣装を装着していく。この時の組み合わせによってスコアが大きく変動するという仕組みだ。今回は「ポップ」ステージとはいえ、「キュート」一式で揃えた衣装もそれなりの得点にはなる。
「おじちゃん、これつかって!」
と、突然すみれちゃんが差し出してきたのは……先ほどの「ジオメトリックスカート」だ。繰り返して言うが「クール」属性である。
どうやら、今回は唯一の救いであった属性一致ポイントすら剥奪されたハンディキャップマッチとなるらしい。
”がんばります!”
上下バラバラの衣装を着た星宮いちごが元気に宣言する。
なお、頑張るのは私だ。
アニメでおなじみのメロディに合わせていちごちゃんが踊り始め、上下左右から赤・黄・緑の三色のマーカーが流れてくる。
これらがカーソルに合った瞬間に同色のボタンを叩ければスコアが上がり、最終的に対戦相手のスコアを上回っていればステージクリアーとなる。
マーカーの判定には「パーフェクト」「ベリーグッド」「グッド」「ミス」の四段階があり、ミス以外はすべてコンボが途切れないため、従来の音ゲーに比べるとフルコンボは比較的容易と言える。しかし、逆にパーフェクト判定は厳しめに設定されており、腕に覚えのあるゲーマーでもフルパーフェクトを出すのはなかなか骨だろう。
どうにか順調にコンボを積み重ね、いよいよ曲が終盤に差し掛かると、ここで「ボタン長押し」の指示が連続して出現した。
……この譜面、穏やかじゃない。
『アイカツ!』における「長押し」は、初心者には鬼門である。なぜなら、ボタンを押す長さを示すバーが最終的にマーカーの裏側へ隠れてしまう仕様のため、ボタンを放すタイミングを目視でフォローできず、曲自体を知らなければコンボが途切れやすいからだ。
対戦相手とのスコア差……合格ラインまでは、まだあと少し。コーデの属性がバラバラである以上、スペシャルアピールによるスコアの大幅な上乗せは期待できない。
耳を澄ませ。
目に頼るな。
手首の動きは最小限に。
今の私にできることは、ひとつずつ確実にコンボを重ねていくことだけだ。
そして全てのメロディが終りを告げ、いちごちゃんが最後の決めポーズをとった。成績発表。最後にスポットライトを浴びたのは……。
「よしっ」
嬉しそうに手を振るいちごちゃんの姿を見て、私は小さく拳を握った。それから、こほんと一つ咳払いをしてすみれちゃんに向き直った。
「どうだい? 簡単だろう。さあ、次はすみれちゃんの番だ」
「うん!」
目の前でライブの成功を見たからか、今度は元気の良い返事が聞けた。すみれちゃんと席を交代し、ようやく大きな仕事を終えた私は、ふうと一つ息をついた。あとはゆったりと彼女のアイドル活動を見守るだけだ。
……だけだったら、良かったのだが。
「うわああああん! いやだぁ! すみれ、他のカードがいいぃぃ!」
突然ごね始めたすみれちゃん。その手には新たに排出されたカード……「ジオメトリックスカート」があった。まさか二枚連続で同じカードとは。通常のカード配列ではありえないことだが、どうやらこの店はカードの補充時にシャッフルを行うらしい。なんとツイていない子だ。
「いやだぁ! すみれ、可愛いドレスがいいぃぃ! キラキラで上下揃った珍しいドレスがいいぃぃ!」
いつの間にか要求のレベルが上がっている気がするが……仕方がない、ここは奥の手を使うか。私は脇に置いていたビジネス用の手提げ鞄を開くと、中から分厚いカードバインダーを取り出し、その中から三枚のカードを抜き出した。
「すみれちゃん、これ使っていいよ」
「……!」
すみれちゃんは私の差し出したカードに、驚いた表情を見せた。
「サンシャインワンピース、サニーブーツ、サニーカチューシャのセットだよ」
「……これ、使っていいの?」
「ああ、いいとも。これは『アイカツ!』一期の第37話『太陽に向かって!』でソレイユ結成時にいちごちゃんが着ていたドレスだよ。最後に蘭ちゃんが駆け込んできたシーンなんかは、何回観ても涙が……」
「なんかよく分かんないけど、ありがと!」
「……………………」
私の言葉を遮って、すみれちゃんは笑顔でゲームに戻って行った。
さて。
ええと。
……『アイカツ!』は仕事で勉強していたのではないのか、と?
いやいや、最初に言ったはずだ。たまには楽しい仕事もあると。
最後に私から伝えておきたいことは、平日の19:00以降であれば子供たちの目を気にすることなく、おじさんでも『アイカツ!』を楽しめるだろうということである。
いつでも熱く、アイドル活動。
-おわり-
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※このお話の続きは、拙作『たたかうアイカツ!おじさん』でご覧ください。
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