三本目 『ニンジャコンバット』 下町の駄菓子屋・軒先MVSにて

------------------------------------------------------------------------------------------------

※この物語は、おそらくフィクションである。

------------------------------------------------------------------------------------------------



「はあ……」


蕎麦の上に鎮座する揚げたてのエビ天をかじりながら、私はため息をついた。


ビジネスの街、浜松町。


ここならば、と午前中から飛び込み営業を繰り返しているが、どうにも上手くいかない。こういう時は何か美味い物でも食って気分転換を……ということで、ネットで評判になっていたこの蕎麦屋へやってきたというわけだ。食べてなるほど、確かに美味いもんだ。


しかし……。


「もう少しボリュームが……こう、せめてエビ天がもう一本でもあればなあ……」


学生相手の定食屋ではないのだから……と頭では分かっているが、私の空きっ腹はそこのところを理解してくれないようだ。


「ごちそうさま」


店を出ると、澄んだ秋空に向かってそびえ立つ東京タワーが目に入った。スカイツリーが出来て影が薄れたとはいえ、この大きさは変わらずなかなかの威圧感だ。


「はあ……」


私はもう一度ため息をついた。食事での気分転換に失敗したためか、どうにも仕事に乗り気ではない。


「少し、ここらをぶらついてみるか」


ビル群と呑み屋の立ち並ぶ駅前から少し外れると、サラリーマンの姿はぐっと減り、その町並から市井の人々の日常感が滲み出はじめる。


「おっせえぞ! 早く来いって!」


小学校帰りだろうか。三人ばかりの子供たちが、口々に何か叫びながら私のすぐ脇を駆け抜けていく。


「イエーイ! ゲームやるの、着いたもん順だからなー!」


「ずるいって!」


「どうせお前クリアできねーだろー!」


私は、自分の耳がぴくりと動いたのを感じた。


ゲーム……ゲームか……ゲームね……。


------------------------------------------------------------------------------------------------


辿り着いたのは、今時珍しい下町の駄菓子屋。その軒先に置かれた一台のゲーム筐体と、それを取り囲む半ズボンの小学生男子たち。


……我ながらどうかと思うが、つい、あの子供たちの後を追いかけてしまった。


「まあ、いいだろう。気分転換のやり直しだ」


大人の上背を活かして子供らの頭の上から覗き込むと、やはりというか何というか、そこにあったのはSNKのMVS(マルチビデオシステム)筐体だった。筐体自体を無償で貸し出していたため、全盛期にはこういった駄菓子屋をはじめ、玩具屋やレンタルビデオ店など、日本全国あちこちでその姿が見られた。校則で禁じられたゲームセンターへ行かずとも最新の人気ゲームが遊べるとあって、私を含めた当時の子供たちは、新作が稼働すると我先にと各地のMVS設置店を駆け回ったものだ。


「さて、ここのゲームは何かな……?」


私は、ディスプレイのすぐ上に掲げられた4つのタイトルを見て……驚愕した。


「クロスソード、マジシャンロード、ニンジャコンバットに痛快GANGAN行進曲……!?」


オールADK。


しかも『ワールドヒーローズ』抜き。


一体誰だ、このラインナップを通した奴は。


「うわあ、また死んだ」


「こいつの斧、めちゃくちゃ痛えし!」


男子二人が隣り合って同時プレイに勤しんでいるのは、このうち『ニンジャコンバット』だった。今時、この高難度ベルトスクロールアクションに挑戦している小学生などスミソニアンものだ。


「ああ~……」


ほどなくしてゲームオーバーとなった彼らは、ちらりと振り向いて順番待ちの有無を確認した。すると、この地獄のような難度に恐れをなしたのか、後ろに並んでいた子供たちの列が、まるでモーゼの十戒のように綺麗に左右に割れていった。その結果、次の順番待ちは私ということになった。


「オホン。……それじゃ、まぁ、遠慮なく」


さっそくコイン投入……の前に、セレクトボタンでゲームを切り替えるのが先だ。『クロスソード』はちょっと今の気分じゃないな。かといって『マジシャンロード』は……きっと五分と持たずゲームオーバーになって、気分転換どころか余計に落ち込みそうだ。そうなると、ここは『GANGAN行進曲』か。


と、セレクトボタンを押すと同時に、私を囲む子供たちから「ええええ……」という嘆きの声が溢れた。


「ニンジャの奴やってよー、ニンジャの」


「オレたち、まだクリアしたとこ見たことないんだよー」


……どうやら、この地域の子供たちの間で謎のニンジャコンバットブームが巻き起こっているらしい。どうしたものか……と一瞬考えたが、まぁ、これだけの期待を背負ってニンジャコンバットを遊ぶ機会もそうそうあるまいと、もう三回セレクトボタンを押した。画面が再びニンジャコンバットに切り替わると、子供たちからワッと歓声が上がった。


「……ん? 1プレイ三十円か。」


小学生向けの良心的な料金だ。しかし、てっきり五十円か百円かと思っていたので、財布から十円玉を取り出さねばならない。


~ あれが、NINJAタワーか!! ~


~ こいつはちょっとした要塞だぜ! ~


~ 俺には、ちっちゃな小屋にしか見えないがね! ~


~ 行こうぜ!! ジョー ~


~ まかせてちょうだい!! ~


私が財布から十円玉を発掘している間に、ゲーム画面はストーリー紹介のデモ映像に切り替わっていた。赤と青の派手な装束に身を包んだ忍者たちの軽妙な会話。このまったく忍ぶつもりのない連中を見ると「ああ、ADKだな」と懐かしい気持ちになる。


「よし」


探し出した十円玉たちを筐体に投入し、ゲームをスタートする。真っ赤な忍者装束の主人公・ジョーが、ステージ1の舞台である遊園地へと姿を現した。


レバーで移動、Aボタンで手裏剣を発射、Bボタンでジャンプ、Cボタンで特殊移動という操作系だ。


まずは迫りくるザコ忍者群を次々と手裏剣で蹴散らしていく。そういえば、基本攻撃が飛び道具というのはこの手のゲームとしては珍しいのではないだろうか。


「でかいの来るよ! 気を付けて!」


後ろで見ている子供たちのアドバイス通り、エリアの端まで到達したところで背の高い黒忍者が二人いっぺんに現れた。放っておくと手のひらから電撃を放ってきて厄介だが、遠距離から強化した手裏剣を投げていれば苦戦することはない。


ないのだが……。


「エビやってー! エビ!」


「エービ! エービ!」


……物凄く雑なリクエストだが、言いたいことは分かる。このゲームではCボタンの特殊移動中に攻撃ボタンを押すことで、キャラクターごとに異なった移動距離の長い特別な攻撃が出せる。それが、主人公であるジョー(またはハヤブサ)の場合は……。


「出たー! エビ反りアタック!」


私がその技を繰り出すと同時に子供たちから再び歓声が上がった。上半身を思いっきりエビ反らせながら敵にボディプレスを敢行する忍者率ゼロ%の大技、それがこのエビ反りアタックである。


本当はこのゲーム、慎重に遠くから手裏剣で地道に攻撃していくのが安全な攻略法なのだが、まぁ、まだ一面だしサービスだ。


それにしても……。


ぐう。


「なんだ? 誰の腹の音だ?」


……君たちがエビだなんだと言うから、さっき食べ足りなかったエビ天を思い出してしまったではないか。私は腹の音をごまかすように、バシバシとボタンを押して手裏剣を投げ続けた。


一面ボス・鉄球忍者イタイゾーは遠距離からの手裏剣連打。


二面ボス・鳥人くノ一ビビリンビーは飛び上がる前にこれまた手裏剣連打。


三面ボス・高機動忍者ガンデムは体当たりと炎攻撃が来たら縦軸をずらし、常に距離を保って手裏剣連打で攻略だ。ところでその名前大丈夫か?


「すげえ、四面なんて初めて見た!」


私のプレイに、興奮気味に脇から画面を覗き込む子供たち。だが、そんな彼らに残念なお知らせがある。このゲームは敵の本拠地に乗り込む四面以降、急激に難度が上がるのだ。なにしろ、敵の攻撃は一撃食らえばほぼ即死……そんな連中がぞろそろとやってくるのだ。


というわけで、テクニックの限り頑張ったものの、四面ボスの「おかめ」にたどり着いたところで健闘むなしくゲームオーバーとなった。まあ、こんなところか……と、レバーから手を放して振り向くと、そこには期待に目を輝かせる子供たちの純粋な笑顔があった。


「おじさん、めちゃくちゃ上手いね!」


「クリア、見たい!」


…………。


……………………。


…………………………。


仕方がないな。


私は再び十円玉を三枚投入し、その場からプレイを再開した。とその時、何を思ったのか、子供たちの一人が更に三十円を投入して二人同時プレイを敢行した。


ああ、なんてことを。


「オレも手伝うぜ! 死ねーおかめ!」


「あっ、やめろ!」


私が思わず大人げない声を上げてしまったのには理由がある。このミサイルを小脇に抱えたボス「おかめ」は、攻撃を一発当てた瞬間に猛ダッシュでタックルを仕掛けてくるのだ。つまり、これまでのボスと同じ感覚で手裏剣連打などしようものなら、たちまちタックルの餌食となり……。


「うわっ、もう死んだ!」


あまりの瞬殺に茫然とする子供たち。


「落ち着け君たち……ここから先は素人が手を出せる領域じゃない。まずはよく見て、覚えるんだ」


そう言って、子供たちを制する。おかめには地味に一発ずつヒット&ウェイ。続く白雲斎は斜めに位置して火炎龍をかわしつつ、隙を見て手裏剣連打を叩き込む。


……と言うは易いが、行うは難し。


それから数度のコンティニューを経て、ついに最終ステージへとたどり着いた。いかにも最後らしい厳しいボスラッシュを越えると、戦いの舞台は屋外へ。いよいよラスボス・幻妖斎の登場だ。浮遊しながら不気味に画面を旋回する髭面の老人に、例によって手裏剣連打を叩き込む。爆発四散する老人……その首だけがポロリと外れ、それまで背景かと思われていた首の無い巨大な石像にドッキングする。そう、これが幻妖斎の真の姿だ。


「でっけえ!」


「こんなの勝てんの!?」


勝てる……と言いたいところだが、五分五分だろうな。攻略パターンは分かっているが、なにしろ一度でも攻撃を食らえばほぼ即死なのだ。


「パンチが来た! 火ィ吹いた! うわっ、なんか幽霊みたいなの飛んできた!」


途切れぬ幻妖斎の猛攻に子供たちが悲鳴を上げる。


冷静に対処しろ、私は大人だ。


まずはパンチを封じるため左手を集中攻撃。左手さえ破壊すれば、それが復活するまでの間は画面右下が安全地帯となる。ここから隙を見て飛び出し、弱点である顔を集中攻撃するのだ。


「今ならいける……いや、遅い!」


左手を壊すタイミング、飛び出すタイミング、すべてが繊細な操作にかかっている。地味に、地道に、これがニンジャコンバットのすべてだ。一見、アホな派手好き忍者に見えるこの連中だが、その本質はやはりNINJAではなく「忍者」なのだ。


「あっ……!」


飛び出すタイミングが一瞬遅かった。復活した左手のパンチを受けたジョーが宙を舞い、地に伏せた。くそ、もう一度コンティニューだ。


……ん?


「あれ……?」


なんということだ。ここへ来て財布の中から小銭が尽きた。刻々とコンティニューのタイムカウントが進んでいく。今から店に入って両替を頼んでいる時間はない。


残念だが、ここまでか……。


その時、後ろから誰かが私の肩を叩いた。


「んっ」


「はい」


「どうぞ」


振り向くと、三人の子供たちがその小さな手に一枚ずつ十円玉を乗せて、こちらに微笑みかけていた。


「……助かるよ」


私は大人げなく彼らの応援を受け取った。


……やってやろうじゃないか。


ここに居るみんなの思いのこもった最後の三十円を筐体に投入する。


途切らせるな、集中力。


休めるな、連打。


今度こそ幻妖斎に引導を渡すのだ。


「いけーっ!」


「今ならいける!」


「とどめーっ!」


子供たちの声援を背中に受け……ついに最後の手裏剣連打が幻妖斎を貫いた。今度こそ沈みゆく幻妖斎。


暗雲が晴れ、再び世界が陽の光に包まれる……これが、ニンジャコンバットのエンディングだ。


「すげー……」


「本当にクリアしちゃった」


「おじさんマジかっこいい!」


いや、このエンディングは君たちが見せてくれたものだ。私一人の力では、ここまでは来られなかったのだから。


「……よし。君たち、好きな菓子選んでこい。さっきのお礼になんでも買ってやる。母ちゃんにはナイショだぞ」


「いいの!?」


「やったあ!」


「ありがとおじさん!」


嬉しそうに店の中へ消えていく子供たち。


さてと、私も空きっ腹に何か駄菓子でも放り込んでやるとするか。


ふと空を仰ぐと、まっすぐ天へと伸びる東京タワーが目に入った。


「……俺には、ちっちゃな小屋にしか見えないがね」


どうやら、いい気分転換になったようだ。


-おわり-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る