第6話 彼らの企み
この施設で過ごすことになってから、しばらくが経とうとしていた。部屋とは言いがたいような部屋で生活するのにも慣れた頃。めぐはいつものように起き、歯を磨いてた。一通り用を済まし、ソファに腰かける。音楽でも聞こうかとオーディオ機器の電源を入れようとした、その時。ピンポーンと音がし、誰かが扉を叩く音が聞こえた。めぐは少し訝しげな顔をしたあと、すぐに扉を開ける。
「やぁ、おはよう。目覚めはどうかな?」
「おはようございます。何か......用ですか?」
扉の前にいたのは、この前出会った袖の長い男だった。めぐは彼の問いに答えず、何用かと尋ねる。男もそれを気にしない様子で、訪れた理由を話す。
「この前話していた君の歓迎パーティだけど、日にちが決まってね。それを伝えに来たんだ」
袖の長い男はパーティについて話すと、やはりどこか嬉しそうに微笑んでいた。その様子にめぐは分からないように嫌そうな顔をする。
男は日にちと時間をめぐに伝え、忘れてはいけないからと詳細を書いたメモを渡す。扉をバタンとしめ袖の長い男と別れると、めぐは深くため息をついた。
===
パーティ当日。詳細が書かれたメモを見る。開催場所はどうやら袖の長い男の部屋のようだ。めぐはなんだか気が引けて、彼の部屋を訪ねるのを辞めようかと考えていた。しかし、せっかくパーティの用意をしてくれているのだろうとも思うと、行かない訳にはいかなかった。
覚悟を決めて、めぐは袖の長い男の部屋の前にまで来た。扉の横についている簡素なボタンを、押そうとしては止め、押そうとしては止め……をめぐは繰り返している。メモを片手に、この部屋であっているか確認を何度も何度も確かめる素振りをし、ボタンの前に手を伸ばす。
「……んー……」
ボタンに触れたところで手を下ろす。そうこうしていると、後ろから車輪が回るような音が聞こえてきた。
「あら、お客様かしら?」
めぐが声のした方を振り返ると、車椅子に乗ったかわいらしいお姉さんがいた。テレビCMにも出演できそうなほど艶やかなセミロングの髪が、より彼女のかわいらしさを引き立てている。しばらく見とれてしまっていると、車椅子のお姉さんは不思議そうに首を傾げた。はっとしてめぐが会釈すると、車椅子のお姉さんはクスッと柔らかく笑った。
「もしかして……あなたがパーティの主役様?」
「え、えぇ…まぁ……」
「やっぱり! お会いできて光栄ですわ。
琴音と名乗った車椅子のお姉さんは、両手を胸の前で合わせ、嬉しそうに笑顔を見せる。その優しい笑顔に、めぐは心を奥を揺さぶられるような、暖かい感覚を抱いた。少しぼんやりとしたあとめぐも名乗る。めぐの名前を聞いた琴音は、また柔らかく笑った。
「伊原...めぐ、さん...。とっても良いお名前ですね...」
うっとりしたように語る。その様子から、何度もめぐの名前を心の中で復唱しているように見えた。そんなやり取りをしていると、扉がガチャリと開き、中から袖の長い男が現れた。袖の長い男は、二人の姿を見つけると中に入るよう催促する。勧められるまま中に入ると、パーティらしく豪華な料理がずらりと並んでいた。先客がいるようで、料理の一部に誰かの手がつけられた後が見受けられる。料理はどれも美味しそうで、めぐはすぐにお腹を空かせていた。
「開始するまでに時間はあるけれど...すでに何人か来ていてね。まだ料理には手をつけないでくれたまえと言っていたのだけれど...」
不服そうに、袖の長い男は言った。彼は辺りを見渡し、何かを探すように振る舞う。
「料理を食したのはどなたかな...?姿が見えないとなると...悪気はあったように見えるね。...主役の君はこちらに、琴音嬢はこちらでお掛けになってお待ちください...」
彼は丁寧にめぐたちを案内した。椅子に座らせた後、袖の長い男は部屋の隅々まで探すよう見て回る。ソファに置いてあるクッションを退かしてみたり、押入れの扉を開けてみたり、いろいろなところを探しているようだ。その様子をめぐが見守っていると、琴音がふふふと静かに笑った。それを不思議に思う間もなく、ぞくぞくと他の部屋の人たちがパーティに参加しにやってきた。
そして全員分の席が埋まった頃、袖の長い男は咳払いをし話しだした。
「皆様、本日ここにお集まりくださりありがとうございます。今日は新しく入居してこられた井原めぐさんの歓迎会を執り行いたく……」
「長い話はいいから早く食べようぜ?」
音頭をとろうとしたとたん、赤い短髪の少年が遮る。目の前の御馳走に早くありつきたくて仕方ないようだ。その様子を袖の長い男は一瞬睨みつけるものの、すぐに穏やかな表情した。
「そうですね。では、井原めぐさんとの出会いに感謝し……、いただきましょう」
赤い髪の少年は待ってましたとばかりに大きな声で、いただきますと叫んだ。それに続いて他の人たちも食事に手を付け始めた。
「……あら、美味しい。いつも思いますが……流石ですわね。めぐさんもどうぞお召しになって?」
琴音は美味しそうに目の前の料理を口に運んでいく。皆が食事を楽しそうに食べている姿を眺め、テーブルに置かれた食事を見つめる。めぐはその様子に少しを恐怖を感じて料理に手をつけられないでいた。
「……どうされたかな? 口に合わなかったのかな?」
袖の長い男は少し悲しそうな顔をする。めぐは慌ててフォークとナイフを手にするが、料理に触れようとはしなかった。しばらくじっとした後、ゆっくりとフォークとナイフを置いた。
「いえ……。こんな場所で、私は、こんな、空気に……」
めぐは少し目線は泳がせて、小さな声で言う。何をいきなり言っているんだと自制しようと試みるが、どうしてか抑えられない。言ってはいけないような本心を少しずつ放っていく。
「こんな訳の分からないようなところで、楽しそうになんて、意味が分からない」
食事にありつき騒がしかった部屋が、めぐの言葉でしんと静まり返る。
「頭がおかしい。あり得ない。私は人間でモルモットなんかじゃない。こんなところでワイワイ楽しくしてるの意味が分からない」
袖の長い男は手にしていた食器類を置き、めぐを見つめた。
「……確かに、君の言うよう我々は人間だ。彼らの
めぐは目を見開き、袖の長い男の方を見やる。
「少なくとも、ここにいる人間たちはそれを忘れてはいない」
「じゃあ、なんで」
「だが、今はこうして皆で騒がしく楽しむべき時間。今だけは、その騒々しさの中を味わい尽くさせてほしい」
乞い願うように、袖の長い男はめぐを優しい瞳で見つめる。めぐは無意識に、彼の心の奥底を見たような感覚を掴んだ。箱の中に閉じ込められた絶望の中で、精一杯人らしく生きようとする姿を見たような、そんな感覚を感じていた。
「めぐさん、お料理をいただきましょう」
琴音は優しく微笑む。めぐはテーブルのお皿に視線を落とし、美味しそうな匂いを放つ料理を見つめる。しばらくしてフォークを手にし、一口サイズの肉の塊を口に含んだ。
人工少女 さとよだ @satoyoda
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