第5話 自分でなくなっていく感覚と反抗心
部屋のベッドに横たわるめぐ。"身体検査" を終えてから数日がたった。身体検査では、かなりの恐怖を感じたものの、行ったことは視力検査に体重と身長の測定、その他文字通りの身体検査であり特に嫌に感じるものではなかった。
しかし、研究員のヤマカワが放った『お前は
「……お母さん、お父さん」
喉の奥が熱くなるような、ツンとした感覚を抑え、枕に顔を埋めた。
===
いつの間にか寝入ってしまったのか、目が覚めると時計の針は夕刻を指していた。あっと驚いた直後、ため息をつきベッドに横になったまま体を丸める。ふと、胸のあたりまで手を持ってくると違和感を感じた。何か、いつもと違う、そんな感じを。はっとして手のひらを胸に強く当ててみる。
「……心臓が、動いてない……?」
急に置きあがり、扉の外に飛び出す。急いで多目的室に向かおうとした時、誰かと肩をぶつけてしまった。
「あっ……ご、ごめんなさい…っ!」
慌てて謝るが、ぶつかった相手は気づかなかったように、そのまま通り過ぎさっていってしまう。その人はフードを深くかぶっており、顔を見ることができなかった。それに加え、服の袖も引きずるくらいに長く、どこか不気味さを感じるくらいであった。ゆったりと歩いていく後ろ姿を見つめ一旦停止するも、すぐさまめぐはまた多目的室へと駆け出した。
多目的室に着くと、扉の上のランプが赤く光っていることに気づいた。初めてめぐがこの部屋に来たときは、ランプなどついていなかったので、きっと誰かが入っているのだろうと推測できる。めぐはノックをせず、音をたてないようゆっくりと扉を開ける。扉の隙間から中をのぞくと、研究員のヤマカワが細長い物体をいじっているところが見えた。時たま自発的に動くように見えるその物体は、よく見ると人の腕をかたどった形をしている。
「覗き見は、よろしくないね」
突如めぐの後ろから声が聞こえた。驚いて振り向くと、先ほどの袖の長い人がめぐのすぐ後ろに立っていた。先ほどは見えなかった顔が、今度はよく見える位置にある。端正な顔立ちであるが、どこか少しやつれているように見え、つり目がちの瞳で見つめられると、足がすくんでしまいそうになった。
「ヤマカワ サン。ドクターを連れて参りましたよ」
袖の長い男は、膝を軽く曲げ研究員のヤマカワに一礼すると、部屋の中に入っていく。彼が歩くと、その後ろから医者が現れ共に部屋に入っていった。
「あー、ありがとう……。ちょっと特異な現象が見られてねぇ、見てもらえるかな?? ……あと、その子はどうするの??」
研究員のヤマカワはいつものように薄気味悪い笑いを浮かべながら、たどたどしく言葉を放つ。医者は何も言わず、すぐにヤマカワの持っている腕の形をした物体の様子を見る。
「このまま追い出してまた覗き見でもされてしまえば不愉快ですから……見学でもしてもらいましょう」
袖の長い男は、めぐの背中を抱えるように押す。めぐはその背中の感覚から、彼に二の腕から先がないことに気づく。めぐをパイプ椅子に座らせると、袖の長い男は、医者の隣に並んだ。
「機械による細胞の成長のような現象が見受けられる。一先ずはこのまま様子を見てくれ」
そう言い放つと、医者はめぐの隣のパイプ椅子に思い切り腰掛けた。研究員のヤマカワは医者から腕の形の物体を受け取り、それを袖の長い男の腕に取り付けようとする。長い袖をめくると、やはり二の腕から先はなく、肘あたりに見たことのない機械のようなものが取り付けられていた。その機械の一部を外し、機械の腕を取り付ける。割と簡単に機械は取り付けられ、かちりと音がすると研究員のヤマカワは機械の腕から手を離した。
その様子を見守っていると、隣に座った医者が不意にめぐに話しかける。
「久しぶりだな。異常はないか」
医者を見ると、めぐの方を見ずに機械の腕が取り付けられる様子を見つめたままだった。めぐ自身の心配ではなく、体に埋め込まれた機械の様子をまず気にするところで、少しもの悲しいような不思議な感覚をめぐは無意識に抱いていた。
「……お久しぶりです。異常は特にありませんが、強いて言うなら気になることが」
なんだ? と、医者はめぐをちらりと見やる。めぐは少し俯き、胸に手を当てる。
「その……心臓の音が、聞こえないのですが……。前は聞こえていた気がしたので」
「今更気づいたのか。バッテリーを交換した際に、心音が聞こえないタイプのものにした。今まで君が使っていたバッテリーは心音設定が施されていただけの話だ」
医者は特に反応をせず、淡々と答える。その言葉にめぐは俯いたまま悲しい顔をした。つい先日まで聞こえていた心臓の音が聞こえなくなってしまっただけで、こうも人間味を感じなくなるようなものなのかと、ほんの少しの消失感をめぐは感じていた。自分が人間でなくなる、アンドロイドのような機械に変わっていくような、底知れない恐ろしさを胸に秘める。
医者はおもむろに立ち上がると、もういいかと彼らに訪ね、部屋から出て行ってしまった。研究員のヤマカワも、袖の長い男に機械の腕を取り付けたことで用が済んだと判断し、カーテンの奥に消えていった。部屋に残されたのは、めぐと袖の長い男だ。少し気まずくなったような雰囲気の中、めぐは袖の長い男に一礼をして部屋を出る。そのすぐ後をついてきたのか、多目的室から出たあとすぐに声をかけられた。
「自身を聞きたかったが為に、覗き見をしてたのかい?」
すぐ後ろに付いて来ているとは露知らず、めぐは驚きの声をあげる。袖の長い男は口元に人差し指を当て、しーっと言いめぐに静かにするよう促した。
「やはり、腕が有るのと無いのとでは随分と感覚が違うね」
袖から機械の腕を出し、ひらひらと動かしながら見つめる。すぐさまめぐに視線を移すとじっくりと顔を覗き込んだ。
「話を聞くに、君は "心臓" 」
「……え、えぇ」
「そして私は、先ほど見てもらったよう、"腕" 」
おどけたように両腕をあげる。袖がめくれた中から、無機質な機械の腕が現れた。まだ慣れていないのか、指先がカクカクと動き、少々の異常が見られる。
「こうして会えたも何かの縁……。以後、お見知りおきを……」
「……よろしく、お願いします」
「そうだ。君がここに来た記念に、皆を集めて歓迎パーティでもしようか」
袖の長い男は独り言のように話し出す。どこか楽しそうに笑いながら、小声でこれからの予定のことをブツブツと呟いている。めぐはその様子を少し驚きながら見つめた。軽く放心状態になっためぐに気づいたのか、袖の長い男は、すまないとあまり申し訳なさそうに見えない優しい笑顔で謝った。
日時が決まれば連絡すると言い残し、袖の長い男は自分の部屋へ戻っていく。その後ろ姿を眺め、パーティのことについてめぐは考えていた。パーティというのだから、少なくとも先ほどの袖の長い男のほかに、体の一部に機械的な改造を施された人が来るのだろうか。快く迎えられるはずのパーティが、そんな彼らの仲間入りする儀式のように感じられ、めぐは無意識に拒否感を表していた。
私は人間だ。
パーティの連絡が来るのを憂鬱に感じながら、部屋に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます