第4話 研究対象とはいえ人であること

 多目的室に着き、部屋の中に入る。そこには少し広い、体育館のような空間が広がっていた。壁際には見たこともない機械が感覚を空けて並んでいる。部屋の真ん中近くにはいくつかのパイプ椅子が並び、その奥にはカーテンで区切られた一角がある。しばらく部屋の様子を見渡した後、誰もそこにいないことに気づいた。すると、カーテンが微かに揺れ、中から白衣を着た男が現れた。

「やぁやぁ初めまして?? かな? 僕は研究員のヤマカワですよろしく……うっへへ……」

 細い髪を乱した怪しげな男は不気味に笑った。猫背気味の背中に全体的に皺のよった服装に、めぐは少しの嫌悪感を感じる。めぐは何も言わず、少し離れた場所からその研究員の姿を見つめた。

「……あれ?? 聞こえてー、ない? もしもーし?? 聞こえてますかーー?? もしもーし」

 わざとらしく反応を伺うその姿に、またもや嫌悪感を抱きながら応答する。いやらしいような、にやりとした笑い顔から、めぐは本能的に彼に近づくことをためらっていた。

「……聞こえてます。井原めぐ、呼ばれたので来ました」

「……あっはは……うぇへへ……早速来てくれたんだねぇ、いいねぇ……いいよぉ、それくらい従順だとこちらの研究も捗るというものだよ……。あっ、そこ座って」

 声にならないような、吐息まじりの気味悪い笑い声を漏らしながら、カーテンの手前に置いているパイプ椅子に着席するよう促す。その手招きの仕草ですら、ねっとりとした動きで眉間に皺を寄せたくなるように見えてくる。

 ためらいながらも言われるがまま、めぐはパイプ椅子に腰掛けた。思わず顔を背けたくなるほど、とても近い距離でめぐの顔を覗き込む。その後、めぐの周りのぐるぐると回りながら彼女の様子を伺っていく。初対面の謎の男に、まじまじと身体を見つめられるその恐怖と不快感に、思わずめぐは険しい顔をしていた。

「あぁ……そんな怖い顔しないで?? 今日は "身体検査" だからねぇ?? すぅぐ終わるよぉ……」

 そういうと研究員のヤマカワはめぐの体に触ろうとする。反射的にめぐは触れようとしてきた手を思い切り払いのけた。

「……あー……安心、して?? 悪いことは……しないつもりだよ??」

「……すみません。ですが、いきなり知らない人に触られるのは……ちょっと」

「じゃあ少しお話、でもしよっか?? そしたら気もほぐれる?? よね??」

 気を遣っているのか、研究員のヤマカワは対面に置いている椅子に座ってめぐから離れた。少し離れた位置にいることで、体に触れようとした際には見えなかった表情が今度はよく見える。やはりそのいやらしいまでの笑う顔が、どうしてもめぐには受け付けられなかった。気をほぐそうと様々な話題で話しかけてはくれるものの、その表情、その口調、その仕草の全てが帳消しにしてくれる。一向に縮まらない心理的距離に、研究員のヤマカワは焦燥感を感じているように見えた。

「そろそろ、僕、ほかの研究にも戻らないといけないから……、早く検査に移っていいかなぁ……??」

 静かにしていた両手両足を、微かに動かし始めていた。両手の指同士をトントンと、小刻みにリズムを打つようぶつけている。それでもめぐは目線を合わせようとせず、しどろもどろに返答を曖昧にしていた。痺れを切らしたのか、研究員のヤマカワは立ち上がりめぐに近づく。

「いい加減にしろよ。お前はもうただの研究対象モルモットだ」

 がしりと思い切りめぐの胸ぐらを掴んだ。その勢いに思わずめぐは圧倒された。先ほどまでの口調と違い、実にはっきりとドスのきいた厳しい声だった。その差に驚き、おののいためぐは目を見開く。研究員のヤマカワはすぐにめぐから手を離し、椅子に座っためぐを見下ろす。お互いに黙ったまま、見つめ合う。恐怖に打ちのめされためぐと、平然とただ研究対象を見つめる研究員。研究員の表情は、先ほどのいやらしいまでの笑い顔とは裏腹に、見下すような冷たい顔をしていた。

「……もう、身体検査に、入っていい?? よね??」

 恐怖から何も言えないめぐ。その目は研究員のヤマカワをじっと見つめたまま逸らさないでいた。

「"黙る" ってことは、"YES" ってことで……いいよね……??」

 研究員のヤマカワはためらうことなく、めぐの体に触れた。

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