第3話 隔離された世界は

 医者に連れられ、病室に戻ってきた。家族は心配そうにめぐを見つめる。医者は、めぐがこの病院に長期入院することを家族に伝えた。

「めぐさんの病状が思うよりおもわしくないため、長期間の入院を検討しなければなりません。入院費、医療費は政府が負担いたしますので、そこはご心配なく」

 その話し声を聞きながら、直接聞かされた内容とは若干異なることに違和感を覚えたが、めぐは何も言わず黙って医者の後ろ姿を見ていた。

 一通り話し終えたのか、医者は振り返り、めぐの肩に手をかける。彼が言わんとしていることはよく分かる。医者はめぐの家族には『入院中は基本的に面会は不可だが、タイミングが会えば面会できるから心配はいらない』と言っていたが、それは嘘だとすぐに分かった。医者から直接促された【別れの挨拶】をするのだから、きっともう二度と会えないのだろうと予測できる。今ここでわがままを言ったり、助けてほしいと泣きついたりすれば状況は変わるだろう。しかし、めぐはそんなことを言わず、素直に医者に従った。最後の別れかと思うと、すぐには言葉が出てこない。しばらく伏し目がちに黙っていた。言いたいことはたくさんあるが、それを呑み込み、端的にすませる。

「……しばらく会えないけど、私は大丈夫だから」

 そういってふわりと微笑む。その微笑に安心したのか、めぐの家族は表情を和らげた。面会時間は終わりに近づき、病室を後にする家族。少し離れたところで手を振って見送ったあと、めぐは医者の顔を見つめる。医者はめぐの顔を見ず冷淡とした口調で言った。

「家族以外には会わなくて大丈夫か?」

 会わなくても大丈夫、メールで連絡は済ませてあるから、とめぐは素っ気なく言葉を放つ。家族が病院を後にする姿を反芻しながら、これから自分の身に降り掛かるであろう現実をゆっくりと飲み込んでいた。


===


 医者は早足に、薄暗く冷たい廊下を歩いていく。はぐれまいと、めぐはその後を一生懸命についていった。

「ここが君の研究所すみかだ」

 そういって扉の横にある四角い箱にカードをかざす。ピッと軽い音が鳴ると、錠の開く音が聞こえた。扉を開くと、病室のような殺風景な白い景色が目の前に広がった。病室とは違い、生活するために必要なものはあらかた揃っているようだ。

「君の部屋は352号室。君以外にも研究対象がいるから、あまり騒がしくすることのないようにな」

 医者は扉横の箱にかざしたカードをめぐに渡し、白衣のポケットから手のひらサイズの無機質な物体を取り出すと、めぐの首もとに巻き付けた。鍵をかけ、少しの設定を施す。

「そのカードキーで扉の開閉が可能だ。なくすと部屋に入れなくなるから注意すること。それから君の首に巻いたものだが、君自身の情報を入力した」

 めぐは巻き付けられた無機質の物体に触れて確かめてみる。目で直接見ることはできないが、触れようとした手に緑色の光が反射していることが分かった。

「我々から合図を出すときがあるが、そのときはすぐさま多目的室に向かうこと。それ以外は好きにしてくれていい。が、この階から離れるな」

 そういうと医者はもう行かねば、と独り言を呟きどこかへ行ってしまった。医者の足音が聞こえなった後、めぐが与えられた自分の部屋に向かおうとしたとき、別の部屋の扉が開いたことに気づく。扉の奥から現れたのは、両目を包帯で覆った青年だった。見えないはずなのに、青年はめぐに気づくと近寄ってきた。

「君誰? 新入りさん?」

 訝しげにめぐの顔を覗き込む。よく見ると、青年の頬には見慣れない物体が取り付けられていることが分かった。

「あー、もしかして『見えないはずなのになんで見えてるの?』とか思ってる?」

 考えていることが見透かされ、めぐはぎょっとする。

「図星か。確かに見えてないけど、このイヤフォンで状況案内してもらってるから大体のことは見えてるも同然なの」

 青年は頬に取り付けられた見慣れない物体に指を指す。その時、巻かれた包帯を包み込むように、イヤフォンが取り付けられていることに気づいた。どうやら包帯を取り外すことができないようになっているようだ。ここに閉じ込めれている人たちは皆、めぐと同じ心臓がバッテリーと化しているものと思ったが、そうではなく、人によって研究対象の部位が変わるのだろうかと考えた。めぐが心臓であるならば、彼は眼球が研究対象なのではないか。彼の包帯で巻かれた両目をじっと見つめる。

「確かに俺は"目"だね。君は見たところによると……臓器かな?」

「心臓、です」

「あらら、すごいね。……もうそんなところまで進んでるのか」

 青年は感嘆したあと、聞こえないくらいの声でつぶやいた。しかし、めぐはそれを聞き逃さなかった。

「まぁ、ここでは君と同じように研究対象とされる人間がいっぱいいるから、仲良くできそうならしといた方がいいかもね」

 じゃあ、というと青年は手を振ってどこかへ歩いていってしまう。しばらく呆然と突っ立っていると、館内放送が鳴り響いた。

「イハラ、メグ サマ。イマスグ、タモクテキ シツ ニ、オコシ クダサイ」

何とも言えない、冷たい声だった。めぐは呼び出されるまま、多目的室に向かった。

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