第3話

 弟の僕が言うのもなんだが、比呂ちゃんはかなり野暮ったい。いつも地味な色のブラウスとスカートに、幅広のくたびれたローヒールのパンプスを履いている。

小学校時代から通っている近所の美容室(奇跡的に床屋ではない)で、いまだに三千円のカットブローをしてもらっているその髪は、当然、パーマはもとより、カラーリングもヘアマニキュアも、一度たりともしたことがない。


 かといって大人しい優等生であったわけでもなく(勉強は異様にできたけど)、なんていうか、かなり変わった人間であった。

 その変わりようは、あんまりうまく説明できないのだが、たとえば、比呂ちゃんが大学生の時、「きのこ研究会」(略して「キノケン」という)というサークルに属していたことからも、想像がつくと思う(僕は五年前、一度だけそのサークルの夏合宿に特別参加したことがあるが、それ以来きのこが嫌いになった。今でも大好物だという比呂ちゃんは、僕からすればバケモノである)。


 大学を卒業した比呂ちゃんは、かねてからの希望通り、翻訳家の卵となり(ちなみに彼女の専攻はギリシャ語だった)、上手い具合にギリシャ関係の出版社とも、コネクションができた。

 そこで結婚相手と知り合ったのだ。


 紹介したい人がいるの、と、比呂ちゃんが唐突に言い出したのは、一ヶ月ほど前の、夕飯のときだった。

 ほう、それでどんな青年なんだね? と、父親は聞いた。紹介したい人=結婚したい人=若い男性。

 瞬時にその判断が出来る冷静な父親、を見事に演じきっていた。箸に挟んでいたエビフライを皿の上に落とした後でなければ、たいそうサマになっていたであろう。

 比呂ちゃんは知り合ったいきさつなど(彼は出版社に出入りしている配送業者だった)を簡単に語り、今度の日曜日に家に連れてくる、と、のたまった。

「なんていう人なの?」

 母親が聞いた。

「うーん、山田さん」

 なんだか歯切れの悪い口調で、比呂ちゃんが言った。

「ずいぶんありふれた名前だな」

 父親が難癖をつけた。

「あらあ、でも蓬田と山田なら、田の字が一緒じゃない?」

母親が妙なことを口走った。たぶん嬉しいのだろう。

「なんにせよ、大掃除だね」

 僕が言った。その途端、全員の顔が曇った。

 そう、僕の家ははっきり言って、ごみ溜めのようなのだ(ただし、僕の部屋を除く)。


 つまり、僕が友人を呼びたくないのは、これが原因だ。

 僕以外の家族は、整頓下手な上にものぐさで、なんでも置いたら置きっぱなし、入れたら入れっぱなし、という習性を持っている。物がなくなるのは日常茶飯事、家中ひっくり返して探しても、出てくるのは必要のないものばかり。そして、それらもまたいいかげんにしまうから、必要な時には見つからない。以下、その繰り返し。

 効率的な生活を求める僕は、せめてもの自衛策として、必要なものはすべて自分の部屋に集めるようにしている。(つづく)


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その猫の名前は何ですか? 穂咲 萬大 @thx

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