虚偽の筋書き
次の日の朝。
騎士団長カルヴィン・アディンセルの亡骸が見つかった。
彼が横たわっていた傍らには、噂の殺人鬼――【紅蓮月華の妖狐】の死骸があったという。
第一発見者の少女は言った。
「自分を守って彼は死んだのだ」と。
彼女はカルヴィン専属のメイド。泣きながらカルヴィンの名を何度も呼んでいた。
誰もが口にする。
「カルヴィン様は立派な騎士だった」と。
「自分の命を犠牲にしてまで民を守る御方だ」と。
誰もが彼を褒め称え、尊敬し、そしてその死に嘆き悲しんだ。
――彼が望んだ名声は、さらに大きなものとなり語り継がれることになる。
【紅蓮月華の妖狐】の死骸は民衆の前にさらされ、跡形もなく燃やされた。
その正体はカルヴィンの屋敷で働いていたメイドであったことは、屋敷の者達にだけ知らされる。
そして第一発見者でもあるカルヴィン専属のメイドはその仕事をやめ、その日の夜、――自殺した。
主人を失ったこと、そして殺人鬼の正体が自身の友人だったことが理由とされ、そこに違和感を感じる者は誰一人としていない。
なぜなら、彼女をよく知るものが一人もいないからだ。
彼女は独りだった。
だから、誰も探しはしない。
彼女の死体など、見つけようとしない。
――自殺をした、という噂の根源を、誰も知ろうとはしなかった。
一方その頃。
地下牢で自身の刑の執行を待つリヒトは、弟や妹たちと共に少ない食事を譲り合いながら食べていた。
牢屋の隅で壁に背をあずけ、檻部分に頭を寄りかからせる。
ふと自分の手を持ち上げ、手首で鈍く光る腕輪に目を向けた。
それには騎士団の象徴である剣を抱く
犯罪者を示す、黒い腕輪。
「…………」
そっと触れてみる。
溜息が漏れた。
たったこれ一つで、犯罪者として捕まった者たちは皆自由を奪われるのだ。
金属でできているこの腕輪は、犯罪者として捕まった者に魔法を使わせないためにつけられる。
もし魔法を使おうものなら、その使おうとした魔力に比例した電流が流れる仕組みだ。
それだけじゃない。
この腕輪をつけられた瞬間にその者の魔力から入手した情報が記憶されている。
それを基に位置情報までもが騎士団に伝わるようになっているのだ。
外せばリセットされる仕組みになっているが、それは不可能に近い。
なぜなら、これを外すことができるのは騎士団長だけが持つ鍵のみ。
捕まったら最後、自身に下る処罰を待つだけ。
光は絶たれるというわけだ。
「本当、腹立つくらいよくできてるよな」
呆れるような苦笑を浮かべながら、力なく呟いた。
腕を下し、無機質な天井を見上げる。
地下牢に日の光など届くはずもなく、日にちの感覚も、時間の感覚もない。
ただ決められた生活を強制的に送らされ、騎士の指示に従うのみ。
リヒトは徐に目を閉じた。
ふと思い出すのは幸せだったあの頃の記憶――……
しかしその度、もう戻れないことを実感する。
父アドルフは死んだ。母フィリスも一緒にこの世を去った。
大人から死刑執行されていくようで、二人を先に失うことは予想できていた。
しかしいざその時になってみると、覚悟できていたはずの心は簡単に砕け散る。
だが最年長である自分が壊れるわけにはいかない。
その気持ちだけが彼を支えていた。
彼らは最後まで笑顔だった。
「いってきます」と言って、手を振る。
リヒトたちも、「いってらっしゃい」と、手を振った。
二人が見えなくなって、リヒトは弟たちにふと視線を送る。
――彼らは笑っていた。
幸せだったあの時と変わらぬ、しかしどこか感情を亡くしたような笑みを浮かべていた。
てっきり泣くと思っていたリヒトは、彼らに問う。
「寂しくないのか」と。
弟たちは答えた。
「寂しくないよ」。
再びリヒトは問う。
「悲しくないのか」と。
妹たちは答えた。
「悲しくないよ」。
「なぜ泣かないのか」と、リヒトは問う。
すると弟、妹たちは答えた。
「だって、すぐ会えるから」――。
彼らに“恐怖”はなかった。
あぁそうか、と、リヒトの心からも恐怖の感情が消える。
残った痛みは自分がまだ生きている証拠だと捉えるようになった。
囚人の生活を送る中で、騎士たちが話すことだけが唯一の情報。
その中で“カルヴィン”という名をよく耳にする。
それがあの日自分達を捕らえたリーダーであることは、話の内容で察する事ができた。
その話でたまに出る“アレシア”の名を聞くたび、リヒトは彼女の笑顔を思い出しては儚げに微笑んだ。
彼女の幸せを祈らないときはない。
しかし彼は知らなかった。
“残した”のではなく、“残された”という立場にたつことを――――。
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