最終任務

自身に迫った死に気付いたカルヴィン。

アレシアの一瞬の隙をついて横を転がるようにして通り、ベッドの横に立てかけてあった自身の剣を手に取る。


鞘から抜き放ち、その勢いのままアレシアに斬りかかった。


それは常人にはとてもできない、騎士団長である彼だからこそできるものだ。


しかしアレシアとて、もう常人と呼べるほど純粋な子どもではない。

後ろに下がることでそれを交わす。

二度三度後ろへ飛ぶようにして下がり壁際まで行くと、アレシアは両手から炎をだした。

炎が消え現れたのは扇。

その扇で一瞬口元を隠したかと思うと、そのまま流れるように扇を横に仰ぎ、紅蓮の花びらを出現させる。

それらはカルヴィンに襲い掛かり、その途中で鋭い刃を持つ短剣へと姿を変えた。


「甘いな」


呟いたカルヴィンは複数の短剣に恐れるどころか、剣を片手に自らそこへ飛び込む。

そして剣を振るい魔法を口にした。


深紅クリムゾン業火フレイム!」


複数の火の玉が現れ、短剣を包み込む。

それらはすぐに剣諸共消え去った。


アレシアの目前にカルヴィンが迫ったとき、彼は剣を横に薙ぎ払うように振るう。


しかしアレシアは彼の肩に手をつくと、そのまま軽々と飛び上がり、宙を舞うようにしてカルヴィンの背後へと降り立った。


それを目で追うようにして振り返るカルヴィン。

アレシアはまるで踊るように軽やかな足取りで数歩後ろに下がり、「ふふっ」という楽しげな笑い声をもらしながら両手に持つ扇を振るった。

鳥を模した炎がカルヴィンに襲いかかる。


カルヴィンはすぐさま体を屈ませそれを避け、その低姿勢のままアレシアへと迫った。


アレシアは距離をとろうと再び床を蹴り後ろに飛び上がる――が、カルヴィンがその足を掴み引き寄せるようにして床にたたきつけた。


「っ――」


衝撃に目を瞑ったアレシアのその一瞬の隙をつき、彼女の上に来たカルヴィンはその喉元めがけて剣を振り下ろす。

しかし、アレシアは横に転がることでそれを寸前でかわした。


アレシアのすぐ横に着地したカルヴィンはすぐに体の方向をかえ、起き上がろうとした彼女の頭を掴み壁へと打ち付ける。


「っ……、子ども相手に、随分と大人気ないですね」


吐血しながらそう言うアレシアに、カルヴィンは余裕の笑みを浮かべながら返した。


「そりゃ当たり前だ。お前は暗殺者で、今まで数々の強者を殺してきたんだ。容赦なんてするわけねぇだろ?」


そう言って、彼は剣を振り上げた。

アレシアがそこから逃げようとするが、カルヴィンの手がそれを許さない。

女、それもまだ子どもの力で、彼に勝てるはずがなかった。


「最後まで面白いやつだったよ、お前は」


鮮血が、飛び散る――。


アレシアの体が横に傾きそのまま倒れた。


下ろされた彼の剣からは血が滴っている。


動かなくなった彼女の体を見下ろし、カルヴィンは小さく吐き捨てるように言った。


「餓鬼が……。この俺に刃向かおうなどと考えるからこうなるんだ」


どこか悲しみを感じさせる声音。

利用している立場でありながら、彼女に情を抱くようになってしまったようだ。


(この俺としたことが。……裏切られることを忘れていた)


剣についた血を振り払い彼女に背を向ける――。





「――あなどりすぎですよ、カルヴィン様」



――カルヴィンの体に、鈍い衝撃が走った。


……彼女には背を向けたはずだった。


はずなのに――。


「私の最も得意とするものを、お忘れですか?」


その声は、カルヴィンの目の前――いや、すぐ下から聞こえる。


恐る恐る、目線を下へと向けた。


「……最後のご命令――」


そこには見知った顔の、見知らぬ笑顔があった――――。




「――完了いたしました、カルヴィン様」










アレシアは自身を見下ろす濁った彼の瞳を、何の感情を抱くことなく見つめる。


やがて力を失った彼の手から剣が床に落ちた。

そして彼自身の体も傾く。


アレシアは突き刺していた自身の剣を抜いた。

飛び散った鮮血が白の着物を赤く染める。



「――死んだ」



動かなくなったカルヴィンを見下ろし、彼女は呟いた。


彼の手から解放された喜びが胸に込み上げる。


しかし彼の後ろにあるもう一つの死体が目に入り、アレシアの中の感情は再び冷めていった。


「ごめんなさい。……あなたのことは、もう少し利用させていただきます」


その死体はメイド仲間の一人だった。

唯一仲の良かった女。


背格好の似た彼女がこの部屋を訪れ、そしてアレシアの代わりに殺される――これら全てはアレシアが仕向けたことだ。


仲を深めたのもこのため。

利用するためだけに関ったに過ぎない。


アレシアは彼女と目が合うたびに幻覚をかけていった。

触れる度に彼女の体内に自身の魔力を拒否反応が出ないように少しずつ流し込む。

そうすることで自分と彼女の感覚をリンクさせ、そして――彼女の体をのっとった。


ただの幻覚や分身では闘うことはできても、が何もできない。


しかし生身の体を自身のものにすることで、魔法も使うこともでき、死んだあとも融通が利く。

というのも、魔法で姿を偽り、死んだあとも残った魔力でその姿を偽り続けることができるのだ。

屍になってもなお、魔力が尽きるまで使える身代わり――。




「…………」


アレシアにはそうするしかなかった。


募る罪悪感も、それに代えることはできない。


なぜならもう、時間がないのだ。


“彼ら”に残された時間は、あと僅か――。



「ごめんなさい」



アレシアは最後そう言い残し、剣を手離した。

すると、剣は炎に包まれる――。


――その炎が剣諸共消えたときにはもう、彼女の姿はなかった。



冷たい風が窓から吹き込み、木の葉がカルヴィンの傍らに舞い落ちる。


静かに、その葉は血の海に沈んでいった――……





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