最後の晩餐

その日の夕食は、いつもより早めに準備がされた。


理由は簡単。

“最後の晩餐”をするためだ。


――――最後の、幸せを。



闇の存在が知られたのなら、騎士たちが捜索をしないはずがない。

そして、ここは一つの街しかない小さな国。

この場所を知られるのも時間の問題だ。


「わぁ……! 今日はすごいごちそうだね!」


子ども達が食卓に並んだ料理を見て目を輝かせた。

そして次々に定位置に座り始める。


「どうしてこんなに豪華なの?」


「今日って誰かの誕生日だったっけ?」


子ども達はその純粋な目でアレシアたちに問いかけた。

どう言うのが正解かわからず、アレシアとリヒトは黙り込んでしまう。

フィリスとアドルフは目を合わせると、優しい声音で言った。


「今日は、みんなにとって、大事な日だからよ」


「みんなにとって、特別な日だ」


「「…………?」」


フィリスたちの顔は言葉とは裏腹にどこか寂しげで暗く、子ども達は違和感を持つ。

五年という月日はあまりにも長い。

彼らも、もう忘れてしまっただろう、……【死】に追われるあの感覚を。


「なぁ」


リヒトがソフィアたちに声をかける。


「チビたちにも、ちゃんと言って、聞いてもらったほうがいいんじゃねぇの? 俺たちが決めていいことじゃねぇだろ」


その言葉に一瞬の沈黙のあと、アドルフがふっと息をついて「それもそうだな……」と小さく答えた。


そして、子ども達に現状を話す。

子ども達にとってあまりにも残酷な現実をつきつけるのは、親という立場であるアドルフたちにとっても苦しいものだった。


ほとんどの子どもは思い出した自分達の立場に、みな何も言えずにいた。

静かに涙を浮かべる者、唇を噛み締める者、ただ茫然と虚空を見つめる者――。


「……しょうがないよ」


一人の子どもが呟くように言った。


「ぼくたちは、闇だから」


「わたし、幸せ、たくさん感じたもん」


「願い、叶ったから」


「普通にくらして、普通な“幸せ”を手に入れるって願い」


「だからね、――もう、いいよ」


そう言って、子ども達は寂しげに微笑んだ。

彼らの言葉は“子ども”とは思えないほど、落ち着いたものだった。

そして、その年齢に相応しくない大人びた表情――。


それは、どこか諦めたような、けれど幸せそうな、儚いものだ。


アドルフたちも初めて見るその表情に驚くものの、やがて彼らの顔も同じ表情に変わる。


一人、アレシアだけが、悔しげに顔を歪めていた……。



彼らの笑みを……なぜ、失わなければ、ならない――――?



その怒りに似た悲しみは、どこにも、ぶつけることはできない。


ただ彼女の中で渦をまくように大きくなっていくそれ。

アレシアは、目を瞑り、こらえるように、俯いた――――。




「さて、と。じゃあ、最後の晩餐といきますか」


アドルフがそう言って、食事の始まりを仕切る。

始まった晩餐は、幸せに溢れた思い出話で積もり、それは星が夜空を埋めるその時まで続いた――。






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