罪無き罪人
夜は更けていき、外は唯一の光源である月に照らされている。
アレシアの中では理性と感情がぶつかり合い、彼女は自分がどうするべきかを考えあぐねていた。
結論は一向に出る事無く、やがて……決断を下さねばならないその時が訪れる――――。
――外が騒がしくなり、その根源となる者達が蹴破るように扉を開け現れた。
「――我ら五カ国に認められし者。悪の象徴“闇”の者達を捕らえに来た」
彼らは、この小さな国を守る騎士。
その腕前は、各国の中の騎士団において選りすぐりのもの。
つまり、最高峰の騎士たちの集まりだ。
そんな彼らは、正義を振りかざすかの如くその名声を高々と言い、そして、アレシアたちが住む家に絶望を届けにきた。
騎士達を前に恐怖に満ちた未来が現実味を帯び、アレシアの体を震わせる。
子ども達も僅かに体を震わせ身を寄せ合っていた。
「やっと、来ましたか」
「お待ちしておりましたよ」
アドルフとフィリスがゆっくりとした調子でそう言い、騎士達を出迎える。
そこに恐怖はさほど見受けられない。
これから死ぬ者とは思えないほど穏やかだった。
騎士達が縄で両手首を縛ろうとした瞬間、リヒトがそれを止めるように騎士に声をかける。
「どうか、縄で縛らないでいただけませんか。最後くらい、みんなで外を“普通に”歩きたいんです」
その言葉に、リーダーらしき男は言った。
「何を馬鹿なことを言っている。罪人を逃がさぬよう縄で縛るのは、当たり前のことだろう」
「――“罪人”?」
騎士の言葉を聞いた瞬間、アレシアの中で抑え込んでいた何かが、切れた――。
「いつ、誰が、罪を犯したっていうの……? この中の誰が、犯罪を犯したっていうのよ!!」
爆発した感情をそのまま口にするアレシア。
そんな彼女を止めようと口を開いたフィリスだったが、リヒトがそれを止める。
その時フィリスが見た彼の表情は、初めて見るものだった。
――酷く、悲しみに歪んだ顔。
「お前、髪も目も、黒くないな……。闇じゃないのか……?」
騎士が訝しげにアレシアを見る。
だがアレシアは騎士に構う事無く、叫ぶ様に怒りをぶつけた。
「罪人っていうくらいなら、罪状があるはずでしょう? 言ってみなさいよ。それが、“存在すること”だっていうなら、その理由は? 言えないでしょう?! だって何もしてないんだから!!」
アレシアの目に、感情の昂ぶりを表すかのような涙が溢れ出す――。
「ただ普通に暮らして、幸せを望んで――それのどこが、いけないっていうの……。“普通”がただ、欲しかっただけなのに……」
声が震え、目に映る世界が涙に歪んだ。
「あなたたちがやっていることは……罪の無い民を殺す――それこそ、犯罪よ」
憎しみのこもった目で、
だが、返ってきたのは、――嘲笑だった。
「何をほざいている、この娘は」
「――?!」
「“闇”は“悪”だ。悪者は、犯罪をしでかす前に捕まえる事が理想だ。被害者が出ないことに越した事はない。犯罪者――つまり、罪人。罪人はすなわち、――悪。悪は? ――そう、“闇”だ」
まるで諭すようにそう言う騎士。
彼の顔には、その黒く歪んだ優越感に浸った――まさに“悪”と呼ぶに相応しい笑みを浮かべている。
「…………」
アレシアは愕然とした。
何を言っても、通用しない。
彼らにとっての常識の中で、“闇”と“悪”はイコールで繋がってしまっている。
そこに不具合などあるはずもなく、疑問さえ抱く事はない。
――この世界が、“闇”という存在を否定しているのだ。
それをまだ幼い少女の言葉だけで、覆せるはずがない。
アレシアの頭に、悲しい一つの疑問が浮かぶ。
――“闇”は、何の為にこの世界に生を受けたのだろう。
その存在意義が、光と闇――正義と悪の均衡を保つためだけだというのなら。
その役目を果たす“悪”の立場の者は、目の前にいる騎士たちではいけなかったのか――。
その答えを彼女に与える声があるはずもなく、アレシアは目の前の現実を、ただ呆然と見つめることしか出来なった――……
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