嘘の中の真実
毎朝
それに遅れてきたアルフォンスの瞳が、日に照らされた一瞬、色を変えたように見えた火王は、それを忘れられずにいた。
いや、変えたというより、透けたというほうが正しいだろう。
火王は騎士団へ命令を出すと、アルフォンスを連れ執務室へと向かった。
「もう一度、問う。言え。お前は何者で、何を隠している。……本当の姿を見せろ」
火王がアルフォンスをじっと見つめ、その声を低くしそう問うた。
アルフォンスもどこか緊迫した空気に笑みを消す。
「――――あーあ。バレないと思ったんだけどなぁ……」
その言葉に、火王のみならず側のアレックまでも眉間に皺を寄せた。
「……お前、刺客か」
アレックは冷静で、でもどこか怒りを秘めたような物言いでアルフォンスにそう言い、腰に差された剣を抜き放つ。
だがアルフォンスの顔には再び笑みが浮かんだ。
「そんな怖い顔しないでよ。それも刺客なんて、酷いことを言うねー」
「――何者だと聞いている。早く答えろ」
火王の言葉にアルフォンスはため息をついた。
そして手を目にやる――――。
「何をするつもりだ――!?」
アレックが剣の矛先をアルフォンスの首に向ける。
「――やめろ」
しかし、それを火王がその一言で制した。
アルフォンスはその様子に僅かに笑みを深めると、右手で自らの右目を覆う。
そして――――。
「「――!!」」
その手が外されたときには、その目は色を変えていた。
先ほどまでの朱色の瞳はどこにもなく、そこには鮮やかな紫の瞳があった。
左も同じようにすると、次の瞬間には朱色ではなく紫の瞳になっている。
「どういう、ことだ」
僅かに震える声でアレックがそう口にした。
火王もその目を見開いている。
「単純なことだよ」
アルフォンスはそう言って右の掌をを見せた。
そこには薄く小さい、朱色をした丸い何かがのっている。
「それは……?」
火王が問うと、アルフォンスはたった一言。
「“カラーコンタクト”――通称“カラコン”っていうやつだよ」
「か、から……?」
「カラコンだよ。か・ら・こ・ん。あぁ、それと――」
左手を髪にやると、それを掴み引っ張った。
すると、緋色の髪は姿そのまま左手に、露わになった髪は灰色をしている。
「そ、れは……?」
「ウィッグというものらしいよ」
「――らしい……?」
「あー……昔、知人に教わったんだよ。ほら、ボクは魔法が使えないから」
アルフォンスにとって“知人”と呼べる存在は唯一、“彼女”しかいない。
一瞬“彼女”の姿が脳裏を横切り、少し胸が苦しくなった。
「それで姿を偽っていたのか」
「まーね」
アレックは剣を鞘に納め、そしてアルフォンスに言う。
「なぜわざわざそれで偽っていたんだ」
「なぜって……見てわかんないわけ?」
「…………」
火王は小さく息をつき、少し黙り込んだあと別の質問をアルフォンスに投げかけた。。
「お前のその髪と眼、どこの国のものでもないな。薄い紫なら雷ノ国に僅かながらいると聞いたことはあるが……そこまで鮮やかな紫は初めて見る。……出身はどこだ」
火王はアルフォンスの眼をじっと見つめそう問う。
アルフォンスはうんざりしたような様子で答えた。
「知らない、物心ついたときにはもう“逃げること”が日課になってたから」
「……親は? どこの者だ」
「知らないよ。ボクはずっと独りだし」
どこか重い空気が三人を包み込んだ。
「ボクは親も故郷もない。物珍しいだろうけど、こんな色じゃ不気味にしか思えないでしょ? そしてボクが今よりも幼いときは、まだ闇が何人も生き残ってた。そんな中、ボクはどうされると思う?」
「…………」
「――殺されるんだよ」
火王とアレックの表情がどこか厳しくなる。
同情することははばかられた。
アルフォンスのような経験をしたこともない自分たちに、彼の気持ちを理解することはできない。
そんな自分たちに同情されるのは、彼にとっても気持ちいいことではないだろう。
「ボクのこの姿見ればわかるだろうけど、
「……そのお前に味方した子は、誰なんだ」
「言ったらどうするつもり?」
「別に殺そうとしているわけではない。アルフォンス、お前はもう私たちの仲間になったんだ。仲間を救った者を殺すわけないだろう。何かしらのお礼をしようと思ったんだ。そんな警戒するな」
「ふーん」
アルフォンスはその言葉に目を細める。
疑いの眼差しだ。
だが小さくため息をつくと、目を閉じる。
そしてどうでもいいかのような口調で言った。
「ま、嘘かどうかなんてもう関係ないけど」
「どういうことだ」
「んー? 死んだんだよ」
「っ……」
「殺されたんだ。本来守るのが仕事の騎士たちに」
「騎士に、だと――?」
「そうだよ」
彼の語ることは、闇でないことを除けば全てが真実だ。
このことを隠すことはアルフォンスにはできなかった。
責任を負うこともなくその事実を知ることもなく、彼ら騎士が普段と同じように生きることが許せなかったのだ。
「少しでも責任感じてるんなら、これからどうするかをちゃんと考えてよね」
アルフォンスはそう言って、執務室の出口へと向かう。
「待て。お前はこれからどうするんだ」
火王が呼びかけると、アルフォンスは立ち止まり振り返った。
「バレたらここにはいられないでしょ。ボクがいたら騎士団の統制がとれなくなるよ? ただでさえボクを良く思ってないやつがいんのに、火ノ国の者じゃないって知ったらそれこそ我慢できないでしょ。それもどこの者かもわかんないんだし。――わかった? だから、ボクは騎士団にはいられないの」
アルフォンスが言ったことは
アルフォンスをどうするか、その決定権はアルフォンス本人だ。
だがそれに案を出すことはできる。
「……アルフォンス、一つ聞きたい」
「何?」
火王はじっとアルフォンスを見つめ、その問いを口にした。
「――お前はなぜ、騎士になった」
「…………」
「そんな経験をしているなら騎士に恨みを持っているだろう。それなのになぜ、その騎士になった?」
アルフォンスは少し考える素振りを見せ、そして答える。
「んー、特にこれと言ってはないけど。ボクみたいな存在は他にはいないと思うし、“同じこと”なんて起きないだろうけど。ただ、一つをあげるとするなら――」
「するなら?」
アレックがアルフォンスの言葉を繰り返し、先をただした。
一瞬、アルフォンスの表情に何か黒い感情のものがうつし出された気がしたが、彼はすぐに笑みを浮かべそれを覆い隠す。
「――居場所がないから。ここの騎士団に入れば、少なくとも“逃げる”必要はなくなるし、住む場所も得られる。それに、もしも万が一、同じようなことがあったとしても、ボクと同じ思いをさせたくはないからね。それを繰り返させるわけにはいかない」
火王はその言葉を聞くなり、少しの間目をふせ考え込んだ。
そして席を立ち、アルフォンスに歩み寄る。
「――アルフォンス、お前はここにいろ」
「…………」
火王の言葉に、アレックも異を唱えることはなかった。
「お前の強さは確かだろう。お前に勝る者はそういない。我が騎士団においてもお前は必要だ」
「それは、“ボクの力”が、必要なんでしょ?」
「そうだとしても。それで十分な理由になるだろう」
その言葉にアルフォンスは僅かに目を見開く。
予想だにしていないことに驚きを隠せないでいた。
「――ははっ、まさかあんたが許してくれるとはね。それも、宰相さんまで何も言わないとは思わなかったよ」
「…………」
アレックは自分に向けられたアルフォンスの視線を流すかのように彼から目線を外す。
「この国の王が言うんだ、それに逆らう者はいないよ」
笑みを浮かべてそう言ったアルフォンスに、火王も笑みを浮かべて言った。
「歓迎しよう、アルフォンス・レンフィールド。お前は我が【紅蓮の聖騎士団】の団員であり、私たちの大切な仲間だ」
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