仕組み
アルフォンスは火王の執務室を後にして、自室に戻った。
部屋に入ると窓からは日が差している。
太陽が真上に昇り、丁度一番暑いときだ。
火ノ国は五大国の中でも最も気温の高い気候をもつ。
そのため部屋の中は熱気に溢れていた。
アルフォンスは部屋に入るなり、すぐに窓を開け換気する。
そんな彼にその
『まさかあんな方法で、あの火神を騙すとはな』
アルフォンスは得意気に笑うと、火王の執務室に行く前の出来事を思い出す――。
――『剣に関しては満足かな。でもまだ、やらなきゃいけないことがある』――
そう言ったアルフォンスに、邪神竜は言う。
『お前の言う“やらなきゃいけないこと”っていうのはたくさんありすぎて、どれのことなのかわからん』
『少し考えれば君もわかるでしょ。――僕のこの髪と目のことだよ』
邪神竜の言葉にアルフォンスは口には出さず、心話によってそう伝えた。
アルフォンスは部屋に置かれた全身をうつす鏡の前に立つ。
そして顔を近づけ、鏡にうつる自らの髪と瞳をまじまじと見つめた。
『それがどうした。本当の色はバレてないはずだろ?』
『バレてないから、やらなきゃいけないんだよ』
『……あー、なるほどな』
『君、本当にわかってんの……』
邪神竜は答えない。それが何よりの答えだ。
アルフォンスはため息をつき、そして説明をする。
それを邪神竜は聞きながら考えつつも、どこか楽しんでいた。
『火神は心を司るんでしょ?』
『そうだ。心を見透かすのに長けていてな、五属性の神々の中ではトップだぜ? 俺でも気を抜けば見透かされる』
『そんな火神にさえ、はっきりとは僕の感情は読めない。まぁそれは僕の
『まぁ、そうだな』
『それで、まだ火神たちは“闇の僕”と“アルフォンスとしての僕”を別人だと捉えてくれてるけど、その二人は当たり前だけど共通点が多いわけで。
“アルフォンスとしての僕”が疑われるのは必然。魔法で姿を偽ってるって思うのが普通だけど、神であるはずなのに魔法を見抜けない』
『“闇のお前”の顔は見えてなかったはずだし、確かなものがないから判断もできない。だから疑われるし、むしろ疑うしかないな。ま、信用が得られないのは確かだ』
『そ。でも“アルフォンスとしての僕”が疑われるのは困るんだよねー。大分行動できる範囲が狭くなるし、いろいろやりにくいしさ』
『なるほどな。······それで? どうするつもりだ』
『――それで、だ。その二人が別人だっていうのを、確実なものにする』
『どうやって』
邪神竜が問うと、アルフォンスは笑みを深めて言う。
『良い物があるんだ――』
――そうしてアルフォンスが用意したのが、あのカラーコンタクトやウィッグだったのだ。
そうしてアルフォンスとしての地毛の色を灰色にし、本来の瞳の色を紫とした。
それはもちろん魔法で。
偽装魔法は、実力のある者ならそれなりに見抜くことができる。
だが、コンタクトやウィッグはどんな者であれ、それをすることはできない。
例えそれが神であっても、だ。
――魔法ではないから。
魔法ではないから、見抜くも何もない。
あの少女がそう言っていた。
少年がまだ邪神竜と契約をしていない、魔法の使えなかったとき、彼はその少女からもらったこれを使って姿を偽っていた。
『ほら、ね? 動いても何ともないし、魔法でもないんだから心配ないでしょ?』
少年はそう言って、実際につけ動いてみせる。
しかし、
『お前、どこでそれを知って、手に入れた』
その声はやはり驚きと共に楽しそうな調子を持っている。
だが同時に、誤魔化すことを許さない、まるで問い詰めるような雰囲気も僅かにだがあった。
少年はその声の雰囲気に違和感を持ちつつも答える。
『火神に言ったことそのままだよ。あれは本当だ。昔、僕にも“知人”と呼べる人がいて、その人から教えてもらったんだよ』
『他には?』
『は?』
『他に知っていることはあるか』
邪神竜のそう問う声には、もう“楽しむ”の“楽”の字さえなかった。
そこには、ただただ“問い詰める”という厳しさしか込められていない。
まるで“何か”を恐れているような――。
『君の言う“他”ってのが何を指してるのかわかんないよ。――何をそんなに恐れているわけ?』
邪神竜は少年の問いには答えず、少しの間何か考え事をしていたのか口を開くことはなかった。
『……――ま、いいか』
そう口にすると、邪神竜からは先ほどまでの厳しさは消え、そして彼は何事もなかったかのように少年に話しかける。
『お前の好きにすればいい。俺は楽しめればいいからな』
その言葉の真意は本人にしかわからない。
少年は少しの違和感を持ちつつも、何も言うことはなかった。
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