弔い

「アルフォンス」


火王がアルフォンスの名を呼び、そして傍らにいる男を紹介する。

その男は帰還した彼女に真っ先に声をかけた者だ。


「こいつはこの国の宰相、アレックだ。アレック・ローウェル。何かあればこいつに言え」


そう言うと、火王は彼の肩に手を置き言う。


「アレック、悪いが私は騎士団のほうに行く。犠牲が多すぎたのでな、対処をしなくてはならない」


「わかりました。……命を落とした騎士たちの遺族を呼んでおきましょう。死んでもなお家族に会えないというのは悲しいものでしょうから」


「ああ、そうだな。……あとは頼んだぞ」


「はっ」


そうすると彼女はその場にいる騎士団員に集合をかけ命令を下す。

そしてアルフォンスに自分のあとについてくるよう言うと、何人かの騎士を引き連れどこかへと向かい歩き出した。




――ついた先は、闇との戦闘があった場所。

戦闘により命をおとした者を城に連れ帰るのだ。

そして弔わなければならない。


騎士たちは目の前に広がる光景に茫然とした。

信じられないような、無残な光景である。


横たわるいくつもの同胞の姿。

それは自分と同じ、〖紅蓮の聖騎士団〗の制服を身にまとい、つい昨日まで一緒に過ごしてきた仲間だ。



そんな彼らが、――、血を流し死んでいる。




「……皆、分身の魔法を使えるな」


「…………」


「……あまり騒ぎが大きくならないうちに、早く連れて帰るぞ」


火王の言葉に騎士たちは動き出すものの、その顔は悲痛に歪んでいた。

それをアルフォンスは呆れるような目で見ると小さくため息をつく。

そして火王に言った。


「……どうしてボクを連れてきたわけ? ボクは何もできないよー」


「“できない”ではなく“やらない”の間違いだろう」


「えー、そんなことないよー」


どこか棒読みにアルフォンスは答える。

そんな彼を火王は呆れた目で見た。


「……まぁいい。お前には別の用があって連れてきた」


火王は目の前の残酷な光景に目線を戻すと、アルフォンスのほうを見ることなくそう言い、そばにあった黒いローブを手に取る。

それは消えた闇の者が着ていたものだ。

闇の者達が消え、残った黒いローブがあちこちに落ちている。


「――あいつは、……あいつらは、どうして民家を攻撃しなかった。……“復讐”と言っていたが、民家には一切手を出していない。我々騎士団にしか攻撃をしてこなかったんだ。……何か、知っていることはないか」


「…………」


アルフォンスはそう問う彼女を笑みを浮かべたまま見つめた。

しかしその目は笑ってはおらず、どこか冷めている。


「……さぁね。ボクは闇については詳しいつもりだけど、闇そのものじゃないからね。その考えまではわからないよ」


「…………」


「ただ一つわかるのは、“次”があるということだね。闇の目的は復讐。……慈悲なんて、ない」



「……そうか」


火王は小さく呟くような声でそう返した。

その表情は一人の“王”として、そして一人の“神”として、闇という存在に対する怒り、憎しみ、そして恐怖に近い感情に歪んでいる。


「アルフォンス、お前はこの闇の者たちが着ていたローブを回収しろ。あとでまとめて燃やす」


「はーい」


その命令どおり、アルフォンスはローブを回収しようと近くにあったローブを拾い上げた。



「――まさか、闇が生き残っていたとはな……」



火王のそんな呟きがアルフォンスの耳に届く。


その時、一瞬だけ彼の表情から笑みが消え、憎しみの感情が露わになった。


しかしすぐにそれは笑みに覆われ隠される。


だがその手は強く握りしめられ、感情を隠しきれてはいなかった。







――死んだ騎士たちが城に帰還する。


空には日が昇っているものの、それは厚い雲に覆われ姿を隠し、地上に降り注がれるはずの光はない。



一人一人が黒い棺に入れられ、その周りを遺族たちが囲んだ。

アルフォンスはその中の一人の女に目がいった。

その女は信じられない、信じたくないというように棺の中を見つめている。

冷たくなったその手に触れ頬に触れ、もう二度と開かれないその目を見つめていた。

死んだ彼のものであろう名前を繰り返し呼んでいる。

その目には徐々に涙が溢れ、やがてその頬を濡らした。


――その女は、棺の蓋が閉められるその時まで、その場を離れようとはしなかった。


他の遺族が引きはがすように女を離れさせると、「いっそ自分も殺してくれ」と嘆いた。

そうして崩れるようにその場に座りこむ。

止まることをしらない涙を拭おうともせず、死んだ彼の姿をずっと見つめ続けていた。


そうして全ての棺の蓋が閉められた。

その蓋には【紅蓮の聖騎士団】の紋章が描かれている。

火の国〖レッドフォーリア〗の象徴である紅蓮の花と火竜が描かれ、そして騎士団を示す一本の剣を火竜が手にしたものだ。


そのいくつもの棺は、あの時城を守るべく残っていた騎士たちによって墓地に運ばれた。

そのあとを遺族たちがついていく。


それをじっと見ていたアルフォンスの表情は残酷なまでに無表情で、その目に光はなかった。






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