太陽と月
城から全ての棺が運びだされ遺族もいなくなり、あとには重苦しい空気だけが城に満ちていた。
少しして、アルフォンスが城の外に向けて歩き出す。
「待て、アルフォンス」
火王が呼び止めるが、アルフォンスは歩みを止めない。
「どこに行くつもりだ」
「ちょっとね、気晴らしだよ。こんな重苦しい空気の場所にずっといたら、気がおかしくなりそうだもん」
歩きながらそう答え、やがてその姿は城の門を出て見えなくなった。
呆れるように小さくため息をつくと、火王は宰相のアレックに向けて言う。
「私は仕事に戻るとしよう。アレック、行くぞ」
「はい。……皆も仕事に戻るように」
そう言い残すと、火王とアレックは城の中へと歩き出す。
その姿が見えなくなった頃、ようやくその場にいる全員が動き出しそれぞれの仕事に戻った。
アルフォンスはずっと歩き続け、やがて森の中に入っていく。
どんどん奥へと入っていき、誰もいない森の最奥までくるとふと止まった。
人がいないことを確認するように周りを見回すと、空中に手をかざす。
そうして小さな声で呟くように言った。
「……――――ヘリオスセレーネ」
瞬間、手をかざしていたところに一筋の線が入りやがてそこが両側に裂ける。
その裂け目の向こう側にあるのは――
――あの、忘れ去られた街。
アルフォンスがそこに足を踏み入れると、その裂け目は閉じられ一筋の線さえ消え、何事もなかったかのように元に戻った。
アルフォンスが一歩一歩進むたび、その音が虚しく街に響いた。
忘れ去られたこの街に、人はいない。
彼の闇の少年としての顔を知っている者は皆死んだ。
この街を離れた住人さえ、彼は探し当て殺したのだ。
闇に堕ちた者たちは、先の火の国の騎士たちとの戦闘で死んだ。
僅かに生き残っていた者たちも彼の手で殺された。
よってこの街を知るもの、そして彼の少年としての顔を知るものは本人以外にいなくなった。
この街はもともとどこの国にも属さない、そしてどこの国にも属する街だった。
火・氷・水・風・雷、これらの国の大陸がすべてぶつかり合う場所にこの街はあった。
円形に近い形に成る五大国は、その円の中心でぶつかり合う。
そこにこの街はあり、様々な属性の者たちが住んでいた。
五属性はもちろん、――闇も。
闇の存在はどの国においても邪魔でしかない。
そんな闇が自然と行き着くのはこの街だった。
だがここでも、闇の居場所はなかった。
誰にも見つからないように息をひそめ暮らす。
それでも、生き残れたのは少年だけだ。
この街は一つの小さな国だ。
たった一つの街しかない、小さな国。
だがそこの強さと権力は、とてつもないほどに大きなものだった。
当時ここに住んでいたものたちは“王”という存在は知れども、それがどんな者なのかは知らなかった。
もちろん、少年もそうである。
だがその絶大なる強さと権力を五大国の王たちは知っていた。
それに疑問をもつものはおらず、人々はそれが至極当然のように思っていた。
その
なぜそれほどまでに大きな強さと権力をもっていたのか。
それは、そこを治める王が、――あの〖天神〗だと云われていたからだ。
そう……全ての創造主であり、全てを司るもの――光ノ神〖天神〗である。
各国の王は皆、各属性の神。
光ノ神の存在を知らぬ者はいない。
神という存在であっても、光ノ神は別格だった。
その姿はおろか声さえ聞いたことのある者は、神の中にもいなかった。
だがその存在は確かにあったのだ。
神にしかわからぬ、その気配である。
各国の神――すなわち王は、この小さな街を一つの国として扱い、五人で〖天神〗に変わり守ることにした。
この国の名前は〖ヘリオスセレーネ〗。
【太陽と月】という意味のものだ。
神々は、各国の王たちは、その国を守ろうとした。
――そう、守ろうとしたがために、滅びてしまったのだ。
闇の存在を知った彼らは、闇を残滅させるべく動き出した。
一度戦争が起きたほどだ。
闇の数は少なかったものの、その力は通常よりも強いものだった。
しかし五大国を相手に敵うはずもなく、闇は滅びた。
――たった一人、少年を残して。
アルフォンスは少し開けた高台の上に来て、一つの小さな石碑の前までくると立ち止まった。
そして魔法を解き、闇の少年の姿に戻る。
黒いローブは着ているもののフードは被ってはおらず、その顔が露わになっていた。
「……久しぶり、ソフィア」
そう言って石碑の前にしゃがみ込み、そこにかけられた首飾りに優しく触れる。
その石碑には“ソフィア・フランシス”の文字。
かつて、天使と謳われた少女の名前だ。
「君は僕を許してはくれそうにないね。だってたくさんの人を殺したもの。本当の“闇”になったんだ」
彼の目はいつものあの冷たいものではなく、愛おしそうに石碑に書かれた文字を見つめている。
「……君は、こんな僕を嫌うかな」
そう呟く彼の表情は、とても優しい微笑みを浮かべ、そして悲しそうに歪んでいた。
いつもの悪魔としての彼の姿はどこにもなく、一人の人間としての彼だった。
少年は魔法で花をだし、それを石碑の前に置く。
その花は薄く桃色がかり、どこか儚くそれでいて優しい雰囲気のものだ。
そしてそれは、ソフィアという彼女が好きだった花。
「……まだ、僕にも、こんな綺麗な魔法ができたのか」
誰に言うでもなく、少年は静かにそう呟いた。
自らが出した花を見つめているうちに、ふと昔のことを思い出す。
そう、この花の色は、彼女の瞳の色に似ている。
やわらかで 、優しい色だ――。
そして少年は儚げに笑った。
「……懐かしいこと、思い出したな」
そう言って、すっと立ち上がる。
「僕はもう行くよ。この街を離れる前に“あそこ”に寄る。……また、来るから」
名残惜しげにまた石碑にかけられた首飾りに触れ、そしてその場を離れた。
暫く歩き、やがて一つの小さな家の前までくると、少年はふと立ち止まった。
その扉をゆっくりと開け、中へと入る。
その家は木でできていて、あちらこちらに穴が開き廃れていた。
「……ここにくるのも、久しぶりだな」
階段を上り、二階へとくると一つの部屋に入る。
そしてその部屋の押し入れを開け、そこの壁に手をかけた。
ガタッという音と共に壁が外れたかと思うと、そこに階段が現れる。
そこを上っていくと屋根裏へとたどり着いた。
「……懐かしい」
そこはアイリスという少女との思い出の場所だった。
壁に描かれた絵に触れる。
その壁の絵は、僕と彼女がここにいたのだという印。
そしてその部屋だけは、少し埃はかぶっているものの、当時と変わっていない。
日の差す窓の下に座り込み、壁に背を預ける。
少年と少女はよくこうして二人でいた。
温かい日の光に包まれ、当時と同じように静かに眠りに落ちていく。
夢の中へと落ちていく少年の表情は、めずらしく穏やかなものだった――――。
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