不自然すぎる光景

「じゃあそろそろボクはお暇しようかな」


そう闇の少年が呟いた瞬間、彼の背後に一つの亀裂が入った。

そしてそこから景色自体が二つに裂け何も見えない暗闇が現れる。


いわば“時空の裂け目”である。



「じゃあね、火ノ神……火神アーデンティリアスさん」



「っ……?!」


火王は目を見開く。


少年が呼んだその名は彼女の本当の名。

普通では知り得ないものだ。


……そう、“普通では”。


「待て!! 何故お前がその名を知ってる!?」


そう火王が問うが、少年はそれに答えることなく、ただ笑みを浮かべるだけだった。


そうしてそのまま、少年は時空の狭間へと姿を消した――。




「――くそっ……」


火王は舌打ちをし、少年が消えていった裂け目があった場所を凝視した。

しかし――。



「……なーにしてんですか、女王様?」



声のしたほうに目を向けると、緋色の髪に朱色の瞳をした少年――アルフォンス・レンフィールドがいた。


「……そんなにボーっとしてると、殺られちゃいますよ?」


そう言って、彼がその手に持つ剣を振り上げる。


「――っ!!」


次の瞬間、火王のすぐ後ろで鈍い音と共にうめき声が聞こえた。

目を横にやってみれば血塗れた剣が鈍く光ってる。


その剣が引き抜かれると同時、背後ではカランという虚しい音と何かが倒れる音がした。

ゆっくりとそちらを見やる――。



「――――こーんなふうに、ね」



少年がおどけたようにそう言う。


そこには闇の者が倒れていた。


火王はその者を見、そしてすぐに眉間に皺を寄せる。

驚きを隠せなかった。

そして違和感を感じざるを得ない。



まず一つは、背後にいた闇の者の気配を感じなかったこと。

火王――いや、火神でありながらその気配を感じることができなかった。


人であるならば必ず感じるはずのそれを。



者ならば必ず感じるはずのそれを。



……感じることができなかった。



彼女が感じたのは――




――――者に感じるはずのものだったのだ。




だから彼女は、背後から迫る攻撃に気付くことができなかった。





二つ目は、目の前にいる少年の攻撃に自分が応じようとしなかったこと。


――いや、応じることがことだ。


少年の動きは目に捉えることさえままならず、神である彼女にさえ、反応できなかった。


そんなこと、今までに一度としてなかったのだ。


それなのに。

応じようとする一瞬さえ、なかった。


人間に、そんなことが出来得るのだろうか。




――しかし、それら二つを上回るほどのものが、目の前で起きていた。





もう一つ。



それは――――







「……どうして、血が、出ていない――?」







目の前で息絶えている闇の者の首には、穴があいている。

少年がもつその剣で刺したであろう穴が。



だが目に見えるのは、その抉られた穴なのだ。


そこから溢れ出るはずのものがない。




一切、血が、出ていないのだ――――。





火神が小さく呟いた疑問に答える者はいない――はずだった。

普通ならば誰が見ても、この光景に少なからず戸惑うだろう。


だが“彼”は違う。



「そりゃ、“死んだも同然の存在”だったからじゃないの?」



アルフォンスだ。

彼はこの不自然すぎる光景を目の前にして、少しも戸惑うこともなければ怖がることもない。

むしろその顔に笑顔さえ浮かべ、そう言った。

その言い方は、放たれた言葉の重さに似合わない、あまりにも軽いものだった。



「……どういう意味だ」


「そのままの意味だよ。死んだ者に血なんて必要ないでしょ?」



火神は思わず黙り込んだ。


その時、気づく。




辺りが、ことに――――。




「――あぁ、そうだ。……もうっておいたよ。




―――“全員”、ね」





彼の背後に広がっていたのは、地面一面に横たわる死骸だった。






そこに、人としての違いはない。




彼が言った言葉の通り――――










――――“全員”が、死んでいたのだ。









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