第81話 悪魔の実は緑色【ギャグ/ゲスト:オリガ】
「マクシム殿。こっちのトマトは収穫してしまっていいでありますか?」
「おう。ヘタの周りが青い奴は残して、後は収穫してやってくれ」
「マクシムー。こっちのズッキーニは?」
「そっちはまだ育つ。実の小さやつを間引くだけだ」
王立図書館勤続ウン年目。
ようやく月給のベースが上がり生活に余裕ができた俺は、図書館の裏手にある打ち捨てられた休耕地を地主から借りることにした。
盗賊稼業で長らく食ってきた俺だが実家は山間部の農家である。
同じく盗賊団に所属していた兄貴も、今や家業を継いで立派な農家。
ようは俺の地の中には野良仕事の血が流れているのだ。
「家庭菜園やるとか言い出した時には、いよいよマクシムも司書仕事に嫌気がさしたのかとびっくりしたわよ」
「話を聞いた時は正気を疑ったであります。マクシム殿の悪人面では農業どころか商売全般難そうでありますから」
「うっせえオリガ。農業に顔は関係ないだろ」
「あるわよ、この野菜は私が造りましたって、人相書きにして市場で売るのが最近のトレンドよ」
「一緒に違法なキノコでも栽培してるのかなって心配になる顔であります」
「わかる」
「勝手なこと言うな!! わるかったな悪人面で!!」
好きでこんな顔してる訳じゃないやい。
そもそも自分の食うもん造るくらいで市場に卸すつもりもないし。
というかその理屈で行くと、俺の兄貴は家業が継げないはずだ。
もっといえば親父も。爺さんだって。
収穫した野菜の入ったカゴを持ってケラケラと笑うエルフとネコ娘。
畑の収穫をするから手伝ってくれと頼んだが、女二人だというのにかしましくってかなわん。
これなら無理を言ってでもボールスに来て貰うんだった。
「しっかしまぁ、アンタにこんな才能があるなんてね。ちょっと見なおしたわよ」
「へいへい。どうせ悪人面の元盗賊には似合わない特技でございますよ」
「すねちゃったであります。冗談でありますよマクシム殿」
「陸軍の冗談ってのはキツイもんだなオイ。こんな調子だから海軍とか他国の陸軍と仲が悪いんじゃないのか」
「それは冗談以前の問題であります」
「悪かったわよ。土いじりなんてかわいい趣味してるから、ちょっと弄ってみたくなっただけじゃない。すねないで」
怒ってんだよこっちは。すねてなんかないやい。
まったく、何が可愛らしい趣味だよ。農業舐めやがって。
俺がどれだけ手間ひまかけて、このズッキーニとトマトを育てたと思ってんだ。この脳天気エルフどもめ。
基本は狩猟民族。一部は農耕などもやっているそうだが、人間と違って農業の苦労をよくしらないエルフに腹を立ててもしかたない。
俺は手にしていた茄子をカゴに入れると、一足先に執務室へと向かっていたリーリヤ達の背中を追った。
図書館入り口の扉を蹴って、泥まみれの靴で廊下を歩き、台所に収穫物をぶちこんで、代わりに水出しのコーヒーを持って執務室へ。
氷を造って待っていたリーリヤ。
彼女たちが持っているグラスに手にしていた瓶からコーヒーを注ぐ。
思い思いの席につく前に、乾杯、と、盃を鳴らす。
そうして俺はようやくデスクへと腰掛けて、首にまいていた手ぬぐいで顔の汗を拭ったのだった。
つかれた。
内勤ばっかりしていると、野良仕事ってのは堪えるもんだ。
「おっさんみたいな顔してありますなマクシム殿」
「あいつももう歳よね。たかだか三十年ちょっとしか生きてないのに」
「エルフと同じ感覚でものを言われても困る」
「しかし、楽しみでありますな、この後のマクシム殿の料理も。採れたてのナスとトマトのパスタとは。想像しただけで、じゅるり、垂涎モノであります」
口の端から垂れた涎を袖口で拭う猫軍人。
このだらしのない調子で、本当にこの国を守れるのだろうか。不安で仕方がない。
しかし、まて、猫の獣人だろう、こいつ。
「猫って、トマトとかナスとか、ダメなんじゃなかったけ」
「葉とか茎とかでなければ大丈夫でありますよ」
「まぁオリガはなに食っても大丈夫って感じよね。職業的にも、性格的にも」
「やや、リーリヤ殿の毒舌が自分の方に。酷い言い草でありますな」
「そういうお前は大丈夫なのか。トマト食べれないとか」
ふふん、と、エルフ、鼻を鳴らす。
くぴりとグラスの中のコーヒーを飲み干した彼女は、それを腰掛けていた自分のデスクに置くと、びしりと俺に向かって指先を突き出した。
その仕草になんの意味があるのかは分からんが。
「森に生きるエルフ族をなめないでいただきたいわ!! 四足歩行で歩くものと、緑色じゃない植物はなんでも食べるわよ!!」
「わぁ卑しん坊な一族」
「四本足だと犬猫も食べることになるでありますが」
「細かいことは気にしない。ナスもトマトも大好物よ、ズッキーニも、まぁ、緑だけれどOKね!!」
そりゃまたなんとも健康的なことで。
好き嫌いのないことはいいことだ。きっとリーリヤはいい奥さんになることだろうよ。人間的にも、体格的にも。
まぁ、それを聞いて安心した。
俺は手にしていたグラスを自分の机に置くと、もう一杯、空になったグラスに水出しのコーヒーを注ぐ。
「はて、なんでありますかな、これ」
ふと、そんなことをしている俺の横で、オリガが不思議そうな声を上げる。
反射的に彼女の方を見れば、なぜだか、その姿がない。
少しして、彼女がかがんでいることに俺は気がついた。
どうしたんだと声をかけたその先で、オリガは何やら地面に視線を向けている。
土くれ。
先ほど野良仕事をしていたおかげで、執務室の中に入り込んだものだろう。小さな土の塊を見て、彼女は目をぱちくりとさせている。
別になんでもないものだ。
汚いというなら、後で箒で掃き出しておけばいい。
「なんだよ、お前、そんな綺麗好きだったのか」
「いや、そうじゃないであります。なんか、芽みたいなものが、見えて」
「芽?」
これ、と、指差すオリガ。
靴の溝から落ちたのだろう、固まっているその中には、確かに、ぴろりと植物の小さな芽が見えている。
雑草でも混じっていたんだろう、別に気になるものではない。
と、思った矢先。
にょろり。
「は?」
「へ?」
「伸びた?」
その土くれの中に芽吹いた小さなそれがいきなり伸びた。かと思えば、それはそのまま天を穿つ勢いで成長をはじめ、事実、執務室の天井を突き破った。
何が起きているんだ。
戸惑う俺の視界の前で、また、違う緑色をした茎が天井をつく。
二つ、三つ、四つ。
七つ、八つ、九つ。
十を超えたあたりで俺は数えるのをやめて、代わりに違う言葉を叫んでいた。
「なんじゃこりゃぁっ!?」
どうなっているんだ、どうしていきなりこんなものが執務室に生えるのだ。
そもそもなんの実なのだこれは。どんだけたくましい成長力があるんだ。
一瞬でここまで成長するだなんて、こんなもん農家が育て始めたら、国の食糧事情はそれだけで解決してしまうよ。
「なんなんだよいったい。魔導書かでもないってのに、この摩訶不思議な現象。いったいなにが起こっているんだ」
「まさか……」
訳知り顔で口元を手で隠したリーリヤ女史。
まぁ、なんとなく、お前が何かやらかしたんだろうな、とは、思っていたよ。
なんだよ何をやらかしたんだよ。
今度はなんの魔導書を間違って処置しちまったんだよ。怒らないから言ってみろよ、ほんと、これ以上怒らないからさ。怒りようがないからさ。
「あっ!! 見るでありますマクシム殿!! 茎に何か丸いものが!!」
「おぉ、なんか育ってる。なんだ、やけにでかいな、けど、どこかで見たことがある。おぉ、この、緑色をしていて、ごつごつしたこいつは!!」
ピーマン。
そう、ピーマンだ。
肉を詰めて焼いてもよし。
そのまま塩とこしょう、多種の野菜と炒めてもよし。
ほろ苦いそのどくとくの味わいが癖になる、緑のおやさいピーマンだ。
え、なに。ピーマンがなんでいきなり生えるわけ。
俺、別に畑で育てた覚えはないんだけれど。
あっけにとられる俺の横で、ごくり息を飲んだのはリーリヤ。
いつになく真剣な表情でその大きく育ったピーマンを睨みつける正司書様。
こころなしかその顔色は、目前の緑の果実のように青みがかっていた。
「やはり悪魔の実!! おのれ、ただしく処分したはずだったのに!!」
「悪魔の実だって!? お前、それ、どういうことだ!!」
「一週間前のことよ、魔導書『決定版家庭菜園:ピーマンの育て方 びっくりサイズのお化けピーマン』なるものが、図書館に届いたわ。私はそれを見てピンと来たの、これは危ない、これは危険だ。魔導書架に入れたらきっと大変なことになるとね」
「なんと。それでリーリヤ殿、いったいそれをどうされたのでありますか?」
「私はその魔導書を、細切れに裁断して、魔導書として機能しないようにして廃棄処分したわ。けど、どうやらその時、捨てそこねてしまった魔導書の切れ端が、この部屋に残っていたみたいね。その魔導書の切れ端が、マクシムが端正込めて整えた、家庭菜園の栄養満点な土と融合することにより」
「よしリーリヤ、ことの経緯はよく分かった」
リーリヤの言葉を止めて、俺は彼女に歩み寄る。
そして、がっしりと、逃げられないように、彼女の肩を捕まえた。
「どうしてそんなことしたんだ!! 『決定版家庭菜園:ピーマンの育て方 びっくりサイズのお化けピーマン』って、菜園系の魔導書のベストセラーだろ!! 別に危険な魔導書でもないだろ!!」
「だって、だって、ピーマン苦くて食べられないんだもの!!」
四足歩行で歩くものと、緑色じゃない植物はなんでも食べるんじゃないのか。
あぁ、そうか、ピーマン緑色だものな。
そりゃ食べれないか。
「って、アホか!! 子供じゃねえんだぞ!!」
「ダメなのよ。私、昔からピーマンだけはどうしても食べられなくって。見ただけで胸焼けが」
うぅ、と、額に手を当ててその場に立ちくらみする正司書エルフ。
ダメだこれは、と、あきれる俺の背中で、みるみる内に、成長したピーマンが執務室を覆っていく。
かくして、王立図書館は、悪魔の実ことピーマンによって覆われたのだった。
翌週。脳天気なアホ顔エルフの人相書きとともに、大量のピーマンが市場に出回ったのは言うまでもない。
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