第82話 俺のハニーは王国一【ギャグ/ゲスト:ボールス、ピョートル】

「三番、冒険者ボールス歌います!!」


 オーケストラの伴奏と共にステージ上のボールスが棒状の拡声器を握る。

 やんややんやとはやす声が投げかけられるそこはお立ち台。

 ここは王都の広場、年に一度の収穫祭が行われているそのイベントステージである。


 王都の収穫祭は、年に一度、秋の小麦の収穫に前後して行われる、一大イベントである。

 農業ギルドや王都の飲食店ギルドが主催するこのイベントは、王都をまるっと抱き込んでの巨大なフェスティバルだ。

 市民たちのどんちゃん騒ぎは、夜を越えて翌朝まで続く。

 道には隙間なく屋台が出店し、道にはここぞとばかりに粋な格好をした市民たちが列をなす。近隣の村からも人が集まり、人口密度を増した王都は、まるで一個の大きな生き物のように生ぬるい熱気を帯びている。


 そんな祭にも一応メインの出し物というか進行が存在する。

 王都にある最大の広場を貸しきって行われるそれは、やれ、王都で一番美人を決めるコンテストであるだとか、今年取れたかぼちゃの品評会、といった、場を盛り上がる出し物が中心だ。

 その中で、ここ数年、一番、盛り上がりを見せているのが、この歌謡コンテスト。


 王都、歌自慢コンテストである。


 美声は元より、歌詞の内容、歌としての難易度、あと審査員の好みを総合的に判断して優勝者を決めるこれは、大衆へのわかりやすさやコミカルな歌詞などがウケて、年々規模が大きくなってくいる化物企画だ。

 今年はついに地方予選が行われ、東西南北中央それぞれで選考の上、その中でも特別上手いとされた上位何名かが、ここ王都に集まることになった。


 そして何を隠そう、我が友ボールスもまた、王国西地区の代表に選ばれたのだ。


「すごいわねボールスさん。まさか、歌自慢コンテストの本戦に残るなんて」

「あいつな、戦士だから結構肺活量もあってな、声がよく通るのよ。戦士の歌とかもマスターしててな、これが効き目バツグン」

「意外な特技よね」


 意外と言えば、俺達のこの状況も意外だろう。

 ステージ端、ずらり並んだテーブルに横並びになった、俺、リーリヤ、そしてピョートル。屋台で勝ったフランクフルトを食べるスペースがなかったといって、こんな目立つ所に座る訳がない。

 つまるところ、俺ら三人は、この歌自慢コンテストの審査員である。


 コンテストの審査員は、例年、王都内の有識者――という建前のもとで、宮廷のメンバーで持ち回りである。今年はこれを図書館と、肩書大臣ピョートル様の三人で受け持つことになったのだ。


「しかし、意外な特技と言えばお前もな」

「なによう」


 図書館ではまず見ないおめかしドレス姿。薄いレース地を緑色のインナーにかぶせた、独特のそれを来たリーリヤは、まさしく深遠なる森の美女という形容が似合う佇まいである。

 普段のエプロンおだらけ姿とはえらい違いである。


 この女。一応、この王都内で行われる美女コンテストの、永世名人ならぬ永世ミスキングダム認定を受けている。

 十年連続で優勝した彼女は今や美女コンテストの重鎮。つい先程まで、王都内の綺麗所を集めた選考会で、訳知り顔であれよこれよと審査をしていたのだ。

 ほんと、普段は髪の毛三つ編みにしたり、ちょんまげにして大あくびとかしている、田舎娘なのに。


「なんかとても失礼なこと思われてそうだから、殴るわね?」

「なんでだよ何も言ってねえじゃねえかよ!!」


「お主ら、出場者がもうすぐ歌いだそうというところじゃ、静かにせんか」


 騒ぐ俺とリーリヤをピョートルのやつが窘める。

 いつでもしかめっ面、若い連中が何をしても苦い顔をしているこの男が、どうして今日は穏やかな顔をしてステージを見ている。


「あらピョートル様、おしつけられた割には意外に乗り気ですこと」

「あんたもなんだか意外な感じだな。こういうの別にどうでもいいとか言いそうなのに」

「歌はええもんじゃよ。歳をとるとな、そういうのがよく分かるようになる」


 いつもは歳より扱いするなと五月蝿い御仁がどうしたことか。


 まぁ、えてして老人というのは歌が好き。

 酒場で吟遊詩人の歌に耳を傾けているのも、若い奴らより歳の行った冒険者だ。

 なんとなくその反応は分からんでもない。


 しかし、老いぼれたものだな、ピョートル閣下も。


 などと思ってる内に、ステージの上のボールスがついに口を開く。


『俺のハニーは元修道女シスター。教会でも話題の大聖女』


「そうなの?」

「一応な。聖女というには色々と性格に難があったが」


 仲間の復活をしぶったり、信者の前だというのに悪態をついたり。

 そりゃもう俺やボールストは違う意味で、人間としては最低の部類に入る奴だったのは間違いない。女子供ににはそこそこ優しかったが、それだけだ。


 山村の街を子飼いの悪党に襲わせていた奴隷商を、「てめえらの薄汚れた心を清めてやるよ」と、聖別した風呂の水の中に何度も何度も沈めて溺死させては復活させていたあの光景を、俺は今でもありありと思い出すことができる。

 あの時の彼女の目は、神の下僕というよりも、あきらかに俺ら盗賊側の人間の目だった。


 結局生き返らせはしたが、奴隷商は違う意味で、別人になっていた。

 反吐が出る悪には違いないが、そこまですることないんじゃなかろうかと、当時は思ったものだ。とても怖くて口には出せなかったが。


『教会内での二つ名は大姉御ビッグシスター。けれど、ベッドの中じゃ、俺のかわいい甘えん坊リトルシスター


「ひどい歌詞ね」

「なんも上手くないからやめとけって言ったんだけどな」

「泣けるのう、ええ歌詞じゃのう」

「「どこが(だよ)!?」」


 思わず俺とリーリヤの声がはもる。

 やはり脳みそまで歯車男。歌の良し悪しなどわかるはずもないのか。どうして先ほどの意味不明な歌詞で、ほろり涙腺が緩んでしまうのか。


 いよいよまた蒸気と歯車の書架でも連れて行って、叩いて直して貰った方がいいのかもしれない。


『彼女と出会ったのはそう、僕らがあのひと夏の冒険を終えてから数年後の事だった』


「急に語りに入ったわね。というか、三年くらい旅してたんじゃなかったっけ」

「四年と二ヶ月。再集合して二ヶ月だな、ホントは。それも俺が参加してからだから、もっと長いこと一緒にいるぞ、あの二人は」

「そこはお主ら、脚色という奴じゃよ。なんでも馬鹿正直に事実を述べるだけが芸術というものではない」

「うわぁ、ドワーフに芸術を語られた」


『見知らぬ街で夜道に佇む彼女。西の果ての地に頼るべき教会はなく、今日は野宿かという時、たまたま私が通りかかった。あぁ、これぞ運命』


「一人称がぶれぶれね。情緒不安定なの?」

「そもそも情緒があるのかも怪しいからな、ボールス」

「じゃからそれも脚色じゃって。なんでも語義通りに解釈するのは想像力がない証拠じゃぞ司書ども」

「なんでも都合よく解釈する方がどうかしてるだろ」


『僕たちは街の酒場で語り明かした。泊まる所がないという彼女に、よかったら俺の家にこないか、と、俺は誘った。ダメよ、私はシスター。けれど君、その前に俺たちは共に旅した仲間じゃないわ。ダメよボールス。だって私、貴方と一晩を共にしたら、この想いを隠し通せないから』


 あの女がそんなこと言うタマかね。

 あのフルフェイスの修道女と呼ばれたフェオドにそんなロマンチックな心があるとは、それこそ当時のそれを知る俺には、脚色としか思えない。


 そんな俺の横で、リーリヤが何やら本をいじくっている。


「なんだ、それ?」

「まぁ、こんなこともあろうかと思って。歌詞の内容が真実かどうか見極めるべく、資料をね。これ、『誰でも年代記』という魔導書で、過去を知りたい人物の髪の毛を、スピン代わりに本に挟むと、その人の年代記が映しだされるのよ」


 なにそれ怖い道具。

 こんなん使われたら、過去の経歴あらいざらいじゃないか。


 今度、執務室を掃除するときに、俺の髪の毛はきっちり掃除しておこう。


 どれどれ、と、ボールスの人生が記されたその魔導書を覗き込むリーリヤ。

 案の定、彼女の顔はいつになく歪んだ、軽蔑をたたえたそれに変わった。

 まぁ、なんとなくボールスの奴が話を盛ってるのは分かったけれど。


「街で出会ったのは本当だけど、全然話の展開が違うわね。酒場に誘ったのは彼だし、家に泊まっていくように引き止めたのも彼だわ。普通に宿屋取ってたって」

「まぁ、あの抜目のないフェオドラに限ってそんな事態になるはずがないわな」


 そもそも彼女瞬間移動使えるし。

 納得する俺の前で、更にリーリヤは続ける。


「家につくなり土下座して、ボールスさん、必死になって頼み込んだみたいね」

「土下座はあいつの得意技だからな。あいつに土下座されて、話を聞かない奴は、魔王か隣国の王様くらいだったよ」


『見つめ合う二人。近づく視線。触れ合う頬。そして、僕たちは、いけないと分かっているのに、その唇を重ねてしまった』


「また、その時のセリフが、なんというか、最高に気持ち悪いわね。人間、焦ってると、こういう言葉が平然と出るのかっていうか、なんというか。よくこれで、彼女の奥さん、体を許したわねって思うレベルよ」

「頭悪いからな。下半身だけで生きてる男だから、アイツ」

「けど、その、そういう経験はなかったのね。この時までに一度も。うん、だから気持ち悪いというか、余裕がない感じであれなんだろうけど」

「って、なに肌さすってんだよお前」

「なんかその、想像したらサブイボが。ハハ、ハハハ」


 私、これから先、ボールスさんのこと、普通の目で見れないかも、と、リーリヤが呟く。

 その当時は余裕がなかっただけで、今は、余裕も自身も嫁さんも持った、たくましい男じゃないか。人間というのは変わる生き物なんだよ。


 許してやってくれ。親友としてのこれは願いだ。


「しかし、そろそろかな」

「え? なんのこと?」

「なんじゃ。打ち切りの鐘か? せっかくええとこじゃのに、もうちょっと歌って貰えばええじゃろう」

「いやいや、それよりも、もっと強烈なが鐘が」


 ほれ。と言った矢先、ボールスが歌うステージに、突然、何かが天から降り注いだ。それは黄金色をした巨大な十字架。

 背中からそれに押し潰されるボールス。

 ぎゃぁ、と、響く悲鳴に一同が騒然とする。


 そんな中。

 また、突然にその場に、一人の人間の姿が天から舞い降りた。

 白い修道服に流れるような金髪。まさしく聖女という格好ながら、その格好に相反して不機嫌に歪んだ般若の面相。

 手には赤ん坊、きゃっきゃ、きゃっきゃと、どういう訳だかはしゃいでいる。


「来たかフェオドラ」


 まさしく。その十字架と共にやって来た女修道士は、下敷きになっている間抜けな戦士の嫁さんである、フェオドラに違いなかった。

 久しぶりに見るがまぁ、眉間意外には皺一つないべっぴんさんなこって。


「ア・ナ・タ? 大型のモンスターを狩りに行くと、一週間家を留守にすると聞いていたのですが、いったい、こんなところで何をなさっているのかしら?」

「はっ、ハニー!? ちがう、これは誤解なんだ!! 俺は、君と俺との素晴らしい愛のひとときを、皆に知ってもらおうと!!」


「そんなもん知ってもらわんでいいだろ!! オープンスケベは結構だけれど、夫婦の夜の営み不必要な所までオープンしてんじゃないわよ、この色ボケアホ亭主!!」


 再び、上空から飛来する十字架。

 断罪の十字ラスピヤーチェ・ナという教会が使う聖魔法である。清き心を持つものには、押しつぶすが命の別状はないという、お仕置きにうってつけのスペシャルな魔法だ。

 久しぶりに見るが、まだまだ、往時のキレを失っていない、見事な術である。


 父親が母親の魔法で踏み潰される場面を見て、きゃっきゃとフェオドラの手の中の子供が嬉しそうに手をたたく。

 どうしようもないサド家族じゃないか。


 いや一名マゾか。


 こいつ、よくこんなの養ってて、嬉しそうな顔してるな。尊敬するよボールス。


 十字架に潰されながらも何故か満足そうな顔をして事切れている我が親友。その手から、拡声器を拾い上げると、彼の愛しのハニーは、にっこりと、ひさしぶりにみる商売用の笑顔を作るとステージの皆に向かって言った。


「どうもすみません。ウチのがなにやらあることないこと適当に言って場を騒がせたみたいで。全部、ウソですから、みなさん、どうぞ今日のことはお忘れになってくださいね」


 忘れたくても忘れられんだろう、こんな惨劇。

 言葉をなくす大衆に対して、更に、フェオドラは追い打つようなほほ笑みを投げかける。


「それと、こんなんでも一応は私の愛するダーリン。バカにする奴は、まとめて相手をしてあげるわ。神罰と背信を恐れぬなら幾らでも笑うことね」


 笑えるか。

 聖女と呼ばれるフェオドラの、まるで張り付いたような笑顔を前に、きっとその場に居た誰もが思ったことだろう。


 あぁ、恐ろしきかな、教会の大姉御ビッグシスター

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