第80話 シン・ドラゴンモドキ【ギャグ】

「また、トカゲの書架かよ。嫌だよお前ただでさえ気持ち悪いのに、鮭とか半魚人とか出る書架」

「仕方ないでしょう、お仕事なんだから。雇われの分際で仕事選んでちゃダメよ」


 とぼりとぼりと魔導書架へと続く階段を降りる俺。

 そんな俺のことなど歯牙にもかけず先導するリーリヤ。

 司書二人、どうしてもここまで勤務態度に差がでるのか。自分のことながら不思議である。


 今日のターゲットは以前にリーリヤが間違えたサラマンダーの魔導書が格納されている蜥蜴の書架。

 魔術師ギルドから頼まれた蜥蜴の魔導書を求めての探索である。


 求めているのはサラマンダーとはまた違う魔法トカゲ。


 なんでも分泌する粘液が爆発物の燃料になるのだと。

 炎を防いだり、爆発したり、トカゲさまも大変なことである。


「魔術師ギルドもなんでまたそんな魔導書を」

「学術研究の一貫だって言葉を濁してたわね。今じゃ、他の火薬類に取って代わられたモノだから、集めてどうなるもんでもないけど」

「花火でも造るのか。だったら花火職人にでも頼めよな。はぁ、まったく」

「まぁまぁ、そう言ってあげないでよ」


 司書であると同時にエルフの魔法使いであるリーリヤ。

 彼女が魔術師ギルドの肩を持つのは、ただ図書館としての付き合いが長いからというだけではない。

 彼女もまた魔術師ギルドの一員であり、協力しなくてはならない立場なのだ。


 その点、今や盗賊ギルドどころか、図書館以外に所属する組織のない俺とは気苦労が違う。

 このあたりがやはり、お互いのやる気の差の根源というところだろう。


 いつの世もしがらみというのは厄介なものである。


「しかしまぁ、爆発する液体を出すトカゲね。魔法使いにとって便利なトカゲばっかりいるもんだな」

「というか都合のようにしているってのが実情ね」

「どういう意味だ?」


「猫やなんやと違ってほら、トカゲってライフサイクルも短いし、飼育も簡単でしょう。品種改良とかもしやすいのよ」

「おいおい、マジかよ」

「魔法使いの手によって作られた合成トカゲの新種って多いのよ。それこそ、現存するトカゲの種別の半分は、魔術師による調整を受けているわ」


 あんまり知りたくもなかった情報をどうも。

 というかそんなことしてるのか魔法使いどもは。

 トカゲの命をなんだと思ってんだよ。


 まぁ、子供の頃いたずらに捕まえては、串刺しにしたり、干物にしたりして遊んでた俺が言えたことではないが。


「いつかトカゲのたたりで魔術師達は命を落とすな」

「そんな訳ないじゃないのよ。バカなこと言わないでマクシム」

「いや分からんぞ。小さいといっても命だ。彼らの怨霊が集まって、巨大なトカゲのバケモノが」

「はいはい。分かった分かった。そんな与太話はおいておいて」


 さっさと仕事を終わらせてしまいましょう。

 階段を降りきってたどり着いた目的の書架、第八十二書架「蜥蜴の魔導書」の書架に手をかけて、リーリヤはため息を吐いた。


 と、同時に、ドアの向こうからけたたましい咆哮が聞こえる。


 言葉にしにくい。

 ライオンでもなく、カバでもなく、象でもなければ竜でもない。

 まるで天地裂く雷鳴のようなけたたましいその音。


 すぐさま扉の取っ手を握るリーリヤ女史の顔つきは青ざめて、虚ろな眼でこちらに意見を求めてきた。


「なに、さっきの声」

「さぁなんだろうか」

「まるで地の底から響いてくるような音だったわ」

「そんなことはないだろう。ここは図書館だぜ。この下も普通に書架室じゃないか」


 と、思いたい。

 正直俺もそんなことをいいながら、内心に言い知れない恐怖を感じていた。


 なんだ、この扉の向こうにいったい、どんなバケモノがいるというのだ。

 いやそんなハズはない。過去の例を考えてみろ。


「落ち着けリーリヤ。よく考えてみろ、過去、こういう展開で、俺達はどういう目に合ってきたか」

「どういう目に?」

「いつだってこの手の展開で俺達の前に出てきたのは、ウパパードラゴンモドキだっただろう。今回もきっとそうだ」

「そうね、そうかしら、ううん、そうだといいのだけれど」


 歯切れが悪い。

 だが、二度あることは三度あるともいう。


 香辛料の魔導書架での出来事を考えれば、あの時もサラマンダーの魔導書が原因。

 前回巨人族の食材にしても、あのウパパードラゴンモドキであった。

 だとして、今回もあのマヌケなドラゴンもどきが発生している確率は高い。


 きっとそうだ。いや、そうに違いない。


「あのマヌケヅラのドラゴンモドキがどうなって現れようと怖いことはないだろう」

「まぁ確かに」

「だったら安心して扉を開けちまえよ。で、さっさと仕事を終わらせて帰ろう」

「そうね、そうよね、心配しすぎよね」


 分かったわマクシム、貴方を信じる。

 そう言って、リーリヤは書架室の扉を開けた。


 倒壊する神殿。

 燃え上がる倉庫と家屋。

 逃げ惑う紙の人間たちに、こんがりと焼けた鮭・半魚人・ウパパーども。


 のっしのっしと辺りに響く地響き。

 そして響く雄叫び。


 黒雲立ち込める空に見上げるそれは、まさしく、ウパパードラゴンモドキ。

 しかし、今まで見たことのないスケールの、頭が天を衝くような巨大なものであった。


「なっ、なんだあれ!?」

「巨大化している!!」


 ウパァ。

 よく聞けば、地に染み入るようなその叫び声は、ウパパードラゴンのいつもの鳴き声である。

 状況から考えて、あの、いつも小馬鹿にしている、ドラゴンモドキが、大きくなったのは自明。

 ではどうして大きくなってしまったのか。


「まさか本当に、魔術師達の実験による怨念がウパパードラゴンモドキをこんな姿にしてしまったのか」

「怨念の力は恐ろしいわね」

「おい、なんかこっちを見てないか」

「口をあんぐりあけて。見て、奥から光が」


 まばゆい光。

 吹き飛ぶ鮭と半魚人とウパパーのムシども。

 気が付くと、目の前に居たインドアひきこもり司書エルフは、こんがりアフロの小麦色エルフに。

 かくいう俺も色黒の盗賊というよりアサシンという感じの肌色に仕上がっていた。


 なんだ。

 なんなんだ、これ。


「色黒破壊光線!? バカな、こんな低級モンスターのさらに偽者が、どうしてこんな高等魔術を!!」

「色黒破壊光線だと!? 何が何を破壊するのかまったく理解できないんだけれど!?」

「一度喰らえばこんがり小麦色、二度喰らえばダークエルフ、三度くらえばシゲル、という危険な魔法よ!!」

「シゲルってなに!? なんの種族!? ダークエルフよりも濃いってどういうことだよ!!」


「なんにせよ、こんな危険な成長を遂げるなんて。おそるべし、トカゲ達の怨念」

「魔術師達の傲慢な行いへの怒りが、あの穏やかだったらウパパードラゴンモドキを、こんな物騒な姿に変えるなんてな」

「これはトカゲ達からの魔術師たちへの警告なのかもしれない」


 なんて、いい感じに話をしめようとしている俺達に向かって、二回目の、色黒破壊光線が放たれたのだった。

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