第57話 歌う・踊る・笑う吟遊詩人【ギャグ】
吟遊詩人。
各地に伝わる昔話やおとぎ話を収集し、それを歌にして、踊りにして、後世へと語り継ぐことを生業とする者たち。
その声、その踊りには不思議な力があり、見聞きするものをとりこにする。
それは人間だけにあらず、獣、モンスター、悪魔、果てはこの世界の覇者である竜さえも魅了する。
そんな吟遊詩人たちについて記した魔導書も、当然、ここ、王立図書館にはある。
とある伝承ついての調査をしている学者に頼まれ、その伝承に由来する吟遊詩人の歌を探していたリーリヤ。それが、魔導書としてここの書架に収められていることを突き止めた彼女は、今日もまた、俺を伴って、それが収められている魔導書架へと潜っていた。
第百十七書架室。
それは、魔導書架の中でもとりわけ置くばったところにあった。
「相変わらず、訳のわからん魔導書ばっかりあるな、ここは」
「伝承系は魔導書の鉄板だからね。魔法的な要素がなくっても、英雄の歌とかは歌うだけで思い込みの効果があったりするのよ。分からないかしら?」
「いや、分かるよ。俺も歌いながら竜と戦うこととかあったし」
「でしょう。で、そういう人々の意識が積み重なってね、歌に力が宿っちゃうのよ」
「まぁ、それは納得できる。だが、吟遊詩人、という枠で固められるのはどうしてなんだ」
歌の魔導書、とかではないのだろうか。
吟遊詩人たちのテクニックは認めるところだが、それも結局、さっきリーリヤが言った歌の力があってこそ生きるものである。
彼ら自身に魔導書としてまとめられるだけの力があるのかといわれれば、どうもそれは違うように思うのだが。
まぁ、見れば分かるわよ、と、リーリヤ。
こいつ方向音痴のくせに、一人でこんな深いところまで潜ってきたことがあるだろうか。それともよっぽど吟遊詩人の魔導書というのは評判が悪いのか。
首を傾げる俺の前でリーリヤが書架室の戸を手前に引いた。
目の前に広がるのは黄色い空。
くすんだ太陽光に、ぼんやりと浮かぶ白色の建造物。
俺達が住んでいる辺りとは違った感じのその風景に、一瞬心が奪われた。
しかしながら、根がツッコミ気質な俺は、すぐに我に返る。
「なんだこの風景」
見れば分かるといったリーリヤだが、見てもさっぱり分からない。
むしろ、疑問は増すばかりである。これが吟遊詩人が魔導書になる意味だと言うのなら、こじつけもいいところだろう。
どういうことだ、と、リーリヤに文句を言おうとしたときだ。
「おい、お前!!」
いきなりお前呼ばわりする声に俺がそちらの方を向けば、楽器はおろか、民族衣装も着ていない、コックみたいな白い服を着た男が、こちらを指差していた。
何故だろう、俺のことをお前呼ばわりしたくせに、そいつは妙にいい笑顔でこちらを見ている。
そしてちょっとここいらではお目にかかれないくらいの日に焼け具合である。
こんがりとまるでオーブンの中で焼いてきたような小麦色の肌。
鼻の下に整えもせずはやしたちょび髭。
そんな容貌と笑顔が妙な感じに相まって、なんとも不思議な感じのする男だ。
これが、吟遊詩人なのか。
どうも俺の知っているそれとは、ちょっと違う気がする。
「なんだよ、俺に、なんかようか」
「そうだお前に用がある」
「あらマクシム、目を付けられちゃったわね」
まるで想定どおりという気楽さで言ってのけたリーリヤ。
なんだか知らんが、俺は売られた喧嘩は買う主義だ。なんのようだよ、と、その男の前へと出れば、男も負けじと胸を突き出してきた。
なんだ、やるか。
俺が男に顔を近づければ、また男も俺に顔を近づけてくる。
流れは完全に喧嘩のそれだ。
だが、何故だか男は笑顔のままだ。
正直やりづらい、が、それを気取られてはいけない。なめられたほうが、この手のやり取りは負けなのである。
しかし、やりづらい。
俺の心がすこしたじろぎかけたときだ。
おい、と、男がまたしても俺に向かって言うと、突然に、俺の顎鬚を引っ張った。
「いい髭してるねー!! おたく、これは王者の髭だよ!! 風格がある!!」
「はぁ?」
髭がなんだって。
あまりにくだらないことを言うものだから、ぶっ飛ばす気もうせてしまって、暫し呆然としてしまった。
そんな俺の前から、男は唐突にバックステップで離れる。
と、途端に陽気な音楽がどこからともなく聞こえてくる。
同時に、男が何人かに分身したかと思うと、ずらりと横一列に並ぶ。
なんだこいつら、六つ子か、八つ子か、十、って、多すぎないか。
まさか、この分身した奴らで、俺をなぶり殺しにするつもりか。
冷や汗が顎先を伝う。
こんな陽気な音楽を流して、なんて残酷なことをしやがるんだ。
笑って人を殴るなんて、こいつ、サイコパスか。
もちろんそんな訳がない。
「盗賊の王よ。お前を称えよう、俺達の歌と踊り、そして祝福の笑顔で」
やんややんやと踊りだす男達。
拍子抜け、ずるりとその場にずっこけそうになるところを、後ろからリーリヤに背中を支えられてなんとか踏みとどまった。
なんだって、俺を称える歌だって。
どうしてそんなものをお前に歌われなくちゃならないんだ。
あぁ、そうか。ここ、吟遊詩人の書架だったものな。
「なるほど。なんとなく、魔導書に力がある理由、というか、隔離する理由が分かったよ」
「濃いのよね、吟遊詩人キャラって。それ一つが混じっただけで、書架の全体の雰囲気に影響がでちゃうのよ」
髭、髭、立派な顎の髭。
美髭の白き盗人の王。
人に混じって街を行き、宝を求めて時を待つ。
なんだかそれらしい歌を歌って踊る吟遊詩人の男達。
どうにもむず痒くって敵わない。さっさと目的の本を見つけて、こんな書架は出るに限る。
行くぞ、リーリヤ、と、俺は主人に声をかけて呼ぶ。
「えぇ、いいじゃない、もう少し見て行きましょう。せっかく貴方のために、彼ら踊っているんだから」
だから早く行きたいんだよ。
俺の呼びかけを無視してまったくその場から動こうとしないリーリヤ。
困る俺を眺めてご満悦という感じだ。相変わらず底意地の悪い奴だ。
この性悪エルフめ。
彼女に付き合うこともない。こうなれば、さっさと俺の手で目的の魔導書を見つけて、この部屋を出てしまおう。
そう思い、一歩前へ踏み出せば。
「待っておくれよ、親友、まだ歌は途中じゃないか」
「そうじゃないか親友」
「親友、君を称える歌の途中だ。何も言わずに、去ってしまうなんて」
まるで流れるような軽やかな足取りで俺の前へと回り込んでくる吟遊詩人。
見ろ、俺の踊りを見ろ、と言わんばかりだ。
無視して進もうとしても、また、その先に回りこんでくる奴ら。
キャラクターが濃い、と言っても、限度があるだろう。
「リーリヤぁっ!! 笑ってないでなんとかしてくれよぉ!!」
「なによこのくらいで情けないわね。アタシのときなんか、ヒロインまで出てくる壮大なミュージカルだったわよ。我慢しなさいな」
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