第56話 本日はお休み【ラブコメ】
王立図書館にも休館日はある。
そりゃ俺達も人間とエルフである。機械化されたドワーフでもあるまいし、二十四時間三百六十五日を、全力で仕事に精を出すなどできるものではない。
幸いなことかそれとも不幸なことか。
あまり書物に対して興味の少ない国民が多いこともあり、王立図書館は割と暇していることが多い。日に二人も、閲覧者が訪れればよいほうだ。
そのため比較的休みが取りやすいのがこの仕事のいいところだろう。
そんな図書館の休館日に。どうしたことか、俺とリーリヤは、ばったり、執務室で顔を合わせた。
いつもの様子で自分のデスクで本を読んでいるリーリヤ。
対して、部屋から持って来た、昨日半分あけたワイン瓶を手に、執務室の入り口に立つ俺。
居るかな、とは思っていたが、まぁ、それはそれでと、無防備に下着姿で出てきた俺。そんな俺を、まるでなんでもないように見て、リーリヤはおはよう、なんてのんきな言葉を返してきた。
もうちょっと恥ずかしがってくれてもいいだろう。
そんなに俺は男として魅力がないかね。
「お前、どうして執務室で本なんて読んでるんだよ」
「なんでってそりゃあんた、することがないからに決まってるからでしょ」
「ワーカーホリックかよ」
「そういうアンタもここに来てるんじゃないのよ」
俺は違うよ。
俺はその、別になにもすることがなくて、図書館に来たわけではない。
図書館だと飲み物やら、お菓子やら、暇を潰す道具やら、色々と揃っているから、下手なところに出かけるよりよっぽど有意義なのだ。
いや、何か用事があるなら外に出て行くさ。
けれどもほら、その、な、人間そんな、休みのたびに用事がある訳でもない。
「もう完全に図書館がパーソナルスペースになっちゃってるのよね」
「まぁ図書館に住んでる時点で逃れられない定めっていうかな」
「アンタの部屋ってば殺風景だしね。家具でも買ったら」
だったら気兼ねなく家具が買えるお給金を出してくれよ雇い主。
この図書館に勤めだしてから、俺が買ったのはベッドと箪笥くらいなもんだ。
それだけあれば人間生きて生きられる。
それでいいかという話は別にして。
そう、本当に、寝るためだけに自室に帰っているようなそんな感じなのだ。
下手に部屋にいるよりも、執務室のがくつろぐのにはちょうどよかった。
そして、それは、リーリヤも同じ。
女だから俺よりは物はあるが、基本、寝るためだけの部屋なのだ。
本を読むにも、食事をするにも、こちらのデスクのほうがものが揃っている。
そりゃ、自室で休日を過ごすくらいならば、執務室に出てくるわ。
「もうちょっと広い部屋なら、そこに書斎を作るのもありなんだけれどね」
「けどそうするとお前、今度はそっちで仕事するようになるだろ」
「そうよね。難しいわね、職場と自宅が一緒の生活って」
「むしろ図書館外に家でも借りればいいだろ。俺と違って、正司書のお前は、それなりにお給金は貰ってるんだろ?」
「そういうこと言っちゃう。そんな変わらないわよ、あんたと私の手取りなんて」
「マジかよ。そんな偉そうな顔してるのに、胸と同じでたいしたことないのな」
「なんでそこで胸が出てくるのよ!!」
読んでいた本を置いて怒るリーリヤ。
休日までこいつのお小言を聞く気はない。
やれやれ、こいつが居るのであれば、俺は場所を変えようか。
ふと、その時、リーリヤが机の上にたたんだ本に目が行った。
いつもは魔導書なんて読んでいるこいつが、どうしたことか、一般書籍を手にしている。紫色をした表紙の落ち着いた感じのする書籍だ。
おまえもそんな本を読むんだな、と、俺は彼女に近づく。
「てっきり魔導書くらいにしか興味がないのかと思ったよ」
「失礼ね。私だって文芸作品くらい読むわよ」
「なんて本だ」
「一言で言うのは難しいのだけれど、まぁ、東国の僧侶の話よ。今、苦労に苦労を重ねてようやく悟りを開くところね」
「なんだか小難しそうな話だな。というか、なんだい、悟りってのは」
「足るを知るというところかしらね、ちょっと違う気もするけれど。ようはいろいろなものに対する執着を失った状態のことを言うわ」
いろいろなものに対する執着ね。
ちょっと、と、また休日の図書館にお小言が響く。
俺の視線を受けて、当然のようにリーリヤが額に青筋を立てた。
「どうして私の胸を見るのよ」
「いや、目下お前が一番執着してそうなところといえばと思いまして」
「バカにしないでよ。私の執着は主に本についてよ。胸なんて別にどうでもいいわ」
と、言っている彼女の机の横。
こっそりと机に積まれている本の山の中に、「胸の小さき女性必見、これであなたも一回りバストアップ、脅威の胸囲増強術」なる本があるのが見えた。
肘置きにしているくらいだから、きっと、執着はないのだろう、そうなのだろう。
と、ぐぅ、と、リーリヤの腹が鳴る。
太陽はちょうど空の真上に位置している。なんとも正確な腹時計である。
自らの痴態をごまかすように、咳払いしてリーリヤは窓の外を見た。
「どうやら足るを知るにはお前の腹は業が深い感じだな」
「どんなよ」
「前に言ってた東国の飯屋でも行くか? トウガラシの」
「いいわね。もうすっかり体調もよくなったし、今度こそ完食するわよ」
「おまえ、あんなマグマみたいな色したスープよく飲めるよな」
当たり前よ勿体無いじゃない、と、とんでもないことを言うエルフ娘。
こいつ頭だけじゃなく舌も馬鹿なんだからな、と、口に出さずに思えば、じろりとまた嫌な視線が飛んでくる。
デスクから立ち上がって、近くにかけてあった上着を手に取る。
袖を通すとリーリヤはすぐに俺の隣に並んだ。
「さぁ行きましょう」
「待て待て、お前。こんな格好で出られるかよ、着替えさせてくれ」
「あらやだ、私の前には出られるのに、人様の前には出られないのね」
こいつ、気にしてくれていたのか。
いや、まぁ、皮肉なんだろうけれど、こいつが人並みに羞恥心を持っていてくれて、少しばかり俺も嬉しいよ。
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