第14話 大臣はぜんまい仕掛け【ギャグ/ゲスト:ピョートル】

 古今東西、国内にある魔導書を収集している王立図書館。

 市井で魔導書がいらぬ悪さをしないようにとはじまった仕組み。

 摩訶不思議な魔導書が織りなす魔法の世界に迷い込み、慌てふためく間抜けな仕事には違いないのだが、これはこれで国の平和を守る立派なお仕事だ。


 とはいっても、その司書が何も日がな一日書架室に潜っている訳ではない。


 俺は人間。

 リーリヤはエルフ。

 どちらも人のくくりで語ることができる生き物だ。

 昼になったら腹が減り、夜になったら眠たくなる。


 なので、当然私生活もある。


 幸いなことに王立なので福利厚生はバッチリ。

 図書館に併設して宿舎を用意してもらっている。

 家賃も安い。とてもお安い。なので、俺もリーリヤもそこで暮らしている。

 ドア・トゥ・ドアですぐ仕事場というのがいいのか悪いのかは分からんが、まぁ、今の所は快適に過ごせている。


 十日に一度は休みもとれる。

 街に遊びに行ったり、実家に帰ったり、意味も分からず観劇したり。

 過ごし方はさまざまだ。


 なんにしても。

 なかなか、自分の人生を仕事一つに捧げるというのは難しい。

 俺も、リーリヤも。

 やっぱりこれもまた人のくくりで語ることができる一つの真理だ。


 そう。

 なかなか仕事一筋なんて生き方はできるもんじゃいのさ。

 普通は。


「やっぱりたまには外の空気を吸わないと駄目ね!! あぁ、やっぱり外の空気は美味しい!! ほんと空気が美味しいわ!! くーうーきーおーいーしーい!!」


 永遠に近い時を生きるエルフ。

 そんな彼女が旅行先で発した力強い名台詞である。

 千の時を生きるでさえも、こんな世間っぽいことを言うんだなぁ。


 なんにしても。

 図書館に籠っているエルフだって、たまに虫干しをするのだ。

 やっぱり仕事だけの人生というのが難しいのは真理だと思う。


 とまぁ、なんでそんなことを言うのかといえば、だ。


「マクシム、それとリーリヤ。本年度の図書館の予算について質問に来た」


 仕事の虫が湧いて出たからに他ならない。


 王国に忠誠を誓ってはや三百年になるドワーフ。

 大臣殿が、真夜中もいい時間帯に突然に図書館――兼自宅にやって来たからだ。

 しかもまた迷惑なことに、自ら改造した鋼鉄の体をがしがしと揺らして。


 隣近所に民家はない。

 ただ、とんだ図書館迷惑である。


「ピョートル。お前、今、何時だと思ってるんだよ」


「真夜中の四時三十七分十一秒じゃな。ワシの体内時計は五ヶ月で誤差一秒。まず正確じゃ」


「うん、じゃあどうかしてるのは、お前の一般常識という訳だ」


「お前とはなんじゃ!! 貴様、ワシはこの国の大臣であるぞ!! 敬称をつけんかこの馬鹿者!!」


「あぁ、はいはい、ピョートル閣下。ただでさえアンタの足音が耳の穴に響いてかなわんのだ、少し静かにしてくれんかね。五月蝿くて寝てるミミズクも木から落ちる」


「五月蝿くさせたのは貴様だろうが!!」


 ぷんすこ、と、頭の先から湯気が噴き出す。

 どういう理屈か知らんが内部機関の冷却に必要なんだとか。


 王国の鋼鉄大臣ピョートル。

 ドワーフの超神秘技術が満載された、ぜんまい仕掛けの機械の体。

 今日も今日とて鋼の大臣は絶好調のようだ。


 真夜中だというのに。


 ちくしょう、人がいい気持ちで寝てる所におしかけやがって。

 大臣だからってなにしたっていいと思ってんじゃねえのこいつ。

 予算の権限やらなにやら持っているから逆らえないけど、ほんと腹立つ。海水でも頭からぶっかけて、その体を錆び付かせてやろうか。


「もうなによ、五月蝿いわねぇ。あら、これはこれはピョートル様。大臣様がこんな夜中になんのごようかしら」


 緑色の寝巻き姿にそばがら入りの枕。

 金色の髪を左右にぴんとはねさせたリーリヤが、目を擦りながらのっそりと俺達のほうへとやってきた。


「おぉ、リーリヤ!!」


 言うや、ぎろりと鋭い視線を彼女に向けるピョートル。


 エルフとドワーフは仲が悪いとはよく聞く話。

 どこに行ってもこの話題はついて回る。

 そして、うちもまたそのよく耳にする通りに仲が悪い。


 とはいえ、大臣と司書ではあまりに身分が違う。

 そこを見誤るほど俺の飼い主も馬鹿じゃない。


「リーリヤ。貴様、この予算申請書はなんだ。魔導書封印用の白本二百冊だと。先年度も百冊頼んでいただろうが」


「それがもうすぐ尽きそうだから、ちょっと多めに申請したんじゃないの」


「使い方が悪いのではないのか? 今年、王立図書館に新規に所蔵した魔導書は六十冊であろう。どうして所蔵した冊数よりも、消費した白本のほうが多い」


「過去の白本で痛みの激しいものがあったの。で、いくらか取り換えて」


「それは本来の用途と違うものであろう!! 予算の不正使用だ!!」


「なに言ってるのよ。切れ端といっても魔導書よ。暴走したら、図書館や周りの建物の修理費だけで国庫の十分の一がなくなるわ」


 そりゃさすがに話を盛りすぎじゃないか。


 毅然とした態度で、大臣の詰問に食い下がるリーリヤ。

 だが、あのへんてこおまぬけ空間を生み出している魔導書どもに、建物をどうこうするだけの力があるとはとてもじゃないが思えない。

 せいぜい、紙のドラゴンもどきがうぱうぱ大量発生するのが関の山。

 おまぬけな光景くらいしか、とてもじゃないけど俺には想像できなかった。


 まぁ、そりゃそれでいやな光景には違いないが。


「これは国防費として軍からも承認を受けて購入しているものです。ピョートル様がどう言おうと、この予算について譲歩する気はありません」


「ぐぬ。おのれ、言うようになったな小娘」


「そりゃ私だってここに勤めて長いですから」


「ではこれはどうだ。魔導書の修繕用の魔法インクに自動筆記の羽ペン。これは要らんだろう。壊れて使い物にならなくなった魔導書など、放っておけばよいだのこと」


「これも軍から予算を頂いています。確かに名目上は魔導書の修繕ですが――魔導書の複製には必要な資材です。大臣はご存知ないかもしれませんが、魔法兵器のコアには、魔導書の写本が使われるんです。我が国の国防費が、魔法兵器によってどれだけ安くついているかくらいはご存知ですよね?」


「なんと。いや、しかし。けれど、羽ペンはいらんだろう」


「普通に写本するのにどれだけ時間がかかると思ってるんです。羽ペンが一つあれば並行して二つ本ができるんですよ。もう一つあれば三つです」


 それでなくともまさかこの私に、昼は司書、夜は写本と、二十四時間働けとお命じになられているのですか。


 寝ぼけ眼がいつの間にか吊り上がっている。

 非常識なことを言うと、リーリヤが冷たい視線を、目の前のドワーフ殿に向けていた。


 ぐぬぬ。

 ピョートルは呻くと、その額に青筋を立てる。


 ピョートルには悪いがここはリーリヤに分があるわ。


 しかし、高慢ちきなドワーフが、小娘に言いくるめられるというのは――。


 どうにも寝起きに気持ちのいい光景だな!!


 いいぞ、もっとやってやれ。

 リーリヤ。

 今日だけは俺もお前の味方だ。


「では、これは、なんなんじゃ。この高級食器の追加購入。一ヶ月に二度も、どうして食器を買わねばならん。そもそもどうして図書館に食器が必要なんだ」


「姫様の食道楽」


「写真技師も呼んで。いったい何を撮っているのだ」


「王妃様の美の探究」


「休暇の度の旅行費。毎回毎回、高級なホテルなど押さえてからに。福利厚生にも限度というものが」


「あぁ、それな。旦那の鹿狩りに付き合っててさ。ほれ、一緒のところに泊まるわけにはいかんだろう。俺は別に野宿でも構わないんだけれどもさ、旦那がさ」


 旦那、とは、誰ぞ。

 もちろん決まっている。

 目の前の鋼鉄大臣ピョートルが忠誠を誓っている男。

 この国の元首こと――国王様である。


 下手の横好き、狩りだのなんだのとアウトドアが好きな国王様。

 彼はたびたびそのお供に、元盗賊の俺を呼びつけるのだ。


 どこぞのドワーフと違って、国王様は話の分かる人なので助かる。

 まぁ、それはそれとして、我が国の王族の道楽っぷりには頭が下がるけれどね。

 どうしてこれで、国が傾かんのだろうか。


「くそう!! 何故じゃ、何でこんな奴等に我が君は温情をかけるのだ!! この国にたかる金バエどもめ!!」


「ちょっと、金バエって、そこまで言うことないんじゃないの」


「リーリヤよぉ。この国のために、わざわざ生身の体を捨てて機械の体になったお方だぞ。少しくらいはその気持ちを汲んでやろうや」


 その場にうずくまるや、うっうっうっと男泣き。

 機械らしからぬ水っぽい声を漏らすピョートル。

 しかし、それはしばらくすると、ぴたりと、突然に聞こえなくなった。


 きっとぜんまいが切れたのだろう。


 半信半疑でその顔を覗き込めば、ピョートルの瞳はまるで不気味な人形のように、ぐるりと白目を剥いている。


「ちょっと、こんなところで寝ないでよ、鬱陶しい」


 そう言って、彼の背中のぜんまいに手を伸ばそうとするリーリヤ。

 その手を俺はそっと制した。


 なにようという視線に、俺は穏やかな顔を向ける。

 穏やかというか、まぁ、単に眠かっただけなんだけれどね。


「ぜんまい巻いたらまた五月蝿いぞ。ほっとけほっとけ」


「あんたねぇ」


「たまにゃ大臣殿も仕事忘れて休んだほうがいいって。仕事ばかりで疲れているからこういうことになるんだ。息抜き息抜き」


「……一理あるわね」


「だろ」


「けど、どうしようかしら。倉庫にでも放り込んでおく?」


 こんなもん置いておいて、場所をとるのもなんだろう。


 明日の朝一番。

 粗大ゴミとして街のゴミ集積場に持っていくのはどうだろう。

 そう提案すると、過半数が賛成した。


 やれやれ、塩水をかける手間が省けた。

 かくして俺とリーリヤは、欠伸交じりに自分たちの寝床へと戻る。


 部屋に戻ればちくちくと時計の振り子の音がする。

 ピョートルの身体から出るゼンマイの音とは調子が違う。

 だが、どうして、物悲しい気分というか、後ろめたい気分にはしてくれる。


 えぇい、冗談だよ冗談。

 まぁ、なんだ、明日の朝になったらちゃんとゼンマイ巻いてやるよ。


 だから今夜くらい、とっぷり寝てろよ爺さん。

 働き過ぎなんだよまったく。鋼の身体になってまで働き続けるなんて、行き過ぎなんだよまったく。ほんと、ドワーフってのは頑固でかなわんよ。

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