第6話 そしてパパンになる【ギャグ/ゲスト:ボールス】

 図書館に勤める前は俺は冒険者をしていた。

 村人やら貴族やらに頼まれて厄介事を解決するのがお仕事だ。

 実入りはまぁ、良い方なんじゃないだろうか。前の仕事と、この仕事しか知らない俺には大して判断することができない。


 そのとき組んでいたパーティの一人が図書館に顔を見せに来た。

 いや指を見せに来た。


 かつて人類最強といわれた男。

 我がパーティの男戦士。

 盾役にしてサブアタッカー。

 岩龍殺しのボールス。


 身の丈近くある両刃の大剣をまるで大道芸のように回して竜を狩る。

 そんな男の節くれ立っている左手の薬指に、どうにも似合わない銀色の指輪がはまっている。


「なんだその指輪は」


「ふふっ、お前、左手の薬指に嵌める指輪になんだはないだろ」


「いつだったかみたいに、呪いの指輪でも嵌めちまったのか?」


「そうなんだよ。あの指輪をはめて以来、野菜の大切さ、食事の大切さに気づいた俺は、一日三食欠かさずにサラダを食べるようになって」


「肉、酒、油の三重苦から解放されたんだよな」


「あの時指輪を嵌めていなかったらと思うとぞっとする。三十代になってもあの調子で食べ続けていたら――って、違う、脂肪肝の指輪じゃない」


「そんな名前だったか」


 もっとこう、ブタニナールとか、シモブクーレとか、アブラマシマーシとか、そういう名前の指輪だった気がするが。


「ハラデーテオークニナールの指輪だったっけ?」


「そうそれ、腹も出て鼻も出て耳がこう尖がってね。ブヒブヒ言っちゃって――。って、違うよ。恰幅がいいのは昔からだっての」


「ハハハ」


 パーティーきっての脳筋男。

 こういうのはからかって遊ぶに限る。


 パーティを解散してからもう何年にもなるが、まったく彼は変わらない。

 こんなしょうもないやり取りを笑って許してくれる。

 そして俺たちのやり取りも関係も変わらない。

 持つべきものはなんとやらである。


 しかし、懐かしいものだ。


 草木も育たぬ鉱毒に満ちた山で、瘴気を吐き散らかす毒龍を狩ったのも。

 人里まで掘り出てきた地下コボルトの大群を駆除したのも。

 商船を好んで襲う大クラーケンを、焼いて、煮て、刺身にして食ったのも。


 今となってはもう遠い昔のことである。


 しかしまぁ、あの頃俺とつるんで、パーティー内でやんちゃをしていたこいつが、ついに結婚するとはな。

 よく結婚できたもんだと思うよ。


 女所帯のパーティーだった。

 そんな中で、あまりに蛮行がすぎるものだから、ばい菌か、履き古した下着みたいに扱われていたのがこいつだ。


 そんな男が嫁さんを貰うだなんて。

 いったい誰が想像できるだろう。


 少なくとも、俺はそんな日は一生来ないだろうなと、勝手に思っていた。

 友人相手に酷い話だが。


「相手は踊り子のナイナか。なんやかんやで仲が良かったもんな」


「いや、フェオドラだ」


 フェオドラ。


 言われて、ふと俺は頭をかしげてしまった。

 それは、かつての仲間の名前と顔が一致しないからではない。


「シスターの?」


「知ってるだろ」


「あの頑固者で潔癖症の?」


「知ってるだろ」


「お前が怪我するたびに激怒して、腹からソーセージはみ出るとか、黒豚チャーシューにでもならないと、蘇生魔法かけてくれなかった? あの? あいつが?」


「そのフェオドラだよ」


 ボールスの口から出た名前。

 その名前と俺の記憶が符合する人物であれば、とてもじゃないが考えられない。

 ボールスと結婚する相手にフェオドラは候補にすら上がらなかった。


 故にたまげた。


 競馬で言ったら大穴が来たようなもんだぞ。

 おそらくかつてのパーティーメンバー全員に予想させても、誰一人としてボールスの嫁候補にあげないだろう。


 それがシスターのフェオドラなのだ。


 彼女は俺達変わり者ぞろいのパーティの中でも群を抜いての堅物だった。

 いや、むしろ偏屈とまでいえるほどの我が強い女だった。

 どうしたことか、彼女が所属している教会からの指示で、しぶしぶ俺達ドラゴン殺しのパーティに加わることになった。

 聞けば、教会内でも高位に居るシスターだったそうな。


 その地位にいるだけあって、実力は確か。

 体力や状態異常の回復はもちろんお手の物。

 呪いの解除にアンデットの浄化。おまけに教会で頼めば高くつく蘇生の魔法と、そらもう色々と冒険の役には立ってくれた。


 くれたのだが。


 旅を終えれば、挨拶もなしにメンバーの前から姿を消す。

 そしてまた旅の開始と共に突然に姿を現す。

 なんとも味気ないことをする女なのだ。


 当然そんな娘だから、ついに最後までパーティの誰とも打ち解けることのなかった。

 とにかく、超がつく偏屈なのである。


「どうして?」


 素直な疑問だった。


 誰にでも人懐っこいボールスはともかく。

 フェオドラが、どうしてこの男を選んだのか。

 正直理解ができない。


 奇人とはいえ、フェオドラは一応一般常識は持ち合わせている。

 こんな筋肉達磨と一緒になって、幸せな家庭を築けるだなんて、間違ってもそんな勘違いはしないだろう。


 ほんとうにどうして。


 真顔で問い詰めた俺の前で、気恥ずかしそうにボールスは鼻の頭をかく。


「いや、話せば長くなるんだがな」


「いいよ話せよ。長くて構わんから」


「笑わないか?」


「笑える馴れ初めなのかよ。むしろその方が気になるわ。勿体つけずに、はよ」


「いや、その、実はな」


 もじりもじり、と、まるで女みたいな仕草で勿体つけるボールス。

 ふいと俺から視線をそらすと、彼はまた乙女みたいに顔を真っ赤にして、ぼそりと小さな声でこう告げた。


「久しぶりに会ったんで二人で飲んだら、次の日一緒のベッドで寝てたっていう」


「少しも長くねえじゃねえか!!」


 たまらず俺は手前のテーブルを叩いて叫んでいた。

 ひでえオチだ。フリか。長くなるのくだりはフリか。

 だとしたらやってくれるぜおい。

 脳筋のくせしてよう。


 俺の反応などおかまいなし。

 畳み掛けるようにボールスがのろける。


「しかも運が良いというか悪いというか、彼女がそれでこれしちゃって」


 そういって腹の前で手を大きく回した。


 例の指輪でもはめたのか。

 なんてジョークはちょっとショックすぎて喉から出てこなかった。


 へぇ、あぁ、そうですか。

 そうだわな。


 それくらいのショッキングな出来事がないと、結婚せんわな。

 こいつも、フェオドラも。


「そういや、フェオドラの奴、やたらと運が悪かったもんな」


「たいていスケベなトラップに引っかかるのはハニーの役目だったからな」


「お前。そんな呼び方して。よくあいつに殺されないな」


「最近は日が昇る前には蘇生魔法かけてくれるよ。仕事行かなくちゃならんし」


 あ、なんか想像できる。

 フェオドラの尻に敷かれているんだな、こいつ。

 まぁ、あの気の強い女相手じゃ、敷かれてるほうがまだマシかもしれん。


 なるほどね。

 まぁ、一応、家族としてやれてるんなら、別にいいんじゃないの。

 全然一家団欒というか、幸せな姿が想像できんけど。

 だが、こうして、のんきに昔の仲間に挨拶にくるくらいだもの、そこそこに折り合いはつけてるんだろうさ。

 

「なんだかよく分からないけれど、おめでたい話のようね」


 そんな俺達の会話に割り込んだのは、書架から出てきたリーリヤだった。


 脇に抱えているのはボールスが依頼した魔導書。

 割と近くの書架にあり俺の手を借りるまでも無いということで、友人の相手に俺を残して、一人で魔導書架へ探しに入ってくれていたのだ。


 こいつにしては粋な計らいである。


「いや、どうもかたじけない、リーリヤどの。貴方にはマクシムの就職の世話といい、今回の件といい、いつも無理を聞いてもらって」


「いいえ、そんな。どうかお気になさらず。多少きかんぼうなくらいが、しつけのし甲斐があっていいというものですわ」


「犬みたいに言ってくれるじゃねえか」


「はい、マクシム、お手」


「誰がするか!!」


 差し出されたリーリヤの手を俺は払う。

 もう、照れなくてもいいのにと、心の底からあざける笑顔でリーリヤは言う。


 照れる要素がどこにあるというのだ。

 むしろ呆れてんだよ。

 このアホエルフめ。


 俺があんまり反応しないものだから、なによとリーリヤはきびすを返す。

 そうして、ボールスの方を向けば、彼女は手に持っていた魔導書を、彼へと差し出したのだった。


「はい。貴方がお探しの魔導書『秘密結社ピヨピヨ会報 創刊号』よ」


「おぉこれが」


 ありがたや。

 両手で受け取るボールス。


 確かに彼にしてみればありがたいものなのだろうが。

 なんというか、魔導書にしてはありえないくらいの薄さ。

 そして、そのいかにも中身が想像できない妙なタイトル。


 大丈夫なのか。それ。 


「すんなり受け入れたが凄い名前の魔導書だな」


「魔導書のタイトルなんて結構テキトーよ。貴方が字が読めないから気づかないだけ」


「嘘だろおい」


「ほんとよ。道化のピロピロとか、スライムのぽよぽよとか、デーモンふさふさもっふーんとか、そういう擬音系のタイトルって意外とあるわよ」


「中身がまったく想像できない」


「あと、嫁の飯がまずいとか、勇者を魔王城に一人でワープさせてみたとか、うちの大魔王様がこんなにセクシーなわけがないとか、そういうのも多いわね」


「どういうノリでタイトル決めてんだよ」


「まぁタイトルはともかくとして、その効能は本物よ。流石に会報の創刊号だけあって、魅力的な付録をつけるものだわね。私もちょっと感心したわ」


 話している俺達の前で、さっそくとボールスが魔導書を開く。


 パーティー組んでた頃からやはり変わらない。

 宝箱でもなんでも無用心にあけるものだ。

 それが、何かの手違いで、読めば寿命が縮む魔導書だったらどうするんだよ。

 リーリヤが選んだものなのでそれはないだろうが。


 呆れる俺。

 無用心男ボールスの手の中で件の魔導書が光る。

 

 どうしたことだろう。

 しばらくすると、彼の前に、彼の腰くらいの伸長をした、小さく愛くるしい顔立ちの子供がちょこなんと現れた。


 どことなくではある。

 その顔つきは、ボールスの面影を感じさせる。


「おぉっ!! おぉおぉっ!! 成功だ!! 成功しましたよ、リーリヤどの!!」


「凄いわね」


「なんだ。なんだあの子供は。こりゃいったいどういうこった」


「ピヨピヨ会報創刊号付録の擬似生命魔法こと『そしてパパンになる』よ」


 また、付録までえらい適当な名前だなおい。

 こんなんばっかなのか、魔導書作る魔法使いって奴らは。


「擬似生命体魔法、ってのは?」


「言葉の通りよ、魔法で作った擬似的な生命、生き物。つまり、あの子供は、魔法でできているってことよ」


「魔法でできてる。ホムンクルスって奴か」


「そうそうそんな感じよ。やだ、少しは学があるんじゃないの、マクシム。えらいえらい」


 俺の頭を撫でようとしたリーリヤの手を払って除ける。

 なによもうとふてくされる彼女。

 しかしそんなのはどうでもいい。


 なんだ。


 なんだこのどうでもいいオチ。


 会報のタイトルといい、この魔法の名前といい、こんなものを作ったことといい、この魔導書を書いた奴らは、頭が沸いているんじゃないのか。

 よくそんなんで人の親になれたもんだな。

 ちょっと怖いわ。


「マクシム。そう言うな。人はな、親になろうと思ってなるものじゃない、子供、そう、自分の子への愛情が人を親にするんだよ」


 放心している俺に向かってドヤ顔のボールスが言う。

 欲情で親になった人間の台詞かね。

 

「まぁ魔法の趣旨を説明するとね、親になるのに不安を抱いている人間に、この魔法を通して、親の気持ちをわかってもらおうって、そういうものな訳よ」


 そして不安だから来たんじゃねえかよ、ボールス。

 何が子供への愛情がどうこうだ。

 一番自分が不安なんじゃねえか。


 そんなリーリヤの説明も聞いちゃいない、俺の呆れる視線も気づいちゃいないという感じで、目の前の子供をボール巣は嬉々として抱き上げた。


 やぁパパデちゅよと、気色の悪い赤ちゃん言葉を発するや、そのごつごつとした顎を子供に容赦なくこすりつける。

 当然、子供は直ぐに泣き出してしまった。


「おいやめろボールス。お前の髭はマンドラゴラを生きたまま摩り下ろすくらいに硬いことを忘れたか。その子供が大根おろしになってもしらんぞ」


「はっ!! 余りの愛らしさについ!! すまない、息子よ、パパンが悪かった!!」


 やぁと言うボールスの息子。

 すぐさま彼はむくつけきパパンの腕から逃げ出した。

 そうして、とてとてとおぼつかない足取りで――どうしたことか、俺とリーリヤの居るほうへと駆けてきた。


 ママ。


 そう言って子供が抱きついたのはリーリヤの膝。

 あらあらとリーリヤが泣きじゃくる子供の肩に手を添える。


「ママだとよ」


「うぅん、なんだか複雑な心境。僕、私は貴方のママじゃないわよ」


「ママァ」


 聞いちゃいない。

 リーリヤの膝にひっついて離れない子供。


 よっぽどママに見えるんだろうな。

 そういう雰囲気を出しちゃってるんだろうな。

 胸もないのにさ。

 歳だけはちゃんと取ってるからな、リーリヤさんはなぁ。


 言ったら首を絞められるのは目に見えていたので俺は何も言わなかった。


 言わなくても俺の首のベルトは締まった。


「なに笑ってるのよ」


「いいお母さんじゃねえかよ。今年で大台の四桁だっけ?」


「まだまだ先の話よ!! というか四桁だったらエルフでもおばあちゃんよ!!」


 怒るリーリヤ。

 彼女が着けた俺の首輪は今日も今日とて絶好調に良く締まる。


 というかやめろ。

 子供が見てるだろ。

 こんなもん子供に見せるもんじゃない。


「そうよマイサン。その人はお前のママンではない」


 そんな俺達の間に割り入って、ボールスは再び息子を抱え上げた。


「さっきからお前ママンとかパパンとか。そういう奴だったっけ」


「剣一筋に生きてきたから、子育てとかそういうの分からないんでしょ。こんな魔導書に頼ろうとする辺りから察してあげなさいよ」


 というか、なんで女口調。

 そんな俺の疑問を吹き飛ばすように――。


「俺がお前のパパンでママンだ!!」


 ボールスがはっちゃける。


 くねり、腰をくねってみせると、そんな訳の分からないことを、彼は言った。

 その場の誰も彼も――俺も、エルフも、魔法の子供も、みんなが、凍り付いていた。


 いやだ、こんな筋肉質で、アルカイックスマイルと鋼の筋肉がよく似合う、マッチョマッチョなドラゴン殺しの母親なんて。


「いやママンではないだろ。落ち着けボールス」


「なめるなマクシム!! 俺は息子のためならば、性別をも超越してみせる!!」


 いや越えるな、越えるな。


 そんなことしても息子のためには絶対にならんからな。


 あきれかえる俺とリーリヤ。

 魔導書にも心があるのだろう。

 まるであきれかえったように、あるいは耐えられないという感じに、ボールスの手の中で彼の息子は煙となって消えた。


「おぉう!! マイサン!! 何処へ消えてしまったのか!!」


「あんまり持続力はないのかしらね」


「こっ、これが、世に言う反抗期!! どうしよう、こんなにいっぺんに色々なことを経験してしまって、俺、本当に立派なパパママンになれるのだろうか」


「だから混ぜるなよ」


 立派かどうかは分からんが、擬似魔法相手にそれだけ子煩悩なら、いやでもなるんじゃないのかね。

 こりゃフェオドラの奴も、大概苦労しそうだぞ。


 大丈夫なのかね、この家族。

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