第21話

『久しぶりだな。そっちも暑いか?こっちは頭が狂いそうなくらい焼かれてる。俺自身何で今お前に手紙なんか書く気になったのか、よくわからない。日本で最後にまともな会話をしたのがお前だったから、気になってたのかもしれない。何にしろ俺の気まぐれには違いないから、無理に返事書こうなんて思わなくていいぜ?書いたとしてもたぶん俺のところに届く確率は低いしな。ま、前置きはそれくらいにしとく。

俺はいま小さな村にいる。いつか言ったことを実行するために、試行錯誤の毎日だ。本当は日本から便利な道具を色々持ち込むつもりだったんだけど、現地の空港でかなり取り上げられて、ほぼ一からやってる。

雪を見せることなんて、日本の技術があればすぐ出来るだろう、って甘く考えすぎてたんだな。それでも最初のうちは本読んだり、材料集めたりしてやってたけど何度やっても思い通りにならなくて、こっちに来て二週間めで、もうやめちまおうかと思った。そしたらさ、こっちで仲良くなって毎日俺のそばで作業を見てた子供が言うんだ。

「一番手に入れたいものってさ、実は一番手に入らないものなんだよね。」

そいつは星ってものを初めて自分の目で見たとき、すごく綺麗だから、自分のものにしたくて親に泣いてねだったらしい。まぁ、当然それは無理だよな。そうしたら、そいつの母親が言ったんだって。


―一番手に入れたいものは、一番手の届かないところにあるのよ。だから簡単には自分のものに出来ないの。だけどね、本当に手に入れたいと思っているならば、いつかは自分のものにすることも出来るのよ― って。

さすがに今のそいつは星が自分のものにならないことくらい理解してるけど、でもそいつはいまも星を手に入れるつもりでいるらしい。どうやって、って聞いたら、たくさん勉強して宇宙に行くんだって。そうすれば今よりも星に近くなるだろ?って笑ってた。


そいつが母親からの受け売りで俺に言った一言は、妙に説得力があった。一番欲しいものは、なかなか手に入らないから、途中で諦めたくなる。欲しいと思ってるものにかける想いが強いぶんだけ、目指した目標に到達するまでの道のりがすごく遠く感じられて、どうしても、自分には無理なんじゃないか、って思ってしまう。この先どうなるのか、なんて本当は何一つわかっちゃいないのに、目の前に差し出された楽な選択肢を選んでこれが本当の目標だったと思い込もうとする。それはただ諦めでしかないのに、多くの人がそれに気づかずに、楽な選択肢を選んで終わりにしてしまう。だけど・・・楽な選択肢を選ぼうとしない奴だっている。周りから嘲笑されてもまだ自分の想いを貫こうとする。 こういう奴はいわゆる一直線バカで、世間的には要領の悪い奴なのかもしれない。でもそういう奴らにこそ、「生きてる」って言葉はあるんじゃないかな、と俺は思う。


それで、まだ俺はこうして試行錯誤してるってわけ。もしかしたらこの先何年も、何十年もかかるのかもしれない。下手すると、粉雪のかけらすら作れないまま終わるかもしれない。だけど俺は諦めないつもり。俺はちゃんと「生きたい」からね。


とまぁ、俺のことばっかり書くのも飽きたからこの辺で終わりにしようと思う。ところでお前はどんな感じ?・・・と聞いてみたけど、この答えはたぶんしばらくは聞けないだろうな。いつかまたお前と会うことがあるならその日まで、答えは預けておくことにするよ。

じゃあまたいつか。CHASE YOUR DREAM!さよなら。』


目の前に良太の顔が浮かんだ。マサキ、マスター、そしてユキ。何故か奥野の顔は思い出せなかった。

―踊り続けなきゃ、マスター。

マサキの声が耳に甦る。

そうだよ、踊り続けなきゃ。もう置いていかれたなんて思わなくていい、俺らのほうが置いていくんだから。

―ねぇ、『CHASE』ってどういう意味だっけ、ジュンちゃん・・・。

ユキの声が聞こえる。

どういう意味・・・だっけ?

良太たちの顔は薄れ、代わりに見慣れた横文字ちょうちんがちらつきはじめた。

横文字ちょうちんの店の前を通っても、自分はもう以前のようにムリしちゃってぇとは思わない、いや、思えない・・・。

そのときジュンは思いついた。

―ねぇ、『CHASE』って・・・

なんだよ、みんなほんとはわかってるくせに・・・。

ジュンはテーブルにうつぶして、にやりと笑った。


/終

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CHASE みのわりか @minorikawa

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