N氏のネコは

@nyaok

第1話



 拾った猫が地球外生命体だと僕たち家族が気づいたのは、ミケがひげを垂らして神妙に語り出した時だった。

「――というわけで、お世話になりましたニャ。母星に帰っても皆さんのことは忘れニャいです。多分」

 え、多分なんだ、と僕は思ったが口には出さなかった。

「ミケ、元気でな」

 父さんがミケの頭に手を乗せて、ちょっと乱暴に撫でる。父さんも妹も泣いていたけれど、ぼろぼろに泣きくずれていたのはミケを飼うときに一番反対した母さんだった。

 夏休みもそろそろ終わりだなと思っていたら、ミケとこんなことになってしまった。深夜にミケをバスケットに入れて、父さんの車で裏山の頂上あたりまでやってきたところだ。車の中ではみんな黙りこくっていた。

 地球外生命体だろうとなんだろうと、今や家族の一員であるミケと別れるのは辛い。母さんが「動物を飼うと別れるときに哀しいから」、と言っていたのを思い出す。そのときの言葉の本当の意味が、何年も経ってようやく僕の胸に迫ってくる。

「ミケ、MK22星雲に帰っても、わたしのこと忘れないでね、ぜったいだよ!」

 小さな妹がミケに抱き着く。バレエの発表会が今週の土曜日なのに、なんで来てくれないのとずっと駄々をこねていた。

「わたし手紙いっぱい書くからね!」

「おい、あんまり引きとめちゃだめだよ」

「うん…………」


「皆さん、さようならですニャ……」

 ミケの言葉を合図にしたように、林の中に大雑把に隠してあった宇宙船が七色に輝いて――――――それなりに輝いて光を失ってしまった。

「ど、どうしたのミケ? 宇宙船壊れたの??」

「……うーん。そろそろ眠いし、皆さん明日にしませんかニャ?」

 僕たちは喜んで、ミケをまた車に乗せて帰った。ウソみたいだ。一緒に過ごせる時間が一日増えたのだ。明日は何をしよう。ミケを自転車のカゴに乗せて魚釣りに行こうか。みんなでミケの大好きな煮干しタワーを作ろうか。縁側で昼寝だっていいかもしれない。



 翌日。!!!?!?

「ミケ、急いで。父さんが車のエンジンかけて外で待ってるよ」

「んー…でも眠いのでもう少しゴロゴロしてから帰っちゃだめですかニャあ」



 翌々日。

「寂しいな。やっぱり明日は帰っちゃうんだよね……」

「うニャ?」

「あれ、帰らないの?!」

「おかあさんがたくさん猫缶買っちゃったですからニャあ。全部食べないともったいないニャ?」

「確かあれ、おみやげだったと思うけど……」



 数週間後。

「――――ねえ結局いつ帰るのさ?」

「そのうちですかニャ」




 光陰矢の如し。時代は流れた。

 あの頃とはすっかり何もかも変わってしまった。結婚して子育ても終わった。両親も看取った。今や猫缶の中身だって分子分解した生ゴミから作れてしまうご時世。変わらないのはうちのミケくらいだ。こんなに長い間、同じ動物を飼っている家は他にはないだろうな。

 今日は僕の孫たちが遊びに来ると知って、災難は御免こうむるとばかりのミケは、昔、実家からもらい受けたお気に入りの古箪笥(ふるだんす)の上で丸くなっているようだった。見上げると、しっぽが垂れているので気が付いた。

 僕は椅子にもたれて、火星から送られてきたホログラムを眺めていた。デスクの上では白髪交じりになっても美しく、細い手足にしなやかさを保ったままの妹が、華やかな舞台の上で踊り続けている。

「そういやミケさぁ、昔、宇宙に帰るとか言ってなかったか」

「うニャ。ま、そのうちですニャ」

「……そっか。ありがとな」

 ミケはしっぽを揺らすだけだ。


 で、ミケと僕の付き合いはそろそろ半世紀になる。父さん、母さん、今でも僕ら楽しくやってるよ。






                                おわり





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