北千住じゃん?
「お前、レル側だろ?」
体育館でクラスごとに分けられた僕たちは、さっき僕から紙を回収した緊張感のない顔の女教師の「はーい、じゃー3組のみなさんは、わたしについてきてくださいー」って緊張感に欠ける言葉に従って移動することになったんだけど、なんとなく集まった時のみんなの立ち位置っていつかアレな流れで、先頭を歩く先生のすぐ後ろを僕がついて歩くことになって、僕は小柄な先生をみながら、この人はきっといじめらレル側で、クラスのちょい暗めな男の子に弱みを握られて犯されちゃうタイプの人だよなあ、なんてヨコシマでシマシマでシコシコのいやらしい想像をしてたらちょっと興奮してきちゃってああもうこれが男の子なんだからしょうがないんですたしかに昨日もちゃんと中学校の卒業アルバムの中にあった清水さんのパンチラ写真を見てパンチラを同級生みんなに見られることになってしまった清水さんの気持ちを考えながらオナニーしたけど、ソレはソレ、コレはコレ。だから勃つもんは勃つし、膨れ上がった尊大な自尊心はそうそうやすやすと臆病な羞恥心にはなってくれないから自然と前かがみになって、うーん、先頭を歩いていてよかった、なんて思ってた時にいきなり後ろからかけられたのが「レル側だろ?」って言葉だったってわけ。
レル側なんて聞きなれない言葉に振り向くと、眉毛が異様に濃く見える男がいた。初め、何言ってんだこの眉毛、僕の名前は茅ヶ崎であってレル川なんて珍妙な苗字じゃねえよって思ったけど、頭が良くて頭の回転が早くて発想が人とは違う僕は、瞬時にそれが「いじめらレル側」のことを指してるんだと気付いたからマジ非凡。
ていうか、「レル側だろ?」ってことはつまり「お前誰かにいじめられてそうだよな」って意味で、マジ非礼極まるから遺憾なんだけど、ふと「メル側だろ?」って、「お前誰かをいじめてそうだよな」って思われるのとどっちがマシかと考えたらちょっと際どいけど僕はまだレル側だと思われてる方がいいや。なんか人として。
けど、僕はここではあくまでも「メル側」として生活することを決めたわけで、「レル側」に見られるのは本意ではないわけで、じゃあこういう時はどう返すのがいいかっていうと、やっぱ「いや、僕はメル側ですけど何か?」とかかな?いやいやいやちょっとこれじゃダメだな。「〜ですけど何か?」ってのが特によくない。ことさらにメル側であることを主張しちゃってるし、さあ突っ込んで下さいって感じの投げかけがよくない。あと何よりウザそう。
つまりここで最高にベストでベターな返しは、コレだろ。
僕は一度、眉毛にギリギリ伝わるくらいの強さでため息にも似た息を短く吐き、さも「冗談は止めてくれよ」って雰囲気を出しつつ、しっかりと眉毛の眉毛の辺りを見ながら、早口にならないよう注意しつつ、言った。
「僕はメル側だけど、君は?」
サラッとメル側であることを伝えつつ相手に話題を移す。できれば僕じゃなくて俺、君じゃなくてお前って言った方が良かったってことに気づいたのは言っちゃった後で時すでに遅し、お寿司はカンパチが好きって感じなんだけど、変に普段使い慣れてない言葉を使うとボロが出る可能性があるから使わない。
さあ、眉毛の反応はどうだ?
見ると、やはり疑念を抱いたのか少しの間、なんていうかこう、動物的というか、なにかとても攻撃的な熱い視線を僕に向けて値踏みしたけど、すぐに、興味を無くしたみたいに、そっかと一言つぶやいた。
ホッと安心したのを気取られないように、誤解がとけてよかったという気持ちを込めて、本当は勘違いしてくれてありがとうって気持ちで笑うと、眉毛も黒い眉毛を八の字にして笑い返してくれたから、まあひとまずはこれでオッケーでしょ。
「俺もメル側。よろしくな」
「一緒じゃん。てか、名前教えてよ。僕は茅ヶ崎実」
「おー。俺は
まあ、北千住がバカかどうかは知らんけど、案外性格も良さそうで、僕は思わず親しみやすそうな表情に心を許しかけたんだけど、でもこいつは結局、誰かをいじめることを自ら選択できるクレイジーな奴なわけで、そういう意味ではメル側の奴は、あのタイプあのタイプを除いて全員クレイジーだっていえるかもしれないんだから、ともかく気は抜けない。
そうやって心の壁のATフィールドを厚く、おまけに50メートルくらいの高さに設定してせっせと増築しつつ、情報の少なさに頭を抱えたくなる。どうやら北千住や他の新入生に比べて僕は圧倒的に平等高校に関して得ている情報が少なすぎるみたいで、チュートリアル的なものがあればいいのにって思うんだけど、そんなもんが現実にあるわけなくて、最近アプリゲームで操作説明すっ飛ばして、まあやってるうちにわかってくるでしょ感覚で入学案内を表紙だけ見て「ほえ〜、なかなか新綺麗な高校じゃん」ってアホみたいな感想を浮かべただけで投げ捨てた去年の僕を臼に入れてリズムよく杵でついて半殺しにしたい。
ともかく情報を得らねばならんとうんうん心の中で唸っていたら、でもそうかー、と北千住が僕にしっかりわかるくらいの大きさで、でも僕に話しかけるわけでもない微妙なボリュームで、独り言のようにぼやいた。
「パートナー見つかったと思ったんだけどなー」
マジかよ。
一瞬ためらったけど、これを逃したらこの初日は乗り切れそうにない。聞くは一時の恥、聞かぬは3年の恥って言うし、って違うか。そんなこたどうでもいい。
「パートナーって?」
僕が振り向いてした質問は、しっかりと北千住の耳に届いたみたいで、眉毛を少し上げながら、得意気に答えてくれた。
「メル側とレル側で、ニコイチで作るパートナーのことだよ。うち、アニキが平等のOBじゃん?」
いや、お前のアニキのことは知らねえけど。でもこの眉毛、希望だわ。
へえ、そうなんだって返しながら考える。考えろ。どう聞いたら自然か。この高校について知らなすぎるのを知られるのもよくないし、でも今は何でも知りたいお年頃だし、もっとこう、ソフトに、何でもないことのように、ごく自然に、ってので導き出した僕的に木こりでベストな問いかけはこれだ。
「あのさ、平等高校って、実際どうなの?」
さあこい、チュートリアル。お笑いじゃないやつ。
ゲロ吐くほど嫌だけど僕は君を殴る 珈琲豆挽男 @kousukedesu
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