第72日 終末暦6531年 5月11日(水)

 終末暦6531年 5月11日(水) ??? エビピラフ


 ビリヤードマーカーに連れられて、リサイクルセンターに行った。と言っても、ボンネットメーカーに会うのはまだ先になりそうだ。今日のところは、『待合室』にある宿直室に泊まることになった。夕飯を食べて、ひと段落したので、順を追って書いていこうと思う。


 ビリヤードマーカーは私たちが朝食を取っている途中で部屋に入ってきて「行きますよ」と私の手を引いて連れ出した。もちろん、ナリタくんもそれにつられて外に部屋から外へ出ることになった。どうにか最低限の荷物を持ち出すことに成功し、トキノは私の頭の上に素早く飛び乗った。

 ビリヤードマーカー、私(とトキノ)、そしてナリタくんの順で手を繋いだまま歩く様子は、端から見たら少し奇妙だったんじゃないかと思う。


 途中、『19360914』と書かれた金色のプレートが付いた大きな扉を通って、私たちは塔の

 中央エレベーターに辿り着いた。


「さあ、急ぎましょう」

「おいおいおい、何をそんなに急いでんだコイツ!!」

「時間がありません。中央エレベーターの定期メンテナンスが始まります。その前にリサイクルセンターへ辿り着かなくては」


 ナリタくんが叫ぶが、ビリヤードマーカーは早口で言いながら足早に移動するのを止めなかった。

 結果として、私たちは中央エレベーターのメンテナンス開始前にリサイクルセンターに辿り着くことができた。

 説明を加えておくと、中央エレベーターは3機あって、そのうちの1機(注:私たちが乗ったエレベーターだ)はリサイクルセンター直通のものだった。エレベーターに乗ると瞬きする間もなく、リサイクルセンターに辿り着いた。本当に一瞬でびっくりした。


「これが……」

「リサイクルセンター……?」


 私とトキノはそろって辺りを見回した。


 エレベーターの扉が開いた先は、長い長い廊下が続いていた。人が4人くらい並んで歩けるくらいの広さの廊下は床も天井も真っ白だった。両側は壁ではなく白い扉が並んでいる、鉄格子がはまっていてそれぞれの部屋の中に誰かがいるのが見えたけれど、中の音が廊下まで漏れてくるということはなくて廊下はとても静かだった。


 ビリヤードマーカー曰く、この場所は『待合室』と呼ばれていて、リサイクルセンターの末端でしかないという。


「『待合室』にはリサイクル待ちの者たちが滞在しています。そこの部屋を覗いてみてください」


 手近な部屋を示されたので覗いてみると、中はナリタくんの部屋にそっくりだった。真っ白で、テーブルがあって、スノードロップがあって。少し違うのは、スノードロップの側に銀色のボールがあることだった。中には粉が入っていた。そして、天文塔ではもうお馴染みとなっている防護服の誰かがいた。粉に向けて、しきりに何かを喋っている様子だった。部屋の扉には緑の丸いボタンが付いていて、ビリヤードマーカーが押すと、中の音声を聞くことができた。


「良いかね、君。唐揚げが地下に高跳びしたら、飛行機雲が調味料になるんだ。そして……」


「……彼は一体何を?」

「さあ、私にも分かりかねます。でも、『待合室』は、どこもいつもこのような様子なのです」


 先を急ぎますよ、とビリヤードマーカーは言い、私たちは横並びで歩き出した。まるで花一匁みたいな感じで面白かった。

 しばらく私たちは早歩きで進み続けた。両脇に部屋が並ぶ長い廊下という景色は変わらなくて、私たち以外には誰もいなかった。


 どれくらい進んだか、むしろ本当に進んでいるのか。そんなことを疑問に思いながら進んだ。ビリヤードマーカーはお喋りな方ではないらしく、ひたすら早歩きで進むばかりでこちらからも話しかけづらかった。途中から早歩きがスキップになって、スキップが小走りになって、小走りが全力疾走になったところで私は勇気を持ってビリヤードマーカーに話しかけた。


「あ、あの! ちょ、っと早すぎ、ませんかっ!?」

「そ、んなこと、ありませんっ!」


(私の頭に乗ったトキノ以外は)全員息を切らしていて、会話すら大変だった。


「私たちには、時間が、ありません! 時間に、追われている、のです!! 追いつかれて食われる前に、宿直室までは、行かないとっ!」

「宿直室って?!」

「『待合室』の、宿直の時に、使う部屋ですっ! 手狭ですが、今日はっ、そこに泊まる予定でっ」


 そういうことは早く言ってほしかった!

 なんて、今更書いてもどうしようもないのは分かっているけれど。


 息を切らしながらの会話の中で分かったのは、『待合室』はとてもじゃないけど一日で踏破できないこと、そして『待合室』を越えた先でボンネットメーカーが待っているってことだった。つまるところ、今日中にボンネットメーカーに会うことは無理だったということになる。


 宿直室は『待合室』の他の部屋と見た目はそんなに変わらなかった。最後の方は、私もナリタくんも力尽きてビリヤードマーカーに引っ張っられるまま、まるで凧か何かのように風にたなびいているという有り様だった。だから変わらない見た目の宿直室に、少しだけガッカリしたのも事実だ。そして変わらなかった夕飯にも。


 夕飯を食べながら私たちは明日の予定を確認した。明日には『待合室』を抜けて、リサイクルセンターの中枢である『カッコーの巣』という場所に着けるらしい。ボンネットメーカーもそこにいるそうだ。明日も走ることになるんだとしたら、早く休んだ方が良いかもしれない。ちょっと日記が短めだけど、ここまでにしておこうと思う。


 ※追記…今日のナリタくんはぼうっとしていることが多かったような気がする。考え事でもしていたのだろうか。

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終末少女の日記 笹倉 @_ms

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