第30話 LARPルールブックの作者、来日!! 〜当日編
待ちに待った当日。
レイムーンLARPにとって、事件にも近いニコさん参戦の件は、既にメンバー中に広まっていた。
彼が来ると、全員が満を持しての拍手喝采!!
「神だ……この世界の神がおられる!!」(※1)
「やったー!!」
「今日は楽しんでくださいね!!」
(※1)……厳密には大元の世界観を作った「神」は別の方だ。しかし、彼の作り出したルールブックが無ければレイムーンLARPも存在しなかったため、こう呼称されたのだろうと思われる。
レイムーンLARPは毎回、記録のためにたくさんの写真撮影を行うのだが、この時の皆は特別、ゲームが始まってすらいないのにも関わらず、満面の笑顔だった。それだけ、本場ドイツのプレイヤーにして日本にLARPを持ってきてくれた第一人者ニコ・シュタールベルク氏への様々な期待は高いのだろう。
どんな期待かと言われれば、「日本初のことを成し遂げ続けているサークルである」ことだったり、「日本独自のLARPゲーム手法」だったり──いろんなことを感じ取ってほしいという期待に他ならない。
しかし同時に、スタッフは不安も感じていた──
ドイツから来日してまでのレイムーンLARPゲーム体験。ここまで期待されている中で、彼の期待に満たない内容だと判断されたら?
ドイツのLARPゲームは全てにおいて豪華なのだ。公共施設の中で展開されるものではないし、想像力で補完していくレイムーンLARPゲームの面白さが、彼にダイレクトに伝わってくれるだろうか?
不安そうな顔になっていたのだろう、代表であり、最大のパートナーである星屑が、私の肩を叩いた。
「ううう、星屑さん……」
「不安はわかる。けれど、彼を信じよう。俺らが築いたレイムーンLARPのゲームは、日本人をここまで魅了して、心に響かせてきた。3年の月日は伊達じゃないさ」
「うん……そうだね」
スタッフが不安な顔をしたら、みんなに伝播してしまう。私はぱぱっと自分の頬を軽く叩くと、皆に笑顔を向けた。
もちろん、これ以上ないくらいの、とびっきりの笑顔だ。
「──さあ、みんな着替えて! 着替えた人から、チェックインするよー!!」
ニコさんは森を愛する森男レンジャー「フィン」となった。
自然魔法に長け、なぜか下位古代語(レイムーンLARPの世界では英語に相当する)に詳しい新米冒険者が、踊る野うさぎ亭の扉を叩くシーンから始まる。
いつもの慣れた対応で、
「へーえ、フィン。職業はレンジャーなのね。随分ガタイがいいわねー?」
「はい、森の中で鍛えていましたから。修行は厳しいものでした」
にこっと笑うと、彼の口髭が優しく揺れる。ニコさんは若くして口髭を蓄えているのだ。眼福である。(主に著者が!!)
グレイスは彼をテーブルに導き、既に着席していた踊る野うさぎ亭の冒険者たちが暖かく彼を迎え入れた。この、女将さんから紹介する形で他の冒険者たちと触れ合い馴染ませるのは、非常に良い手法なのだ。今回のニコさんは手練れのプレイヤーだが、まだ初体験で緊張している新米冒険者たちは、彼女の助けを得ることで少しずつ
「やあ、名前はなんて言うの?」
「フィンと言います。森で狩人をやっていました」
「ふーん。なんか、なーんか、
(※2)……ニコさんは生粋のドイツ人であり、つまりは顔の掘りも深く、完全に西欧人そのもの。彼が衣装を着れば、本当にレイムーン世界から抜け出てきたかのような出で立ちだった。
みんなでワイワイと話していると、女将さんから依頼の話が来る。ゴブレットのコレクションを盗まれた、取り返してほしいという、一見なんの変哲もない商人の依頼だ。報酬が高いこともあり、皆喜んで依頼を請けることとなる。
しかし、調べていくうちに、どうにもそのゴブレットは様子が怪しい。ゴブレットを盗んだ盗賊を詰問した衛兵が、突然現れた魔人(!)に殺されてしまったり、なにやら妙な男が商人の娘マリサに近づいていたり……
この回はシティアドベンチャーだったため、シーンがめまぐるしく変わる上に、パーティーが二手に分かれての情報収集となり、なかなかハンドリングが難しい回となったが、ここは今回のストーリーメイキングを担当した星屑がうまくシーンを展開してくれた。おかげで、プレイヤーたちが伸び伸びと自由に推理を展開し、様々な証拠を集めていくことが可能となった。
フィンが同行した商人の家にて、商人の娘マリサに聞き込みをしていた時のことだ。この時は、魔法使いエルフのラズニー、精霊使いの養蜂家少年ビーキーパーも同行していた。マリサはビーキーパーには特に心を開いており、情報を得ることも容易いと思われたのもつかの間。
「じゃあ、その男は誰だったか覚えてる?」
「うん、ええと……あれ? ええと……お、思い出せない」
「え?」
「もしかして、
接触してきた男は魔法使いたちが集う賢者の学院。これはますます怪しい。ここで、フィンがどのような魔法がかかっているか確認するため、魔法判別の魔法を彼女にかける。
それは風の精霊に語りかけるもので──
「Ahdfgsabdh,skmls,aladfywdty,ftsbdgashndhj,nsuhmdjk,asdkl....」(※3)
(※3)……ここは全てドイツ語で詠唱されていたため、あくまでイメージの記述である。
丁寧に鳥の羽を用いて、細かくマリサの体へとそれを触れさせていく。過言でも何でもなく、それはまるで完成された一つの儀式のようで、美しくすらあった。
(これが本場ドイツの魔法詠唱……!!)
さすがにこれを見せられては、同じ精霊使いのビーキーパーや魔法使いエルフのラズニーもテンションが上がるというもので、後に皆、こぞって魔法詠唱に気合が入りまくっていたことを付け加えておく。
さて、この魔法で、マリサにかけられている魔法が忘却の魔法だということが分かった。
「でもでも、私たち解除魔法持ってないよ?」
「じゃあ、賢者の学院に行ってお金を支払って解除して貰えば──」
「や──やだやだやだぁぁぁぁっ!! 賢者の学院にはもぉぉ、行きたくないのっ!!」
何でも、マリサは無理矢理、親の意向で賢者の学院に行かされているらしく、賢者の学院に行くことを極度に嫌がってしまう。これでは魔法の解除ができないと悩んでいた所……フィンが、「良いアイディアがあります」と提案した。
「賢者の学院で、魔法のスクロールを買いましょう。お金さえあれば、解決できるはずです」
「あっ!! その手があるの!?」
「パトリア・ソーリスにはそういうルールを(私が)設けています。できますよね、GM?」
「もちろん! グッジョブです!」
まさに、このルールを作成した人間ならではの提案だ。ルールブックにはきちんと書いてあるのだが、さらっとしか触れていないため、普段のゲームを遊んでいてもなかなか気づかないポイントなのである。
まさにこのアイディアで、マリサの問題はクリアできる!
彼らは大急ぎでスクロールを手に入れ、それをマリサの眼前で破ることによって、魔法を発動。無事忘却の魔法を掻き消し、彼女の記憶を引き出すことに成功したのだった。
そして諸々とイベントは進行し、突然街に魔人が出現、初の戦闘となった。ニコさんは初の和製LARPゲームの戦闘を体験することとなる。ニコさんはここぞとばかりに、狭い部屋でも対応できるナーフ(※4)という西欧米で人気のトイガンから派生したボウガン風のおもちゃで応戦することに。
(※4)ナーフ……英語表記で『Nerf』。おもちゃの飛び道具である。弾の先は柔らかいスポンジで作られていて、当たっても痛くなく、当たったらきちんと分かる。西欧米ではかなり流行っているらしい。最近はトイザらスでも販売されている。
ここでニコさんには、前話で話題に上がっていた「ドイツLARPゲームより敵の装甲点が多め」という状態を体験してもらうことになったわけだが──恐らくは
「うわああああっ!? フィンが巻き込まれ──違う、直撃食らった!?」
「えええー!!! 今までドイツLARPゲーム10年以上してて全部避けてたのにー!?」
なんと、ニコさんにとって、実に10年ぶりのファイアー・ボールの『クリーン・ヒット』と相成ったのだった。よりによって、日本で……!!
戦闘は終わるも、畳みかけるように状況が動き出す。目星をつけていた怪しい人物は黒幕ではない、では誰がこんなことを? 騙し騙され、偽りから真実を見つけ出す展開。そして現れる黒幕の悪い魔法使い、クライマックス戦闘──!!
見事冒険者たちは偽りを作り出していた魔法使いを倒し、冒険者の店へと凱旋する。マリサが突然現れ、ビーキーパーに押しかけ彼女になったりする演出もありつつ、無事、クエストはクリアしたのだった!!
「これは、面白い!! 本当に面白いゲームでした!!! これが日本のLARPゲームなのですね、底力を見せて頂きました!!」
フィンことニコさんが、興奮気味にスタッフに握手を求めてくれた。
──伝わった。
日本のLARPゲームの楽しさが、ニコさんに伝わったんだ──!!
信じられない、でも、確かな手ごたえ。このドイツ人LARPゲーマーは、心の底からこのゲームを楽しんでくれた。環境も状況も母国とまるで違う状態なのに、環境に順応しながらも、その良さを分かち合ってくれたのだ!!
その後は打ち上げとなり、多くのメンバーが彼に質問をたくさん投げかけた。ルールブック上のエラッタや文章表現の疑問から、ドイツのLARPゲームは一体どうしているのか、そして、レイムーンLARPのゲームはどう感じたか、等だ。特に一番最後の問いかけは、彼も喜んで答えてくれた。
「ドイツのゲームに比べるとチープで、大丈夫なのか不安でしたが……」
「いえいえ、ビル(公共施設)の中にこんなに広い部屋があることは恵まれていると思いますし、この中で戦闘をするなら、確かに敵の装甲点を増やしたほうが盛り上がるでしょうね。良い変更だと思います」
「人数が少ない点についてはどうでしょう?」
「これも良いと思います、我々にはなかった視点ですね。最も、確かにこの会場だとここまでの人数が限界だったことも分かりますが、かえって一人一人がそれぞれのキャラクターを濃密に表現できて良いのです。日本語で言うならば、『キャラクターが立っている』んですよ」
「ドイツでも皆さん、キャラクターを演じておられますよね? それより濃いのです?」
「ええ、確かに皆きちんとキャラクターを作ってきているのですが、人数が多すぎて、こんなに丁寧に掛け合い、絡み合うことはできないんですよ。だから、短い時間でしたが、ものすごく満足しています」
「割と場面を頭の中でイメージ投影することが多かったと思いますが、そこはいかがでしたか?」
「良いですね。特に、環境音をたくさん使っているのがいい。今回も、街の中の音や、その街が破壊され悲鳴が聞こえる音までありましたね。あんな風に音をたくさん用いるゲームは初めてですし、とても良かった。確かに簡素な室内ですが、ここまでイメージで補完できるものかと驚きました。それから、ドイツでは室内は室内であり、屋外は屋外なのですが──」
目を閉じて、彼は味わうように思い出し、体験を振り返る。
「レイムーンLARPでは、室内でも屋外を演出していました。木々のざわめきや鳥の鳴き声など。洞窟の中の水滴の落ちる音が暗い中で聞こえたりもする。これは画期的なことです。LARPゲームでは多くが常識だったことを、レイムーンLARPは覆したのですから」
「……ッ!!」
「誇ってください。それだけのものを、私は今日、見せて頂きました」
この3年間は、まさにこの瞬間のためにあったのだ。きっと。
私はまた、涙ぐんだ。
なぜなら──
この言葉はまさに、レイムーンLARPのゲーム手法が世界のLARPゲームと対等に渡り合えるということを、ニコさん自身によって立証したことに他ならなかったのだから。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、夜は更けていく。
とうとう、お別れの時間が近づいた。皆と別れ、そして、ニコさんともお別れだ。ホテルの前で、彼はにっこりと笑う。
「ゆーさん、星屑さん。いつかきっと──きっと、日本にLARPゲームを広めていってくださいね。きっと、きっとですよ!」
「もちろんです。3年前、貴方が言ったこと、覚えてますから。私が──いえ、私と星屑が、日本にLARPゲームを広める。ここに、全力で誓いますよ。やります、日本でLARPゲームを広めますとも!!」
私たちは、固い固い握手を交わす。
数年後、日本でもっと様々な種類のLARPゲームが広まっていて、来日したニコさんがさらに笑顔になれる、そんな未来が、きっと。
信じている限り、起こせるのだから──!
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