第29話 LARPルールブックの作者、来日!! 〜前日編

 それは、急に舞い込んできた。

 2016年、年明け1月のことである。

 ニコ・シュタールベルク(第2話 ※1参照)さんからの、一通のメールだった。


「こんにちは、ゆーさん! (前略)〜実は、今月の15日から20日まで東京にいるのですが、その時にお会いできるでしょうか?」


 和訳LARPルールブック「パトリア・ソーリス」の生みの親であり、ドイツ人の彼とは、既に何度かメールを交わしていた。なかなか会うことはできなかったものの、親交を深めていたのだ。

 そしてこのメール。会わないわけには参りますまい。


「うんうん、会いたいなー…って、あれ? 20日まで、ですと?」


 実は、その月はちょうど偶然にも、定例ゲームが1月20日だった。


「20日にレイムーンLARPのゲームがあるのですが、ご興味ありますか? ニコさんの滞在する期間の最終日でしょうから、お会いするのは難しいでしょうか……」


 ここで、風向きが大きく変わる。「それは参加したいです! 検討します、少々お待ちください」というニコさんのお話のもと、しばらくして返信が届き──


「大丈夫です! 前日の夜に入間市のホテルに宿泊しますので、是非お会いして語り合いましょう! もちろん、翌日のゲームにも参加いたします!」

「うおおおおお!!! ま、マジかぁぁぁぁぁっっ!!!!」


 まさかのLARPを日本に運んできてくれた第一人者であり恩人の、ニコ・シュタールベルクさんと、3年越しの再会。

 そして、レイムーンLARPのゲームを体験してもらえる!!

 これ以上の喜びはなく、参加決定の連絡を頂いた時点で星屑とハイタッチして喜びを分かち合い、さらにメンバーにも急いで伝えたのは言うまでも無い。


「これはシナリオクラフトの腕が唸るね!!」

「うわー、緊張する!! 下手なもの作れないな……!!」


 ドイツLARPゲームとはまた違った味をした、和製LARPゲームを余すことなく味わってもらうためのストーリー、そしてギミック。それらを時間内に収まるようにして作成する必要があるわけだ。我々は頭をフル回転してプロットを作ることにした。


 シナリオの導入としては、こうだ。

 とある雑貨屋の男から依頼があり、話を聞いてみるに、コレクションのゴブレットを取り返してほしいという。しかし、実は冒険者たちが聞き込みをしている間に、様々なことが起こり始めていて……という、半ば巻き込み・シティアドベンチャー型のシナリオである。(このシナリオは、グループSNE(※1)の「ソード・ワールドRPG完全版シナリオ集2 悪魔が闇に踊る街」の中にある同名シナリオからヒントを得ている)


 (※1)グループSNE……神戸のアナログゲームクリエイター集団。国産TRPGゲームの「ソード・ワールドRPG」の大ヒットを成し、昨今はボードゲームにも力を入れており、新作ゾンビサバイバルRPG「ダイス・オブ・ザ・デッド」をリリースしたのは記憶に新しい。


 締め切り設定日まで悩んで悩んで、練りに練ったこのシナリオ名は、「ゴブレットと悪魔のダンス」。いつも気合を入れてシナリオは作るけれども、今回はさらなる気合のもと、様々な要素を練りこんで、当日を迎えることとなるが──


 前述の通り、まず彼は入間市駅近くのホテルに一泊するため、奥さんと共に入間市にやってきた。その姿を、私は必死で頭に刻みつける。絶対忘れまいと思ったのだ。

 前にお会いした時より少しふっくらとして、髭を生やしたニコさんと、素敵なブロンドの奥さんが、ホテルの入り口から出てくる──もうこれだけで、涙腺が緩んでしまい、目頭がつんと熱くなった。


 カーミニアLARPのあの時から、3年。

 3年、待ち続けた彼だった。


 我々は固い固い握手を交わす。時刻は既に遅くだったが、レストラン、そしてホテルのロビーへと場所を変えて、我々は深夜まで語り合ったのである。

 内容の大半は割愛するが、主に語り合ったのはドイツLARPの実情、実際のところどのようにやっているのか、また、翌日のゲームのプレイ説明だった。

 面白かったのは、「貨幣」の話だ。


「ドイツのLARPゲームでは、様々なそのゲーム団体の『国』が存在します」


 彼はそう言って、いくつかの銅貨や銀貨、金貨(もちろんレプリカ)をじゃらりとテーブルに並べた。裏と表に、特徴的な紋章が記されている。


「これは、ドイツというより海外全体LARPゲームで通用する国の貨幣。こちらは、私の参加している団体の国の貨幣。そしてこちらは、ドイツで大規模に行う団体の国の貨幣です」

「うはー、本格的……!」

「もう既に貨幣を作る会社は一般化していて、そのため、数を多く作れば割と安く作ってもらえます。ただ、これには問題が起きました」

「?」

「それは貨幣の価値です。例えば、ゲーム内では、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚といった価値に最初設定していました。しかし、銅貨も銀貨も金貨も、現実の世界の金額ではどれも同じ値段なのです」

「ん? ということは……あれ。ゲームに参加するときに、金貨とか銀貨持っていた方が得じゃない? 現実価格としては同じ値段なんだし」

「その通りです。現実の価格が同じであるばかりに、実際のゲームでは銅貨が全く使われないという困った現象が起きています。そのため、銅貨の価値が急落しているのです」

「えええー!! ゲームなのに、ゲームの中で貨幣経済が!?」


 これにはびっくり。つまり、ドイツ(この場合ドイツに限らないらしいが)LARPゲームでは、大規模に流行っているあまりに、独特の貨幣経済まで始まっていたのだった。

 また、戦闘面でもレイムーンLARPと大きな違いが見受けられた。

 ドイツの場合、戦闘の際は敵NPCも出てくるわけだが、敵NPCは一発か二発で倒れてしまうという。その代わり、いったん奥に引っ込んで、新たな死角から出現し襲いかかるのだそうだ。


「こうすることで、何度も同じ人が敵を担当し、何度現れるかで戦闘バランスを調整しています」

「それは、レイムーンLARPと大きく違いますね。うちでは、プレイヤーたちの強さにもよりますが、大体4〜10発は殴らないと倒れませんよ」


 それを聞いて、ニコさんの顔が怪訝な顔になる。


「それって、強すぎません? どうやって戦闘バランスを組めるんですか?」

「まず、殴られ強いことにより、NPCに多少殴られても大丈夫、という安心感が生まれるのです。実際、すぐにやられる状態だと、『やられてなるものか』と気持ちが焦り、PCを勝利に導く余裕が無くなってしまいます。それが多数になれば、下手をすると冒険者たちが全滅してしまうのです。レイムーンLARPでは過去に、その危険が何度かありました」

「うんうん。それから、場所の問題もありますね。死角からというお話でしたが、それは広いドイツの森などで行う場合ですよね? うちは公共施設の一室でやっているので、死角を作りようが無いのもあります。なので、繰り返し出す手法は確かにうちもやっていますが、メインではありません。その分、敵はそこまで多くは出さないようにしています」

「ふーむ、なるほど。今は信じられませんが、これは明日のゲームを体験してみた方が良いでしょうね」


 どうも我々のLARPゲーム形式はドイツでも海外でも大分特殊な形態らしく、毎月ゲームを行っていることも「信じがたい」とニコさんは首を振っていた。基本的にLARPゲームというものはかなり大きいイベントで、綿密に計画して年に一度か二度出来れば良い方なのだそうだ。その分、一日以上、宿泊などして濃厚に行うのだという。それこそ、日本人の私たちには想像もつかないと言うと、彼は柔和な瞳でHAHAHAと笑うのだ。


「一泊するときもゲーム内に入っていますので、テントです。明け方に敵が襲ってくることもありますよ」

「な、なんだと」

「まさにRPGあるある『今夜は見張り当番な』をきちんとやらないと、マジで詰むのか……ドイツLARPゲームしゅごいぃ……!!」


 そんな、ドイツLARPゲームのとんでもない話をしつつ、いつかドイツに行ってLARPゲームができたら……と、思わずドイツに想いを馳せる。

 嗚呼。行きたい。本気で行きたい。誰か行かせて下さい……!!(切実)


 そんなわけで、気がついたらもう午前1時。楽しい時間はあっという間だ。私たちはニコさんに別れを告げ、自宅へと帰る。


 さあ、明日は一世一代の晴れ舞台。

 日本のLARPゲームを見せる時が来たのだ──!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る