第26話 日本初の宿泊型野外リアル中世ファンタジーゲーム! 〜当日編

 目が覚める。

 山の朝は早い。祈る様に、私は耳を澄ますが──


 ぽたぽた。ぽたぽた。

 しとしとしとしと……


「あああああああ」


 無情にも、雨は降り始めていた。

 しかし、ここでまさかの奇跡が起こる。いざ入山間近というところで、雨が小康状態に入ったのだ!

 もしかしたら、「止む」のかも……? 著者は、小さな希望でもすがりたかった。

 急いで準備をしてもらうべく、参加者たちの手続きを済ます。

 雨が降ったり止んだりしており、レンタル品を色々と処理しなければならない関係上、どうしても時間が押してしまったが、なんとか開会式まで持って行き、ゲームをスタートすることとなった。


「うおー、これが革鎧かああ」

「かっこいいよね、これ」

「はっはっは、今日のためにここまで作ってきたぞー」

「うわああ、自然の中で着るだけでみんな絵になる!」

「没入感、半端ないよー!! すごーい!!」


 この時点で、初めての野外ゲームを経験する参加者のテンションはMAX状態だ。この時はLARPゲームそのものが初体験の方もおり、受付の小屋の外は歓声で溢れていた。遠く大阪から来ている参加者もおり、その方はAvalon(※1)に所属している甲冑ファイターでもあるため、本物の金属脚甲冑を着込む凝りようだった。(ちなみに、レンタル武器防具を貸してくれたのもAvalonのメンバーさんである)


 (※1)西欧中世文化研究団体Avalon…第1話でも登場した、Stephan氏も所属している団体。海外のSCAとは別の日本の団体で、史実の西欧中世文化として、甲冑ファイトももちろん、ダンスや料理という文化も楽しむ。ちなみに、著者もAliceという名で所属している。


 ゲームスタートまでに各々撮影会をしていた様子で、集合写真もちゃんと撮影する。ゲーム中の撮影に関しては、ゲームに支障がない程度にしても良いことを許可した。(一応、レイムーンLARPスタッフにも撮影スタッフは用意したが、ライブ感ある撮影は参加者自身しか撮影できないだろうというのが、代表の判断だった)


 さあ、ゲームスタートだ。スタート地点はいつもの踊る野うさぎ亭の冒険者たちと、今回から初めて参加する冒険者たちのパーティーに分けられ、別の場所から同時スタートしていく。最初のスタートでGM同士の合図にずれが生じたものの、打ち合わせ通り妖魔共に出くわし、戦闘開始、そのまま流れる様に彼らは戦闘しながら合流していった。


 小康状態だった雨は、思えば、この思いっきり楽しめる野外の大規模戦闘のために、一所懸命雨雲が頑張ってくれた様に思う。それほどに、この戦闘がこのイベントの鍵を握ったと言ってもいい。


「うわ、ゴブリンだ!! かなりいるぞー!!」

「そっちに回って、俺はこっちを叩くから」

「ゴブゴブー!!」

「喰らえ、『盲目呪文ブラインドネス』!!」

「ゴブー!?」


 大規模戦闘の中盤までは小康状態のままでいてくれたため、割とワイワイしながら、皆思いっきり体を動かして武器をふるい、魔法を行使して楽しんでもらえた。しかも霧雨状態なので霧が深くかかり、なんともゲーム画面の様な、怪しく幻想的なフィールドに仕上がってくれていたのだ。

 そして、いよいよ戦闘が佳境となる中──


 ざああああああっ──


 ついに、雨雲が限界を迎えたようだった。雨は霧雨から大粒の雨と変わっていき、ひたすら地面を濡らし続ける。強弱の激しさはあったため、強くなればゲームは中断して雨宿り、弱くなれば続行して戦闘を、という状態だ。気温が暖かかったことが何よりの救いではあったが、やはり、ここまで降ってしまうと──


「星屑さん……!」

「うーん……仕方ない。ここまで、か」


 参加者たちの安全が

 私たちレイムーンLARPの、全ての第一信条。この雨の中、既に地面のぬかるみは酷くなりかけていた。

 ひとまずは大規模戦闘が終わる所まで話を持って行き、ゲームをそこでストップ。そのまま、本来の道筋のシーンである、エルフの族長の小屋の中へと皆を避難させた。

 ここで、著者の胸にはどろりとした黒い不安が広がってくる。


 ゲームそのものの中断。

 シナリオの中断。

 イベントの、明確な──


 先ほどの雨で戦闘がスムーズに進めなかったために、時刻は既に15時。本来なら、この族長との会話イベントはとっくに終えて、多くのイベントをこなしていなければならなかった。

 それだけではない。この後、大規模戦闘では無いものの、村人たちの情報収集イベント等をこなすためには、また外に出る必要がある。しかし雨は一向に止む気配は無く、それどころか無情にも、雨足は強まり、容赦無く屋根を打ち付けるのだ。


 ああ、神よ、なぜここまでの試練を課すのですか──!


 私は無神論者だが、この時ばかりは神と天候を呪う他なかった。

 しかし、今は仕方が無い。屋内に入れた以上は、イベントを続行しなければならない。何より、参加者たちを不安に陥れてはスタッフ失格である。

 我々はとにかくゲームを楽しめるものにすることを心に決め、まずは族長の小屋に全員を入れさせ、暖かい中で著者が扮する副族長エルフのシャルニープルという女性との会話シーンに入った。

 このシーンは滞り無く終わり、そしていよいよ、一度ゲームを中断し、スタッフ全員での緊急会議となる。それまで、参加者たちは雨で体力を奪われた人も多いため、別に宿泊場所として予約していた小屋の中で休憩となった(※2)。著者は参加者へのケアも考え、少し参加者たちと残り、出来るだけ待つことが負担にならぬよう会話を続けることにした。


 (※2)……後に分かったことだが、この小屋の休憩はゲーム後のアンケートでも評価が高く、ゲームは中断したものの、参加者を休ませるという判断は間違っていなかったようだ。


 しばらくして声がかかり、スタッフの会議に私も混ざる。


「……どーすんの、これ」

「うん。この雨はもう止みそうに無い。だから、外でゲームすることはもう考えない」

「せやな。でも……」

「うん、だから、ここからの話は室内で展開することになる。ここで朗報だ。俺たちは念のため、宿泊に余裕ができるよう2つ小屋を取っていたよね? でもって、オーナーのご厚意で、さらに1つ貸してもらえることになった」

「うんうん。え? ってことは──」

「そう。小屋を1シーンとして使って、室内でシーンを区分けして表現できる。こうやって室内で、俺たちはパーテーションを区切って、室内を、室内はもちろん、屋外としても表現して2やっていたわけだ」

「そ、そうか!! これはいつものゲームと同じ……!! LARP!! 」

「ご名答。そのやり方なら──」


「俺たちLARP!!」


 今まで、チープだ、空想で補ってる、本場のゲームにはまだまだ遠いと散々力不足を感じていた室内LARPゲームが、まさかこのイベントの土壇場で、こんなに輝くことになろうとは──なんたる皮肉、転じてなんたる幸運。

 とはいえ、こうなれば我々の土俵も同じだ。早速、スタッフと話し合って、室内LARPゲームで残り時間(外に出られなくなったので、実質夕食時間までの残り約3時間)を有効に使えるシナリオとゲーム内容を最速で組み上げることにした。その間に、NPCの参加者たちにお願いして、雨の中でドロドロになってしまった配置していた小道具を片付けていってもらう。

 色々悩んだ結果、黒幕を追い込むまで演出すると時間が足りないため、黒幕はこのどさくさに紛れて逃亡したとし、黄金樹を支える巫女の復活をストーリーの解決ラインとした。となれば、あとは「巫女の祭壇の調査」「村人たちへの聞き込み」、そして「屋外ダンジョンのクリア」「森の結界復活」で物語は終わることができる。

 ここからは時間との勝負だ。しかし、いつものゲームスタイルに戻れたとあってか、GMスタッフ陣は皆落ち着きを取り戻していた。


 せっかく、ここまで楽しんでもらえたこのシナリオだからこそ。

 最後まで味わって終わって欲しい!!


 これはおそらく、スタッフ陣のゲーマーとしての執念に他ならなかったであろう。GMスタッフだけでは無く、NPC参加者たちの協力無くしては成し得なかった。本当に心から感謝したい。


 プレイヤーたちは話し合いながら様々な情報を紐解き、時に悩み、時に暗闇の中ダンジョンの仕掛けをクリアし、時に巨大な魔法陣を展開して結界を修復し、無事巫女を復活させることに成功したのだった。

 特に魔法陣は全員が輪になって、怪しい呪文を唱えながら、魔法による赤いライトで照らされる中結界を再構築していくシーンであり、アドベンチャーパートでは一番に盛り上がった箇所であった。


 シナリオ解決までの詳細な道筋に関しては、トゥギャッターにて動画や写真でまとめられているので、ぜひ読んで頂きたい。おそらく、日本のサブカルチャー史において、非常に貴重な資料にもなる記録である。


 【感想】千葉県君津市でリアル中世ファンタジーゲーム開催してきました!

  http://togetter.com/li/901535


 最後、副族長のシャルニープルにより感謝の言葉が述べられる。


「ありがとう、心から感謝する。お前たちはこの村の英雄じゃ!!」


 NPCやスタッフから、割れんばかりの大拍手──!!


 そこには、雨だったから全てが不満だったという参加者は一人もおらず、そういった顔をしている者もいない。みんな満足した、楽しそうな笑顔ばかりだった。それが本当に、本当に、嬉しかった。スタッフだけでは無い、参加者全員がこの状態を理解して協力してくれたからこそ、完遂できたゲームだったと言っても過言では無い。

 この時点で、著者は安堵と緊張からの解放で、足が震えていた。奇跡のゲームとしか言いようがなかった。


 この後は1時間ほど着替えと休憩を挟み、ここからはいよいよ中世ファンタジーの宴である。宴のシーンは「ゆるいゲーム世界(=厳密にゲーム世界内に入らなくて良いため、プレイヤーとして発言してもOK)」ということにして、無理の無い範囲での中世ファンタジー衣装を着るという方針だった。

 ここで、シャルニープルは本来の部族の儀式衣装に着替えることになる。真っ白なワンピース、レース加工スカートを何個も重ね着して創り上げた白いドレスと、通販で買い寄せた白いグローブに身を包み、さながらエルフ然とした格好だ。女性陣も各々に中世ファンタジー風のおしゃれドレスとなり、会場へと向かった。

 会場は子豚の丸焼きの調理も兼ねる炉が設置されており、雨にも対応できる屋根付きの場所だった。そこへ着替えた男性陣も座る。すでにテーブルには、子豚の丸焼きだけでは無く、より取り見取りの美しいエルフ料理が、美味しそうにデコレーションされていた。全て、コストマリー事務局さんの手厚い手料理である。

 まず最初に、シャルニープルからの挨拶と、感謝の言葉をかけつつ、料理の説明を行う。これらはちゃんと世界観に合わせて作成したものだ(ちなみに、この世界のエルフは狩猟民族であり、肉は普通に食べる設定である)。せっかくなので、料理紹介のテキストデータをこちらにも掲載しておきたい。先程ご紹介したトゥギャッターにも撮影されているので、見比べてみると面白いだろう。敢えて、シャルニープルの語り口調はそのまま残しておく。


* * *


・アートバークの丸焼き(子豚の丸焼き)

 土に暮らす野生の豚じゃ。本来わしらは猪などを食すが、あれは人間にはいささか癖が強いと聞く。そのようなものを里の勇者に食べさせるわけにはいかぬからな。


・アートバークのバックリブ(豚のリブ)

 丸焼きで足りなければこちらを食べるがよかろう。


・ガリナ鳥のまるごと香草スープ(まるごと鶏の香草たっぷりスープ)

 朝にとったガリナ鳥をそのままサナリアの薬草で煮込んでおる。ジンジャーも入っておるゆえ、これで体を温められよ。


・プロディア花と朝どりハーブの野菜サラダ(食用花とハーブの野菜サラダ)

 プロディアは大変効能の高い解毒の薬草の花じゃ。デトックスで疲労にも大変効くじゃろう。


・月のしずくとワニイモのヨーグルトサラダ(葡萄とアボガドのヨーグルトサラダ)

 エルフの森にのみ採れる月のしずくと言うフルーツを使っておる。月のしずくは月の光の当たり方で味わいも触感も大きく変わるのじゃ。それにコクのあるワニイモを入れ、すっきりとしたヨーグルトソースであえてみたぞ。


・ベリアの香草ライス(レモングラスの香草ライス)

 村で採れた米をベリアで炊きこんでみた香草ライスじゃ。ベリアも解毒の力のある薬草じゃ、すっきりとして食べやすいぞ。こちらには普通のライスもある。


・白パン・ライ麦パン


・森の木の実と干し肉


・エルフの森のフルーツ盛り合わせ


・黄金の蜂蜜酒、それから酒以外の飲み物も用意した。葡萄のホットスパイスジュースもあるぞ。


* * *


 宴は本当に楽しかった。本物のリュート(!)を持ってきてくれた参加者がおり、素敵な音色を奏でてくれたし、ハーモニカを吹いて盛り上げてくれた方もいた。即興で歌を歌ったり、足を踏み鳴らし、手拍子でリズムをとって、さながらそこは、本当に中世ファンタジー世界に入ったかのような雰囲気だった!!


 そして──


 疲れと安堵からだろうか、著者は酒が強く回り過ぎてしまい、無念にも一度席を立ち、女子の宿泊小屋で少し寝て休むことになった。くるくると頭が思考で廻る中、思い出したのは今までの3ヶ月間だ。本当に、本当に頑張った。しかし、この突然の大雨で、シナリオに用意したギミックは3分の2程が使われないまま終わるという結果になった。著者は小道具全てを担当していたため、それらを作り揃えることがメイン業務だったので、悔し涙がこぼれてしまったことは、否めなかった。

 しかし、それでもいい。皆が楽しかった、来て良かったと心から思えるイベントになれたこと。それが何よりも救いで、今度は悔し涙から嬉し涙になった。

 小屋の下からは、雨音に負けず、談笑の声や歌声が絶えず聞こえている。それを聞きながら、私は重い瞼を閉じ、しばし心地よい布団に埋もれた。

 今宵は、良い夜になりそうだ──


 かくして、楽しい夜はあっという間に過ぎ、翌朝のチェックアウトとなった。なんともおかしいことだが、朝には雨は止んでおり、私たちは苦笑したものだった。

 皆は楽しかった、嬉しかったと口々に話し、そして最後の締めの会では、なんと参加者の方々の方から──


「レイムーンLARPのスタッフさんたちが諦めずに全てをやり遂げたから、今この瞬間があると思います。本当に、ありがとうございました!!」


 巻き起る拍手。

 まるで、華やかな風が吹くような、気持ち良い風が吹く。

 生きてて良かったと、心から思った瞬間だった。


 皆に別れを告げ、帰路の安全を願いながら、下山を促していく。後片付けを済ませ、メンバーの槍さんの車で、我々もいよいよ帰ることとなった。

 感無量の二日間だった。


「……星屑さん」

「なんだい」

「やっててよかったねえ、LARPゲーム」

「うん。心から、同意するよ」


 涙もろい私はじわーっと涙目になる中、彼はにっこりと笑って私の肩に手を置いた。さあ、帰ろう。私たちの家に。

 コストマリー事務局さんたちとも別れ、我々は車で自宅へと向かう。途中、海ほたるに行くまでの道々で、空が急に美しく晴れ上がった。

 それはもう、呆れるほどの快晴だ!


「もー、なんだよ! 今じゃなくて、昨日晴れてくれればいいのにー!!」


 ぶーぶー文句を言う著者に、運転手の槍さんはあははと笑う。

 星屑はそれを見ながら、


「まあでも、イベントを成功したから、神様がこんなに綺麗な青空を見せてくれたんじゃないの?」

「おお、そっか。なるほど──え。そ、それってどーなのっ!?」


 笑い声が絶えない車内。

 車は、広い海を横断して走る。

 雲ひとつない青空と暖かい日差しが、水平線をキラキラと輝かせていた──

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