短編

ながぐつ

狐の嫁入り

 土砂降りの日、霧雨の日、五月雨、時雨。

 そんな時、よく目を凝らして欲しい。原っぱ、路地裏、曲がり角、電信柱の脇辺りなんかに私の姿を見ることが出来るはずだ。

 私は雨の精。

 でも、気付かないだろうな。私は雨の日に人々がするように、紺色の雨着をフードも目深く着込み、佇んでいるのだから。傍目には、じっと雨が止むのを待っている変な男にしか見えないだろう。

 実際、私は雨が止むのを待っていると言えなくもない。

 私の職能を考えれば、雨が止んだら、消えてしまう。当たり前のことだ。しかし、人に限らず妖精というのも、自らが決して望み得ないものを望む。そういうことがあるのだ。

 私の望みは青空に白く輝く光、太陽を望むことだ。

 雨と太陽−−決して相容れぬ関係だ。

 私が目を覚ますのは、埃っぽいどんよりとした雲が厚く隙間なく青空を覆う時である。この沈鬱なことといったらない。

 人間達は自らの頬や額にその粒が当たると、驚いたように声をあげ、しばらくすると嫌そうな顔で庇の下へと駆け込んでいく。

 雨は天からの恵み、これが無ければ、人間達は愚か、あらゆる生物にとって生命の危機に瀕するだろう。

 けれども、心情的には人間達にとって雨は厄介者なのだ。でなければ、雨を避ける器具が発明され、かつ遍く行き渡ることなんかあり得ない。

 だが、雨の精たる私にはそんなことどうでもいい。人間に好かれようと嫌われようと、私は存在し、雨粒で虚空をしっとりと濡らす。

 私が太陽を望む理由、それは彼女に会えるからだ。

 彼女は白い衣を着て、伸びやかに、軽やかに、山を町を谷を尾根を川を湖を歩いていく。

 彼女は晴れの精。

 彼女は目も眩むような笑顔で、世界に暖かさと明るさをもたらす。彼女は目も眩むような笑顔で、世界に暖かさと明るさをもたらす。

 そして、私の永遠の恋人。同一の時に、存在し得ぬ私達。まるで磁石の両極のよう。

 でも、世界に絶対なんて滅多にない。私達にすら逢引の刻はある。

 天気雨、狐の嫁入り、天泣、呼び方は様々。決して長い時間ではない。決して広い範囲じゃない。

 けれども私達は互いに手を取り合って、その狭い地域を駆け抜ける。互いの職能を果たし、互いの仕事を忘れ、互いに愛を囁きあう。

 そこで−−そこで生まれるのは一筋の光。私達の可愛い子供。7色に輝き、大地から大地へ足を伸ばし、天空を支える。

 そう、虹。

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短編 ながぐつ @nagagutsu

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