第九幕『たらいまわし』

 診療所はすぐに分かった。何しろ凄い人だかりだ。島に在沖する医者は居たものの、マルトの作る薬は人気らしい。あんなに苦いのに。


「ああ、メーヴォさん。どうしました?」

「忙しいところ悪い。ラースは来てないか?」

「船長なら、さっき二日酔いに効くお茶を出して帰ったところですよ」

「あぁー……また行き違ったか」


 思わず天を仰いだ僕に、マルトの笑う声がする。何か用があったんですか?と問われ、例の実験の成果と次の成果を出す為の依頼をしたい、と返せば、ああ例の、と納得してくれたようだ。


「酒場は行きました?」

「酒場じゃレヴとコールが仕立屋に囲まれてた」

「ジョンのところは?そろそろお腹も空く頃じゃないですかね」

「……そのジョンは何処に?」

「多分船の厨房です。あそこが彼にとって一番落ち着ける場所ですから」


 島に来ても待つ家族は居ない、と言っていたラースの言葉を思い返しつつ、マルトに礼を言って診療所を後にした。


『すっかり盥回しでございますな』

『仕方ないさ。此処では僕は新参者だ。みんな思い思いに顔を合わせたい人だって居るだろうし、そうじゃないのだっている』

『……あるじ様の新しい帰る場所でございますな』

『そう、だな』


 帰る場所など無い、とは言わなかった。たった一年で、僕は陸から海に魂を喰われたらしい。今、揺れる甲板が少しだけ恋しい。


 港ではジョンの手料理が船大工たちに休憩の軽食として振舞われている最中だった。


「船長?来てへんぞ」

「さっきメーヴォさんが移動してから、来てませんよ」


 ジョンとルイーサにそう返されて、ついに僕は手詰まりになった。


「船長に用事か?」

「ああ、例の骨の実験成果と次の実験用の材料調達の依頼だ」

「せやったら、船首岬には行ったんか?」

「何だって?」

「島の一番北にある絶壁で、ラース船長のお気に入りの場所です」

「そう、それや」

「……うん、分かった。行ってみる」


 ジョンお手製のソースがかかったオコノミヤキを一切れ頂いて、モグモグやりながら僕は港を離れた。

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