第五幕『嘘吐き』

 そうこう話をしているウチに、片道一時間の距離はあっと言う間に過ぎ、手綱を握るアデライドが声をかける。


「見えてきました、提督のお屋敷です」


 白い壁の民家が特徴的な港街。その中央に一際大きな屋敷が鎮座していて、まるで街全体が要塞になっているように見えた。難攻不落の要塞から、お宝を奪取出来るか、とかなんとか。


 馬車はまっすぐ屋敷の門をくぐり、広い庭を横切って入り口へと進んでいく。執事役のアデライドは馬車馬と共に納屋で待機する。脱出、逃亡する際の足は確実に確保しておく必要があるからだ。


 入り口に留まった馬車の扉が、アデライドの手で開かれ、一番最初にディオニージの旦那が降りる。それを出迎えたのはクリストフ提督の執事だった。生真面目そうな初老の男は、来客の持つ招待状を丁寧に確認していた。


 正直な話、ディオニージ程の海賊だ。海軍には名も顔も知れ渡っている。しかもこの人はああ言う性格だから、フォーマルな社交場の対応が出来るのだろうかと、内心ハラハラしていたのだが……、それも杞憂に終わった。


「ディランド=ベジャールだ。この度のご招待感謝する」

「宝石交易で一代で財を成した……ディランド公。お初にお目にかかります。宝石商の方のご来訪は旦那様もお喜びになりますでしょう」

「今日を良い商談の場として、末永くご縁を頂ければ幸いだ」


 流暢に出てくる謝礼事項に内心で感嘆の声を上げる。


「秘書殿、コチラは私が最近契約をした商人のエルク=ヴァレンタインだ。よい目利きでね。掘り出し物を捜し当てるのが得意なんだ」

「これはこれは……」


 何だその流れるような紹介。テンポいいな。


「ご紹介に預かりました、ヴァレンタインです。こちらは妻のパーヴォ。どうぞ、お見知り置きを」


 そしてぺこりとお辞儀するメーヴォの美人ぶりよ。


「本日はお招き預かり光栄です」

「お美しい奥方ですな。さて、ご挨拶が長くなりました。ディランド公、こちらへどうぞ」


 柔和な笑みを浮かべた秘書はディオニージの旦那を筆頭に俺たちを屋敷の中へと案内した。しかしディオニージの旦那はこんな社交辞令にまで精通していたってのにまず驚いたんだが……。


「旦那やるねぇ」


 小声でメーヴォに呟くと、組んでいた腕の陰で足下を指さされた。


「よく見ろ、影に糸が延びてる。おそらくアデライド副船長だ」


 よくよくディオニージの足元を見れば、細い糸のような影が延びていた。影腹話術ってところか?錬金術だけじゃなくて闇魔法にまで精通すんのかよ、アデライド副船長も絶対に敵に回したくないぜ。


 そんな事を考えながら、秘書に通されたパーティーホールでは、既に各界の有名人が顔を揃えている上、ケースに入れられたとりどりの宝石が展示されていた。

 さぁて、お宝を拝借する準備をしましょうかね。

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