第四幕『異名』
馬車に乗り込み、アデライド副船長が手綱を持って出発する。時刻は昼を少し過ぎた頃。馬車で一時間ほどの道程を移動する。準備をしていたのは品評会が行われる場所の隣町。入港する船の監視も海軍が厳しく執り行うため、少し離れたところで準備するのがいい。借りた豪奢な馬車に揺られる中、これから作戦を決行すると言う緊張感に、誰も口を開かない。ディオニージの旦那なんかはこんな風に静かに敵正面から突破する事なんて滅多に無いだろう。魔弾のラースこと、トリックスター・ラース様も、ココまで大掛かりにやる潜入作戦は滅多にしないが……。ついでにエリーを船に置いて来なくてはいけなくて、運が離れそうで落ち着かないのも事実だ。
初の潜入作戦で女装とか大役過ぎたメーヴォも、黙って窓の外を眺めている。その手が忙しなくリズムを取っていて、やはり緊張しているんだなと察する。しかしその横顔もかなり美人だ。ふぅっと細く息を吐く様なんて色っぽいにも程がある。
「……ラース、見すぎだ。穴が開く」
いつもの口調が女の声で小さく抗議する。
「お、素に戻ったか?」
「今なら、誰かに見られると言う事もないだろう。宿では誰に見られているか分からなかったしな」
「あぁーそんなトコまで気にしてたの」
「海軍提督の年に一度の社交会、隣町に滞在して行く貴族連中が居ないとも限らない」
「流石死弾の軍師殿だな。あ、軍師じゃねぇんだっけ?」
「しだん?アレか、ウチの通称そんな事になってんの?」
「そうそう。お前さんとこのジョリー・ロジャーから、最近ヴィカーリオの事を死の弾丸、死弾の海賊って呼んだりしてる奴が増えてるんだぜ。俺も最初ドコの船だって思ってたんだけどさ、聞けば魔弾のラースと元殺人鬼のいる船だって言うじゃん。あーお前らんとこかーってさ」
「光栄な事じゃないかラース」
「へ、へへへ……金獅子、海神に並んで死の弾丸ってか。悪くねぇなぁ」
割れた頭蓋骨の背後に銃、頭蓋の口元には弾丸を咥えさせた意匠のジョリー・ロジャー。それが俺たちヴィカーリオ海賊団の旗だ。格好付けてアレコレ盛り込んだ意匠だったが、生き物の呼称で一貫性を持って通っていた名だたる海賊の中に、生き物を殺す弾丸の呼称で加わると来れば、それはそれで面白い。何て挑発的な名の広まり方だ。良いぞ、このまま金獅子の旦那も、ゆくゆくは海神ニコラスも追い抜いて、人種でありながら王と謳われた、海賊王アランのように登り詰めたいもんだぜ。
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