第六幕『想定』

 海軍提督クリストフがホールに現れ、親しい署名人たちと挨拶を交わす中、馬の上の将はディオニージ(とアデライド)に任せ、場の空気に融け込むようにラースと僕はダンスの輪に入った。


 ダニエル船医に突貫とは言えステップ指導を受けていた僕はともかく、ラースが普通にステップを踏んでいたのには驚いた。海賊家業が長い上に、こう言う潜入、変装事も場数を経験していると言う事か。途中からはすっかりラースのリードに頼った。

 オーケストラの奏でる曲に合わせて踊り、曲の切り替えと共にそっとその輪を抜ける。


「驚いた。踊れるんだな」

「そりゃ、まあ多少は?」


 ダンスを終え、壁際のソファに座って一息吐いていると、何人かの男に次のダンスの相手にと誘われた。ばれていないと言う安心感はあったが、流石にこの格好で見ず知らずの男と踊ってやるほど僕は出来ちゃいない。


「申し訳ありません。主人が参りますので、またの機会に」


 ラースの妻と言う役柄を盾に上手い事やり過ごした。なるほど、恋人ではなく夫婦役なのはこう言う時強いのか。飲み物を取りに離れていたラースが帰って来るまでのたった数分で、若い男たちに囲まれてしまった僕をラースが笑う。


「愛しのパーヴォ、君の美しさに皆虜のようだ」


 大らかそうに冗談を口にするラースの登場に、男たちはそっと退場していった。身長もあるしそれなりに貫禄の漂うラースを前に、嫁探しに夢中の若造が叶うはずがなかった。


「アナタはまたそうやって嫉妬なさる。あの子たち、怖がっていましたわ」

「嫉妬ではないよ、事実を言ったまでだ」


 仲睦まじい夫婦を演じるのは多少のむずがゆさがあるが、それはラースも同じだろう。

 ラースの持ってきたシャンパンで喉を潤す。さあ此処からが僕らの仕事だ。


 外の空気を吸いたいから、とホールから出て屋敷の奥を目指す。廊下に出て屋敷の奥へ足を向けた途端、覚えのある臭いが鼻を突いた。


「……おかしい、火薬の臭いがする」

「え、マジで?」

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