第5話 失ったもの

さっきの兄ちゃんとのいざこざを忘れるように会社に走ってようやく自分のデスクにたどり着いた俺は、いつものように山積みになった書類に最初に目を通した。


よかった。何も変わらない。またいつもの一日が始まるんだ。

さっきのことは忘れよう。あいつはそういうタイプだったんだ。

別に気にすることはない。


おーい。ちょっとこっち来てくれ!


おはよう上司に呼ばれた。

めんどくせえことを押し付ける時の声のテンションだ。

また何か面倒なことを言ってくるに違いない。


俺はゆっくりおはよう上司の元へ行った。すると。


今日からお前と一緒に働くことになったやつだ。仲良くしろよ?

ああ、君。わからないことがあれば何でもこいつに聞きなさい。

何考えてるかよくわからんやつだが、仕事はできる。


おはよう上司がしてやったり顔をしていたので腹が少し立ったがまあ、いい。

どうやら新人が入ってきたらしいな。こういうのもお決まりだ。俺はそいつに挨拶をした。顔をちゃんと見たのはその時が初めてだったな。


初めまして!よろしくお願いします!

わからないことだらけでご迷惑をお掛けするかと思いますがよろしくお願いします!


と元気に挨拶をしてきたその新人を、俺は知っていた。


メガネ君!?

なんでここにいるんだ?ビックリした!


俺の目の前にいたのはあのメガネ君だった。

俺はきっと鳩が豆鉄砲を食らったような間抜けな顔をしていたに違いない。

が、メガネ君は驚くことを言った。


えっと。

初めまして。。ですよね?

どなたかお知り合いに僕に似ている人がいるんですか?


なんだって?どう見てもお前はメガネくんじゃないか!

だが、本人が否定している。どうやら俺の勘違いのようだ。


俺は謝って、彼を連れて自分のデスクに戻った。

途中おはよう上司の笑い声が聞こえたが今はどうでもいい。

デスクに戻って俺は彼に仕事の内容をざっくり伝えた。


これはこんな感じで。。あれはこんな感じでいいですか?

この書類の見方は。。


彼の仕事の飲み込みの早さはとんでもないものだった。

こう行った類の仕事は初めてだと言っていたが、とてもそんな風には見えない。

俺は滅多に人のことを優秀とは思わないが彼は優秀だ。


そんな感じで大丈夫だよ。


そう言って俺は彼にある程度の仕事を任せながらいつも通り作業を淡々とこなしていった。


いるんだよな。こう言う天才って。


そんなことを何回思っただろう。昼飯の時間がやってきた。

俺はこの昼飯の時間が好きだ。なぜなら、一人で居られるから。

誰にも干渉されたくない俺にとっては、一人になる時間は最高の時間だった。


あの!お昼どうしますか?僕はハンバーガー買ってこようと思うんですけど。


まじかよ。そうだった。今日はこいつがいるんだった。

計算ミスだ。一人の時間が取れねえ。最悪だ。ていうか俺もそこのハンバーガー食うのが毎日の日課みたいなもんなんだよ。


邪険に扱うわけにもいかないから俺は彼と一緒にハンバーガーを食べに行った。

そして適当に席を決めていつも通り雑誌を取りに行こうと思った時に彼が


色々教えてもらって本当に助かりました!

教え方が本当にお上手で、僕みたいなやつでも理解できました!

これから楽しく仕事ができそうです!ありがとうございます!


なんて言うもんだから、調子が狂ってしまった。

どこまでデキるやつなんだよ、こいつは。

完璧すぎるじゃねえか。

二人で同じハンバーガーを注文し、食い始めると彼が急に話し出した。

俺はその内容を聞いてハンバーガーのレタスを喉に詰めそうになった。


何を失ったか気付いたかい?

君はここに来るまでに随分かかったね。僕自身も時間がない。

君と話せる時間は減っていくんだ。詳しいことは話せない。

だからこれから言うことをしっかり聞いてね。


失った?ん?なんのことだ?

そしてお前は!やっぱりメガネくんじゃないか!なんでこいつは今まで他人のふりをしていたんだ!嫌味な奴だ!


そんなことを思っているとメガネくんが小さな声で淡々と説明を始めた。


君はあるものを失った。それだけが事実。

それを取り戻すことが君に課せられたもの。

取り返せなかったら君は君でなくなる。

この世界も君のものではなくなる。

全ての出来事は必然。逆らうことは許されない。それが課せられたもの。

僕は案内人。ヒントしか出さない、出せない。

君は一人になる。一人の君を救えるのは僕じゃない。

僕はあくまで案内人。忘れないで。僕は案内人。


何を言ってるのか全く理解できず、俺は今日二回目の間抜けな顔をしていたに違いない。目の前のこいつは紛れもなくメガネ君だ。それだけは分かる。

何でかって言われたら説明しにくいけど間違いなくメガネ君なんだ。

そのメガネ君が今意味のわからないことを言っている。俺の頭では理解不能だ。

俺はようやく言葉を発した。


あのさあ!


えっと。。どこまで話しましたっけ?

あ!そうだ、さっき見た書類の中にあった絵のモチーフの話でしたね!


は?いや、違うだろ。何の話だ?

そんなことを話してはいなかっただろう!

ん?待てよ。こいつは彼だ。メガネ君じゃない。

雰囲気がまるで違う。お前は一体誰なんだ。


彼は楽しそうに仕事の話を続ける。

俺はハンバーガーが食べられなくなった。

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