第4話 嘘だろ

光の中で俺は目を開けた。

正確に言うと目を開けていたはずなんだけど、暗闇のせいで開けていても開けていないのと同じ状況だったというべきか。

光の中は暖かくて、まるで母親の胎内にいるかのような、そんな感じだった。

俺はずっとそこにいたいと思っていたんだけど聞き覚えのある声に目覚めさせられた。


ついにここまで来てしまいましたか。

私たちの力不足です。謝ることはしませんが。

あなたには少し失望しました。


わけのわからないことを言う声だな。

一体誰なんだこいつは本当に失礼なやつだ。

やたら上から目線だし何様のつもりだ。


でもこの声には聞き覚えがあった。

すごく懐かしい気もするし最近聞いたような感覚もあった。


あなたは不合格でした。

与えられたチャンスを全て台無しにしました。

あなたに授けたものは全て無駄だったようです。

何を得、何を失ったのか。

失ったものばかりを数えなさい。悔やみなさい。

そしてまた得なさい。

そしてまた来なさい。


声はそれ以上聞こえなくなった。そして、さっきまで辺り一面を照らしていた光はなくなり、冷たい地面が俺の肌を刺激した。

寒い。ここにいたくない。そもそもここどこなんだよ。

こえーよ、マジで。


そう思った時、大学時代の同級生のメガネ君が目の前に現れた。

なんで今出てくるのがこいつなんだよ。


それはね、君が僕の友達だからさ!僕は君を助けたいんだ!

さあこれからが大変だよ。

僕だけは君を助けられる。僕だけは君を支えてあげられる。今はまだおやすみよ。


メガネ君はそう言ってどこかに消えた。

何が言いたかったのかわからないし、何を言っているのかも理解できなかった。

でも最後の「おやすみよ」の言葉はよくわかった。そうだ。俺は眠たくて眠たくてしょうがなかったんだ。寝よう。


スマホの着信音で目が覚めた。


さっき寝たばかりのような気がしたがぐっすり眠ったようなそんな感覚があった。

不思議な感覚を覚えながら俺はおはよう上司の「おはよう」メールに目を通した。

いつもの一日が始まるんだ。そう思うと何だか憂鬱になった。

準備をして出社することにした俺だが、電車の中でいろんなことを珍しく考えた。

俺は自分で言うのも何だが、社会にうまく適合していると言えると思う。

言いたいことは全て押し殺し、面倒臭い人間関係についてもそれなりにこなしているからだ。

だいたい人間ってのは表情さえうまく作っておけば何とかなる。例えば言葉の通じない外国人が目の前にいるとする。その外国人ににっこり微笑みかけて「殺すぞ」って言っても、声のトーンと表情が明るければ相手には悪いように伝わらない。所詮こんなもんだ。

だから適当にしてればいいんだよ。


なんてことを一人で考えてたら最寄りの駅に着いた。


この日の駅はやたら混んでて、すれ違う人も多かった。


鬱陶しい。本当に。

こういう時っていうのは何かしらのトラブルに巻き込まれるんだ。いつもそうさ。

だから俺はこういう日はできるだけ人のいないところ通るようにしてる。肩とかぶつかったらややこしいからな。なんて思ってると。


「いて!!!」背の高めのオールバックの兄ちゃんがこっちを睨みつけている。


ややこしい。というか今のはあんたが悪いだろ?俺は注意してたっての。ったく。


俺はすぐに謝った。さっきも言ったが俺は表情を作るのが得意だ。こんな時は申し訳なさそうにしていればなんてことはない。

はずだった。


「お前謝る気ないな?事務所来るか?どないするんじゃ!右肩折れてもうたやないか!」


あれ?なんでだ?なんで丸く治らない?謝ったのに。ていうかこいつ関西人かよ。

言葉遣いわりーな。マジでよ。


俺はもう一回謝った。こんなことは今までになかったがもう一回謝れば済むだろう。

こいつには「誠意」が伝わりにくいんだ、きっと。


「いやお前な、さっきから何でそんな棒読みやねん。喧嘩売ってるやろ?どう考えても。何やねんその『すみません』は!!心込めて謝れや!!」


そう言って男は殴りかかってきたので、俺は慌てて避けて。その場を逃げるように走り去った。


何でだ?何であいつは怒り続けるんだ?頭がおかしいのか?

謝ったじゃねーかよ。くそ!今日はついてない。本当に。

これだからめんどくせえんだ。何事も。


今までこんなことはなかったからかなり動揺していた。

とにかく会社に向かわないと遅刻する。そしたらまためんどくせえことになる。


俺はちょっと駆け足で会社に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る