エピローグ
聖堂から密かにアドルフとシェリーとの遣り取りを眺めていたアランとマイク。二人の会話が聞こえる距離で物音をたてないようアランとマイクはじっと息を潜めていた。二人の遣り取りが終わり、静かな足取りでシェリーがこちらに向かって歩き始めた頃には、安堵の息をブラウン兄弟は同時に吐いた。
「良かったね、兄さん」
「うん、本当に良かった」
協力してくれたみんなに早速、報告しよう。まずはシェリーと聖堂内にいる神父に感謝を伝えたい。太陽の下、アランとマイクは自然と笑顔になって、喜びを分かち合う。
しかし、不可解な点があった。それは、シェリーとアドルフとの遣り取りの中でのこと。そのことがアランの頭の隅で引っ掛かっていた。そのことを尋ねようと、こちらに戻ってきたシェリーと向き合う。シェリーは、頭痛でもするのだろうか、片手で頭をおさえていた。
「大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫。ありがとう、心配してくれて」
「こちらこそ、本当にありがとうございます」
アランとマイクがお礼を告げる。この数週間、どれだけシェリーが自分たちのために時間を作って協力をしてくれたか。感謝しても、しきれなかった。それは、あの庭に集まってくれた沢山のひとたちに対しても同じ想いだ。
「そういえばシェリーさん。僕が父さんにマフラーを渡したこと、どうして知っていたんですか?」
それはマイクにも教えていないことで、アランしか知らないことだった。
そして、マイクがクリスにからかわれて泣いていたこともシェリーは知らない筈だ。
アランの問いに、僅かな間を置いて、シェリーは何故かかぶりを振る。
「分からないの」
「え?」
「どうしてそう答えられたのか、分からないの」
シェリーの返事に「どういうこと?」とマイクが言う。
アランもまた惑う中、シェリーが「それに」と言葉を繋げる。
「アドルフさんに、微笑みを見せてほしい、って言われたときに……そこからの記憶が、ないの。気づけば、ここに戻ってた」
シェリーは訳が分からないとでも言いたげな様子でかぶりを振っていた。
「その、ごめんなさい。私も、何が何だか……」
「いえ、いいんです」
困っているシェリーに、そう言ったアラン。アランの言葉にマイクが振り返り、不思議そうな表情で兄を見ていた。
「これで、良かったんです」
マイクが不思議そうにアランを見るのも、無理はなかった。シェリーが口にした不可解な体験を聞き、驚いていたはずのアランの口元は笑みを湛えていて、その碧い瞳は空を見上げていた。
「兄さん? どうしたんだよ」
「なんでもないよ、マイク。さあ、行こうか」
弟の背中を押して、二人はアドルフのもとへと向かう。
ありがとう、と。アランは胸の内でそっと呟いた。
休日を迎えたアドルフ・ブラウンは自宅の個室で、屈みながら、押し入れの中に手を伸ばしていた。
あれから、一週間もの時間が過ぎていた。いろいろな人達に迷惑をかけ、心配をかけさせてしまったアドルフ。しかし、誰もアドルフを責めない。それどころか、皆が祝ってアドルフを迎え容れてくれた。仕事場の仲間たちも、自分の抜けた穴を埋めるかのように、いままで以上に仕事に励んでくれた。アドルフの胸はいまもまだ、感謝の気持ちで溢れている。
押し入れの中で探し物をしているときに、アルバムが見つかった。手にとってページを捲れば、そこにはマリアとの沢山の思い出が詰まっている。アドルフは微笑みながらそれを眺めていた。
アドルフの胸に空いた大きな孔は、まだ塞がらない。塞がっても、きっと、大きな傷跡が残るだろう。それはときどき、忘れた頃に痛みを訴えるかもしれない。でも、それでよかった。マリアの死を忘れることはできないし、忘れるつもりもない。この痛みと付き合って、前を向いて生きていこうとアドルフは誓った。
――見守っていてくれ、マリア。きょうも明日も息子たちと一緒に笑顔で一日を迎える。だから、マリアよ。どうか笑っていておくれ。
アルバムを閉じた頃に「遅いよ、父さん」と庭からマイクの声が聞こえた。「もうちょっと待ってくれ」と大きな声で、庭にいるアランとマイクに向かって返事をする。
こんな父親を見捨てずに、ずっと心配をしていたというアランとマイク。一体どれだけの迷惑を二人にかけただろう。それでも自分のことを「父さん」と呼ぶ息子たちに、アドルフは深愛を覚える。
そんな愛しい息子たちとアドルフは平日に一つの約束を交わしていた。アドルフは押し入れの中から探していたものを漸くとり出す。埃が被ったそれを右手で払ってから、左手に嵌め、庭に向かうアドルフ。久しぶりの運動だ、上手にできるだろうか。息子たちとの、キャッチボールは。
end.
永久の愛 麻倉 ミツル @asakura214
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