11.主人公、新たなスキルをおぼえ、人の悪意を知ること。
天野ら、引率の探索者たちが新人研修生を逃がし、再び成行が居る十八階層に戻ると、戦闘はすでに終わっていた。
「逃げられました」
かなり広い範囲に、なにかが焼け焦げた肉片らしい物体と成行の武器が散乱している。
そんな中、成行は散らばった武器を回収する余力もない様子で地面にへたり込んでいた。
精も根も尽き果てた、といった風情である。
「まさか、二回も変異体に遭遇とはなあ」
成行について、そんな噂が関係者の間で広まっていった。
変異体。
その名の通り、通常のエネミーとは違った性質を持つエネミーを指して、そう呼ばれる。
単なる奇形のエネミーではなく、通常のエネミーよりももっとずっと強力な存在、本来ならその階層に出現するはずもない強大なエネミーを特に指定して、そう呼ぶことが多い。
その存在自体がきわめて希少であり、普通の探索者は生涯に一度遭遇できるかどうかといった存在である。
一生、変異体と出会わない探索者の方が、圧倒的に多数なのだが。
にもかかわらず、成行と、それに天野は、その変異体と二度も遭遇してしまった。
当然のように、公社から詳しい事情聴取を受けることになった。
事情聴取は関係者各人、個別に行われた。
当然、一番の当事者である成行にも念入りな事情聴取を受けたわけだが、成行は一貫して、
「無我夢中だったので、あまりよくおぼえていない」
と主張している。
それに、
「もう少しで倒せそうだったのに」
とつけ加える。
「天野探索者らの証言によると、そのエネミーからは、少なく見積もっても五百階層以降に出現するエネミーに相当するプレッシャーを感じたということだった」
そうした、場違いな階層に出現するエネミーを、イレギュラーと呼ぶ。
変異体とイレギュラー、そのどちらかひとつの要素だけであっても、実際には滅多に遭遇しない希少なエネミーであるといえた。
しかし成行は、その変異体でありなおかつイレギュラーであるエネミーに、半年もおかずに二度も遭遇している。
「まだ経験の浅い君に、そんな大物を倒しきることができるかね?」
公社の職員たちは、成行の発言を最初から疑問視していた。
長い経験を持つ探索者たちのエネミーの実力を推し量る勘とでもいうべきものは、これでなかなか馬鹿にできない。
あの変異体エネミーを目撃した引率の探索者たちが揃ってそう証言したのだから、公社の側としてはその心証を信じるしかなかった。
「では、単なる錯覚だったのかも知れませんね」
成行は簡単に自分の発言を撤回した。
「あるいは、戦闘の興奮でまともな判断力を失っていたのか」
ともあれ、成行のヘルメットに仕込まれていたカメラには、成行がその異例なエネミーと激しい戦闘を繰り広げている様子が克明に記録されていた。
その映像と成行、それに他の関係者たちとの証言を総合してみても、矛盾点は見つからない。
そうである以上、公社としてもいつまでも成行を拘束しておくわけにもいかず、成行は三日ほど変異体エネミーに関する情報提供に協力しただけで解放される。
そうして拘束されていた期間分の報酬を公社は保証してくれず、成行にしてみれば再度変異体と遭遇した件そのものよりも無駄に時間を浪費したことの方がずっと痛い。
迷宮には入らない時間が長くなるとそれだけ勘が働かなくなるし、それ以上に得られるはずだった収入がまったく入らなくなる。
その事実が成行の胸に重くのしかかった。
こうした特殊な事例に対して公社が詳しい調査を行うことが、今後、探索者たちの安全性を向上することに繋がり、重要な意味を持つことは理解できるのだが。
協力を惜しむつもりはないものの、それでも成行はどこか釈然としないわだかまりをおぼえるのであった。
公社による事情聴取が終わった翌日から、成行はまた迷宮へむかう。
本人としてはここ数日のブランクを埋めるべく、より一層の精進を行うつもりだった。
いつものように他の探索者に紛れて成行はゲートをくぐり、迷宮の中へと入る。
迷宮に入った直後、成行はおぼえたばかりのあるスキルを使用した。
すると成行の姿はその場から消失し、遙か下層のある場所へと出現する。
一見、フラグと通称されるテレポーテーションのスキルの効果に似ているのだが、実際はそのフラグにもっと便利な機能が付加されたスキルだった。
このスキル〈チェイサー〉は、任意の動く対象を指定して、その対象のそばにまで瞬間移動することができるスキルなのだ。
おそらくこの〈チェイサー〉は、〈フラグ〉の派生スキルか上位互換スキルなのだろう、と、成行は想像している。
事情聴取を受けている間、成行もネットなどの情報を漁っていたのだが、この〈チェイサー〉というスキルについては、その存在すら知られてはいないようだ。
探索者たちがおぼえるスキルは多種多様であり、その情報もすべてが公開しているわけではない。
探索者たちしてみても、必要に迫られない限り自分の手の内を明かそうとはしないものだし、自分が持っているスキルを〈喝破〉や〈鑑定〉スキルからも秘匿するためのスキルさえ、存在するという。
よく修得されるスキルについてはすぐに周知のものになるが、せいぜい数人程度しかおぼえられなかった希少なスキルについてはその存在さえ知られていない、といったことは別に珍しくはない。
この〈チェイサー〉も、そうした希少なスキルの一種なのだろう。
特定のエネミーを追尾するくらいにしか使い道のない〈チェイサー〉を必要とする探索者は、かなり限られているはずだ。
その〈チェイサー〉のスキルによって成行が姿を現した場所には、すぐ目前に例の変異種のエネミーが横たわっていた。
変異種のエネミーは透明度の高い巨体を晒してしたが、その三分の一程度は前回の成行との戦いで焼け焦げたままだった。
残った部分もぐったりとしており、以前に見たときと比較すると元気がないように見える。
成行の出現を感知したイレギュラーの巨体が、身震いをしたような気がした。
成行は無言のままスキル〈憤怒の防壁〉を発動し、〈フクロ〉から取り出した猪突の牙矛を両手で構えてエネミーの巨体に突進する。
猪突の牙矛は、成行にはまだ重すぎるのだが、自在に振り回すのは無理でも両手で抱えて突撃することくらいは十分にできる。
また、成行は〈刺突〉のスキルも持っているので、まっすぐに進むだけで攻撃力は割り増しになった。
対する変異エネミーの方は、その巨体が仇になって成行の動きに対応しきれないようだ。
まだ体が完全に癒えていないからか、以前のように床に染み込むような移動法で姿を消すことなく、その巨体が〈憤怒の防壁〉の劫火によって焼かれ、〈いらだちの波及〉の効果で紫電を纏った猪突の牙矛によってやすやすと貫かれる。
変異体エネミーは成行を攻撃しようと何十、何百という触手を生やして成行の体躯に近づけるのだが、その触手群も成行の体に届く前にあっさりと燃え尽きた。
その変異体エネミーは、他の探索者たちが相手であったら、確かにかなり手こずったと思う。
その巨体と自在に変形する体、それに、傷をつければそこから強い酸性を帯びた体液を出すような相手である。
それに、動きもかなり早い。
天野ら、成行以外の探索者たちが、「五百階層以降に出現するエネミーに相当する」と評価したのは、故のないことではない。
だが同時に、その変異体エネミーはスライムの変異体でもあった。
そして成行は、〈スライム・スレイヤー〉のパッシブ・スキルも持っている。
近づくだけで、スライムとその近似種を弱体させることができるのだ。
その上、スキル構成的にも、相性がいい。
成行ならば、ほとんどリスクなしにこの変異体エネミーを攻撃することが可能なのだ。
公社によって行われた聞き取り調査の際、成行が、
「もう少しで倒せそうだったのに」
と発言したことも、これまた故のないことではなかった。
まだ無事な部分でも全長二十メートル以上はある変異体エネミーの巨体を、成行は着実に焼いていく。
直接攻撃だけでは効率が悪かったので、成行は手持ちの武器をすべて変異体エネミーにむかって投擲した。
〈投擲〉スキルによって威力を増した短剣や剣、ボーラや手斧、槍などが紫電を纏いながら透明なエネミーの体を深くもぐり込み、穿ち、周囲にオゾン臭を漂わせる。
成行の攻撃をいなすことができないと諦めたのか、変異体エネミーは一度大きく身震いすると、その巨体を分割しはじめた。
成行から離れた部分、つまり、より損傷の少ない部分が溶けるように地面に染み込んでいく。
「この!」
成行は鎖を飛ばした。
その一端を成行が握ったまま、鎖は地面に消えかかっている変異体エネミーの体の中に潜り込んでいく。
そして鎖から盛大に稲妻が走り……次の瞬間には、変異体エネミーの体は完全に消失していた。
成行が迷宮に入ってから少し間をあけて、ある四人パーティが迷宮の中に入っていった。
そのパーティは表面上、なんら怪しい様子もみられなかったため、誰の注意も引くこともなく迷宮の内部へ入る。
迷宮に入った直後、そのパーティのうちの一人があるスキルを使用し、入り口付近から姿を消す。
その四人パーティが次に姿を現したのは、周囲に散らばった武器などを成行が拾い集めているところだった。
つまり、このパーティの中に最低ひとりはレア・スキルである〈チェイサー〉を持っており、それを成行に対して使用したのである。
ある事情により、彼らは全員〈隠密〉スキルを持っていたので、変異体エネミーとの戦いを終えたばかりの成行はまだその存在に気づいていない様子だった。
迷宮の中で別行動していたパーティ同士が偶然出会うことなど、数十億分の一という極少の確率であるといわれているのだから、成行が警戒を怠っていたとしても無理からぬところだ。
四人パーティはハンドサインで意志の疎通を図りながら、素早く成行の四方に展開する。
全員、場慣れした探索者の動きだった。
その動きから察するに、迷宮潜行時間でいえば成行の数倍以上の経験を積んでいるはずである。
成行を包囲する形に陣取った四人パーティは、成行むかって一斉に魔法と武器によって攻撃を開始した。
ひとりがクロスボウを放ち、もうひとりが〈ファイヤ・バレット〉という攻撃魔法系のスキルを、別のひとりはナイフを投げ、最後のひとりは〈ライトニング・バレット〉というやはり攻撃魔法系のスキルを使用していた。
手慣れているのか連携の取れた、四方からのほぼ同時攻撃であった。
しかし、それぞれの攻撃が命中するかと思ったその直前、成行はその場に伏せる。
四方からの攻撃は命中せず、地面に伏せた成行の上を空しく通過していく。
成行してみれば、こうして不意をつかれて何者かの攻撃を受けることは日常茶飯事であったし、そのため、迷宮内で気を緩めるということがまるでなかった。
また、そうした事態に対応するために、かなり前から〈察知〉のスキルも修得している。
そうして攻撃を行ってきな者が、エネミーであるのかそれとも成行と同じ人間である探索者であるという差など、成行にしてみれば実に些細な違いでしかない。
どのみち、こうして明確に害意がある攻撃を仕掛けてくる以上、つまりは成行の敵なわけであり、だとすればあ対応する方法は一種類しかなかった。
〈察知〉のスキルによって「厭な予感」という形で自分の危機を知った成行はまずその場に伏せたあと、相手の狙点を外すために素早く何度か横転し、その直後に〈フクロ〉から例の盾を両腕で取り出し、中腰の姿勢で素早く自分の四方に固定する。
これで襲撃者たちの攻撃を、しばらくはしのぐことができるはずだ。
……と、襲撃者たちは、成行の行動をそのように解釈した。
四人パーティのうち、〈ライトニング・バレット〉を使用した者が直径一メートルほどの雷を作りだし、それを小さな盾の砦にぶつけた。
地面に固定された盾に雷撃がぶつかると、しばらく周囲に稲光が炸裂する。
盾の中に居る者は、最低でもしばらく感電して身動きがとれなくなるだろう。
雷撃が収まるのを確認してから、襲撃者たちは手振りで合図をしあって盾の方へと移動しようとした。
と。
そのとき、雷撃をした襲撃者が唐突にその場に倒れる。
その背には、何故かプロテクターの隙間を正確に狙って、緊急用の麻酔注射器が突き刺さっていた。
彼ら、襲撃者たちは知らなかったか、それともかなり長い期間迷宮内で単独行動を行っている成行のことを過小評価していた。
成行は一方的に狩られることを当然とする獲物ではなく、どちらかというとその対局にある、狩る側の人間であった。
その事実を、これから襲撃者たちは思い知ることになる。
〈フラグ〉のスキルにより雷撃のスキルを使用した襲撃者の背後に出現した成行は、即座に注射器の安全ピンを抜いて投擲し、それが命中するかどうかを確認する前に〈フクロ〉の中から角飾りの手斧を取り出して、構えた。
襲撃者は、最低でも四人いる。
しかし、なんらかのスキルを使用しているらしく、その襲撃者たちの姿が成行には認識できなかった。
まず襲撃者たちに隙を作らせ、その〈隠密〉スキルを解除させる必要がある。
この、緊急用の麻酔注射の効果で倒れた襲撃者のように、不用意になんらかの攻撃を行ってくれれば、その位置を知ることができるのだが。
雷撃の襲撃者が倒れると、誰かが動揺する気配が伝わってきた。
まだスキルを解除するまでの影響はないらしく、残りの襲撃者たちの正確な位置は認識できない。
仕方がないな、と、成行は覚悟を決めた。
アクティブ・スキルである〈憤怒の防壁〉と〈いらだちの波及〉をオンにし、〈フクロ〉の中からボーラを出して左手で、右側に、襲撃者の予想位置に放る。
同時に、左側に駆け出す。
最初の一斉攻撃の際に、襲撃者が居たであろう位置は、だいたい把握していた。
そうした攻撃が命中するとは成行自身も思っていなかったが、襲撃者がまだ遠くへ移動していなかったら、なんらかの反応を誘発するくらいの効果はあるはずだ。
「うわっ!」
紫電を纏って飛来するボーラを見て、近くにいた襲撃者が思わず大声をあげる。
その声のする方向にめがけて、成行は右手に持っていた角飾りの手斧を投げた。
腹部に角飾り手斧による直撃を受けた襲撃者は、プロテクターと探索者用の服のおかげで大事には至らないものの、その衝撃までは殺しきれずに悶絶してその場にうずくまる。
〈憤怒の防壁〉の高熱を纏った成行が迫ると、近くにいた襲撃者はすぐに逃げようとした。
その脳裏には、ただ恐怖のみがある。
周囲にいる者を見境なく傷つける〈憤怒の防壁〉の効果は絶大であり、少し距離を取っていてもその高温は肌で感じることができた。
なんでこんなことに。
その襲撃者は思う。
いつものように、格下を始末するだけの楽な仕事であったはずだ。
しかも今回の相手は、たったひとり。
なのに、今回の相手は潜行時間から予測されるよりもずっと強化されており、同時に場数も踏んでいるようだ。
なのに。
どうして、こちらが追いつめられているのか。
四人いた仲間はすでに半数が無力化されている。
相手よりよっぽど長い迷宮潜行時間を持つ、格上の探索者があっという間に二人も倒されていた。
通常では考えられないことであり、その襲撃者の想定を完全に越えた事態でもあった。
そんなことを考えている間に、成行が適当に投げたボーラがその襲撃者のすぐ横をかすめる。
直撃しなかったといっても、そのボーラは〈いらだちの波及〉のスキル効果により高圧電流を纏っていた。
その電流を体に受けた襲撃者はその場で感電して、どうっと倒れる。
くそっ!
最後に残った襲撃者は、意識して〈隠密〉のスキルを保持するように努めながら、反撃の機会をうかがっていた。
〈フラグ〉のスキルを使用すれば自分だけこの場から逃れることは可能だったが、他の仲間がこうして倒されている以上、自分たちが成行を襲ったという証拠は残ってしまう。
成行の攻撃をやり過ごしたとしても、自分の社会的生命が終わってしまえば意味はない。
その襲撃者にとっての唯一の活路は、成行を始末し、当初の予定通り身ぐるみ剥ぎ取ることだけだった。
冷静に対処すれば、まだ逆転できる。
と、その襲撃者は考えている。
いや、自分自身に、そう信じ込むように暗示をかけていた。
なんといっても自分はあの成行などよりも経験豊富な、多彩なスキルの持った格上の探索者なのだから。
迷宮内での身体能力も、基本的な性能からして段違いなはずだ。
冷静に対処しさえすれば、これで勝てないはずがない。
だからといって、迂闊にこちらから攻撃を仕掛けて、万が一それが外れたりしたら、仲間たちと同じ末路が待っているわけだが。
ここは落ち着いて、じっくりと確実にやつをしとめる方法を考えなければならない。
しかし、その思考は、成行が発した怒声によって中断されることになった。
うおおおおおおおっ!
という、喉も裂けんばかりの怒声が迷宮内に響いている。
そして、その声を聞いたとたん、その最後に残った襲撃者は身を竦ませてその場から動けなくなった。
成行のスキル〈威圧〉の効果によるものだった。
〈威圧〉は、基本的には常時発動するパッシブ・スキルに分類されているのだが、これまで成行がいろいろ試してみたところ、ごく短時間だけでなら、意識的にその効果を高めることができることがわかっていた。
一般的には、「気合いを入れる」という状態である。
大声をあげたのは、単純に気分の問題と、それに残った襲撃者の周囲をこちらに引きつければ、なんらかの反応を引き出せるかも知れないと思ったからだ。
怒声をあげることを中断した成行が、こちらの方に顔をむける。
明らかに、自分のことが見えているようだ。
つまり、最後まで残っていた襲撃者の〈隠密〉スキルは、すでに効果を発揮していなかった。
逃げなければ!
と、そうは思ったものの、襲撃者の体はピクリとも動けなかった。
冷や汗を流して見守る中、襲撃者の視界の中で成行が手首を閃かす。
気づくと、成行と自分との間を繋ぐように、鎖が張っていた。
このまま、やられてたまるか!
最後の襲撃者は心中で自身を叱責し、なんとか奮い立たせてなんとか〈ファイヤ・バレット〉のスキルを発動し、次々と成行にむかって放つ。
成行の頭部にまっしぐらに進んだ〈ファイヤ・バレット〉を、成行は無造作に左腕をかざして受けとめた。
何発か着弾し、成行の左手が炎に包まれる。
さらに、〈ファイヤ・バレット〉を次々と叩き込む。
左手だけではなく、成行の肩や頭部に着弾して、すぐに成行の上半身のほとんどが炎に包まれた。
〈ファイヤ・バレット〉の炎はスキルによって発生したものであり、その不自然な高温は探索者用の服やプロテクターも、見境なく、呆気なく燃やし尽くす。
着弾を確認した時点で、最後の襲撃者は自分の勝利を確信した。
だが、成行はいっこうに倒れる様子がなかった。
確かに、その襲撃者の〈ファイヤ・バレット〉の効果は凄まじく、成行の装備はいくらもしないうちに劣化して周囲に散らばった。
しかし、その中から出てきたのは、汗にこそまみれてはいたものの、火傷ひとつ負っていない成行の姿である。
襲撃者は再度、〈ファイヤ・バレット〉を放つ。
成行は、今度は避けもせずに胸板でその〈ファイヤ・バレット〉を受け止めた。
あたりに肉が炭化する匂いが充満し、成行の胸部が一瞬にして焼失する。
確かに、焼け焦げたあばらと内臓を、最後の襲撃者は目撃した。
しかし、成行はそれでも倒れない。
それどころか、即死しても不思議ではない損傷を受けていた胸部が、見る間に、修復していく。
スキル〈ヒール〉の効果である。
アクティブ・スキルである〈ヒール〉は、確かにそのスキルの持ち主が意識を保っている限り、どんなに瀕死の重体であっても発動が可能だ。
ただし、それは……「理論上は」という但し書きがつくわけだが。
通常は、そこまでの重体を負えば、人間というものはたやすく意識を喪失する。
その間、成行は顔中に脂汗を浮かべて苦悶の表情を浮かべていた。
痛覚がないわけではないらしい。
同時に、苦痛をこらえながらも、成行の様子にはどこか余裕があった。
もしや。
と、その襲撃者は思う。
常にソロで活動していたこの男は、この程度の傷を負うのは、これがはじめてではないのか?
それどころか日常茶飯事であったとでも。
周囲に頼る者がいない以上、どんな重体を負ったとしても、この男は自力でどうにかしなければ、生還すらきない。
そのため、意識だけは常に保つよう、普段から痛みに耐性をつけているとでも。
いや。
今のところこの男しか使用できない〈憤怒の防壁〉というスキルは、自分もろとも周辺を焼き尽くす、非常識なスキルではなかったか。
おそらく、この男が〈憤怒の防壁〉を使用するときは、常時〈ヒール〉も発動して焼けていく自分の体を修復しながら使用しているのではないのか!
次の瞬間、最後の襲撃者に延びていた鎖が紫電を帯びて、最後の襲撃者は意識を失った。
しばらく様子をうかがって、他の襲撃者は近くにはいないようだと判断した成行は、四人の襲撃者のうち、まだ意識がある者たちに緊急用麻酔注射器を使用した。
周囲に散らばった自分の武器類の回収がてらに意識を失った四人の襲撃者も自分の〈フクロ〉に収容してから、成行は悠々と引きあげる。
また、あの変異体をしとめるのが遅れそうだな。
とか、成行はそんなことを考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます