08.主人公、日常を忘れず、さらに深い階層を目指すこと。
周辺が多少騒がしくなって来たとはいっても、普段の成行の生活が劇的に変化したわけではない。
公社の職員に呼び出される回数は多くなったが、それ以外は、基本的に以前とあまり代わり映えのしない、短調な生活を送っている。
朝起きて軽くストレッチとランニングを行い、朝食食べてから迷宮に入る。
途中、昼休憩などを挟みながら夕方から夜にかけて迷宮内で過ごす。
迷宮から出たら、夕食を食べて、ジムにいって軽くトレーニングを行い、場合によっては土手にむかって短剣投げの練習を行う。
そして、その日分の日誌をつけて就寝。
ここ数ヶ月の成行の生活は、そんな毎日の繰り返しだった。
その繰り返しも基本的にはあまり変わらないのであるが、徐々に別の用事が入り込んできた。
まず、試作の装備品が毎日のようにメーカーから届けられ、公社の職員の手を経由して成行に届けられるようになった。
そして、一日の仕事が終わったあとは、身につけていた装備を公社の職員に渡してメーカーに送られている。
装備の破損状況なども、より高い耐久性を求めるメーカーにしてみれば重要なデータとなるわけだった。
迷宮のおかげで毎日のように新素材が発見されている結果、日本の製造業界はここ数十年、多くの分野で開発競争が激化している。
探索者むけの装備品開発は政府からも積極的な資金援助を受けられるので、メーカーとしてもかなり力を入れている。そうだ。
探索者むけの商品を売り出している複数の企業のうち、成行が開発に協力しているのはここ数年、公社公認の認定を受けている最大手メーカーであるという。
現時点で一番安全性が保証された製品を作ることで知られていて、その分、製品も高額であった。
ちなみに、迷宮の低階層をうろついてどうにか探索者稼業を続けてきた成行は、これまでこのメーカーの製品を使えるほど裕福であったことはない。
公社は、成行のユニーク・スキル〈憤怒の防壁〉を他の探索者たちに習得させる方法を模索しているようだった。
何十日も単身で低階層をうろつく。
複数のキラーつきスキルを所持する。
あるいは、七階層の例の部屋のグンセイオオバッタを単身で全滅させる。
などの条件を提示した上で、その条件を再現してくれる探索者を懸賞金をつけて公募しているようだが、こちらの検証はどうやらあまり進展がないらしい。
基本的に、どれも成行以外の者が進んでやりたがらない、かなりぶっ飛んだ内容なのである。
仮にこの〈憤怒の防壁〉が再現できたとしても、パーティを組むのが前提になっている他の探索者にしてみれば、積極的におぼえたくなるほど魅力的なスキルではないのではないか、と、成行は思う。
いわゆる、フレンドリー・ファイヤの問題があり、パーティを組むことが前提となっている他の大多数の探索者にしてみれば、かなり扱いづらいスキルになるんだろうなと、成行そう予想している。
公社の職員からは、成行の方法論をなるべく具体的に記して公開するよう、要請はされていた。
積極的に真似をしたくなるかどうかは別として、成行の攻略方法が極めてユニークなものであることは間違いはない。
そうしたユニークな事例はできるだけ詳細に渡って記録に残しておくべきだ、というのが、公社のいい分だった。
とはいえ、その記録を公開するために必要な手間の分まで報酬が発生するわけでもなく、あくまで「後進のために推奨する」という形であった。
成行としては「別に無視をしていいかな」とか、思わないでもないのだが、売店で買った普段からノートにかなり詳細な日誌をつけていた成行は、結局、日々の仕事の合間に、その内容を整理がてらに、探索者用のSNSにまとめるはじめていた。
真似をしたいかどうかは別として珍しい成行の方法論に興味を持つ関係者は以外に多かったらしく、こちらの方のページビューは、日々、増加をしている。
肝心の本業、迷宮内ではどうかというと、例のスキルを使えるようになってからこっち、成行の攻略速度は飛躍的に向上した。
第八階層は十二日で、第九階層はわずか九日で通過している。
成行の場合、その階層に出現するエネミーをごく短時間のうちに倒すことができるようになることを、次の階層に進む目安としていた。
パーティを組んで行動している他の探索者たちは、自分たちの実力と相談した上で、一番実入りがよい階層に止まり特定の、ドロップ・アイテム的な意味でおいしいエネミーだけを狙うのが常識であるらしい。
つまりは、目当てのエネミー以外はできるだけ遭遇する回数を減らし、それができなければ最低限の戦闘で乗り切ろうとする。
出現するエネミーすべてを相手にしてしかも全勝を目指すという成行の方法は、現在主流となっている探索者のメソッドとは大きくかけ離れたものだった。
その異端の方法論のおかげで、成行はその潜行時間に似つかわしくはない大量のスキルと、そして〈いらだちの波及〉や〈憤怒の防壁〉などのユニーク・スキルを得ているわけだが。
とにかく、〈いらだちの波及〉と〈憤怒の防壁〉が使えるようになってから、エネミーの撃破が以前とは比較にならないくらいに簡単に、効率的に行えるようになったのは確かなのだ。
成行は〈いらだちの波及〉をより有効に活用するため、最近、新しい武器として金属製のまず鎖を使いだした。
スキル〈憤怒の防壁〉の効果範囲外の敵を攻撃するための手段として、これまでに使用してきた金属棒ではリーチが短すぎたせいである。
かといって、現在の成行の能力では、取り回しのことも考えるとあまり重たい武器を選択することも賢明とはいえない。
成行自身が成長すればもっと効果的な武器も常用できるはずであったが、たかだか鎖であっても〈いらだちの波及〉というスキルと併用するのであればそれなりの攻撃力が望めるはずだった。
離れた場所に居るエネミーを倒すための手段として、これまではドロップした短剣を投じて使用していた。
この短剣はドロップしたものを使用するためランニングコストが無料であるという利点はあるものの、〈いらだちの波及〉込みでも些か打撃力に欠ける。
〈いらだちの波及〉は投げた短剣にも効果を発現するのだが、この効果の持続時間は案外に短い。
正確な時間を計測したことはないのだが、せいぜい数秒間程度だろうか。
つまりは、投げつけた短剣が命中すればそれで終わり、なのだった。
その点、この鎖は、エネミーに巻きつけた状態で成行がその端を持っていされば、継続的にエネミーにダメージを与え続ける。
こんなマニアックな代物を武器として使用するのは成行くらいのものだったから、もちろん売店で扱っているわけもなく、成行はネットショップで使えそうなものを探して、重さや長さなどが異なるものを何種類か発注して取り寄せ、状況によって使い分けていた。
普段からフクロに収納しておきさえすれば、いつでも好きなものを瞬時に取り出すことが可能であり、数量については遠慮すべき理由がない。
この鎖以外にも、以前から使用している金属の棒も、破損した場合に備えて、成行は何本か同じ物をフクロに収納していた。
金属棒に関していえば、最初に使用していた物と比較すると今ではもっと重くて頑丈な物を使用しているわけだが、間合いが変わると戸惑うことが多いので、長さはだいたい揃えるようにしていた。
それ以外に、成行はエネミーがドロップしていく様々な武器を試しながら進んでいる。
深い階層にむかうに従ってエネミーはさらに強大になっていく傾向があったから、成行としては新しい攻撃方法を模索し、常に戦略の幅を広げていく必要があったのだ。
それに、次々と新しい行動を起こしていかないと新しいスキルをおぼえないという事情もある。
今後、戦術に幅を広げるためにも、こうした試行錯誤はしないよりもしておいた方がいい。
将来なにが起こるのか予想がつかないのが迷宮であるから、一応の備えとして買ったものドロップしたものあわせて常時各種複数の武器をフクロの中に収納していた。
そうした武器のうち、実際に試してみて、場合によっては役に立ちそうだな、と思った武器がある。
それは、十階層のトツゲキイノシシを倒したときにドロップした禍々しい形状をした槍? メイス? だ。
今の成行の力で、はかろじてどうにか持ちあげることができる程度の重量であり、当然のことながら、すぐにこの槍を自在に振り回すことなどはできそうにもない。
いずれこの武器を自由に扱えるようになるまで、フクロの中に収納して放置しておくことにした。
〈喝破〉か〈鑑定〉スキルを持った者に訊ねればこの武器についてももっと詳細な事柄を知ることができるはずだったが、それをするのにも相応の手数料は取られるわけであり、どのみちすぐに入り用になるわけでもないのでしばらくはフクロの中で死蔵されることになりそうだ。
あくまで将来使えそうな武器でしかなかったわけだが、成行に限らず探索者という者は経験を積めば積むほど力も反応速度も向上する。
無論、その頃にはもっと強力、高性能な武器を入手している可能性もあるわけだが、そうなったらそうなったで、公社に売るなりオークションにかけるなりすればいいだけのことである。
これまで低層を行き来していた成行にとってあまり縁がないことであったが、エネミーはときおり希少価値がある物品をドロップすることがあった。
こうしたレア・アイテムを入手できる可能性はかなり低い、といわれていた。
そうしたレア・アイテムは、インゴトットや宝石、結晶などの素材であることもあれば、武器や道具であることもある。
武器や道具の場合、なんらかの効果が付与されていることが多かった。
そうしたレア・アイテムを他のアイテムと同様、公社に渡して換金しても、二束三文にしかならない。
それらしいアイテムを入手したら、折を見てオークションにかけることが探索者たちの間では常套手段となっていた。
とりあえず手元に置いておき、過去に発見されたドロップ・アイテムのデータベースを検索してみる。
まったく同じアイテムが過去に発見されていることもあれば、似たようなアイテムが発見されていることもある。
いずれにせよ、データベースを漁れりさえすればおおかたのアイテムについてはだいたいの価値を知ることができるようになっていた。
データベースで調べてもそれがなになのか見当がつかないようなアイテムであれば、公社に依頼をして詳しく分析をして貰うのが無難とされていた。
その場合、分析に必要な費用や手数料は依頼をした探索者持ちになり、当然、赤字になる可能性多いのだが、そうした未知の物品については仮に利用価値がまるでなくとも政府から申し訳程度の補助金が出ることになっている。
これは、探索者のモチベーションを下げないようにするための救済措置でもあった。
メーカーからプロテクター類の試作品を提供されるようになって以来、成行の財政状況は劇的に改善している。
支出のうち、かなり大きな比重を占める装備品をメーカーから無料で入手できるようになったのだから、当然といえば当然の結果である。
ただし成行としては、そこで安心をすることはできなかった。
メーカーの都合によってこの契約がいつ打ち切られるのか、この点が定かではない。
いいかえれば、いつまた膨大な必要経費を以前のように自前で負担するようになるのかわからないわけであり、であれば、今の時点で成行にできることは、優遇措置がある今のうちにできるだけ自分自身の性能をあげておくことになる。
「体が資本」という慣用句は、探索者の場合は決して比喩ではなく、そのものズバリの真実を突いていた。
つまり、迷宮の中に長く滞在すればするほど、あるいはより多くのエネミーをその手にかければかけるほど、その探索者の性能は確実に向上するのだ。
そして、迷宮内で行使できる反応速度や筋力などの諸元性能が向上すればするほど、より強いエネミーを倒すことが可能となる。
つまり、それだけより多くの報酬を得る機会に恵まれることになった。
アイテムをドロップする頻度などはどうしても運に左右される要素が大きく、不確定であったが、探索者自身の性能を引きあげれば、それだけより多くの収入を得る機会を得られることは確かなのである。
そう考えた成行は、毎日のように単独で迷宮に入り長時間、そこで仕事を続けた。
「盾は使わないのですか?」
メーカーの技師にそういわれたのは、暦の上ではすでに秋になっているものの、まだまだ残暑が厳しいある日のことだった。
試作品の防具類の受け渡しは基本的には公社の職人を仲介して行われるのだが、数日に一度くらいの割合で、メーカーの者が直接成行からはなしを聞くヒアリングを行う機会が設けられていた。
成行も普段から世話になっていることであるし、これも契約のうちと割り切ってつき合うことにしている。
その席上で、盾について訊ねられたのだった。
「何度か試してみたのですが、売店経由で入手できる盾はおれのスキルに耐え切れませんでした」
成行は慎重に考えながら、そう答えた。
「それに、おれの場合、両手をフルに使って武器を扱うことが多いので、常時、片手がふさがる盾を使用する選択はあまり現実的ではありません」
成行のユニーク・スキル〈憤怒の防壁〉は、成行の体の周囲に高熱を発生させるスキルである。
このスキルのおかげで、たいていのエネミーは容易に成行に近寄ることができない。
その分、防御に関して注意を割かなくてもよいという、それなりに重宝するスキルなのだが、その便利なスキルのおかげで成行が扱う装備類の劣化も格段に早くなっていた。
売店で販売している盾の類は、何種類かあるわけだが、耐熱性や耐燃性を考慮している物はあまり多くない。
探索者としての恩恵を受けている者以外には持ちあげられもしないようなゴツい金属製の盾もあれば、軽量かつ視界を確保することを考慮して特殊加工されたグラスファイバー製の透明な盾まで、公社の売店では取り扱っている。
最近のトレンド、つまり多く製造され使用されているのは、後者の軽くて使いやすい盾になる。
そして、そうした軽量の盾は、熱や炎にはかなり弱かった。
「公社のカメラまで熱で壊れるくらいですからね」
技師は成行の言葉に頷いた。
公社が探索者全員のヘルメット内部に仕込んでいるカメラは、当然、精密機器になるわけだが、衝撃や温度差などをから守られるように厳重に保護された状態で仕込まれている。
何度か成行がそのカメラを壊したおかげで、このメーカーは成行専用のカメラ保護材まで開発していた。
ちなみに成行の〈憤怒の障壁〉は、最大の場所で一千度以上の高温を発しているという。
成行自身から一メートルは離れているとはいっても、そのような間近でそれほど高い温度が発生すれば、周囲の気温も一気にはねあがる。
事実、そのスキルを使用しているとき、成行は、生身のまま油で揚げられているような気分になるのだった。
当然、そのスキルを使用するときの成行自身の負担も半端なものではなく、成行は常時フクロの中に大量の冷たい飲料を用意しておき、そのスキルを使用する前後にがぶ飲みしている。
緊急時のために、保冷剤の類も大量にフクロの中に常備していた。
耐熱性能に優れた防具に身を包んでいてさえ大量にかいた汗がすぐに蒸発して乾いてしまう。
〈憤怒の障壁〉とはそんな過酷な状況を作り出す、諸刃の刃のようなスキルだった。
「では、極端に熱に強い素材で作った頑丈な盾があれば使ってみたいと思いますか?」
技師は、成行を挑発するような口調になった。
「プロテクターを試作する段階で作った素材の中で、耐熱性に優れてはいてもどうしても重すぎる素材ができてしまいまして。
それで試しに作ってみた盾があるのですが……」
「機会をいただければ、使ってみるのもいいかも知れませんね」
成行は慎重な口振りになった。
「正直なところ、こちらから熱望するほどの魅力は感じませんが」
盾となれば、これまでの契約に含まれてはいない物品になる。
「その点はご安心ください。
この盾がどこまで使い物になるのか知りたいのは、あくまでもこちらですので」
そういったあと、技師はこの盾を貸すのはあくまで使用モニターとしてであること、成行に経済的な負担を押しつける気はまるでないことを強調し、用意していた契約書を成行に渡す。
現在、成行は迷宮の十二階層を攻略中であった。
前述のように様々な武器を試用しつつ、慎重に攻略を行っていた。
せいぜい全長五十センチ前後までの小型エネミーしか出現しない低い階層とは違い、十階層前後から以降の階層ではエネミーもめっきり大型化してくる。
全長でいえば二メートル前後、体重でいえば成行自身よりもよほど重い野生動物が、しかもときとして火や溶解液、毒液などを吐きながら、エネミーの呼び名の通り、成行の姿を見ればこちらに突進してくるわけであり、これに戦闘が長期化すると多数の同じ種類のエネミーがどこからともなく現れて成行を包囲する、という条件までもが加わるのだ。
成行自身もこれに至るまでにエネミーを倒してきた分、諸元性能が向上しているわけだが、それにしても少しでも油断をすれば倒されかねない状況であった。
事実、何度か危うい場面もあり、とっさにフラグのスキルで登録してあった迷宮入り口付近に瞬間移動し、どうにか危機を脱すたことも数え切れないほどある。
複数名でパーティを組んでいる場合にはパーティ内の誰かかしらがフォローしてくれるようなケアレスミスでも、常に単独で行動している成行の場合は致命傷になりかねないのだった。
成行自身を引き受けてくれるパーティ、並びに、成行自身の元に集ってくれる探索者の募集は探索者SNSを通じて平行して行っているのだが、いぜんとして冷やかし以外の反応はなかった。
どんな分野でもそうなのだろうが、複数の人間を必要とする作業において「自分以外の全パート募集」をかけている人間の印象はかなり悪い。
それに加えて、成行の場合は迷宮潜行時間と実際に攻略中の階層との間に常識では考えられないほどのギャップがあり、これもパーティを組むことを躊躇わせる要素となった。
さらには、他のメンバーと連携することがかなり困難な特異なスキル構成によって、完全に考慮の対象外としての烙印を押されてしまう。
以上の理由により、成行のソロ活動は当分続きそうだった。
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