07.主人公、新たな力を求め、斯界の注目を集めること。
多々良根弁護士の事務所の代表番号にかけてみたのだが、反応は芳しいものではなかった。
電話に出た者に簡単に経緯を説明してみたところ、
「それは正式な、仕事の依頼ですか?」
と素っ気なく返された。
続けて、
「うちでは、相談だけでも三十分あたり五千円からになります。
それでもよろしいですか?」
といわれた。
成行は一瞬、むっとなったが、こちらの声が若すぎるせいもあるだろう、とすぐに思い直す。
「では、まずは相談したいです。
そのあと、できれば正式にこの件を引き受けてくれそうな先生を紹介していただきたいです」
できるだけ落ち着いた声を作って、そういった。
それから少々のやり取りのあと、事務所に所属する弁護士をすぐにこちらに送ってくれることになった。
それから成行は売店のATMに立ち寄り、IDカードを翳して十万円ほどの現金を引き出す。
普段の生活では報酬を受け取るのもなにかを買った際の支払いもこのIDカードを使えば用が足りるのだが、流石に弁護士へ支払う報酬は現金で用意する必要があった。
それから公社の窓口にむかい、先ほどの件で弁護士がここに来ること、公社が持っている監視カメラの映像を確認し、証拠となりそうな部分をコピーして貰いたいこと、先ほど成行に暴行を加えた探索者の個人情報を渡して欲しい、などの用件を伝える。
これらは、弁護士からそうしておけと指示されたことをそのまま実行しただけであった。
公社の方は成行を奥の個室に案内し、成行の要求することはすべて実行可能であること、今、それらの証拠となる物を引き渡す準備をしていることを伝え、こうした不祥事は公社としても忌避しているところであり、成行に全面的に協力してくれることを約束してくれる。
「やはり、訴えますか?」
「訴えます」
成行はいった。
「こちらに実際の被害がないから厳重注意程度で済むかもしれませんが、あちらが怪我をしていますからね。
放置しておくと、逆に治療費をこちらに請求してくるかも知れない」
探索者として登録するときに受けた講習においてもこうした事例は紹介されており、探索車同士の揉め事は白黒をはっきりさせておかないとあとで揉めることが多い、とされていた。
成行としては、前後の事実関係を公的機関に記録しておくことと、それに相手の側が今後成行に接触してこないように約束させることを、決着点として想定している。
「そうでしょうね。いや、それがいいでしょう」
と、公社の男は頷いた。
「訴えて貰うと、こちらもなにかと動きやすくなります」
公社としては、こうした面倒を引き起こすような人間には、公社から遠ざかって貰いたいのだった。
正式に刑事事件と扱われるようになれば、公社としても加害者側の人間に処罰をしやすくなる。
相談に乗って貰うはずの弁護士は、小一時間ほどで到着した。
宇津木と名乗った三十代くらいの小太りの弁護士は、到着するなり成行に名刺を渡した。
それから、その件についてメモを取りながら成行に説明させ、公社が用意した監視カメラの映像を確認する。
「いきさつは、だいたい理解できました」
一通りの事態を把握してから、宇津木弁護士はそういった。
「ですが、これだけでは、どうも弱いですな。
相手方が仲間内で口裏を合わせて、事実無根のでっちあげを行ってくる可能性があります」
監視カメラの映像には、相手と成行の会話など、明瞭な音声が記録されていなかったのだ。
「そのとき、周囲に居た人たちに証言を頼みましょか?」
公社の人間がいった。
「いえ、それなら、こういうものがあるんですが」
そういって成行は胸のポケットからボイズレコーダーを取り出す。
「いつでも持ち歩いているものです」
講習のとき、「迷宮内でのトラブルは、人為的な原因に依るものが多い」と教えられて以来、成行はこのボイズレコーダーを持ち歩いていつでもスイッチを入れられるようにしていた。
音声を再生してみると、相手の男が成行に一方的にいちゃもんをつけて来る様子が明瞭に記録されていた。
「これなら、いけるでしょう」
宇津木弁護士は頷いた。
「負ける要素は一切なさそうです」
それから公社や用意した証拠品の数々をまとめて、成行に同行して最寄りの警察署にむかう。
その途上の車の中で、宇津木が、
「相手の親、国家公務員じゃないですか」
といった。
未成年者が探索者として登録をする場合、保証人として親権者の情報も公社に提出する必要があるのだ。
「これですと、慰謝料もかなり叩けると思いますが」
加害者の親などが身内から前科者を出すのを嫌う硬い職業に就いている場合、示談にするために法外な慰謝料を支払う場合もあると説明される。
「ふっかけちゃって、いいですかね?」
と、成行に確認してくる。
弁護士としても、動く金額によって手数料も違ってくるので、そうした慰謝料が高額になる方が都合がよいのだ。
「あまりやりすぎない程度に収めてくだされば、あとはお好きにどうぞ」
と、成行は答えた。
成行にしてみれば、そんなことで儲けても仕方がないと思っている。
要するに、これ以上に邪魔をされなければそれでいいのだ。
警察に被害届を提出したあと、成行はその件についての対応はすべて宇津木弁護士に任せることにし、そしてそれ以降はその件について、頭の中から追い払った。
公社は、相手の男とその取り巻きを呼び出して個別に事情聴取を行い、事実関係を調査した上で、成行以外の関係者全員の探索者資格を抹消した。
十日ほどの間を置いてから、相手との示談が成立したという連絡が宇津木弁護士から入ってくる。
相手の親が被害届を取りさげるかわりに支払った金額は、宇津木弁護士の報酬を差し引いてもかなり高額であり、成行が予想した程度の金額とは桁が違っていた。
振り込まれた慰謝料が高額であったからといって、成行は別になんの感慨も得なかったが。
ただ、これでしばらくは、金銭について悩まないで済むかな、とは思った。
この前後、成行が迷宮のドロップ・アイテムを公社に売って得ている金額は一日あたり二万円前後になっていたのだが、各種装備品の消耗も激しく、収支的にはせいぜいとんとんといったところだった。
入ってくる金も多くなったが、それなりに出ていく金も多く、決して赤字ではないのだが、安定してまとまった収入を得ているとはいい難い。
そんなときに不意に発生した臨時収入だったから、ありがたくはあった。
多少、いや、かなり苦々しい気持ちも強かったが、金は金だ。
その臨時収入で装備品全般をアップグレードし、成行は改めて迷宮に入る。
ここ最近、成行は数日をかけて七階層の最後の部屋に挑んでいる。
その部屋を突破すると八階層に出るわけだが、そこに出没するエネミーが問題であった。
その七階層最後の大部屋に出現するエネミーとは、体育館ほどの広い空間にびっしりと詰まった、無数のバッタ型のエネミーであった。
全長三十センチほどで、飛んで体当たりでもされればそれなりにダメージを受けるのだが、他に特殊能力があるわけでもなく、一体一体はさほど強くはない。
このエネミーすべてを全滅するためには、現在の成行スキル構成ではあまりにも火力が不足していた。
この時点で成行が所持しているスキルはそのほとんどがパッシブに分類されるものである、つまり、自分の意志によりエネミーを攻撃するようなスキルは一切持っていない。
遠距離並びに広範な範囲を攻撃してエネミーを叩くような派手な攻撃スキルはおろか、一時的に武器などの攻撃力をあげるエンチャント系のスキルさえ持っていなかった。
基本的に成行は、自身の五体と手にしていた武器、金属棒とか投擲用の短剣のみでこれまで戦ってきている。
そんな効率の悪い攻撃方法では、これほど広い範囲にまんべんなく存在するエネミーを一度に叩くのは事実上、不可能だった。
いっそのこと、ここだけは例外として、すべてのエネミーを相手にすることはせず、他の探索者たち同様、足早にこの部屋を通過して八階層まで逃げるべきか。
そう迷ったことも何度かあるのだが、ちょうどこのタイミングでまとまった臨時収入があったこともあり、成行はずるずるとその部屋に挑み続けている。
そのグンセイオオバッタは一定の確率で純度の高い金貨を落とすことがあり、この事実も成行がこの部屋に固執する原因になっている。
丸一日、この部屋で暴れていれば、エネミーを倒すことは無理でも、何枚かの金貨を得ることができた。
その程度の報酬があれば現在、成行が使用している程度の装備類を数日ごとに買い換えることは十分に可能だった。
ここでもっと強力な攻撃方法、これ以降、深い階層にむかう前に、決定的に強力なスキルを得ておきたいという気持ちもあり、成行は毎日、その部屋でバッタ型のエネミーを倒し続けた。
成行が異変に気づいたのは、そのバッタの部屋に挑みはじめてから十七日目のことである。
いつものように迷宮に入り、そしてすぐにフラグのスキルによってバッタの部屋に出現した成行は、自分の手足や手にしていた金属の棒が薄い紫色の燐光を放っていることに気づいた。
なんだ、これは?
と疑問には思うが、成行は深く考えない。
そう思っている間にもグンセイオオバッタは成行に群がってくる。
考え事をする間もなく、成行はグンセイオオバッタに対して攻撃を開始した。
とはいえ、実際にやることは手足や金属棒を遮二無二に振り回すだけである。
グンセイオオバッタは常に成行にむかって飛んでくるので、適当に手足を振り回すだけでも勝手に命中して落ちていく。
しかしこの日は、これまでとはまったく違った結果となった。
ぶん、と振り回した金属棒は円弧の形に濃い紫色の燐光を残し、その燐光に触れたグンセイオオバッタが焼け焦げてそのままボトボトと落ちていく。
「おお!」
と、思わず、成行は声をあげた。
「おれにもついに、エンチャント系のスキルが!」
その叫び声に合わせて、成行の全身を覆っていた紫色の燐光が色を濃くし、その範囲も大きく伸張する。
すると、成行を中心とした半径二メートルほどの球状の空間内に入っていたグンセイオオバッタが、一瞬にして炎をあげて落ちていった。
予想外のできごとに、成行の目が点になる。
武器ではなく、全身を覆うエンチャント系のスキルなど、少なくとも成行が知る範囲内では存在しないはずであった。
「まあ、いい!
考えるのはあとだ!」
叫んで、成行はいきなりフクロから取り出した短剣を投擲した。
その短剣はやはり燐光を発した状態でまっすぐに飛んでいき、その軌道上に存在したグンセイオオバッタを焼き落としていく。
このエンチャント系スキルは、投擲武器にも有効、と、成行は頭の中に書き込む。
今、成行がやるべきことは、今後の参考にするため、この新しい力の実際的な効能を検証することだった。
その日、成行はいつもにもまして汚れた格好で迷宮を出てきた。
基本的に成行は、他の探索者たちよりも長時間、迷宮に入っている。
その分、他の探索者たちと較べるとかなり汚れた状態で迷宮から出てくることが多いのだが、その日の成行の格好はそのいつもにも増して汚かった。
プロテクターのそこここからなぜか薄く煙があがっており、全身、足下から頭の先まで煤にまみれている。
その状態で、成行は公社の換金窓口にむかい、意気揚々とした様子でフクロからその日の戦果である二百枚以上の金貨をカウンターの上に出現させる。
公社の職員はおろか、たまたま周囲に居合わせた他の探索者たちも、思わず息を飲んだ。
「いつもの通り、報酬はこっちにプールしておいて」
成行は顔見知りである公社の職員にそういって、手首にとりつけたIDカードを指先で叩く。
妙に、晴れ晴れとした表情だった。
「は、はい」
職員は生返事をして、機械的な動作でカウンター上の金貨を数えはじめる。
「鳴嶋様の取得物、本日は、ええと、金貨二百二十四枚になりますね。
いつものように査定が終わり次第、報酬を振り込みますのでしばらくお待ちください」
その背後で、他の探索者たちがざわついていた。
金貨をドロップするエネミーはそれなりに存在するのだが、一度にそんなに多く遭遇することは、まずない。
金貨に限らず、エネミーがなにかをドロップする確率は一パーセント以下というごく低い確率でしかないことを考えると、これほどの数の金貨を持ち帰るのはあまりにも不自然だった。
「いや。
何日分か溜めていたんじゃあ」
「あいつ、スライム・キラーだろ?
毎日迷宮に入っているのに、溜めておく理由がないだろう」
「それ以前に、あいつが行く範囲ってまだ十階層よりも浅い階層だろ?
金貨をドロップするようなエネミーも、ほとんどいないはずじゃあ……」
おのおの、勝手かことを囁きあっている探索者たちをよそに、成行はご機嫌だった。
報酬のことも嬉しかったが、それ以上にあの部屋に居たグンセイオオバッタをついに全滅させることに成功したのが、嬉しかった。
これでようやく、心おきなく八階層に進める。
そんなことを考えてながら換金窓口から立ち去ろうとすると、
「鳴嶋くん。
ちょっといいかな」
と、初老の公社職員に声をかえられた。
「ちょっと、奥ではなしを聞きたいんだが」
「迷宮に入った探索者の行動は、そのヘルメットにつけたカメラで随時記録されていることは知っているね?」
奥の部屋に案内されたあと、その職員は成行にいった。
「いつもはその動画もひとつひとつ確認したりはしないんだが、今日君が持ち帰った取得物はかなり、あー、異例だから、慌ててチェックしてみたわけだ。
それで、こういう映像が出てきたんだが……これがなになのか、君がよければ説明をして貰えるかな?」
職員が示した小型モニターの中では、成行の視点から、新しいスキルでグンセイオオバッタを大量殺戮する場面が映っていた。
「説明といわれましても」
成行は答える。
「見たとおりです。
新しく獲得したスキル、だと思うのですが、それ以上に詳しいことはおれ自身にもよくわかりません」
そう前置きしたあと、成行はそのスキルがエンチャント系に属するであろうと予想していること、それに成行自身と成行の持ち物の周辺に発現する性質があるらしいことなどを説明する。
「全身を覆うエンチャント系スキルか」
説明を聞いたあと、その職員はいった。
「前例は、おそらくはないはずですね」
「やっぱりありませんか」
「少なくとも、公社の記録にはないな。
そのスキルは、今、実演できるかね」
「できますよ。
今日一日いろいろ試してみましたし。
やってみますか?」
「そうだな。
少し広い場所を用意しよう。
その前に」
その職員は内線で、喝破のスキルを持つ職員を呼び出す。
「現在、鳴嶋様が所持しているスキルは、〈スライム・スレイヤー〉、〈ネズミ・スレイヤー〉、〈コウモリ・スレイヤー〉、〈トカゲ・スレイヤー〉、〈カエル・スレイヤー〉、〈イモムシ・スレイヤー〉、〈カニ・キラー〉、〈ナメクジ・キラー〉、〈チョウ・キラー〉、〈ウサギ・キラー〉、〈カブトムシ・キラー〉、〈コトリ・キラー〉、〈カマキリ・キラー〉、〈イヌ・キラー〉、〈バッタ・キラー〉、〈ネコの天敵〉、〈アライグマの天敵〉、〈アルマジロの天敵〉、〈イタチの難敵〉、〈ラッコの難敵〉、〈インベントリ〉、〈テレポーテーション〉〈威圧〉、〈薙払い〉、〈刺突〉、〈いらだちの波及〉、〈憤怒の防壁〉になります」
目を細めてしばらく成行を凝視していた職員は、成行の所持スキルを列挙した。
「随分と攻撃的なスキル構成ですね」
「個人の感想は、どうでもいい」
初老の職員が、喝破持ちの職員にいう。
「このうち、〈いらだちの波及〉と〈憤怒の防壁〉というのが、君のエンチャント系スキルだと思うのだが」
「二種類のスキルだったんですね」
成行は感想を述べた。
スキルの所有者である成行にしてみれば、いちいちどのスキルを使用するとか意識していないので、区別をする必要もないのであった。
名前からすると、全身を覆うエンチャント系のスキルと武器の周囲に現れていたエンチャント系のスキルとは、別種のものであるらしかった。
「とにかく、新種のスキルが発見された以上、そのスキルの詳細について是非調査をさせて貰いたい」
初老の職員がいった。
「特に、スキルの獲得条件を知りたい」
そのために、成行に協力を要請したい、ということらしかった。
「またしばらく迷宮に行けなくなるんですか?」
成行は渋い顔になった。
成行にしてみれば、せっかく八階層に出たところなのに、ここで足止めをされたくはないという思いが強い。
「いや、そこまで君の手を煩わすこともないだろう。
こちらの準備というものもあるしな」
そりあえず、その日は改めて成行がこれまで迷宮にどうやって挑んできたのかという事柄についての聞き取り調査が行われる。
時間がかかるということで、成行は一度退室してシャワーを浴び、着替えてから、また公社が用意した部屋にむかう。
分析をしたいといわれたので、スキルの影響で破損した装備類も公社に渡した。
真剣に迷宮に挑んでいた成行は、迷宮内部でのこれまでの行動についてもかなり詳細に日誌に記録していたので、説明するのはそんなに苦にはならなかった。
公社のサーバに残されていた成行の動画データとつき合わせて検証されることになるという。
「そのスキルを使用すると、装備類の消耗が激しくなると思う」
職員を相手にそうした説明を行い、一段落したところで、最初に対応した初老の職員が戻ってくる。
「その点を考慮して、君が今後の開発に協力してくれることを条件に、メーカーが試作品を提供してくれるという案をだしてきたのだが、どうするかね?」
開発に協力、というのは、要するに成行にモルモットになれということだった。
公社への協力と同様、直接的な見返りは薄いのだが、試作品だろうななんだろうが、本来なら高価な装備品が無料で手にはいるというのは成行にとっても魅力ではあった。
「具体的な条件とかを出して貰って、それを検討してみます」
少し考えてから、成行は、とりあえずそんな風に答えておいた。
後日、改めて撮影クルーが召集され、成行のスキルの撮影が行われた。
まず野外で普段のように装備一式を身につけた成行が〈いらだちの波及〉と〈憤怒の防壁〉とかいうスキルを使用したところを撮影し、続いて撮影クルーとその護衛役を務める探索者たちを伴って迷宮内に入り、そこで実際に成行がいつも行っているような、エネミーとの対戦光景を撮影する。
その撮影は、丸一日がかりだった。
当然のことながら、ヘルメットに取りつけられたカメラではなく、第三者が構える撮影機材によって成行の対戦風景が記録されたのはこれがはじめてのことになる。
プロの手によって撮影された成行の仕事ぶりは、なかなか迫力があった。
全身に紫色の燐光を放ち、周囲を取り囲んだエネミーを瞬時に薙ぎ払っていく成行の姿は、なかなか絵になるのだ。
その撮影と前後して、成行の探索者としての実力測定が行われた。
実力測定、といっても、武道などのように演舞や対戦を見て上級者が判定をするわけではない。
「いっそのこと、ゲームなどのようにレベルを数値が表示されてくれると楽なのだがね」
と、例の初老の公社職員は語る。
では実際にはどうするかというと、フクロと通称されるインベントリのスキルでどれくらいの容量の物質を収納できるのかを測定する、ということだった。
このフクロのスキルも、経験が長くなるほどより大きな物を入れられるようになるという傾向がある。
そのため、フクロ持ちの探索者の場合、この収納能力の大小でだいたいの実力をはかることができるという。
この場合、探索者としての戦闘能力とかではなく、迷宮からどれほどの恩恵を得ているのかどうか、という点を計測することになるわけだが。
今のところ、客観的な指標として正確に測定する方法は、これ以外にないらしい。
具体的な計測方法はというと、フクロの中に目一杯になるまで水を入れ、その容積を記録する。
専用のポンプ車を呼んで川から汲みあげた水の量を計測しながら、成行のフクロにどこまで入るかのか確認するわけだった。普通の水道水でも別にいいのではないかと成行は思うのだが、そんなことをしたら水道代だけでも馬鹿になりませんといわれた。
成行の場合、今の時点で約二百五十万リットル、重量にして約二万五千トンの水ほどをフクロに収納することが可能だった。
これは五十メートルの水泳プールふたつ分くらいに相当し、平均的な探索者であるならば、迷宮潜行時間三千時間前後の探索者の平均値とほぼ等しいという。
この計測が行われた時点で、成行の潜行時間は千時間にも満たない。
「倒したエネミーの量と質が探索者の基本性能を決定する」
という俗説に従うのなら、成行は通常の探索者の三倍強のエネミーをその手にかけてきたということになる。
それからしばらく経ってから、公社と共同してプロテクターなど探索者むけの装備を開発しているメーカーと成行との話し合いの席が設けられた。
条件などをしっかりと確認したあと、成行はメーカーが出した条件を呑むことした。
何故かメーカーは、成行に試作品のモニターだけではなく、新製品の広告モデルも依頼してくる。
つまりは、新製品が完成した暁には、それを身につけた成行の映像を使用して広告展開を行いたい、ということだった。
モニターはともかく、こちらの広告モデルの件は、提示されたギャランティが破格であったので、あまり深く考えずに思わず受けてしまったというのが本当のところだ。
それまで、迷宮と寮とを往復するだけであった成行の生活が、にわかに騒がしくなってくる。
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