05.主人公、危難に遭遇し、迷宮の現実を知ること。
迷宮に入ると、成行はすぐに違和感をおぼえた。
エネミーが通りかかっても、ベテラン探索者である護衛の人たちは一切手を出さないのだ。
事前になにもするなといわれている以上、成行が手を出すわけにもいかず、シロコウモリやハネネズミに攻撃されても成行はスルーする事にした。
「低い階層のエネミーに手を出しても、いいことなんざひとつもない」
護衛のまとめ役である泉屋は、歩きながらそう声を張りあげる。
「下手に刺激をするとやつらあっという間に集まってくるし、相手をするだけ面倒ななだけだ。
ドロップ・アイテムもしょぼいものばかりだし、相手にするメリットがなにもない」
この探索者の間で当たり前のように共有されている認識を、成行はここではじめて知ることになった。
一行はしばらく一階層を歩いたあと、下の階層に降りる階段を発見し、すぐに二階層に降りていった。
二階層の様子も、だいたいは成行が知る一階層とあまり大差はない。
出現するエネミーが心持ち、大きくなっている程度か。
この二階層のエネミーも相手にせず、三階層も四階層もそのまま通過して五階層まで降りたところでようやく泉屋から、
「ここからは、エネミーを見つけ次第攻撃して見ろ」
と、お許しが出た。
「ただし、他の仲間の動きにも十分に注意し、お互いの邪魔をすることがないように」
泉屋はそう、つけ加えることも忘れない。
それ以降、研修生たちはエネミーの姿を見つけるたびに、そのエネミーの元に殺到するようになった。
それまで静かに泉屋のあとをついて歩いていたのが嘘のような活発さであり、獰猛さである。
二十八名の研修生の手に掛かり、エネミーは発見され次第に殲滅されていく。
ごく短時間のうちに始末をされるので、仲間のエネミーが呼び出される間もない。
彼ら研修生たちの大半は、知り合い伝いに、あるいはネットでの情報を漁った結果として蓄積強化効果についての知識を持っていた。
つまり、より多くのエネミーをその手にかければそれだけ、迷宮内での強さが跳ねあがるという事実を知っており、本格的に探索者として働き出す前にできるだけいいスタートを切りたいと切望している。
そのため、この実習中にも一体でも多くのエネミーをしとめようとしていた。
成行とは違い、自発的な意志で探索者になることを選択している彼ら研修生たちは、当然のことながらその目的を持つに至った契機というものを持っている。
具体的にいうと、知人なりに、
「迷宮はこういう場所であり、こういう風にすればより効率よく稼ぐことができる」
という対象の事前知識を与えられている者がほとんどであった。
さらにいうのならば、大半の研修生たちは探索者として本登録が完了したあと、パーティを組む相手が決まっている。
すでに探索者として活躍している知人の仲間に入るなり、現在いっしょに研修を受けている者と組む約束を当然のようにしているわけであった。
経験者からの情報やコネクションなど、有形無形のバックアップがあることを前提としているからそれなりにリスキーな探索者という仕事もあえて選択できるのであり、そうした背景をまるで持たない成行のような研修生は、実はかなり珍しかったりする。
一方、これまでひとりでのんびりと自己流の方法で多数のエネミーを相手にしてきた成行は、こうした他の研修生たちの鬼気迫る様子に気圧されるばかりであった。
他人を押し退けて自分自身が前に出てエネミーを片づけよう、などいう気概はなかなか持てなかった。
初日の実習はわずか三時間ほどで終わる。
五階層をうろうろして研修生にエネミーを始末させただけで、すぐに外に出た形であった。
解散したあと、成行は食堂にいって素うどんを啜った。
昼食と休憩のあと、当然のように単身で迷宮に入る。
この日、成行ははじめて二階層に踏み込んだ。
そこでも、やるべきことは一階層でしていたこととほぼ同じだったが。
ソロであることもあり、浅い層をうろつくことが効率が悪いと知ったあとも、成行はいきなり五階以降の深い階層まで降りる気はなかった。
効率よりも、わが身の安全の方が大事だという判断基準は揺るがなかった。
この日、午後いっぱい二階層に入り浸った成行は、立て続けに三回の戦闘を経験する。
ドロップ・アイテムを換金した金額が一万円を超えたのも、この日がはじめてのことであった。
二日目以降も、基本的には一日目と同じようなことの繰り返しだった。
一日目と違うのは、迷宮に入るなり泉屋がフラグを使用し、研修生と護衛全員を昨日入った五階に移動したことと、それに、エネミーへの攻撃が最初から解禁されていたことくらいだ。
フラグと通称されるスキルは、フクロと呼ばれることが多いインベントリのスキルと同じくらいにポピュラーなスキルだった。
迷宮潜行時間が百時間を超える探索者が十人居れば、そのうちの七人から八人くらいはこのフラグというスキルを所持しているといわれている。
このフラグというスキルは、使用できる場所を迷宮内に限定した一種のテレポーテーション能力だった。
泉屋が迷宮に入るなり五階に移動したように、迷宮内の任意の場所を指定し、パーティごとその場所に移動することが可能となる、そんなスキルだ。
このスキルの持ち主がパーティ内に居ると、一度通った階層を何度も往復しないで済むようになるという利点があった。
こうしたスキルは、フクロやフラグ以外にも無数に種類があり、個人差はあるがだいたい迷宮潜入時間が五十時間を超えたあたりから徐々に修得しはじめていく。
どのスキルをどういう順番でおぼえていくのかは、迷宮内での過ごし方や本人の願望が反映していると噂されているが、それらの真偽や因果関係などはまだはっきりと証明されてはいなかった。
フクロやフラグなど、スキルの所有者が自分の意志で使用するタイプのスキルをアクティブスキル、スキルの所有者の意志とは無関係に常時発動しているタイプのスキルをパッシブスキルと呼んで区別している。
後者のパッシブスキルは、スキルを所有している本人が、スキルを持っているという自覚を持っていないことも珍しくはなかった。
「あいつ、ひょっとしたら、パッシブ持ちじゃないか?」
泉屋が成行の行動を見てそんな疑念を持ったのは、実習四日目のことだ。
泉屋の目からみても、成行という存在は研修生の中でも異彩を放っていた。
他の、迷宮内部に慣れていない研修生と比べると、不自然なほど普段からリラックスしている。
エネミーに対する反応は、他の研修生よりも鈍いくらいだが、一度動き出すと必ず狙ったエネミーをしとめている。
そうした際の動きに、遅滞や迷いがまるで見られない。
そして、成行の攻撃に触れたエネミーの大半が、不自然なほど傷ついている。
……などが、泉屋が疑念を持った根拠であった。
研修生につき添う探索者に貸し出されたタブレットで成行の情報を検索した結果、泉屋の疑念はほぼ確信に変わった。
探索者の迷宮への出入りは入り口のゲートでチェックされており、研修生のデータも、迷宮に入る間際につき添い探索者に貸し出されるタブレットに自動的にコピーされる仕掛けとなっている。
実習につき添う探索者は、そのデータを自由に閲覧することが可能だった。
「……軽く五十時間、超えているじゃねえか」
その情報を確認した泉屋は、呆れたように呟く。
成行の、迷宮潜入時間を合計した数値である。
確かに、仮登録をしている研修生も独自の判断で迷宮に入ることは、制度上は可能なわけだが、実際には、知り合いの探索者につき添ってもらって、雰囲気を知るために数時間くらい散歩して終わるだけ、というパターンが大半だっだ。
前日までの実習で迷宮に入っていた時間を合計しても、ようやく十二時間を少し程度にしかならない。
だとすれば、この成行は実習以外にも、独自に三十時間以上、迷宮に入っている計算になる。
背後にどういう事情があるのか知らないが、とにかくようやく実習四日目に入ったばかりの研修生のスコアでないことだけは、確かだった。
「これなら、スキルのひとつやふたつ身につけていても不思議じゃねえな」
と、泉屋は納得する。
本人がそのことに気づいているかどうかは、また別のはなしになるわけだが。
この迷宮内潜行時間の短調は、探索者の実力を知るための目安のひとつとされていた。
スキル構成や迷宮内でどう過ごしてきたのかという要因もあり一概にいえない面もあるのだが……蓄積強化効果が存在する迷宮内では潜行時間が長い探索者ほど強い、という傾向は確かに存在するのだ。
すでに五十時間以上、迷宮内で過ごしている成行は、少なくとも他の研修生たちよりは有利な位置に居ることになる。
泉屋は他の研修生たちの注意を引かないようにさりげなく移動し、同じつき添い探索者である天野に声をかける。
「研修生の中に、五十時間を超えるやつが居た」
「……迷宮潜行期間のことですか、それは?」
天野の返答が少し遅れたのは、泉屋と同じく、その事実をなかなか受け入れがたかったからだろう。
「公社のデータが正確ならな」
借り物のタブレットをかざしながら、泉屋は頷いた。
「そこでお前さんに……」
「おれのスキルの出番ですね」
最後まで聞かずに、天野がいった。
天野は、喝破のスキルを持っている。
喝破とは本来エネミーの特性などを読みとるスキルなのだが、人間に使用すればその相手が所有しているスキルを知ることもできた。
以前から泉屋の顔なじみであった天野は、あうんの呼吸ですぐに行動を起こした。
成行は同じ仲間である天野を警戒する理由もなく、天野は容易く成行に喝破のスキルを使用して泉屋のところに戻ってきた。
「どうだった?」
先ほどと同じく小声で、泉屋が天野に訊ねた。
「それがですね」
天野は、なんとも微妙な表情をしている。
「あいつが現在所持しているスキルは、〈スライム・キラー〉、〈コウモリの天敵〉、〈ネズミの難敵〉になります。
それと、フクロのスキルも、もう少しで開きそうな感じでした」
「みっつもかよ」
泉屋は軽く顔をしかめる。
通常ならば、潜行五十時間を超えた程度では、ひとつのスキルを獲得するのがやっとなはずだ。
「しかも、パッシブの特殊効果系ばかりとは……あいつ、今までいったいなにをやって来たんだ?」
「殺しまくっていたんでしょうね、エネミーを。
それこそ、時間いっぱい」
天野は憮然とした表情でいった。
「そうでもなければ、説明がつかない」
難敵や天敵、あるいはキラーと名がつくスキルは、同種のエネミーを大量に殺戮した者が獲得することが多い。
ネズミ型のエネミーを何百体も殺せば難敵に、コウモリ型のエネミーばかりを千体近くも殺せば天敵に、スライムばかりを一万体も殺せばキラーになるはずだ。
なぜそんな煩雑なばかりで益するところが少ない作業を、それも限られた時間で行っていたのかが大きな疑問ではあったが、理論上は五十時間そこそこでそれらのスキルを獲得することも不可能ではない。
あまりにもメリットがなく馬鹿馬鹿しいばかりなので、これまでやろうとする者がいなかっただけのことである。
「一階層か二階層あたりで、ずっとエネミー潰しをしていたわけか」
「それしか考えられないでしょう」
泉谷と天野は、小声で囁きあう。
そして、しばらく黙り込んだあと、
「……なにを考えているんだ、あいつは」
そう、天野が呟いた。
泉屋も先ほどから同じことを考えている。
泉屋と天野は、そうしたやり取りをこのふたりの間だけで納めることにした。
彼ら、つき添い探索者の役割はあくまで実習中の研修生たちの安全確保であり、個々の研修者たちの事情に深入りすべき理由もなかったためである。
個人的な興味がなかったいえば嘘になるが、だからといって公社から指示された仕事から逸脱してまでそうした個人的な興味に入れ込まなければならない理由もなかった。
そして実習五日目、つまり、成行たち研修生にとって最後の研修がはじめる。
その日も例によって泉屋のフラグによって九階層の階段前に移動し、十階層に降りたところで研修生たちにエネミーの相手をさせることになっていた。
「いよいよ最終日だが、迷宮の中は、絶対安全ということない」
引率役の泉屋は、そういって声を張りあげた。
「最後まで気を緩めることなく実習を終えるように!
事故の他に、通常ならば出現しないはずのイレギュラー・エネミーが出現する可能性もあることを忘れずに、なにか以上があればすぐに最寄りの探索者に知らせるように!」
口ではそういっていたが、泉屋自身からして、イレギュラーの出現はまずないだろうと確信している。
確かにその階層では出現しないような強力なエネミーが現れることもあるのだが、その頻度はかなり低い。
半世紀以上の歴史を持つ公社が詳細な記録を取るようになってから数えても、数えるほどしか出現したことがないのだ。
その日も、泉屋は午前中のうちに実習を終えるつもりだ。
迷宮で経験を積んだ探索者ほど、一回あたりの潜行時間は短く済ませる傾向にあった。
たいていの探索者は自分の実力で対処できるぎりぎりの深度を選択するし、そうであるならばエネミーとの戦いも、いかに集中力を持続させるかが大きな課題になる。
ましてや、まだ迷宮に慣れていない研修生たちを長時間、迷宮の中に押し込んでおいてもいい結果には繋がらない。
それ以外に、なにか想定外のアクシデントが起こったときに、泉屋自身が対応できないという理由もあったのだが。
通常の潜行でさえ神経をすり減らすものである。
それに加えて、三十人弱のなにをやらかすのか想像もつかない研修生たちを迷宮の中で見守らなければならないこの仕事は、外から見える印象ほどには気楽なものではない。
一日三時間ほどの迷宮に入るだけでも、出てきたときはどっと疲労が感じていた。
迷宮内に入っているときは気が張りつめているのだが、外に出たとたんにそれまで感じていなかったストレスを自覚できるようになるのだ。
つまり、研修生たちの引率も、傍目から予想するよりは遙かに気苦労が多い仕事なのだった。
その面倒な仕事も、いよいよ終わりに近づいている。
この日迷宮に入ってから二回目、最後の休憩をしているとき、泉屋や天野ら、引率の探索者たちは思い思いの格好で休んでいる研修生たちを取り囲むように円陣を組んで周囲を警戒していた。
五階層というと、引率に参加するようなベテランの探索者たちにとってみればかなり脅威度が低い階層になるのだが、それでも、いつ、なにが起こるのかわからないのが迷宮だ。
場慣れしている探索者であるほど、警戒を怠らない。
異変は、そんなときに、唐突に起こった。
ベテランの探索者に囲まれている研修生たち数名が、突如、血塗れになってその場に倒れた。
手足を切り飛ばされた者たちも、自分の身になにが起こったのか把握しきれずに、ただただ驚愕の表情を浮かべている。
「イレギュラーだ!」
異変を察知した泉屋が、冷静に大声をあげた。
「フラグ持ちは研修生たちをパーティに入れてこの場から脱出!
フラグ持ちでないやつらは負傷者の救助を優先しろ!」
研修生たちがパニックを起こす前に、引率の探索者たちが弾かれたように動き出す。
「無事な者はこっちに注目しろ!
おれのパーティに入れ!
そうすればすぐに出入りまで転送できる!」
そんな声をあげて、研修生の注目を集めようとする者がいた。
「騒ぐな! 落ち着け!
この程度なら、十分にリカバリーが可能だ!」
そういいながら、手足を切り飛ばされた負傷者の患部を結束バンドで縛って止血し、非常用全身麻酔を服の上から注射している者がいた。
別の者は、分断された手足の傷口をやはり結束バンドで縛り、自分のフクロに収納していた。
フクロとはつまり、インベントリに相当するスキルであるが、このスキルを使用して収納した物品の時間はほぼ停止すると考えられている。生鮮食料品なども劣化しないし、切り飛ばされた人間の手足を収納しておくのにも最適なスキルなのだ。
「今の攻撃、確認できましたやつはいるか?」
麻酔が効いてぐったりしてきた研修生の体を自分のフクロに収納しながら、天野が誰にということもなく、怒鳴るように確認してくる。
「は、はっきりと見えたわけではないけど……」
研修生のひとりがおずおずと手をあげて発言する。
「黒い鞭のようなものが、地面から上の方にむかって、ぶんと」
「地面からか」
吐き捨てるように、天野がいった。
「完全に、イレギュラーじゃねーか」
イレギュラーとは、本来ならその階層には現れるはずのない、強力なエネミーが出現したときの呼称であった。
遭遇率はかなり少ないのだが、かといってまったく用心の必要がないわけでもない。
たとえ、出現する確率が天文学的なものであったとしても、出逢うときは出逢うものだし、その結果、パーティが全滅することも十分にあり得た。
「それよりも、地面からってのが面倒だな」
泉屋が、呟く。
なぜならば、攻撃される予兆を事前に察知できないからだ。
そんなやりとりをしている間にも、数名ずつ、その場から人影が消えていった。
引率の探索者をリーダーとして認識し、つまりは新しくパーティーを組んだ研修生たちが、そのリーダーのフラグのスキルによって迷宮の出入り口まで転移したのだ。
こうしてこの場から退場した研修生たちの中には、訳もわかからないままに引率の探索者に従っているだけの者が多かったが、とにかく当面の危機から脱していた。
引率者と研修生をあわせて四十名近かったパーティが、あっという間に人数を半減させていく。
「うわっ!」
そんなとき、情けない叫び声があがった。
誰が?
と、泉屋が声のあがった方向に視線をやると、研修生のひとりが、尻餅をついていた。
その研修生の獲物である金属棒が、半分ほどの位置できれいに分断されてその近くに転がっている。
「これ! これ!」
その研修生は、自分の手足に絡みついていた、黒い鞭状の物体を指さした。
「スライム・キラーか!」
泉屋は、即座になにが起こっているのかを把握した。
キラーとか天敵とかがつくスキルは、特定のエネミーを弱体化させる性質がある。
突如攻撃を仕掛けてきたこのイレギュラーは、その形状から推察するに、スライムの変種。
そして、その研修生、つまりスライム・キラー持ちの鳴嶋成行をこの場にいる全員の中で一番の脅威だと判断し、攻撃をしかけた。
しかし、成行のスライム・キラーの効果が予想外に強く、その攻撃も不発に終わった、といったところだろう。
他の研修生たちの手足を容易に切断していた細い触手は、成行の体に近寄った途端、通常の鋭利さを失って絡みつくだけになっている。
「鳴嶋!」
泉屋はそう怒鳴った。
「そのイレギュラーを、地面の上に引きずり出せ!」
引率の立場からいえば、今はエネミーの撃破よりも研修生の安全確保を優先するべきなのだが……泉屋は、このとき探索者としての本能に従って行動している。
あとで公社から叱責されるかも知れないな、とちらりと思ったが、研修生たちの引率者はまだ他にも居る。
それに、今、ここに存在しているエネミーの注意を引きつけておくのも救助活動の助けになることは確かなのである。
「引きずり出すって!」
戸惑いながらも、成行は、グローブにエネミーの触手を絡めて、渾身の力を込めて上に引っ張りはじめる。
「そいつの本体を地上に出せれば、あとはどうにでもなる!」
叫びつつ、泉屋は自分のフクロから巨大なメイスを取り出した。
「泉屋さん!」
フラグのスキルを使用して一度姿を消していた天野が、再び姿を現した。
「研修生たちの退避は終わりました!」
天野だけではなく、他の引率者たちも次々と姿を現していた。
救助活動よりもエネミーを駆逐することに興味を持つのは、探索者たちの間で共通した性質であるようだ。
「今からスライム・キラーがイレギュラーを引きずり出す!
姿を現したら、全員でかかるぞ!」
泉屋が叫んだ。
「できるだけ離れた場所から攻撃しろ!」
「このっ!」
その叫びが終わるか終わらないかのうちに、成行が黒い物体を地面から引きずり出した。
意外に大きい。
半透明の黒っぽい、ぶよぶととした不定形のかたまりから、髪の毛のような細長い触手が延びている。
そしてその細長い触手は成行の手足に絡んでいた。
その物体が地上に姿を現した瞬間、取り囲んでいた探索者たちから多種多様なスキルによる攻撃が浴びせられる。
イレギュラーの体に火が、氷が、雷鳴が襲いかかる。
「おらぁっ!」
最後に、頭上に高々と振りかざしていた泉屋の巨大なメイスが振りおろされた。
泉屋のメイスは泉屋のスキルによってエンチャントされて、周囲に燐光を帯びている。
メイスが地面に激突した瞬間、成行の手足に絡みついていた触手が消失した。
「ドロップしたか!」
その変化を確認した泉屋が、叫ぶ。
エネミーの死体が残らない、ということは、つまり死体がなんらかのアイテムに変化したことを意味する。
おお、と、周囲を取り囲んでいた探索者たちがどよめきが起こった。
「やれやれ。
一時はどうなるかと思ったが……」
安堵した様子で天野が泉屋に近づき、手を伸ばす。
なにかが、下から上へと通過した気配。
その直後、天野の前腕部が中程からきれいに切断され、地面に落ちた。
「追加だ!」
泉屋が叫んだ。
「倒すのが、遅すぎたんだ!
イレギュラーの仲間が押し寄せてくるぞ!」
これまでに成行が利用してきた、倒すのに時間をかけすぎると、仲間を呼び寄せるというエネミーの性質。
この時間は、エネミーの種類によってまちまちであり、一定していない。
このイレギュラーの場合、極端に短いようだった。
乱戦がはじまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます