深川しぐれ

沖田 秀仁

第1話

                 深川しぐれ

                                沖田 秀仁

 弘化三年も秋めき、涼風が立ちはじめていた。

 脂汗を搾るようだった暑気は影をひそめ、夜ともなると虫の音がかまびすしい。

 清助は『入舟』の二階にいた。入舟とは大川を背にした米蔵の建ち並ぶ佐賀町の片隅、油堀河口に架かる下ノ橋袂の船宿だ。部屋の広さは床の間つきの四畳半。つい先ほどまでは薄壁を通して隣部屋の男と女の睦み合う声が時折り聞こえていた。しかし寝入ってしまったのか、今はそれも聞こえなくなった。

 宵の口には雲間隠れに鎌のような月が十万坪のかなたで明かりを放っていたが、入舟に上がった頃には雲が厚く垂れ込めて、開け放たれた窓の外は漆黒の闇だった。

 どういう料簡なのだろうか、と清助は口をへの字に曲げたままなみなみと注がれた盆の盃を手にした。角行灯の明かりの横で定吉が白塗りの顔に微笑を浮かべて、清助を誘うように流し目を見せている。それは女の美しさを十分に意識した妖艶な笑みだ。しなだれるように膝を崩して、差し向かいに座った定吉の美しさは眩しいばかりだった。

 挑むように絡み付いてくる定吉の視線をことさら無視して、清助は乱暴に盃を傾けた。頤を見せて一口で空けると、清助は定吉に怒ったような視線を投げつけた。

 年増芸者の色香に迷うほどヤワじゃない、と酔った自分に言い聞かせた。端っから堅気の包丁人だったわけでもない。五年ばかり前までは悪所にも出入りして無頼な男たちとも交わり、御用聞きの厄介になったこともある。女の嘘も真も手練手管までも知り尽くしているつもりだ。

 清助は飲み干した盃を音立てて置いた。酒を口にしたのは五年ぶりだった。もっと美味いものとの記憶があったが、善三に隠れて飲む酒は苦かった。何か気の利いたことでもしゃべりたいと思案を巡らせたが、不機嫌な思いが口を重くした。

 船宿がどういうところで、ここへやって来る男と女は何が目的なのか、そうしたことは知り抜いている。百も承知しているが、目の前の裾模様を有無を言わさず強引に掻き分けて、五年もの包丁人修行でやっと身につけた堅気の暮らしを反故にするのにはためらいがあった。定吉の誘うような眼差しに乗るわけにはいかない。目の前に年増芸者がさもいないかのように、清助は落ち着かなく顔を上げて窓越の闇に視線を漂わせた。

 野暮天だよ、と定吉はふたたび婀娜な笑を浮かべた。女に手出しもしないで無理に片意地を張ることこそが、育ちの良い男の優柔不断な気弱さの証しでしかない。年増芸者がここまで誘えば、大抵の男は見栄や体裁の箍が外れて前後の見境もなくむしゃぶりついて来るものだ。それこそが男らしさだと、勘違いしていた時期もあったが。

 本所の四つを知らせる鐘を聞いてから、すでに四半刻はたっている。つい先程までは対岸の上手に見えていた両国広小路あたりの華やかな掛行灯も消えて、いまは狐火ほどの明かりも見えない。江戸の町は深い眠りに落ちて、底知れない闇に包まれていた。

 とうとうこんなに遅くなっちまったか、と清助は酔いの廻った鈍い頭で考えた。悔恨の気持ちにも似た苦いものが胸の奥底でくすぶった。灘屋の旦那が呼んでいなさる、と言われて入舟まで出向いてきたが、すでに小半刻以上も二階の座敷で待たされている。

 定吉一人ならとっくの昔に帰ったものを、と清助はうなだれた顔から視線だけを上げて差し向かいの定吉の白い瓜実顔を睨んだ。ここ三ヶ月ばかりは四つの鐘を聞く前に就寝するのを日課としていた。

 清助は仙台堀中ノ橋河岸にある料理茶屋磯善で魚仕入方を任されている。魚河岸の朝は早い。いきおい清助の朝は磯善で働くどの奉公人よりも早くなる。不機嫌そうな清助の眼差しに気づくと、定吉はにっこりと微笑んで酒器を取り上げた。

 最初のうちこそ拒んだものの、勧め上手な定吉に乗せられて、清助はかなりの量を飲み干していた。

 夏の暑気は去っているが障子を締め切るには早すぎた。開け放たれた窓からひんやりとした川風が舞い込み、かすかに障子の桟を鳴らした。雨を呼びそうな風だった。清助は視線を漆黒の大川から盆の上の盃に落とした。

 不意に、走り抜けるような雨粒が軒の板屋根を打った。

「おや、雨だねえ」

 酒器を持つ手を宙に止めて、定吉は耳を澄ますように首を傾げて窓を見た。

 清助も盃へ伸ばしかけていた手を止めた。魚を入れる盥桶を裏庭の軒下に置いたままだったのを思い出して、双眸がにわかに曇った。

「本当に灘屋の旦那が呼んでいなさるのだろうな」

 清助の低い声に不審な思いが紛れ込んだ。

 灘屋は御城下の越前堀に大店を構える酒問屋で、灘の下り酒を一手に商うことで身上を築き、その名は江戸市中に広く知れ渡っている。

「あら、清さんはお疑いかえ。いいんだよ、なんなら帰っちまったって。その代わり後で灘屋の旦那に、磯善の包丁人が一見客にゃ付き合われねえって、捨て台詞を吐いて帰ったと言い付けてやるから」

 切れ長の目の端で清助を捕らえたまま、定吉は清助の盃に酒を注いだ。

 灘屋宋右衛門が辰巳芸者の定吉を伴って、磯善の暖簾を潜ったのは五つを少し過ぎた頃だった。予約も何の前触れもなく、看板間際に顔を出した客に女将はいい顔をしなかった。灘屋は磯善の馴染みでもなく、取り引きの上で親しくしている商売相手でもなかった。まったくの初顔で遅くに来た客ならどこの料理茶屋でも断るのが常だ。五つを過ぎれば釜の火を落とす頃合だし、上等の食材は早めに使い切ってしまって包丁人の腕の奮いようもない。料理茶屋のありようが趣向を凝らした旬の料理で客を楽しませるのが本筋だとすれば、むしろ座敷に上げないほうが暖簾を大事にする商売というものだろう。

 しかし、仙台堀は中ノ橋袂に店を構える磯善の噂を深川の老舗料理茶八百清で聞かされて遥々とやって来た、と言われては無碍に断るわけにはいかなかった。磯善の主人の善三は十六年前まで八百清で包丁人修行を二十年近くも勤め上げた。八百清への義理もある。しかも、灘屋宋右衛門は江戸の粋人の間では有名な食通で知られていた。

「なぜ灘屋の旦那がおいらを名指しでお呼びなさったんだ?」

 清助は何度も繰り返した同じ疑問を繰り返した。

 同じ包丁人でも頭が呼ばれるのなら何の不都合もない。しかし、魚の仕入方をしているというだけで自分が呼ばれたことに合点がいかなかった。包丁捌きにしろ味付けにしろ、清助は自分の腕がまだまだ未熟だとわきまえているつもりだ。他の奉公人と違って、包丁人修行を中途から始めた半端者だとの引け目もあった。

「磯善の法被を着て天秤棒を小粋に担いで、河岸道を颯爽と走る清さんを目にしたことがあるんだってさ」

 定吉が清助に返す言葉も同じことの繰り返しだった。

 清助が買出しに出掛けるのは深川蛤町の魚河岸だ。川筋で漁師の集まる町にはいつの頃からか市が立つようになった。越前堀の灘屋の旦那が魚河岸へ出掛けた自分の姿を見るには深川に泊まるしかないが、との疑念が胸を掠めた。

 音もなく、しぐれは降り続いていた。

 軒先から落ちる雨垂れだけが不規則に音を刻んだ。

 とめどなく、清助は定吉に勧められるままに盃を口へ運んだ。飲むほどに思考が鈍り、真綿のような眠気が差した。元来呑めないほうではなかったが、五年も酒を絶っていた体には思っている以上に利いていた。

 清助は八百清の一人息子だった。甘やかされて育ったためか、十六の歳から酒の味を覚え、二十歳過ぎに八百清を勘当になった頃にはすっかり身を持ち崩して、酒と博奕に明け暮れていた。家を追い出されても怠惰な性癖は直らず、遊び人の暮らしから足が洗えなかった。博徒の三下となって破落戸のような暮らしを二年ばかり送った後、賭場の手入れで町方下役人に捕らえられた。自身番で簡単な身元改めの詮議を受けて、いよいよ鞘番所へ送られる寸前に、善三が清助の身元請け人となることを条件に放免された。

 磯善に拾われてから五年というもの、清助は包丁人修行を厳しく仕込まれた。最初の一年半は年下の奉公人に追廻としてこき使われ、その後も焼き方から煮物方と修行に明け暮れた。縄を打たれてしょっ引かれたのが余程こたえたのか、清助は弱音一つ吐かずに扱きに耐えて一心に精進した。

 生まれつき筋が良かったのか、清助は善三も驚くほどめきめきと腕を上げた。そして、この藪明けから魚の仕入方を任されるほどになった。魚料理で食通の舌を満足させる磯善にとって、魚の仕入れは責任の重い仕事だった。

 灘屋はじきに来るといったが、一刻余り待っても姿をあらわす気配すらなかった。「いつになったらお見えになるのか」と清助が聞くつど、定吉は赤子をあやすように「もうじきさ」と子守唄を歌うように調子をつけて応えた。

 清助の意識が次第に濁り、強い睡魔に襲われて瞼がさがった。眠気を必死に追い払っても体がふっと軽くなり、頭の中が白く霞んだ。こうしちゃいられないんだ、と同じ言葉が繰り返し頭の中を駆け巡った。

「おいら、帰らなくちゃならないんだ」

 呂律の廻らない呟きとともに、清助は立ち上がろうとした。

 右膝に右手を支って、清助はしっかりと立ち上がったつもりだった。が、上体は大きく泳ぎ、だらしなくその場に崩れた。

 外は音もなくしぐれが降りしきっていた。


 まだ明けきらぬ静けさを破って、油堀河岸道を辰蔵は駆けた。

 五尺七寸の辰蔵が短めの単衣の裾を尻端折りにして紺股引に雪駄を突っかけて駆けると、朝の町を売り歩く棒手振たちも道を空けた。辰蔵は山本町亥ノ口橋袂の長屋に暮らす界隈の岡っ引だ。まだ十手を預かって五年足らずと駆け出しだが、「御用だ、御用だ」との掛け声はすっかり板についていた。

 先刻、寝静まっている山本町油堀河岸の長屋の腰高油障子を、桟が折れるかと思えるほど激しく叩く者がいた。「入舟で殺しですぜ」とせわしく桟を叩きながら叫んだのは佐賀町から駆けてきた番太郎の留吉だった。

 目覚めていた辰蔵は枕元の十手を手にし、下っ引の松吉はとぼけたように跳ね起きた。

 大柄な辰蔵の駆ける後を一間ばかり遅れて小柄な松吉が追った。飛ぶように駆けて昨夜のしぐれに濡れた反り橋の黒江橋を瞬く間に渡った。

 辰蔵は元川並人足だ。歳は二十七になっているがまだ独り者だった。が、女嫌いだというのではなく、心ひそかに思いを寄せる女はいた。ただ女を養うほどの実入りがないため、所帯を持とうと言い出せないままでいるだけだ。その代わり、貧乏と二人連れだった。

 松吉は三年ばかり前に永大橋袂の深川名物佐原屋の団子を鷲掴みにして逃げ出したところを辰蔵が捕まえた。聞けば続く飢饉に耐えかねて上州の百姓家を飛び出し、行き倒れの死骸に怯えながら街道を歩き続けてやっとの思いで江戸に辿り着いたが、ここ五日ばかりは何も食べていないということだった。辰蔵は団子の代価を佐原屋に払い、松吉を自分の長屋に連れて帰った。極端に痩せ細った松吉は団子を盗ったものの、空腹のあまりものの半町と走れなかったのだ。まだ大人になりきっていない十五六の少年だった。

 佐賀町の自身番は油堀下ノ橋の東詰めにあった。辰蔵の家からそれほどの道のりではない。下手人は引っ括って自身番にしょっ引いてあるということだ。ほどなく自身番に差し掛かったが、辰蔵は足を緩めずに駆けた。まずは殺しの現場を両の目で見るのが辰蔵のやり方だ。そのまま自身番の前を通り過ぎて、凶行のあった船宿へと向かった。

 行く手の河岸道の大川側には似たような造りの船宿が並んでいるが、どれが入舟かは物見高い人垣が教えてくれた。腰高油障子や軒下行灯の屋号も見えないほど野次馬が集まってひそひそと囁きあっていた。人垣を掻き分けるようにして船宿の玄関土間へ入ると、出迎えた女将の口上もそこそこに、留吉が指差す玄関脇の階段を二階へ上がった。そして留吉の突き出す指の教える、上がってつき当りの部屋の襖を開けた。

 むせ返る生臭い血の匂いが鼻をつき、部屋の中ほどに裾模様の芸者が血の海に横たわっていた。辰蔵は懐の十手を引き抜き血溜りを避けるようにして近づいた。

「こりゃあ、定吉じゃねえか」

 思わず呟き、左胸に突き立てられた出刃包丁の黒ずんだ血染めの柄を見た。

 それは古くも新しくもない、どこにでもあるような平凡な包丁に見えた。ただ下手人の鮮やかな殺しの手際だけが目を惹いた。藤四郎の仕業ではない、というのは一目で分かった。包丁は肋骨を避けるように横に寝かせて、一突きで心の臓を刺し貫いている。それは刃物の扱いに慣れた者の冷静な殺しだった。

 血の海に横たわる定吉に争ったような着物の乱れはなかった。ただ無意識に突き立てられた包丁の刃を握ったのか、左手の親指の付け根が深く抉れたように切れていた。

 うずくまると辰蔵は胸に刺さったままの包丁を引き抜こうと右手を柄に添えた。柄についた下手人の血染めの手形を落とさないようにと握ってみて、下手人の手形が逆なのに気づいた。下手人は左利きなのか、と思いつつ定吉の胸から出刃包丁を抜きにかかった。死後硬直が始まっているため、かなりの力をこめなければならなかった。やっとのこと引き抜くと、懐から出した手拭に包丁を丁寧に包んだ。

 現場の状況をしっかりと見れば、なにも思い悩むことはない。昨晩の状況がありありと辰蔵の眼前に浮かんだ。

 定吉の顔見知りがこの部屋へやって来たのだ。一片の疑いも抱かずに定吉は待ちわびた者へ駆け寄り、思いもかけず出刃包丁で一突きにされた。それが証拠に着物はほとんど乱れていないが、島田髷の根ががっくりと崩れている。それは不意に心の臓を刺し貫かれて抵抗する間もなく人事不省に陥り、枯れ木のように転倒した証だ。

 定吉の目と口は大きく開き、苦悶と困惑に満ちている。辰蔵は顔を撫でるようにして瞼を閉じらせ、座布団を二つ折りにして首の下に入れて仰向けに寝かせた。そうすれば自然と口も閉じる。着物の裾をそろえてやると、恰も定吉は静かに眠っているようだった。ただ、血の気を失った蝋のように白い顔色を別にすれば。

 辰蔵は仏の定吉に両手を合わせた。深川を縄張りとする岡っ引だからといって辰巳芸者を残らず知っているわけではない。しかし、定吉のことは知っていた。蛤町の美人三人姉妹の末娘で、名をお定といった。貧しい両親を助けるために九つで黒江町の子供屋へ上がった。そうした身の上話は界隈の者なら誰もが知っている。いわば定吉は孝行娘として知れ渡っていた。

 部屋の窓はわずかばかり開いていたが、辰蔵は明かり障子を開けて外の様子を改めた。すぐ下に川岸の石組みがあり、足下を大川の波が洗っていた。部屋へ窓から出入りするのは困難に思えた。しかし、だからこそ下手人が何らかの細工をして窓から出入りしたと考えられなくもなかった。そう思って見ると窓枠の下に足で擦ったような痕が上下にずれて二ヶ所ばかりあった。

 部屋から出ると、辰蔵は廊下の留吉に訊いた。

「下手人として自身番へしょっ引いているのはどんな奴だ?」

 何気なく振り返ったついでに聞いたのだが、留吉は驚いたように言い淀んだ。

「この部屋で夜明けまで寝入っていた清助って間抜けな包丁人ですが」

 本人は酔いつぶれていたと言い張っている、と付け加えた。

 辰蔵は眉間に皺を寄せながら、念押しするように顔を留吉に近づけた。

「清助ってのは八百清の倅のことか」

 聞き逃した言葉を問い直すように聞くと、留吉は「へえ」と曖昧に頷いた。

 肯定とも否定ともつかない返答だったが、留吉は清助の素性までは知らないようだ。

「いえね、このちょい先の料理茶屋『磯善』の包丁人ですよ」

 と、入舟の女将が代わって答えた。

「磯善といえば深川富ヶ岡八幡宮脇の八百清で修行し、年季が明けて暖簾分けしてもらった善三のやってる店じゃないか。親方の善三は呼んであるのか」

 階段を下りながら、辰蔵は背後の留吉に声を放った。

「へい、自身番の方へ」

 階段を下りながら留吉が応えた。

「女将、夜遅くに誰かがこの部屋に尋ねてこなかったか」

 留吉の後ろをついて降りている女将に聞くため、辰蔵は声を張り上げた。

「いえね親分、お分かりでしょうけど、わっちらは玄関を見張っちゃいないのさ」

 女将は下卑たぞんざいな言い方をした。

 いつからか船宿は手軽な出会い茶屋のようになっていた。元々船遊びするための宿だから大川や堀割からじかに船で乗りつけるような造りになっていて、船に乗りさえすれば誰にも顔を差されずに出入りができる。そのため出会い茶屋よりも格上の逢引場所として重宝された。船宿の者たちも料金さえ支払ってもらえばいつ帰ろうと頓着しなかったし、他の旅籠のように玄関に帳場も設けず夜通し鍵もかけなかった。

 入舟もそうした造りの店だった。玄関を入るとすぐに廊下や階段でそれぞれの部屋へ行けるようになっている。

 しかし、そんな分かり切ったことを聞くのが辰蔵の目的ではなかった。辰蔵にも身過ぎ世過ぎがある。野暮なことでも四角四面に取調べをすれば入舟は面倒なことになる。女将が帯の間からそっと取り出した捻りを受け取ると、辰蔵は眉一つ動かさずに懐に仕舞い込んだ。悪しき慣例だが、そのことで女将は今度の事件に関連して入舟の商売が問われることがないと確信できるのだ。

 岡っ引は定廻り同心から手札を頂戴しているが、町奉行所や同心からの手当ては皆無だった。こうした袖の下が辰蔵の収入のすべてなのだ。町の衆からげじげじほどに嫌われるのも定まった収入がないため、だれかれかまわずたかるからに他ならなかった。


 佐賀町の自身番には人だかりがしていた。

 辰蔵たちは「行った、行った。見世物じゃねえぞ」と怒鳴って野次馬を蹴散らした。

 しかしその当座だけ散った人垣も、辰蔵たちが自身番へ入るとふたたび集まってきて腰高油障子の中の物音に聞き耳を立てた。

 自身番は二間に三間と手狭な小屋といったものだ。町内ごとに町のかかりで運営され月行事の町内事務や町内の治安の拠点とされた。腰高油障子を引き開けると三和土の六尺土間があって、その奥は切り落としの座敷だった。

 清助は後ろ手に縛られて土間に座らされていた。辰蔵が油障子を閉めて入ると清助は物音に怯えたように振り仰ぎ、二人の目と目が合った。心なしか清助の眼差しが何かを訴えるような色を帯びた。辰蔵と清助は同じ歳で、しかも顔見知りだった。

 かつて二人は同じ賭場で三下として働いていた。辰蔵のほうが一年ばかり早くから無頼な暮らしに身を落としていたため、兄貴分として振舞った。ただ賭場に来た当初、清助は豪勢に金を使って一端の遊び人気取りでいたが、八百清を勘当になると取り巻きたちは態度を一変させた。それからの清助は腕っ節が強くない分だけ、余計に辛かったに違いない。

 無頼仲間の集う場では喧嘩が強くなければ生き延びられない。清助はしょっちゅう痛めつけられて顔といわず足といわず、いつも体中に痣を作っていたものだ。その清助が縛られて土間に据えられているのを見て、辰蔵は即座に定吉殺しの下手人ではないと思った。

 清助と辰蔵は奇しくも同じ夜の手入れでお縄になった。幸いにも清助は善三が請け人となって包丁人の修行に入ったが、辰蔵は同心の旦那に喧嘩の腕を見込まれて十手持ちになった。あの日を境に二人は別々の道を歩き出し、ここでふたたび出会った。それは辰蔵が最も望まない形の出会いだった。

 清助に落としていた視線を上げると、いきなり目の前の五十男が頭を下げた。四角張ったいかつい顔に険しい目つきの男だった。甘えを許さない厳しい半生を送った男の足跡が窺がえた。

「手前は磯善の善三でございます」

 痩身長躯の男は名乗った。

 辰蔵は「うむ」と素っ気なく応えると、膝を折って清助の前にしゃがみ込んだ。ことさら善三を無視したわけではないが、何はともあれ確かめなければならないことがあった。

 辰蔵は丸太のような腕を伸ばして清助の胸倉をつかんだ。何をされるのかと恐怖が清助を襲ったのか、逃げようと身を捩ったが有無を言わせぬ力で背筋を伸ばさせた。清助の体から酒が強く匂った。

 辰蔵は清助の着物を仔細に改めて、後ろ手に縛られている両手を確かめた。

 見てみると清助はきれいなものだった。返り血を浴びていないばかりか、両手の爪に血痕すら残っていない。出刃包丁を心の臓に突き立てただけで血は竜吐水さながら吹き出る。返り血を浴びないで人を刺し殺すのは至難の業だ。しかも、出刃包丁の柄に下手人の手形が残っていた。当然、下手人の爪の間にも血が入り、荒縄で擦り洗ったぐらいでは落ちないものだ。それが清助の爪にはまったく残ってない、とはどういうことか。

「善三、何があったか教えてくれねえか」

 辰蔵は立ち上がると切り落としの座敷の上がり框に腰をおろした。

「へい、昨晩は五つ過ぎ、越前堀の灘屋の旦那が定吉と磯善へお見えになったと思ってください。その刻限なら大抵のお客様にはお引取り願うのですが、八百清の紹介で来たといわれては無碍に追い返すわけにもいかず、座敷にお上げして鉢物を二三お口汚しにお出し致しました」

 それが間違いの元だったと言いたそうに、善三は顔を歪めた。

「お帰りになられたのが五つ半過ぎで、間もなく定吉一人で引き返してまいりまして『灘屋の旦那が魚料理の魚がことのほか上手かったので魚仕入方の包丁人に御祝儀を出したいから、すぐ近くの船宿まで来てもらえないかと』と申しました。手前の店の魚は清助が一手に仕入れていますから、さっそく定吉と一緒に遣りました。しかし、夜明けになっても帰って来ないってんで、追廻の兵吉を迎えに遣りましたら、この始末でございます」

 善三は詫びるような眼差しで辰蔵を見詰めた。

 辰蔵は腕組みをしてじっと耳を傾けていたが、土間に立っている松吉に視線を移した。

「松、越前堀までひとっ走りして、灘屋に昨夜のことを確かめて来い」

 辰蔵が言い終わらないうちに「へい」との声を残して松吉は飛び出した。

 ピシリと腰高油障子が閉じられると、辰蔵は清助に視線を落とした。

「ところで善三、清助はいつも酒を食らっていやがるのか」

 包丁人修行中の者が酒に酔っていては味の感覚が鈍るのではないか、との疑問が湧いた。

「いいえ、磯善で身柄を引き取って以来、ここ五年ばかりは一滴も飲んじゃいません。実は十日ばかり前ですが、清助の実直な精進ぶりに年内にでも勘当を解き、年明け早々にも八百清の後継ぎとして披露しようと、門前仲町の大旦那と御相談申し上げたばかりでございました。しかし、これですべてが水泡に帰してしまいました」

 善三は苦渋に顔を歪めて首をふった。

 誰からともなく深いため息が漏れた。定吉をやったのは清助だと決めてしまったような空気だった。しかし、それは下手人探索を待たない思い込みに過ぎない。

「昨夜、町木戸を怪しい者は猫の子一匹通っちゃいません」

 沈黙を破って木戸番小屋の親父が呟いた。町の木戸は四つに閉じられ、夜明けの六つまで番人が見張っている。病人や火急の用のある者は番人に理由を告げて木戸を通してもらうのだ。

「清助、何か言いたいことがあれば聞いてやるぜ」

 腰掛けていた上がり框から立ち上がり、辰蔵は清助を見下ろした。

 清助は上体を反らせて辰蔵を見上げて弱弱しく首を振った。

「おいらは何も憶えちゃいないんだ。定吉に勧められるままに断っていた酒を口にしちまって無様にも酔い潰れてしまった。入舟へなんか呼ばれても行かなきゃ良かったんだ」

 涙混じりにそう言って、清助は首をうなだれた。

「けっ、いつまでたっても甘い野郎だぜ」

 辰蔵は清助を睨みつけた。

「愚痴を聞いてやるといったんじゃねえ。何か憶えていることはないのか」

「兵吉に叩き起こされるまで、おいらは何も憶えちゃいない。だけど、おいらはやっちゃいない。やっちゃいないんだ」

「ばか野郎。お前がやったんじゃねえってことは端っから分かってるんだ。獄門になろうかって殺しの下手人が、のうのうと朝まで寝込むわけがねえだろう」

 そう言うと、辰蔵は懐から手拭に包んだ出刃包丁を取り出して善三に見せた。

「これを見てやっておくんなせえ。定吉の心の臓に突き刺さっていた包丁でさ。着いた血糊は剥がれて落とさないように用心して。手形からすると下手人は左手で持っていたことになります」

 手拭ごと出刃包丁を受け取ると、善三は包丁人の鋭い眼差しで観察した。

「なるほど、柄に着いた手形からすると下手人は左利き、それほど腕の良くない包丁人でさ。研いだ者も左利きの野郎で、せっかちに押し研ぎをしていやす。包丁人は右手で包丁を使うように仕込まれますが、つい地金が出たのでしょうよ。腕があまり良くない、といったのは先の方ばかり刃が減っていやすからでさ」

 出刃包丁を一目見るなり、善三はそれだけのことを語った。

「左利きとはおいらも見抜いたが、これが包丁人のものだとなぜ分かる」

「それは研ぎ方でさ。魚屋の出刃ならこれほど刃を鋭くする必要はありません。だが、素人がこれで鯛でも捌けば刃を傷めるのがオチでしょうよ」

 下手人が清助ではないと知ってか、善三は安堵の色を浮かべた。しかし、辰蔵は首を横に振った。

「だがな、真正の下手人をお縄にするまでは清助の疑いが晴れたことにはならねえ。鞘番所へ送られれば地獄の拷問にあわされる。見てないことでも見たと言い、やっていないことでもやったと口を割らされることになるんだぜ」

 鞘番所とは深川だけの呼び名で、御城下では番屋といわれた。自身番と違って番屋は町奉行所の差配に属し、被疑者はそこで取調べを受け下手人と断定されれば入牢証を付されて伝馬町へ送られる。しかも、番屋へ送られて無罪放免となるのは皆無だった。番屋での取調べは自白を記した口書を聴取するのを目的としため、凄絶な拷問が多用された。

 その一方、自身番での取調べは形だけの身元調べで、大抵はすぐに番屋へ送られる。長く留め置くとしても自身番は拘留施設ではないため夕刻まで、ということになる。

「留吉、神尾の旦那に清助の鞘番所送りは暮れ六つまで待ってもらいたいと、申し伝えてくれないか」

 辰蔵は清助の傍らに立つ留吉に言った。

「神尾の旦那に『夕刻まで待ってもらいたい』と申し伝えれば良いんですね」

 留吉は辰蔵の言葉を繰り返し、それに辰蔵は強く頷いた。

 本所深川を縄張りとする定廻り同心神尾和馬が見廻って、定吉殺しの下手人としてお縄になっている清助を暫時自身番に留め置く沙汰を下したとしても、その限度は鞘番所の下役人が門を閉ざしてしまうまでの間だ。

 辰蔵は清助と善三を交互に見て、佐賀町の自身番を後にした。


 空を仰いで、五つを廻った頃かと呟いた。

 いつの間にか日が昇り、町には仕事場へ急ぐ人足たちの姿があった。

 辰蔵は佐賀町の米蔵通りを下り、永大橋の前を通って門前仲通へ足を運んだ。なにはともあれ、門前仲町の八百清へ行って事情を聞いて見なければ何も分からない。ついでに定吉のいた子供屋も門前仲町に続く山本町にあるからその足で廻れる、と算段した。

 しかし、悠長に構える時間はない。神尾和馬が辰蔵の願いを聞き入れてくれたとしても、清助は夕刻には鞘番所へ送られてしまう。定廻りでもその権限は鞘番所の中までは及ばない。いずれにせよ、急がなければならないだけは確かなことだった。

 深川は木場によって成り立つ町だ。ここでは半纏を着た職人や人足が幅を利かす。木場へ急いでいるのだろう、門前仲通の石畳を木場人足たちが東へと向かう流れに乗って辰蔵も急いだ。黒江町の二の鳥居を過ぎると、富ヶ岡八幡宮の門前町の様相を呈してくる。八百清は八幡宮の界隈に数軒ある料理茶屋の中でも黒板塀を巡らした総二階の格式を誇る店だった。その店構えを目の前にすると深川を縄張りとする岡っ引にすら二の足を踏ませた。

 門を入ると飛び石伝いに玄関へ行き、

「ごめんよ」

 歯切れ良い掛け声とともに、辰蔵は格子戸を引き開けた。

「はい」

 と、やや間延びした返事がして、姿を現したのは若い下働きの女中だった。

 十代半ばと見える女中は辰蔵の十手に目を奪われ、恐れるような眼差しで辰蔵を見上げた。御用の筋で来たことは十手を見せるだけで余計な説明は要らないが、世間知らずの小娘が相手の場合はそうはいかない。

「おいらは山本町の辰蔵だ。昨夜ここに灘屋の主人が客として上がったはずだが、そのときの様子を聞きたい。女将はいないか」

 丁寧に言葉を継いで十手を懐に戻すと、女中は「亥ノ辰」と呟いた。

 山本町は亥ノ口橋の袂に暮らしていることから、辰蔵は界隈の者から亥ノ辰と呼ばれている。その呼び名には捕り物の敏腕に対する畏怖と、岡っ引に対する侮蔑と複雑な感情が入り混じっていた。辰蔵は人からそう呼ばれるのは余り好きではなかったが、呼ばれるからには慣れるしかなかった。

 女中が奥へ消えてから間もなく、怪訝そうに顔を曇らせた女将が廊下を小走りにやってきた。辰蔵は玄関土間に立ったまま、女将の顔を見詰めた。

 ふと、役者顔の清助は母親似だと思った。瓜実顔に八の字に下がり気味な濃い眉と肉厚の唇は瓜二つだった。ほっそりとした気の弱そうな顎の線も母親譲りだし、鷲鼻のように高い鼻梁も母親を映している。そう思いつつ目をそらした。辰蔵は自分の母親の顔を知らなかった。

「親分、清助がとんでもないことをしでかしちまったようで……」

 磨き込まれた鏡のような廊下の端まで来て、女将は崩れるように座った。

「倅が人殺しの下手人としてお縄になったと、知っていたのか」

 どことなく安堵して辰蔵は呟いた。

 清助がお縄になった、と家族に知らせる役目を辰蔵が負わなくて済んだわけだ。

「今朝早くに出入りの青物の振り売りが教えてくれました」

 女将は気丈にも唇を引き締めて辰蔵を見上げた。

 野菜を八百善へ届ける棒手振が見聞きした佐賀町の騒動を伝えたのだろう。

「それじゃ話は早い。昨夜のことだが、灘屋はここから磯善へ行ったのか」

 辰蔵は用件を手早く切り出した。

「はい、定吉がしつこく旦那に勧めたものですから。食通の方は大抵の場合がそうでありますように、料理を吟味して味わうため時間をかけてお召し上がりになられます。ですから、一晩に一軒と決めていらっしゃいますが、定吉が磯善に行きたいと無理におねだりして、すぐ裏の船宿『住吉』に船頭の手配に店の者を走らせるやら。一騒動の一幕があって仙台堀今川町へ猪牙船で出掛けられました」

「それじゃ、定吉が灘屋を磯善へ誘ったんだな」

 辰蔵は身を乗り出して女将を見詰めた。

 話が早くも喰い違ってきた。磯善では八百清で行くように勧められて灘屋の旦那がわざわざ磯善まで足を伸ばした、ということだった。しかし、八百清の女将は定吉が磯善へ行きたいと灘屋に無心したと言った。

「定吉は殺されるために磯膳へ行ったようなものだな。女将は商売柄辰巳芸者の裏も表も良く知ってるだろうが、定吉に男の噂を耳にしていないか」

 倅が人殺しの下手人としてお縄になっているのに、定吉の男出入りを聞かれて女将は訝しそうに辰蔵を見上げた。

「婀娜な年増芸者が男日照りだったとは到底思えませんが。しかし、芸者が男の影を引き摺っていては満足にお座敷は勤まりません。定吉は一流の芸者ですからなおさらのこと、男の匂いを身の回りから上手に消していたのではありませんか」

 当り障りのないことを言って、女将は視線を落とした。

 話を聞いた辰蔵もそれが道理だと、苦虫を潰したような顔で頷いた。

 八百清を後にすると、辰蔵は山本町の子供屋『半月』へ向かった。

 子供屋とは置屋の深川独特な呼び名だ。ただ、深川には見番がないため客は子供屋へ贔屓の芸者を頼むしかなく、それだけ子供屋の女将の権限が強いことになる。

 辰蔵が山本町に暮らしているのにはわけがあった。子供屋『橘家』の芸者で正吉と権兵衛名を名乗っているお正は辰蔵の幼馴染だった。辰蔵が若くして小頭にまでなった木場人足を喧嘩でしくじったのも、正吉が旦那を取らされた頃のことだった。一時期、囲われ者のようになっていたが紙問屋美濃屋の旦那が卒中で亡くなると、お正はふたたび橘家に自前芸者として復帰した。ちょうどその頃に神尾和馬に手札を受けるように持ち掛けられ、辰蔵は荒れた暮らしから足を洗って十手持ちになった。心の内を打ち明けてはいないが、惚れた女と同じ町に暮らしそっと見守るのが辰蔵の生き甲斐だった。

 門前仲町の隣町の山本町は門前界隈の料理茶屋の三弦から嬌声まで聞こえる近さだ。三尺路地を拾って裏町を行くと、人々の暮らしが間近に見えて心が和んだ。子供屋があちこちにあるため、稽古をしている三味線や太鼓、それに小唄まで路地に聞こえた。

 辰蔵は定吉に間深な男がいたのかどうかにこだわった。定吉の着衣や部屋に争った痕跡がないことから、定吉は顔見知りの心底気を許した者の手にかかって殺されたのだ。それも心の臓に出刃包丁を突き立てられる刹那まで信じていた男によって。

 花柳界で芸者の男関係を根掘り葉掘り聞くのは野暮だが、すでに定吉はこの世にいない。稼ぎ頭の売れっ子芸者を殺されては子供屋も下手人を恨んでいるに違いない。半月に行けば何らかの収穫がある、と辰蔵は踏んでいた。

 三尺路地が油堀入り堀の河岸道に出る一筋前の角に半月はあった。それほど大きな家ではないが、小奇麗な行灯建ての二階家だった。定吉の悲報が知らされているのだろう、家の中の慌しさが玄関の格子戸からも窺がえた。

「ごめんよ」

 声をかけて格子戸を開けると、「あい」とかわいい返事があった。

 玄関障子を開けたのは小女だった。年のころは十二三といった、半玉にもなっていない、奉公に上がって間のない子供だ。しかし、目元に妙な品を作って辰蔵を上目に見た。女は子供の頃から女なのだ。辰蔵は懐から十手を引き抜いて小女に見せ「女将に用がある」と短く言った。

 それほど待たされることもなく、目を真っ赤に泣き腫らした小太りの女将が玄関に姿を現した。五十年配の女将は少ない髪を櫛巻きにして、黄八丈に茶帯を締めていた。

「定吉には可哀想だったな」

 腰を屈めてお悔やみを言うと、辰蔵は表情を引き締めた。

「おいらは定吉殺しの下手人をお縄にしたいんだ。包み隠さず教えてくれないか、定吉に何か変わったことはなかったか」

 辰蔵が言葉を言い終えるのも待たずに「いやですよ」と女将が口を挟んだ。

「八百清の倅がお縄になってると聞きましたが、下手人は清助じゃないんですかえ」

 男の声と聞き間違えるほど、女将の声はしゃがれていた。

「真の下手人は別にいる、とおいらは睨んでいるんだ。もっともこのままじゃ清助が伝馬町送りになっちまうが。しかし、どう考えても清助に定吉を殺さなきゃならねえ理由がない。誰かに嵌められた、としか思えねえんだ。ところで、定吉に男はいなかったか」

 辰蔵の言葉に女将は驚愕の色を浮かべたが、やがて力なく首を横に振った。

「さあ、どうでござんしょう。親分は先刻承知でしょうが、定吉は自前芸者でした。半月に前借があるわけでなし、わっちは細かいことには嘴を挟まなかったのさ。ああ、そういえば三日ばかり前、ゆくゆくは門前仲町で小料理屋でも始めるんだ、と言ってたっけ。客商売の好きな妓でたくさんの御贔屓を持っていましたから『さぞかし繁盛するだろうね。そしたらわっちを仲居にでも雇っておくれ』と冗談に返したものさ。半月は養女にでもくれてやるからって」

 女将はふっとため息をついたが、辰蔵はその間合いを捉えた。

「半月を養女に継がせるって?」

 辰蔵が意気込むと、女将は一瞬息を呑んで首を横に振った。

「いやですね、ほんの冗談ですよ。定吉と冗談にそう言って笑っただけですよ」

 泣き笑いのような女将に、辰蔵は「邪魔したな」との声を残して足早に立ち去った。


 肩を押し出し大股に向かう先は八百清だ。

 辰蔵は気持ちの急くままに足を速めた。

 入り堀沿いの河岸道から門前仲通に飛び出た折、危うく人と突き当たりそうになった。

――この野郎、と相手を睨むと松吉だった。

 松吉は命じられた通りに川向こうの越前堀まで行き、灘屋で聞き込んで帰ってきたのだろう。顎の先からぽたぽたと汗を流していた。

「親分、灘屋は磯善からまっすぐに佐賀町河岸に待たせていた猪牙船に乗って帰ったそうで。清助を入舟になんか呼び出しちゃいませんでした」

松吉は息を切らしながら言葉を継いだ。

 それに耳を傾けつつも、辰蔵は足を止めなかった。

「松、おいらはこれから八百清へ行くが、お前も一緒に来い。おいらが玄関で女将から聞いている間に、お前は裏口へ廻って下働きの女中に聞き込むんだ。昨夜遅くに出掛けた者はいなかったか、しぐれに降られて濡れた着物を干している者はいないか、とな」

 振り向いてそれだけ言うと、辰蔵はへたり込みそうな松吉に目もくれず先を急いだ。

 松吉は鳩が豆鉄砲を喰らったみたいに突っ立っていたが、「へい」と返事して辰蔵の後を追い出した。朝餉を摂らずに走り回ってめまいがするほどだが、昼まで我慢する他はないと腹を括った。

 辰蔵は顔をしかめたまま口の中で何かを呟いた。

 先刻まで道を急いでいた半纏を着た人足は姿を消し、代わって小間物屋や紅屋に貸本屋と様々な担ぎ商人が大風呂敷の荷を担いで通りを行き交っていた。辰蔵は時間に追われているが、門前仲通はいつもと寸分違わない穏やかな営みを繰り返している。そうした平穏そうな景色がなぜか癪に障った。不機嫌そうに大柄な辰蔵が肩を押し出すようにぐいぐいと先を急ぐと、道行く人たちは怖いものを避けるように道を譲った。

 通りに向かって口を開けた門を入って、玄関へ飛び石を伝った。

「女将、もう一度聞かせちゃもらえないか」

 ふたたびおとないを入れると先刻の女中が出てきたが、辰蔵は構わず奥へ向かって声を張り上げた。すると、廊下の奥に女将が姿を現し、立ち止まって辰蔵に頭を下げた。

 何事か、と辰蔵は訝しそうに女将の挙措を見詰めた。

 やがて襖の陰から痩せ細った老人が二人の女中に体を支えられて姿をあらわした。辰蔵は枯れ木のような老人の立ち姿に目を凝らした。

 その昔、八百清の主人は八幡宮の奉納相撲で大関を張ったほどの偉大夫で、包丁人としても八百清をここまでに育て上げた器量人だ。しかし、三年前に中風を患い、今では寝たきりになっていると聞いていた。

「清助は七年前に町奉行所へ勘当の届を致しておりますれば、八百清とは縁もゆかりもございません。店は娘のお篠に養子を取って、その者に跡を継がすことになっています」

 途切れ途切れにそう言った声は、紛れもなく清右衛門のものだった。

 無理を押してでも自分の口で宣言して、清助の咎が八百清に及ばないようにと考えたのだろう。しかし、実の子を廃嫡するのは身を切られるよりも辛いに違いない。このままでは清助は獄門となるが、倅よりもまずは八百清を守るために心を砕かなければならない父親の気持ちが心にしみた。

 だが、辰蔵の勘は図星だったことになる。小躍りしたい気持ちを抑えて、辰蔵は何気ない様子を装った。

「婿養子を取るとは初耳だな。お篠に婿取りの話があったのか。良かったら深川随一の老舗料理茶屋を継ぐ果報者の名を聞かせちゃもらえないか」

 嫡男が廃嫡となれば娘に婿養子を取るのはごく普通のことだ。ここは驚いた様子も見せず、辰蔵は淡々と聞いた。

「板場の二番頭で魚の仕入方を任せています包丁人で、名を銀次と申します」

 清右衛門に代わって女将が答えた。

 心なしか声が沈んでいた。

 銀次と聞いて辰蔵の顔が曇った。銀次のことなら知っている。生まれも育ちも深川大島町で、歳は辰蔵より二つ年下の二十五。越中島に面した大島町には漁師が多く、銀次の父親も漁師だった。貧乏人の子沢山、という通り六人兄弟の次男だった。

 網元に使われる漁師の暮らしは貧しく、銀次も十の声を聞くと口減らしのために八百清へ奉公に出された。それから十五年、八百善の包丁人の中でも銀次は古株となり板場を取り仕切るほどになっていた。

 漁師の倅らしく銀次は浅黒く頑健そうな体躯をし、苦味走った良い男として芸者仲間では評判の男だ。上背も五尺四寸と大柄な部類に属し、そのうえ八百清の包丁人との看板があれば女の方から寄ってくる。

「そうかい、銀次がなあ。世の中じゃ人も羨む玉の輿っていえば若い娘と相場が決まっているが、婿養子ってこともあるんだよな」

 そう言って無理に笑顔を見せると、辰蔵は八百清を後にした。

 門前仲通りを山本町の街角まで引き返して、所在なく立ち止まって後ろを振り返った。そこで松吉と落ち会う手筈になっていた。半間ほどしかない願掛け稲荷の小さな朱塗りの鳥居の前でいらいらして待った。ものの四半刻も待たなかったのだが、辰蔵は半日も待ちぼうけを喰わされたような気になって駆けて来た松吉を怒鳴り飛ばした。

「油を売ってちゃ日が暮れちまうんだよ」

 と、いきなり毒付いたが、松吉は人の良さそうな笑みを浮かべたまま近寄った。

「親分、裏庭の物干し竿に男物のお仕着せが一着干してあったと思って下さい。下働きの女中をつかまえて、誰のものかと聞いたら追廻の弥平のものだったんでさ」

 松吉の報告を聞いていた辰蔵の眉がぴくんと動いた。

「その弥平ってのはどういう男だ?」

 飴玉を口に含んだようなまどろっこしい松吉の物言いに、辰蔵が口を挟んだ。

「まだ八百清に来て二年と駆け出しの小僧で、昨夜は銀次と湯屋の仕舞い湯へ出掛け、しぐれに降られて下帯まで濡れそぼって帰って来た、と」

「銀次はどうだったんだ」

「だから、これから銀次について話すつもりでさ。銀次も弥平と一緒に出掛けて一緒に帰ったと言ってますが、どうですかねえ。これまでも湯屋へ行くといって朝帰りだったことがしばしばあって、八百清の奉公人の間では銀次の女遊びは公然の秘密だったそうです。なにしろ五人いる包丁人で頭の茂吉は通いの所帯持ちで、八百善の奉公人部屋に寝泊りする中では銀次が筆頭です。遅く帰っても文句をいう者はいないわけでさ。ただ、女中頭のお重だけを除いては」

 松吉が誇らしそうに聞き込みの成果を披瀝している間にも、辰蔵は八百清の裏口へ向かって路地へ入った。

 黒板塀に囲まれた八百清の周囲を巡って、裏口まで行った。玄関口も八幡宮を取り囲む堀割に面して猪牙船で乗りつける客も多くいたが、裏口も油堀の河岸道に面していた。川岸近くに並ぶ杭に数隻の川舟が舫ってあった。深川は堀割が縦横に走り、どこへでも舟で行ける。土地の男なら餓鬼の頃に人様の舟を勝手に拝借して遊び、叱られたことの一度やそこらはあるものだ。

 裏木戸を押し開けると、勝手口から大年増の女中が顔を出した。辰蔵を険しい眼差しで見詰めたが、その後ろに松吉がいるのを見つけると表情を和ませた。

「親分さん、ですか。先刻松吉さんに聞かれたことはしゃべりましたが」

「お重さん、ありがとうよ。ついてはもう少し詳しく知りたくてな」

 辰蔵は下手に出て腰を低くした。

「昨夜、銀次はしぐれに濡れて帰らなかったんだな」

「ああ、どこぞで雨宿りでもしてたんだろうさ。だけどいつ帰ってきたか、わっちを誤魔化すことはできないよ。履いて出た銀次の草履があそこに干してあるけど、」

「それでいつ帰ってきたんだ?」

 焦りが声となって現われ、辰蔵は叱るような口吻で聞いた。

「今朝ですよ。不思議なことに着物は濡れてなかったんですけど、草履が水を吸っていました。茶室のにじり口のように履物を外に脱いで部屋へ上がったのか」

 昨夜のしぐれは四つ前後からほんの一刻ばかり、冷たい雨が降って夜明け前がぐんと肌寒くなった。お仕着せを素早く乾かす工夫がないわけではないが、草履が水を吸うとすぐには乾かない。

「にじり口だなんて、お重さんも風雅なことを知ってるんだな。そうか、窓から部屋へ入ったら草履は外に脱ぐってことになるな」

 妙なことに感心して、辰蔵は頷いた。

 今朝、入舟の二階の窓から外板壁を仔細に改めた折、窓枠のすぐ下に何かで擦ったような痕跡があった。紐を窓から垂らしてそれを手繰って部屋へ窓から入り、定吉を殺害後に窓からその紐を使って窓から岸に降り立ったとして、その紐はどうやって始末したのだろうか。『いや、待てよ』と、辰蔵は眉根を寄せた。

 そもそも、定吉殺しの下手人が窓から紐を使って入ったとして、定吉が引っ張り上げたのではないだろう。五尺に満たない女の定吉にそれほどの腕力があるとは思えない。

「銀次は八百清の婿養子になる手筈のようだが、お篠以外に親しい女はいなかったのか」

 もう一点の疑問を、辰蔵はお重に聞いた。

 すると、お重は「あの薄情者が」と吐き捨てた。

「八百清の女中や仲居で銀次から言い寄られなかった女はいないよ。口説くのが銀次の挨拶代わりだけど、中には真に受けて本気になり間深な泥沼に嵌まりこんだ女も何人かいるよ。他にも八百清に出入りする芸者衆にもこまめに声をかけていたから、銀次とかかわりを持った玄人衆も幾らかいるだろうさ」

 投げやりな口吻で言って、お重は薄ら笑いを浮かべた。

 どうやら何年か前に銀次と肌を重ねる関係になったが、今ではすっかり冷め切っているものと思えた。

「それじゃ、銀次がすんなりと八百清の婿に納まれるとも思えないな」

「それが、銀次ほどの腕を持つ独り者の包丁人がいないのさ。頭は所帯持ちだし、三番手の春蔵は谷中の『山水楼』から預かっている御曹司だからね。後の二人はまだ半端な包丁人ばかりで八百清の暖簾を任せられるような者がいないのさ。本当なら春蔵にお篠さんを娶わせて山水楼へやりたいのだろうよ。しかし、八百清の跡取の若旦那が人殺しじゃねえ」

 ため息とともに、お重が辰蔵を見上げた。

 銀次が八百清を継いだらどうなるのだろうか、と慨嘆とも取れるため息だった。

 しかしお重に付き合って、ため息をついて嘆く暇は辰蔵になかった。

「ありがとうよ。松、行くぜ」

 辰蔵は踵を返すと、猛然と早足に歩き出した。

 何処へ行くとも分からないまま、松吉は「親分」と情けない声を出して後を追った。


 辰蔵は油堀の河岸道を大川へ下った。

 当然、向かう先は殺しの現場船宿の入舟だ。

 お重の話を聞いているうちに、確かめなければならないことがあるのに思い至った。

 佐賀町へ入ってからも米蔵通りを横切り、油堀の河岸道を大川河岸へ二間ばかり入った。

「邪魔するぜ、山本町の辰蔵だ。ちょいと二階の部屋を見せてくれ」

 声をかけると、辰蔵は勝手に二階へ上がった。

 畳の血糊は拭き取ったのか、血の海だった入り小口はきれいになっていた。ただ、血生臭い匂いはかすかに残り、凶行のあった部屋の陰鬱さが感じられた。

 辰蔵は窓際まで行き、明かり障子を開けて窓枠や板壁を仔細に見詰めた。

 階段を上がってくる足音がして、女将が姿を見せた。

「御城下にまで人殺しの噂が広まっちまって、入舟の商売は上がったりさ。こんどはわっちが首でも吊らなきゃならなくなっちまう」

 泣き笑いの表情を浮かべて、女将が部屋へ入ってきた。

「掃除をしたようだが、何か落ちちゃいなかったか」

 窓枠の端に紐で擦れたような跡があるのを確かめて、辰蔵は部屋を見回した。

 窓の奥は一間幅の床の間があり、半間の違い棚との境に絞りの床柱があった。辰蔵はその床柱へ近寄り、違い棚の取り付けられた箇所の柱を仔細に見た。

「ちょうどその辺りの畳に細かい麻屑がたくさん落ちていましたよ。誰かがその床柱に麻縄でも縛ったのだろうかね」

 女将の言葉を裏付けるように、床柱の窓枠と同じ高さの所に何かで強く擦ったように木肌が傷ついていた。辰蔵はそれを確かめると小さく頷いた。水の腐食に強い麻縄なら大抵の舟に積んである。しかし、二階から垂らして河岸から昇り降りするには長い麻縄が必要だ。そうした長い麻縄があっても不思議でない場所は漁師町ということになる。網を引くのにも必要だし、幾隻もの漁船をまとめて岸に繋ぐのにも長い麻縄を使っている。

辰蔵は部屋から出ると入舟の裏手へ廻り、大川河岸の石組と板壁の一尺ばかりの犬走りを横這いに部屋の窓下まで行った。

 二階を見上げると恰も切り立った崖のようだった。いかに身軽な盗人でもヤモリのように壁にへばりついて登るのは困難だ。板壁に足をかけて、綱を手繰って登ったとすればかなりの腕力を必要とする。下手人は船から麻縄を窓へ投げ入れ、定吉が床柱に縛り付けるのを待って窓へ上がったのだろう。そして凶行に及んで定吉を殺し、麻縄を伝ってこの河岸に降り立った。すると、床柱に縛ったままでは麻縄を持ち去ることはできない。殺してから麻縄を解いて床柱に通しただけにしたはずだ。そうすると、麻縄は二階の部屋までの二倍の長さが必要となる。普段からそれほど長い麻縄をどの川舟も積んではいない。あるとすれば漁師町の舟だ。

「女将、入舟は船宿だよな。それなら船頭がいて、猪牙船でおいらたちを大島町まで送るのは何でもないことだよな」

 謎掛けのようにそう言って、辰蔵は一尺幅の石組の上を歩いて仙台堀河岸の女将に近づいた。

「ああ、ウチは船宿さ。大島町だろうと御城下だろうと送らせてもらうよ」

 女将は謎が分かったように微笑んで「巳ノ吉に送らせる」と言葉を継いだ。

「頼むぜ、朝から歩き廻って足が棒になっちまってるのさ。おまけに腹ぺこときてら」

 辰蔵も女将に苦笑いをして見せた。

 既に日は高く昇っている。もうじき午だろう。夜明け前から走り回って半日過ぎた。残り、あと半日だ。夕刻には清助は鞘番所へ送られ、下手人として自白を求められ苛烈な拷問を受ける。急がなければならない、と猪牙船に揺られながら大川河岸の景色を眺めた。

 向かう先は銀次が生まれ育った大島川河岸に沿って建つ棟割長屋だ。

 元々は界隈の顔役嘉兵衛の家作で嘉兵衛長屋といわれていたが、いまでは人は鰯長屋と呼んでいる。三十年以上も潮風にさらされ、江戸湾から吹き付ける季節風に痛めつけられて板壁も剥げ、木肌の屋根もところどころ穴があいていた。軒もかしぎ、土壁も半ば崩れている。そうした長屋を人は洒落て鰯長屋と呼んでいた。鰯は魚に弱いと書く。

 辰蔵も鰯長屋の由来をそうしたことだろうと思っていたが、河岸道に上がって鰯そのものだと気づいた。

 河岸に長屋の女たちが粗莚を広げて座り、男たちが夜明け前に獲ってきた鰯を目刺に作っていた。河岸には端から端まで簾のように目刺が細引きに吊り下げられ、青臭い強い匂いを放っていた。

 銀次の生家は鰯長屋の東端にあった。朽ち果てた敷居には腰高油障子もなく、引き戸の代わりに筵が吊り下げられていた。

「ごめんよ。誰かいるか」

 筵を右手で少しばかり退けて薄暗い部屋に声をかけると、背後から「何だね」としゃがれた返事があった。

 河岸沿いに張り渡した何段もの細引きに干された目刺の簾の陰で、白髪頭の年老いた母親と十五六の娘が笊から鰯を拾い上げては串に通していた。

「ちょいと聞きたいことがあるんだが、」

 声をかけながら辰蔵は歩み寄り、女たちの傍にしゃがみ込んだ。

 女たちは用心深く黙ったまま辰蔵を見詰め、手だけを動かし続けた。

「まったくの藤四郎が十日ぐらいで櫓を漕げるようになれるだろうか」

 釣り舟を操って江戸湾へ舟釣りへ出掛けるにはどうだろうか、と聞くような口吻で辰蔵は問い掛けた。

「前に進むだけなら三日も櫓を扱えば出来るようになるだろうよ。ただ、舟を手足のように操るには一月ばかりかかるだろう。ここらじゃ、五つ六つの餓鬼だって漕いでるけど」

 娘が顔を上げると、自慢話を語って聞かせるように言った。

 辰蔵はにっこりと微笑んで、「ところが、おいらは左利きなんだ」と聞いた。

 舟は右利きの者が漕ぐように櫓は艫の左についている。それを何気なく聞いたつもりだったが、老婆が濁った瞳を向けて辰蔵を睨んだ。辰蔵は老婆に意図を読み取られているのを感じて肝が冷えた。

「わしは六人も子を産んだが、左利きは銀次だけだ。しかし、銀次だって他の子と同じように餓鬼の頃から櫓を漕いでいた。そうしなけりゃならねえってことは出来るってことさ」

 老婆が故意に銀次の名を口にして、逆に探りを入れてきた。

 それぐらいのことが分からないようでは岡っ引は勤まらない。

「へえ、お前さんが名高い八百清で二番頭を勤める評判の包丁人銀次の母親かい」

 驚いたように辰蔵は声を張ったが、母親はつまらなさそうに鼻を鳴らした。

「岡っ引はこれだから嫌いだよ。懐の棒十手の柄がそこに突き出てるじゃないか。端っからここが銀次の親元と承知之助で来たくせに。なにかね、銀次が何か仕出かしたか」

 目刺作りの手を休めると、老婆は深くため息をついた。

「昨夜、勝手に釣り舟を漕ぎ出したと思ったら、夜明け前に血の匂いをさせて帰って来た。それが人様の血の匂いか、魚の血の匂いかわからねえようじゃ漁師の嬶は勤まらねえや。ヤツが乗って出掛けたのはあの杭に繋いである舟だ」

 つまらなさそうに顎で差して、老婆は目刺作りの作業に戻った。

 倅が可愛くない母親はいない。ましてや名高い料理茶屋の包丁人の二番頭として前途洋洋たる倅だ。しかし、それが罪を犯したとなると話は別だ。懲罰には厳格な連座制が適用されるため、咎人を匿ったり庇ったりすると厳しい後難が待っている。

 岡っ引が倅を訪ねてきたことは悪い知らせに決まっている。母親は瞬時にそう悟り、わが懐から銀次を突き放した。娘は怯えたように目を丸くして辰蔵を見上げた。

「まだ、そうと決まったわけじゃないが」

 と、いいわけのように呟きながら、辰蔵は立ち上がった。

 早くも艫綱を引き寄せて舟を改めている松吉の傍へ歩み寄りながら、

「長い麻縄が積んであるか」と、聞いた。

「へい、胴の間に大蛇がとぐろを巻くようにして」

 松吉は嬉しそうに大声で答えた。


 いよいよ捕り物は大詰めに近づいている。

 最後はどうしても銀次に訊かなければならないことになる。

 貧乏長屋の建ち並ぶ大島町から蛤町を通って、繁華な黒江町に出た。

「そこの一膳飯屋へ入って腹ごしらえでもするとするか」

 辰蔵が『深川丼』と大書された腰高油障子を開けると、松吉も飛び跳ねるようにして後に続いた。松吉は飯さえ喰っていれば上機嫌な男だった。

 昼時を半刻も過ぎたためか、店の中は空いていた。

 辰蔵と松吉が切り落としの座敷に上がると、残っていた数人の客も帰った。

 浅蜊を使った丼を抱えて忙しく飯を掻き込む松吉を眺めつつ、辰蔵は考えた。

 銀次も包丁人の二番頭として魚仕入方を任され、魚河岸で清助と顔を会わせていたのではないだろうか。二十歳過ぎまで碌に包丁人の修行もしなかった清助が、磯善で自分と同じ主要な魚仕入方を任され、しっかりとその重い役目を果たしている姿を見た。八百清の者は若旦那は放蕩者だと思っているが、銀次は清助がまっとうな包丁人になっているのを目にしていたのだ。そうした折も折り、お篠と所帯を持って八百清を継ぐ話が持ち上がった。しかし、喜びに酔う間もなく、磯善の善三が清助の勘当を解くように持ちかけて来た。清助が五年もひたすらに包丁人の修行に精進し、相当な腕になっていると伝えたのだ。

 元々、八百清ではお篠を谷中の料理茶屋山水の倅春蔵と娶わせようと考えていた。清助が跡取にふさわしい包丁人になっているのなら、八百清にとっては万々歳だ。だが、そうなると銀次の出番はなくなる。千載一遇の機会が向こうから外れてしまうことになる。

 銀次は一計を案じて定吉を抱きこんだ。

 半月の芸者は八百清のお座敷から良く声がかかる。定吉と銀次が親しく言葉を交わし間深い仲になっていたとしても不思議ではない。それが証拠に定吉は「所帯を持って小料理屋を出したい」といっていた。すると定吉が所帯を持つ相手は包丁人だ。確かめるべきことは定吉の男が誰か、ということだ。

「松、腹がしゃんとしたら八丁堀まで行ってくれないか。神尾の旦那に八つ半に八百清脇の願掛け稲荷まで御足労願いたい、と申し上げてくれ。おいらはもう一度半月を当たって見るぜ。下手人の証拠を定吉が持っていなかったか、定吉の部屋を改めたいんだ」

 辰蔵は懐から巾着を取り出すと、波銭を数枚ばかり盆に転がした。

 一膳飯屋から出ると、松吉は門前仲通りを永代橋へ向かって駆け出した。八丁堀の旦那の許しを得なければ、岡っ引が勝手に下手人を縛り上げる権限はないのだ。

 今朝は早くからずい分と歩き廻った。

 状況証拠としては銀次に逃れようはないが、まだこれといった動かぬ証拠はない。清助を救うためにも確証を掴んで銀次をお縄にするしかないのだ。

 松吉の姿が往来を行く人たちの間に消えると、辰蔵は山本町の子供屋半月へ向かった。

 半月は朝の慌しさが消えて、死んだように静かになっていた。

 仏はお定の実家へ運んだらしく、線香の匂いすらしなかった。

「邪魔するぜ、亥ノ口橋の辰蔵だ」

 黒格子戸を開けて、辰蔵は声を張り上げた。

 階段を下りてくる足音がして、玄関の明かり障子が開けられた。

「はい、お母さんたちは定吉姐さんの家へお悔やみに出掛けられて、今はわっちが一人で留守番を兼ねて定吉姐さんの部屋の整理をしていますのさ」

 と、十五六の半玉と思しき女が玄関座敷の畳に両手をついていた。

「ちょうど良かった。荷物の中に定吉と末を契った男の手掛かりがないかと思ってな。手文庫か何かに男からの文でも入っていなかったか」

「親分、芸者は恋文などを遣り取りしないものです。付き合っている相手が誰か、お母さんに露見する元ですから。それと、付け文を頂戴した場合にはすぐに燃してしまいます。そうした文ではありませんが、黒江町は辛抱小路の周旋屋の証文が出てきまして」

 女は『ちょっと待って』と秘密でも打ち明けるように目配せして、廊下を奥へ入って軽やかに階段を上がった。

 辛抱小路の周旋屋は相模屋といって、界隈の地券の売買や家作の周旋を業務としていた。そこの証文とは何か、と怪訝な思いで待っていると、女は息を切らせて玄関に戻ってきた。

「これでございます」

 そう言って広げて見せてくれたのは門前仲町の、今は閉まったままになっている八卦見跡の店を借りる証文だった。

「日付からすると五日前にお定が借家人となって来月から借りる証文を交わしているが、その請人の欄には『ぎんじ』と書かれているぜ。二人が所帯を持ってこの店で小料理屋をやると銀次が定吉を言いくるめた証拠だ。おう、この証文は預かってゆくぜ」

 辰蔵は女に頷いて見せると、証文を懐に入れた。

 相模屋は元は口入屋だった。江戸には多くの相模人が季節毎に働きに出ていた。そうし

た人たちに仕事を周旋し口入屋の鑑札を頂戴した者もいるが、相模屋は出稼ぎの仕事の斡旋から足を洗って家作や土地の斡旋を生業にした。辛抱小路は界隈の商家に上がった奉公人が辛い暮らしに耐えて辛抱することからそうした名が付いたと聞いている。

 半月を出ると、黒江町の辛抱小路へ向かった。

 辛抱小路の六尺路地の奥に、間口二間の仕舞屋があった。油障子に相模屋と大書されていた。障子を開けると、

「ちょいと邪魔するぜ」と、人のいない結界の奥に向かって声を張った。

「誰だね、こんな刻限に。家作の世話なら明日の朝に出直しておいで」

 ごほごほと咳をしながら、小柄な猿のような老人が姿を見せた。

「なんだ、親分じゃないですかい。とうとうお正さんと所帯を持つ気になったんですかな。それで家作はどこらへんがお望みか」

 勝手に決めてかかった話をして、様子が違うと口を噤んで辰蔵を見詰めた。

「これを見てもらいたい。定吉に店を斡旋した請人『ぎんじ』とは何処のぎんじだ」

 辰蔵は懐から証文を取り出して相模屋の目の前に広げた。

「ぎんじは銀次でさ。八百清の包丁人の」

「来月から門前仲町の八卦見が夜逃げしたあの店を借り受けるってことになってるが、手付金やなんかは済んでるのか」

「いえ、その証文は洒落なんでさ。銀次から冗談に一朱で作ってもらいたいと頼まれまして。それがどうかしましたか」

 目を白黒させて相模屋は辰蔵を見詰めた。

 定吉が入舟で殺されたのを町の噂で知っているのだろう、自分が加担した証文が事件の一端を担うことになっていたとしたら、洒落では済まないことになる。果たして辰蔵が経緯を説明すると、相模屋は目を剥いて慌てた。

「ですから、儂の名を良く見てくださいな、『相談屋』と書いてますぜ」

 と、読み辛く崩した書体を指差した。

 なるほど、そういわれてみれば『相模屋』ではなく『相談屋』と書いてある。しかし、相模屋と読めなくもない。辰蔵は喰えない老人を睨んだ。

「いずれにせよ、南町奉行所から差紙で呼び出されて吟味を受けることになるだろう。女の気持ちを弄ぶとどうなるか身を以って知るこったな」

 辰蔵は証文をひらひらさせてから畳んで懐に仕舞った。


 八つ半前から門前仲町願掛け稲荷に辰蔵はひそんでいた。

 通りに面した猫の額ほどの境内の奥に半畳ほどの石組があって、そこに神輿のような社が建っている。その小さな朱鳥居の前に所在なく佇み、神尾和馬がやって来るのをいらいらしながら待った。すぐ隣に八百善の黒板塀の入り口が見え、見張りとしては絶好の場所だった。お座敷に上がる前に女を磨こうというのか、湯屋へ向かう何人もの辰巳芸者が辰蔵の前を通り過ぎた。なかには「あら、親分」と声を掛ける芸者もいたが、辰蔵は早く行けとばかりに無言で睨んだ。

 刻限を少し過ぎた頃、神尾和馬は手先の鉄三と梅助を従えてやってきた。神尾和馬は同心らしく黒紋付に巻き羽織に雪駄履きだった。鉄三たちも手先として尻端折りに紺股引に羽織を着ていた。

「旦那、清助はまだ佐賀町の自身番ですか」

 辰蔵は形ばかり頭を下げた。

「うむ、辰蔵の願いだから聞かぬわけにはいかないだろう。それで、下手人の目星はついたのか」

 神尾和馬は表情を引き締めて辰蔵の双眸を覗き込んだ。

「へい、八百清の包丁人で銀次と申します。……」

 半日以上に及ぶ聞き込みで得た成果を報告し、最後に相模屋の偽証文を見せた。神尾和馬は黙って聞いていたが、即座に鉄三と松吉を八百清の裏口へ差配した。神尾和馬は辰蔵と梅助を両脇に従えて、黒板塀の正門を入った。

 黒板塀で囲まれた屋敷は捕り物の場合には下手人の逃亡を防ぐ上で役立つ。玄関の格子戸を開けると、神尾和馬は懐から朱房の十手を取り出した。それを真似るかのように辰蔵も棒十手を手にした。

「誰かおらぬか、御用である」

 神尾和馬は小肥りの体に似ず細い声を張り上げた。

 四十を過ぎた本所改役同心の威厳がそびやかした肩に現れていた。辰蔵は神尾和馬の半歩後ろに立ち、磨き込まれた廊下へ視線を落として耳を澄ました。

 ほどなく、奥の襖が敷居をすべる音がして女将が姿をあらわした。

「これは神尾様、なんの御用でございましょうか」

 定廻りが出張ってきたことに驚きの色を浮かべ、女将は小走りにやって来て転ぶように蹲って両手をついた。

「銀次と申す者、しかと八百清の包丁人だな。本人に訊きたいことがある」

 朱房の十手を右手に持って、神尾和馬は重々しく申し渡した。

 女将は後ろを振り返って「ちょいと」と呼んだ。

「誰か銀次を呼んどくれ」

 廊下の奥に向かって声を上げると、女の声で「へい」と返事があった。

 裏口は鉄三と松吉が固めている。八百清は周囲をぐるりと黒板塀に囲まれている。その塀でも乗り越えて逃げようとしたところで、そんなに簡単なことではない。それに板場は書き入れ時を前にして目の廻るほど忙しいに違いない。銀次が下手人だとして、事件探索の進捗状況が気になるところだろうが、清助が佐賀町の自身番にしょっ引かれたのは知っているはずだ。

 辰蔵の思った通り銀次はお仕着せの藍作務衣を着て、黒襷を手際良く懐に仕舞いながらやって来た。いまのいままで、銀次は板場で忙しく立ち働いていたようだ。

「手前に御用とは何事でしょうか」

 女将の斜め後ろに畏まった銀次の態度は落ち着き払っていた。

 神尾和馬は辰蔵に目配せすると、自分は一歩後ろへ退いた。ここでの詮議は辰蔵に任せる、との意志の現われだった。

 辰蔵は上がり框に近寄り、銀次の襟首を掴みそうな勢いで屈み込んだ。

「昨夜佐賀町の船宿入舟で定吉が殺されたことはすでに聞き及んでいるだろう。そこでお前に聞きたいことがある。神妙に答えるんだ」

 辰蔵は銀次の目の前に棒十手を突き出した。

「恐れながら、若旦那が下手人としてお縄を頂戴したと聞きゃしたが」

 他人事のように言って、銀次は双眸に怪訝そうな怯えを見せた。

 八百清の奉公人として、店の若旦那がお縄になったことを悲しんでいない態度はふてぶてしいばかりだった。襟首を掴んで頬の一つでも張ってやりたい衝動に駆られた。

「それが、定吉の心の臓に突き立てられていた出刃包丁の柄に残った血の手形から、下手人は左利きと判明したんだ。てことは清助は下手人じゃねえってことだ。銀次、お前は確か左利きだったよな」

 辰蔵は懐から手拭に包んだ出刃包丁を取り出し、斜め後ろの神尾和馬に手渡した。

「なるほど、辰蔵の申すとおりだ」

 神尾和馬はことさら確かめるように包丁の柄を眺めた。

「なにをおっしゃいます。左利きの者はこの江戸にいくらでもいますぜ」

 銀次は声を震わせ、顔を引き攣らせた。

「昨夜佐賀町の木戸を通った者はいないが、舟で大川から行けば木戸を通る必要はない。銀次、お前は漁師の倅だ。餓鬼の頃から船を操っていたと、鰯長屋の母親から聞いたぜ」

 辰蔵はじわじわと銀次を追い詰めた。

「おいらがどうしてそんな大それたことを、しでかさなきゃならねえんで」

 叫ぶように声を張り上げて、銀次は辰蔵を睨みつけた。

 廊下に突いた銀次の両手が小刻みに震えだした。

「銀次、観念しな。お前のことはすべて露見してるんだ。八卦見が夜逃げした店を借りると定吉を言いくるめて、相模屋で偽の借受証文を作ったことも、入舟の二階の部屋へ窓から麻縄を伝って入ったってこともな」

 辰蔵がカラクリを解き明かすと、銀次の突っ張っていた両腕から力が抜けた。

「清助が磯善で包丁人として一人前になっているのを、お前は同じ魚仕入方として魚河岸で垣間見て知っていた。清助が放蕩者でなくなれば、お篠の婿養子にと望まれたお前の目論見は外れてしまう。それに口説いて遊んだものの所帯を持とうと詰め寄る定吉を始末しなければならなかった。そういうことだな、銀次」

 追い討ちを掛けるように、辰蔵は畳み込んだ。

「ふむ、己の保身のためには女の命も主家の繁栄も屁とも思わぬ所業に及ぶとは、天をも恐れぬとはこのことぞ」

 神尾和馬は梅助に縄を打つように顎で指図した。

 突然女将が金切り声を上げた。

「銀次、お前はなんてことをしてくれたんだね」

 と、膝立ちになり銀次に掴みかかろうとした。それを辰蔵が抱きとめた。

「おいらは何も知らない。何も知らないんだよ」

 同じ言葉を繰り返して、銀次は髷の根が崩れるほどに首を横に振った。

「お前が定吉に命じたとおり、定吉は清助を磯善から誘い出して酒を飲ませた。窓から入ったお前はしこたま酒を呑まされて前後不覚に酔いつぶれている清助を見たはずだ。出来るものなら清助もついでに殺したかっただろうが、見知らぬ者同士が心中することはありえない。そこで定吉を殺して清助をその下手人に仕立てることにしたんだ。だがな、定吉の亡骸が教えてくれたぜ。下手人は心底信じ切って信頼していた包丁人だと。刃を横に寝かせて着物の上から肋骨の間を確実に心の臓を突き殺すのはよほど出刃の扱いに慣れた野郎だ。しかも、定吉に争った跡は微塵もなかった。惚れた女の真心を悪事に利用するとはとんでもない野郎だぜ」

 辰蔵が追い詰めても、銀次はなおも大きく首を横に振った。

「おいらは何もやっちゃいない。だいいち昨夜、おいらは湯屋から戻って一歩たりとも八百清を出ちゃいない。お仕着せだってこの通り四つ過ぎの時雨に濡れちゃいないぜ」

 銀次は必死の形相に顔を歪めた。

 しかし、辰蔵は「いい加減にしねえか、みっともねえぞ」と軽くたしなめた。

「昨晩は湯屋の帰りに大島町の親元へ行ってお仕着せを着替えて舟に乗り、入舟の大川端の河岸に乗り付けて麻縄を二階の窓へ投げ入れ、定吉が床柱に結わえるのを待って麻縄に伝って入ったことも分かってるんだ。お仕着せは鰯長屋で着替えたために濡れなかったが、草履は鼻緒までぐっしょりと濡れていたぜ。定吉はだませても、深川しぐれはお前の嘘やカラクリをすっかりお見通しなのさ」

 言い聞かすように辰蔵が言うと、銀次は肩の間に首を落として廊下に大粒の涙を落とした。取り縄を手にした梅助が銀次に飛びかかり、手際良くしっかりと腕を捩じ上げた。

 その折「ぎんじ、おめえは……」と廊下の奥から喉を絞るような声がした。そこには必死の形相で襖にすがって立つ清右衛門の姿があった。

 女将はワッと泣き声を上げて、痩せ細った清右衛門へ駆け寄った。

「なるほど、深川しぐれか。粋なものだぜ」

 と、辰蔵の横で呟く神尾和馬の声が聞こえた。

                                  おわり

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深川しぐれ 沖田 秀仁 @okihide

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