Ending Phase 2 ~アイリーン・ジャールート~

 空港ロビーの二階で営業するカフェテラス――その向かいの到着ターミナルと、リムジンバスの停留所を眺めることが出来る窓際の席で、UGN執行部情報本部情報班第二グループに所属する諜報員の真賀田まがた愛莉あいりは、バスに乗り込む早宮詩織と早宮俊雄を見届けると、同席しているUGN日本支部の女性エージェントにUSBメモリを手渡した。

「……結果として《乱痴気騒ぎカクテルパーティ》は実働部隊を失って、手足をもがれた状態よ。潰すなら今のうちだと思うわ。メモリそれは連中のセルリーダーが潜伏している場所の情報。上手に活用してほしいものね」

「ええ、分かっています。腹話術師ベントリロクエスト

 彼女はデータを受け取ると目礼を返して席を立つ。その背にだけ聞こえる音量で、愛莉は小さく呟いた。

霧谷雄吾リヴァイアサンに言っておいてよ。『無茶振りが過ぎる』って」

 女性エージェントは答えない。だが、彼女が頬を緩めたのを愛莉は感じ取っていた。

 FHエージェント腹話術師ベントリロクエストアイリーン・ジャールートとして愛莉が潜伏するセーフハウスに『S県F市を活動拠点とする、とあるFHセルの壊滅に協力して欲しい』とUGN日本支部支部長、霧谷雄吾からの依頼が舞い込んできたのは、二週間ほど前のことである。

 S県F市にはUGNの活動拠点がなく、支部を設立しようにも《乱痴気騒ぎ》セルの実働部隊――インシナレイターとその部下たちによって妨害・阻害・被害を受けてきた。

 そこで霧谷雄吾は、《乱痴気騒ぎ》セルが傭兵派遣セルの《烏合の衆キンダーガーデン》との繋がりを強めていることから一計を案じ、《烏合の衆》に潜入工作員ダブルクロスとして潜り込んでいる愛莉に依頼を持ちかけてきたのだ。果たして彼の目論見は上手く行き、恐らく《乱痴気騒ぎ》セルは近いうちに壊滅し、S県F市の混乱を収めるべく、新たなUGN支部が発足するのだろう。

 だが、FHそのものが滅びたわけではない。奴らは1つのセルが潰れても、すぐさま新たなセルが生まれてくる。イタチごっこだ。FHという組織を倒すには、全てを統括する中心部――全貌が謎に包まれたセントラルドグマと呼ばれるモノを討たなければならない。

 どこに居るのか、何者なのか、どんな能力を持っているのか――全てが謎でありながら、絶対支配者として存在するモノ。

 それは表には絶対出てこない。闇の奥深くで、日常に生きる人々を嘲笑うモノ。

 奴ら陽の下を引きずり出す事が出来れば、犠牲を払う事なくUGNは勝利することが出来るだろう。だからこそ愛莉じぶんのような潜入工作員が必要なのだ。

「すべて世は事も無し。そうであるための世界の守護者わたしたち――ユニバーサル・ガーディアン・ネットワークよ」

 愛莉は人肌に冷めたブレンドコーヒーを飲み干して席を立った。

 


 真賀田愛莉――

 『世界』を護るために、『世界の敵』となる二律背反の裏切者ダブルクロス

 『アイリーン・ジャールート』という仮面を被り、昏き道を歩んでゆく。

 その行き着く先が、誰にも顧みられることのない死であったとしても。



























「――やっと帰ってきたのかよ、サイコ女」

 セーフハウスに戻ったアイリーンを待っていたのは、汚く散らかされたリビングのソファーをベッド代わりにして寝そべる銀髪の少女だった。

「昨日の夜からメシ食ってなくて腹減ってンだよ。なんか買ってきてねえンかよ?」

 彼女は機械式のガントレットに覆われた右手で頭を掻きむしりながら、大口を開けて欠伸をした。慢性的に寝不足なのか、目の下にクマが浮かんだ双眸でアイリーンを睨みつける。彼女は、アイリーンがとある任務で知り合った――そして何故かこの部屋に居着いてしまった――FHによって育てられた戦闘員の少女だ。

 アイリーンは部屋の惨状もさることながら、絶賛絶食中の少女に眉根を寄せた。

「ハァ? ちゃんと一週間分の食材を冷蔵庫に入れといたでしょ。私、任務で出かけてくるから、冷蔵庫の中の物で適当に食べてって言ったわよ?」

「うっせえな。さすがのアタシだって生肉なんか食わねえよ!」

「誰が生で肉を食えと言った!? 材料はあるから適当に料理しろ――って言ったのよ!」

「……アタシが料理なんて出来るわきゃねえだろ」

「あんたねぇ……」

 帰宅して早々に頭の痛い思いをしつつ、アイリーンは飲みかけのペットボトルやブロックタイプの栄養調整食品の空箱や包み紙を避けてキッチンに入る。

 せっかく肉類を多めに入れておいてやったというのに恩知らずな小娘め――飲み物と菓子類だけ手を付けられた冷蔵庫の中身を見て毒づき、アイリーンは消費期限を若干超えてしまった鶏肉と、冷えて萎れた青菜を野菜室から取り出した。

 この分では米も炊いてないだろう。今から米を研いで炊飯器に入れるのも面倒だ。いっその事、チキンパエリアにでもするか。トマトはカットの缶詰があったはずだ。

「――ってか、お前、どこ行ってたんだよ、一週間も。任務だって言ってたけどさ……いったい、どんな任務だったんだよ?」

 調理の用意を始めたアイリーンへ、リビングで寝っ転がっている少女が問いかける。アイリーンはフライパンをコンロにかけながら、唇の端を吊り上げた。


大したことのない任務ディア・ハントよ」

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ディア・ハント~Deer hunt~ 芳川南海 @ryokuhatudoumei

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