第24話「珈琲豆は焙煎中!04:青い目の猫は幸運のしるし?」

(承前)


『まるさん』


 通信はプロトコルも何もかもすっ飛ばして、唐突に入った。


「こういう強制介入みたいな通信波って亜空間通信の法律に抵触しないの?」


 まるはちょっとイラッとして悪態をついた。


「船長、羽賀参事官は特権をお持ちですので……」


 よけいなつっこみを瀬木がしてきた。勿論そんなことはまるだって承知していた。


「あーはいはい。それで阿於芽あおめが動き出したのね」

土生谷はぶやの攻撃を避けるために全通信チャンネルを切っていますし、電波遮蔽もしていますが』

「何よ、目隠し状態で飛び出したの?」

『そういう事になりますね。まあ、有視界とか、電波的なものに依存しない方法を駆使しているようです』

<よくやるわねえ。まあ、私を含めうちの連中も似た様なものかしら>

「こちらも出来る限りの速度で大気圏に降下しているわ。そのうち遭遇ね、行き過ぎない様にしないと」


 〈渡会わたらい雁金かりがね〉は通常の物質であれば溶け去ってしまうような高速度・角度で大気圏に向かって急速に降下していた。中に掛かるGもかなり洒落になっていない。一方の阿於芽あおめが操縦する降下艇ドロップシップも高速度で上昇している上に、探知の困難な電子装備を切った状態だから、行き過ぎてしまう可能性はとても高い。


「加藤君、対象宇宙艇影を探査。大気圏内を高速移動する飛翔体だから、それだけで電磁波を出しているはずよ」


 物質が超高速で分子に衝突するとマイクロ波を発生する。阿於芽あおめは脱出速度をはるかに上回る高速で飛んできていると思われるので、当然のように電磁波を放射しながら飛んできている可能性がある。勿論、塗装やフォースフィールドである程度低減は出来るが、放出量をゼロには出来ない。


「船長、発見しました。謎の高速飛翔体、惑星〈種子島〉の上空200kmを秒速30kmの速度で仰角30度で進行中です」

「向こうも負けず劣らずの速度ね、こちらとの相対速度は?」

「それが、仰角以外は殆どランデブーコースです」

「どういう事かしら」


 ランデブーコース、とは、要するに速度とベクトルを調整して、こちらとの接触を図ろうとしているという事だ。


「体当たり――なんて事をする子ではないわよねえ。何かなぁ」

「20秒後に接触します」


 まるが悩んでいる間も船は動いている。やがてレーダー上の船影が〈渡会わたらい雁金かりがね〉にシンクロしてくると、船体が振動で揺れた。


「な、なに?」

『船体に対して強力な音声波動が送られてきます。音声のビーム通信ですね』


 淡々と「ふぇりす」が状況を伝えてきた。


「復調できる?」

『できます、コンソールに回しますね』


 すぐにコンソールから音声のみが再生される。あくまで電波は使わない方針らしい。


『やあ、まるとその仲間の諸君。こちらの都合だが、電波通信ができないので一方通行で失礼するよ』


 もったいぶった阿於芽あおめの口調にイラッとしたまるが突っ込みを入れる。


「前置きは良いから本題を言ってくれないかしら」


 ラファエル副長がすかさず突っ込み返す。


「船長、相手には聞こえませんよ」

「分かってるわよ」

『どんな鈍い奴でも異星人技術を駆使したクラックを仕掛けて来られたりしたら、羽賀さんと君たちが何らかの方法でコンタクトを取ったのは分かるよ。恐らくはまる、君が消えたのもその一環だろう』


 まるは専用操縦席のコンソールに前足をのばして座って居たが、これを聞いて頷いていた。


「まあ、ばれて当然よね」


 次の瞬間、ぐらっと〈渡会わたらい雁金かりがね〉が揺らいだ。太田が叫ぶ。


「船長、何らかのフォースフィールドに取り込まれました!」

『君たちが仕掛けようとしている罠は未知数だ。それじゃこちらは不利なだけだ。そこで、こちらもゲームの駒を用意させて頂くよ』


§


 ピンインは宇宙港にある自分の航宙船〈木天蓼またたび酒〉から〈渡会わたらい雁金かりがね〉をレーダー追跡していた。必ず阿於芽あおめがちょっかいを掛けてくると確信していたし、彼の計算の範疇には自分が入っていない、という賭けもあった。

 案の定、謎の降下艇が〈渡会わたらい雁金かりがね〉に接近すると、何らかの方法で遠隔的に曳航し始めた。


「ほほぅ、空中ガールハントですか。でも手荒な真似を淑女になさるとは、無粋なお年寄りですねえ」


 そういいながら遮蔽クローキング装置を始動すると、〈木天蓼またたび酒〉を浮上させて、2隻のインターセプトコースを設定した。


「さて、女性を取り合って雄猫同士で戦いましょうか!」

『ピンインさん、手荒な真似は避けてくださいね』


 いきなり羽賀参事官からの茶々が入る。


「いきなり通信を送るとかできればご遠慮いただきたいのですけど……」

『まるさんからも突っ込みを頂きました。あの子に罪があるというより、責任は私にあります。出来る限り傷つけずに連れ帰ってくださいますか? 私もいろいろと画策致しますので』

「難しい注文をさらりとしてこられますね。まるさんから聞いていた通りのお方の様だ。絶対の約束はできませんよ?」

『分かりました。よろしくお願いします』


 猫用の操縦席は大きさこそ違え、まるが使っているものもピンインが使っているものも大差はない。まる用は人間に近い操作ができる彼女のマニピュレータに負う処もあるが、基本操作は指ではなく、前脚と後脚の4本を駆使する形で行う。クッションに跨る形で乗り、あごをHUD《ヘッドアップディスプレイ》付きの顎当チンレストに置き、ペダルに後脚を、前脚を操作グローブに突っ込んだ形で操作する。グローブに前足を突っ込んで踏ん張ればベルトが装着され、座席がせりあがって腰が覆われ、操縦席に体が固定される仕組みだ。外すとき顎当チンレストの下にあるバーに噛みつけばよい。まる用は操作グローブの中にマニピュレータに接続するソケットが有り、さらに細かい操作を可能としている。

 まあ、はっきり言ってしまえば、クッションに跨って顎をのせた、猫萌えな人が見るとちょっとキュートな姿勢の猫が、航宙船を操縦しているのだ。この設計は勿論特注で、まるの発案である。使う猫は新参者も含めて3匹しかいないのだから。

 ピンインは操縦席に座ると、スラスターを始動した。


「さて、青い目をした黒猫おにんぎょさん、優しい大和のまるさん解放はなして、なかよくあそんでやっとくれ」


 どこで覚えたのか、遙かな昔の「青い目の人形」という童謡をもじって歌いながら、ピンインは木天蓼酒航宙船を操り、阿於芽あおめとまるの元に向かった。


§


「さて」


 羽賀参事官は屋敷の地下にある無事な施設に居た。実際のところはそこが屋敷の本体らしく、全ての機能はそこに集約されている。彼は関係者のすべての挙動を把握していた。


阿於芽あおめは〈渡会わたらい雁金かりがね〉を拘束しましたか。まあ、あの方達だったら心配しなくてもよさそうではありますが」

「ピンイン君は直接救出に向かうわけではなさそうですね。さて、どう出るのでしょう」


 そういいつつ、自分は自分で準備を進めていた。


「ふむ、私の出番はもうちょっと先になりそうですね。ではピンイン君のお手並み拝見としましょうか」


§


「船長、どうします?」


 ラファエル副長は淡々と聞いた。こういう時の彼は状況の理不尽に対して怒りが限界に達している。阿於芽あおめの理不尽さや、裏で起きていることの不可解さに対してはイライラが限界を突き抜けている。こうなったら何をするかは、まるにも分からない。


「さあねえ。私達にはこの船しかないし、なるようにしかならないわよね」


 まるは軽くうそぶいた。


「それは嘘ですよね」


 ラファエルは詰め寄った。


「……わかったわ。〈川根焙じ・改〉と〈八女やめ白折しらおれ・改〉を出しましょう。搭乗人員の選定は任せるわ」

「了解です。船長」


 〈川根焙じ〉は〈コピ・ルアック〉搭載の老朽降下艇だった。もう廃船直前の状態ではあったが、まるが昔から使っていることもあり、なかなか捨てられずにいたため、「武装貨物船競争」前に改装が決まって、資金が有れば即改装となっていたのだった。そして、昨日までの数日の間に生まれ変わって帰ってきていたのだった。

 そして、2隻は今、其々よりはるかに小さく見える〈渡会わたらい雁金かりがね〉に搭載されていた。ラファエル副長は〈川根焙じ・改〉に自身とボーテ砲術長、〈八女やめ白折しらおれ・改〉に加藤航宙士補と秋風技術部長を割り当てた。他の人員は〈渡会わたらい雁金かりがね〉に必要だったり、航宙戦術はからきしなので待機だったりであった。


「いま〈渡会わたらい雁金かりがね〉は阿於芽あおめにフォースフィールドで拿捕されていますが、搭載艇を外に出せるのでしょうか?」

「無理。どっちにしろこの捕縛を解く方法を考えないと手も足も出せないわね。でも、何とかなりそうよ?」


 まるが目玉をきらりと光らせてスクリーンを示した。


「こちら航宙船〈木天蓼またたび酒〉のピンイン。まる船長、遅れてすみません」

「お待ちしておりました、ナイト様♪」

「ナイトなんて格好いいものじゃないですよ。せいぜい騎兵隊の一騎って処でしょうか」

「じゃ騎兵さん、このフォースフィールドを何とか解除して頂けるかしら?」

「やってみましょう!」


 <木天蓼またたび酒>は遮蔽クローキングを解除してその姿を現すと、阿於芽あおめ降下艇ドロップシップに向かっていった。


§


「新手が出てきた?面倒臭いなぁ」


 阿於芽あおめは干渉してきているピンインの航宙船〈木天蓼またたび酒〉を発見して、妨害用のフォースフィールドを発生させようとした。

 しかし、正反対のフィールドをぶつけられ、いち早く無効化されてしまった。


「おや、やるね」


 すると、電波的な干渉手段を、電子系統をすべてOFFにして遮断しているはずの彼の所に通信が入った。


『やあ、すまないね。君は僕の事を覚えているかい?』


 阿於芽あおめは、流石に相手の正体を、合成音声からだけでは特定はできなかった。

 それより気になることが有った。


<どこから通信を送ってきているのか……>


 音波干渉に対する防備も固めてあるから、まるに阿於芽あおめ自身が使った方法も適用できないはずだ。ナノデバイスに対する防御もしてあるから、何らかの方法でナノマシンを侵入させた可能性も除外できた。


『どこから通信を送って来たか気にしているのかい? 子供が工作で作るレベルのものだよ』


 言われて阿於芽あおめは船外カメラを確認した。


「い、糸電話?」

『お、いい所を突いてるね。でもあれだと線がたわんだら通信できないから、中空のチューブを張り付けてみました』


 ピンインはまず、阿於芽あおめの船体に音響干渉をして失敗した。

 その際、阿於芽あおめの船の音波干渉防御が船殻の構造ではなく、フォースフィールドによるものだという事を看破し、フィールドを解析して、ピンイン側から逆位相の先鋭化したフォースフィールドをぶつけて無効にし、そこに特殊な素材で出来た強靭なチューブをつないだのだった。

 一旦物理的に接続してしまえば、超大音量のスピーカーで音を流せば、船殻からでも音を伝えられるし、船殻からの音をセンサーで拡大すれば傍受も出来るという、割と原始的な方法だった。でも、正直言って子供はこんなものを工作で作ったりはしない。そんな事をやる「子供」はピンイン自身位なものだ。

 それでも阿於芽あおめのプライドに傷をつけるには十分だった。


「原始的な手段を使って防壁を突破だとか、こちらを小馬鹿にしたつもりかい?」


 棘のある言葉で阿於芽あおめが皮肉る。


「いえいえ、とんでもない。お年寄りに若者からの一撃をお見舞いして見たくなっただけの話です」


 一方のピンインがのらくらと受け流したので、阿於芽あおめは更に怒りが増した。


「あいにく僕は君の事は覚えていないが、ロクでもない餓鬼だという事は分かったよ」


 ピンインは話しながら、まるたちの船をけん引しているフォースフィールドの発生源を探した。阿於芽あおめの船自体から発しているのかと思ったが、どうも違うらしい。


<どこから出している……>


 まるたちの船に出されているフォースフィールドは、どこか特定の場所から出している形跡を見つけることが出来なかった。船自身を見ても、目立ったものはない。まるでどこからともなくフィールドが発生しているようにも見える。まるで目には見えない何かがいるようだ。


「あ、そうか」


 ピンインははっと気が付いて、フォースフィールドを拡大視認した。


<こういう方法か……>


 阿於芽あおめへの音声をいったん切って、まるに連絡を入れた。


「まる船長、分かりましたよ。恐らくそのフォースフィールドは、船殻に大量のナノマシンが取りついて発生させているんだと思います」


 ピンインからの通信を受けて、まるが応える。


『オスどおしで仲良くじゃれ合ってドッグファイトならぬキャットファイトやってるから、こちらの事を忘れてるかと思ったわ』

「なんですかそれ――」

『それで、フォースフィールドは解除できそう?』

「フォースフィールドを発生しているナノマシンは、内側からの抵抗を想定してフィールド外部に居ますね。一度其方の船をまる焦げにしても大丈夫ですか?」

『良いんじゃない?どうせ降下艇ドロップシップなんだから、耐熱装備は万全よ』

「それでは遠慮なく、焼き加減はレアで」


 そういうと、ピンインは〈渡会わたらい雁金かりがね〉に粒子ビーム砲の照準をセットし、広角掃射した。〈渡会わたらい雁金かりがね〉は一瞬炎に包まれたが、それは覆っていたナノマシンが燃える炎だった。


『よしやったわ。搭載艇2隻発進!』


 まるの通信が入ると同時に、〈渡会わたらい雁金かりがね〉の側面の空間が裂けると、そこから搭載艇2隻が発進した。

 この時点では、まるたちの攻撃のターンが始まったかに見えた。


§


 阿於芽あおめの感想は素直だった。


「うわっ、気持ち悪いっ。あの小さな船にあんなの積んでたのか」

『そうなんだよねえ、気持ち悪いんだよあの船』


 そういえばこの船の音はピンインにも筒抜けだった。


「君ちょっとうるさいよ。面倒だから接続は切らせてもらうからね」


 そういうと、阿於芽あおめはエンジンを急加速した。


『おお、チューブが伸びる伸びる。この素材の強度と引き伸ばしがどれくらい効くかを知るいいチャンスだね』


 そういいながら、既に数キロの長さにチューブは伸びていたが、一向に切れる気配はなかった。


「一体これは何で出来ているのかな」

『面白いでしょう、理論値では2万キロメートルくらいまでは伸びるはずだよ』

「それは物質じゃ無理そうだね」

『当たり、これは偽物質フェイクマターという物質の真似をする空間の一種でね、柔軟性と展性を持っているんだよ』

「敵に解説してどうするんだい。こんなへその緒付けて回るのは御免被りたいな。偽物質フェイクマターなら、空間を歪めちゃえば千切れちゃうね」


 そういって阿於芽あおめが軽く操作すると、チューブの途中の空間がまるでビー玉を覗き込んだような感じになったかと思うと、そこからチューブは切断されてしまった。


「ぺらぺらと喋るからこうやって解除されるんだよ」


 それからさらに操作すると、彼は船を加速させ、大気圏を離脱した。


「多勢に無勢は不利だからね。ちょっと巻き返しをさせてもらうよ」


§


阿於芽あおめの船、大気圏離脱、ワープしました』


 「ふぇりす」がそう告げるとまるは落胆した。


「逃げられちゃった?」

『そのようですね、追撃しましょう』


 ラファエル副長が〈川根焙じ・改〉の操縦席から通信を入れてきた。


「待って、急いては事をし損じるでしょ」

『今追わないと逃げ切られて、取り返しがつかなくなる可能性も進言させて頂きます』

<駄目だわ、彼、まだ頭に血が上っている。いつもが冷静なだけにこういう時は手が付けられないのよね……誰かブレーキを掛けてくれる人はいないかなぁ>


 それが出来る人物からの通信が入ってきた。


『ラファエル副長、ちょっとお待ち頂けますか。阿於芽あおめは何か準備しているようです』

「羽賀参事官? 準備って……」

「船長、巨大艦ワープアウトします!」

「えええええええええ」


 阿於芽あおめ降下艇ドロップシップが向かう先に巨大な船影が出現した。これには丁度、奥で待機するのに飽きて、ブリッジに顔をのぞかせた神楽が仰天した。


「なにあれ。スケール感がおかしいわ」


 神楽の一言に反応して「ふぇりす」が解説する。


『全長50キロメートル。楔形の特徴的なフォルム、クラインの壺状のナセル機関』


 まるはこの船に見覚えが有った。


「……連合戦艦〈UTSFエンタープライズ〉何でここに……」

『僕が拿捕して掌握したのさ』


 〈UTSFエンタープライズ〉からの通信が入った。そこには阿於芽あおめの姿が有った。


『さすがにこの船だと、羽賀さんの敏腕ハッカー氏もおいそれとはクラックできないようだね。僕も掌握まで2日ほど掛かったよ』

「わざわざ連合まで行って拿捕してきたというの?!」

『? この船はこの星系に潜んでいたよ。何をしようとしていたかは分からないけどね』

<〈連合通商圏〉のアホ軍部ども、何考えてるのよ……お蔭でややこしくなっちゃったじゃない>


 「ふぇりす」が淡々と事実を報告する。


『船長、惑星近傍への巨大艦〈UTSFエンタープライズ〉のワープアウトにより、重力震が発生しています』

「ああもう、なんでこんな馬鹿みたいにでかい船作るのよ」

「案外これが目的だったり」


 太田航宙士がボソッと言った。


「それ、はた迷惑すぎるでしょ」

「全くです」

<でもこれ、どーすんのよ……前回黙らせたのだって、クラックされてオーバースペック出した〈コピ・ルアック〉が居たから何とかなっただけで、今の私達には手も足も……>

「船長、拙いです。ラファエル副長が」


 無謀にも、ラファエル副長は超巨大艦に攻撃を仕掛けている。だが、様子が何となくおかしい。


「相手にもされていませんね……」


 確かに、撃たれても一顧だにしていない。だが、それは変だ。


「〈川根焙じ・改〉の装備って何だっけ」

「新開発の小型の重核子砲です。全然効かないですね……」

「効かないわね。おかしいわ」


 重核子砲は少なくとも地球人類圏の武器では、次元転移砲に次ぐ威力を持つものだ。幾ら小型とはいえ、無視出来るとは信じがたい。


「こちら〈渡会わたらい雁金かりがね〉のまる。あれどう思う?」


 まるはピンインに連絡を入れた。


『こちら〈木天蓼またたび酒〉のピンイン。でかいですね。でも多分、彼一匹で全体を掌握するのは無理でしょう。話からして、おそらく乗員も中に残ったままでしょうし』

「そうよね。こちらの重核子砲も無視しちゃってるし、偉い自信よねえ?」

『……ほほう。重核子砲を無視ですか。凄いなあ』


 おそらく、ピンインもまると同じ結論に達していた。


「乗員の件にしても、拿捕した後、乗員を降ろす場所とか時間があったとは思えないものねえ」

『人質を乗せたままですか、凄いなあ』

「どうしましょう、人質とられている状態で、重核子砲も効かないとか。なんとか攻撃できる?」

『まあ、ちょっと面倒臭いけど、やってやれなくは無さそうですよ』


 通信波暗号化も何もせずにあけっぴろげにやっていた。もちろん阿於芽あおめに聞かせるためだ。案の定話に乗ってきた。


『そんな小さな船、4隻いても、何ができるというんだい?』

「小さな猫一匹がその船を掌握したんでしょ?大きさは関係ないわ」


 そこに、羽賀参事官が割って入った。


阿於芽あおめ。話を聞いてもらえないか』

『羽賀さんか。いまさら何を言っても無駄だよ』

『貴方に辛い思いをさせたのは申し訳ありません。ただ言葉で繕おうとかも思っていません』

『どうするつもりなんだい?技術的な方法では僕に勝てないでしょ』

『こちら〈渡会わたらい雁金かりがね〉搭載頭脳の「ふぇりす」です。お話し中ですが、間もなく惑星〈種子島〉に重力震が到着します。人的被害は回避困難です』

阿於芽あおめ!貴方、まだ人は傷つけではいないんでしょ?! これを放置したらすべてが台無しよ!」


 まるが通信で叫ぶ。


『全部、全部羽賀さんが悪いんだよ!』

「そんなの後で顔面を十字引っ掻きでもなんでもしてやればいいじゃない!」

『もう遅いよ!』


 その刹那。


阿於芽あおめ!』


 新たなもう一つの声がした。その声にまるは聞き覚えが有った。そして、阿於芽あおめと発言が被った。


「土岐さん!」

『土岐さん……!』


§


「重力震反応、突如消えました」

『やっぱり、か』


 まるも確信はなかった。


「どういう事?」


 神楽が不思議そうに尋ねる。まるは自分の分かる限りで解説してみた。


「私も完全には仕組みは分からないけど、全部フェイクだったのよ。あの子は人を傷つけるつもりなんてない。悪ぶっていてもね。ラファエル副長、その付近に小型航宙船がいる筈よ。探査して拿捕して」

『まる。これは一体どうなっているんだ?』


 間の抜けた土岐氏の通信が入る。


「土岐さんも羽賀参事官に呼び出されていたんですよね」

『ああ、ちょっと出遅れてしまったがね。先程羽賀君から連絡が入って、阿於芽あおめの事を聞かされたよ』

阿於芽あおめ、聞いてるでしょ」

『羽賀さん、何で土岐さんまで巻き込むんだよ。卑怯じゃないか……』

「何が卑怯よ、この身体は大人で頭脳は子供の迷惑猫が」

『おいおい、まる。何もそこまで言わなくても……』

「土岐さんも阿於芽あおめを甘やかし過ぎです。ずっと借りてきた猫に接する感じだったんじゃないですか?」

『……すまん……』


 何だか稼ぎ頭の長女が、父親と出来の悪い弟を叱りつけているような構図になっている。阿於芽あおめの通信からはすすり泣きの声が聞こえる。それでまるは余計にヒートアップしていた。まるが爆発する直前に、ラファエルから通信が入ってこなかったら、どうなっていた事か。


『船長、航宙船を見つけました』

「なんなの?」

「多分、『事象のプロジェクター』みたいなもの。かな? 阿於芽あおめくん、説明してくれるかしら?」

『だいたい合ってる……』

「自分の言葉で言わんかっ!」

『……ぐすっ……空間に、物理現象を投影する装置……スキャニング出来るものなら再現できるし、それが引き起こす物理現象まで投影できる。もちろん全部投影だから、投影装置を切れば存在は消えるよ……』


 土岐氏もまるをなだめにかかる。


『まあ、誰も傷ついていないんだから』

「あのね土岐さん、猫は悪さをしたら、その場で叱らないとダメなのよ」

『お、おう。阿於芽あおめ、もう悪さをしたらダメだぞ』


 通信の向こうで号泣する阿於芽あおめの声がした。ピンインが茶化す。


『あーあ、泣かせちゃった。悪いお姉さんだ』

「私の方が年下ですっ」


 羽賀参事官がそこに突っ込む。


『まる船長、後からの資料のお話ししましたよね。阿於芽あおめは20年、凍結処理していました。まる船長が人工冬眠と相対論的効果でスキップしたのは15年。船長の方が、実時間は長く生きていますよ』

「つまりあれね。私には知らない間に出来の悪い弟が出来ていた、という。そういう事?」

『そうですね。とにかく、今夜は会食の予定でしたよね』


 そうだ。バタバタしていたのだが、今は上陸休暇の午後。予定では今晩、羽賀参事官との会食が予定に入っていたのだ。


「え、ええ。〈らせんの目〉太陽系の惑星〈星京〉のリストランテに予約が入ったままのはず」

『じゃ、この後のお話はそこで。土岐さんとピンイン、それから阿於芽あおめもご一緒に』


§


 場所は変わって、〈らせんの目〉太陽系、〈大和通商圏〉首都星の惑星〈星京〉。その夜側にある〈トキオ・EXA〉にあるリストランテでの晩餐会。

 会食は和やかに行われた。阿於芽あおめは終始、かしこまったままで過ごし、彼にはまるやピンインと同じ、猫用のメニューが供された。


「ねえまる、貴女は人型プローブでの参加予定じゃなかったの?」

「だって、殿方二人が来るじゃない。面倒臭い人型プローブに入るくらいなら、この姿で良いかなって。メニューの方も都合付けて貰えたし」

「まあ、好き好きだけどね」


「それで、阿於芽あおめの処遇は?」


 土岐氏が心配そうに羽賀参事官に尋ねた。


「ああ、それなのですけど。此処は、彼の暴走を抑え込める保護者についてもらう事にしましょう」

「私には、あの子の世話は難しいです。手元に居てくれると嬉しいというのはありますが……」

「猫の事は猫にお任せしましょう。そのための会食でもありましたし」


 まるはきょとんとしていた。


「お願いしますね」

「ちょちょちょちょちょっと待って、うちの船で預かるの?」

「まるさんでも良いのですけど。それでは彼を呼んだ意味が無いですよね」


 まるが振り返ると、何だか面倒くさいことになったなーという顔をしたピンインがいた。


「ああ、はいはい。お話はうかがっておりました。という事で、阿於芽あおめさん、私の研究所に来る気はありますか? 貴方の知的好奇心を満たすには十分すぎる設備が有りますよ。私も異星人との混合で知性化される例というのはすごく興味が有りますし」

阿於芽あおめさん、ピンインさんの所に行って頂けるなら、今回の件は不問としますよ」


 まるはふと気になった。


「ピンイン、『私の』って、研究所は政府の物よね?」

「買い取りましたよ。今は私の私物です。小さいですけど、私の研究所も国家級組織として認められました。ピンイン研究所の所長のピンインです。以後宜しく」

「はぁ……もうどうでもいいわ」


 呆れるまるをよそに、土岐氏は阿於芽あおめに最後の確認をした。


「で、どうするね」

「行く……行きます。僕に居場所が出来るのなら」


 かくして、黒猫は遙か年下のヤマネコの舎弟となった。


§


 数日後、オーバーホールが終わり、〈コピ・ルアック〉が帰ってきた。船員たちも続々と帰ってきて、再びにぎやかな船内が帰ってきた。


「んー、日常が帰ってきた気がするわ」


 伸びをするまるをにこやかに見ていたラファエル副長だったが、通信を受けて顔色を蒼くした。


「船長、大変です」

「どうしたの?」

「アレクシアさんからの連絡ですが、食糧プラントが全部ダメになっているそうです。食糧倉庫もオーバーホール直後で空っぽです。どうしましょう」


 どうやら、珈琲豆コピ・ルアックの日常に穏やかな日は続かないようだ。

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航宙船長「まる」 吉村ことり @urdcat

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