第45話 六発の弾丸
KADOKAWA特別棟の屋上は寒かった。
なにしろ上半身裸な上に、夜だ。
東京でも夜はしっかりと寒い。それに今までゲームの中で過ごしてきたんだ。暑さも寒さもシステムで管理されていたため、ここまで急激な温度変化は久々なんだ。
「あいにくと、六発しか持ってきていないんだ」
ジロー先輩はゆっくりと弾を入れ替える。
「バケモノ用の弾丸はな」
彼は俺から離れると、ホルスターに再び銃をしまう。
決闘の誘いだ。
俺はゆっくりと歩き、二〇メートルほどの距離を置く。
そのまま殴り合っても良かったが、そこはジロー先輩の誘いに乗っておく。
この決闘も、取材の一環だ。
卑怯な手を使ってブチ壊しては、面白くない。
「ジロー先輩。もし俺を殺したら、その後はどうするんですか?」
「そうだな――しばらく休むか」
「書かないんですか?」
「おいおい、小狡い手を使ってプロットを集めたのは俺だぞ? 集めたプロットを俺がどうしたと思ってるんだ」
ナミオカさんに横流ししたプロットもあるだろう。
しかしそのほとんどは彼が自分で書いて出版した。
いくつもの出版社、いくつものレーベルから――
だから彼は人気ラノベ作家なのだ。
「弟子達には本当に感謝している。西部劇ものしか書けなかった俺が、ここまで世界を広げる事ができた。アニメにもなった。憧れの声優と会うこともできた」
「そこまで売れちゃうと、止められねーか」
「……ああ。悪い事をしている自覚はあったが、止められなかった。その点においては感謝している――無論、それとこれとは別だが」
「わーってますよ」
俺はジロー先輩に向き直る。
バケモノ用の弾丸って言ってたな。
おそらく撃たれたらドラゴンの皮膚でも貫通するんだろうな。
銃で撃たれるのなんて、担当との打ち合わせの時だけだと思ってたぜ。
「単純な勝負だ。俺の弾丸が早いか、お前の拳が早いか――」
そんなの弾丸に決まってんだろ。
だが――六発撃ちきる前に俺の拳が届けば、あるいは。
「っ!!」
すでに撃たれていた。
見えなかった。
ホルスターに手が伸びた動作が、まるでコマ送りのようだった。
ファニングで放たれた一発目の弾丸は、俺の左肩に命中する。
「あああああああああああっ!」
走った。
ドラゴンの脚力で、屋上の床がわずかにへこむ。
二発目の弾丸が俺の胴にめり込んだ。
「ごぁっ……!」
痛い。
ナミオカさんにゲーム内で刺された時よりずっと痛い。
おそらく弾丸が内部で破裂してやがる。
「うおおおおおおおおおっ!」
ジロー先輩まで、あと五メートルほど。
肥大化した俺の身体なら、あと三歩進めば手が届く。
だが――三発目、四発目と立て続けに撃たれた。
もちろん避ける努力はしている。
だがジロー先輩の早撃ちは反応できない。
さすが西部劇モノの第一人者。ミリタリーやファンタジーを書いていても、結局はそのスタイルが一番ってことだ。
「がぁ………………っ!」
あと、一歩。
だが――
「終わりだ」
俺の眼前に突きつけられる拳銃。
ジロー先輩を見る。
彼は、笑っても怒ってもいなかった。
黒眼鏡の向こうには、虚無があった。
何の感情もなく、ただ引金を――
「
突如、横から飛来した人魂のようなものがジロー先輩の銃を弾き飛ばした。
暴発した銃から放たれた弾丸が、屋上のフェンスに当たる。
「なっ……!?」
俺もジロー先輩も驚いて横を見る。
そこには寝間着姿のJKと、ナイフを構えているアミューさんがいた。
「センセー! 助けに来たよ!」
「あ、危ないところだった……
JKが召喚したのは、無数の機械の腕。
それが俺の身体にまとわりついたかと思うと、ジェルのような粘性の液体を塗りたくっていく。すると痛みがどんどん消えていった。
「ジロー! センセーを殺そうとするなら、私が殺すヨ!」
強い口調で警告するアミューさん。
「これは決闘だ。他人が入るのはマナー違反だぜ」
冷静に告げるジロー先輩。
しかし、それに対してアミューさんはこう返す。
「私は、センセーのモノだから! センセーの武器で、盾で、鎧で、目だヨ! だから他人じゃないヨ!」
「なっ……」
ジロー先輩は絶句するが、それよりも俺が驚いた。
馬鹿なこと言うなよ。
アミューさんを盾にするわけないだろうが。
ものの喩えである事は分かっているけど――
「あたしもそうだよ。あたしはせんせーのために戦える」
「お前達――」
「あたしだけじゃないよ」
周囲を見るJK。
そこには、さらに数人の作家が臨戦態勢で構えていた。
アルチュール、ヌルハチ、アバラヤマ、ロックさん、タムラさん――
ゲーム内で世話になった人が、みんなここに集結していた。
「ジロー先生。せんせーがやった事は、こういう事だよ」
「……なるほど。一理ある」
JKの言葉に、ジロー先輩は銃を下ろした。
これは作家としての戦い。
いや――POKというクソゲーの中での戦いがまだ続いていたんだ。
「そうだな。俺は――お前のその偉業に腹を立てたんだ。多くの作家を目覚めさせ、火をつけ、再び立ち上がらせた――その火に負けたんだった」
「ジロー先輩……」
「対して、俺は全てを失った。もはや、俺にはお前のような味方はいない」
肩を落とし、ジロー先輩は自分の銃を見つめる。
「作家として、小説家として、俺はお前に負けたわけじゃない。俺の方が面白い小説を書けるし、売れる」
「……ええ、そうでしょうね」
「だが――お前達がどうなのかは、俺も分からない」
「俺にも分かりません」
それは火がついた作家次第だ。
未来がどうなるかは、誰にも分からない。
「――俺の、負けだ」
ジロー先輩は持っていた銃を持ち上げる。
そして――それを自分のこめかみにあてた。
「……先輩っ!!」
引金が引かれる。
破裂音と、小さな硝煙。
その向こうで――ジロー先輩は生きていた。
銃を持ったジロー先輩の腕を掴む、若い作家と共に。
「先生…………もう一度……やり直しましょう……」
なんだよ。
ひとりじゃねーじゃん。
まだアンタを慕っている弟子がいるじゃねーか。
「まったく……お節介ばかりだ……!」
ジロー先輩はその場に膝をつく。
そして泣きながらしがみつく弟子の肩に、そっと手を置いた。
もう、俺など見ていない。
「ハッ……情けねぇな、俺」
俺は血の混じったため息をつく。
こんなに多くの人に助けられて。
最終的にジロー先輩を救ったのも、弟子だ。
自分では何ひとつやっていない。
「なんで勝ったのにヘコんでんの、せんせー」
召喚獣で俺を治療しながら、JKが尋ねる。
「あー……俺は、主人公にゃなれねーな、って思ってな」
傷も負わず、チート能力で敵を倒し、ヒロインにはモテモテ、心にもダメージを負わず、頭もキレて冷静な――
そういう奴になりたかったなぁ。
「せんせーが主人公になんて、なる必要ないじゃん」
「そうか?」
「せんせーは、主人公を書く側でしょ」
それもそうか。
ラノベ作家だもんな、俺達。
醜くあがくのも許される――か。
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