第44話 義務
「いってぇな何すんだよっ!」
飛び起きた俺は、頭に撃たれた銃弾をつまんでみせる。
下手すりゃ頭蓋骨にヒビが入っていたところだ。
「な……!?」
目を擦るヒマもない。
驚いているジロー先輩――カウボーイのような格好をしているが、これはいつもの事だ。あの人はいつも西部劇のようなスタイルで生きている。もともと西部劇モノで人気を博した作家だからな。
その弾丸は正確無比。
今も俺の脳天をブチ抜くはずだった。
「なせ起きた……? いや、それよりも何故撃たれて平気なんだ……?」
「起こしてもらったんだよ、アミューさんに」
いきなり連絡があった時はびっくりした。
KADOKAWAの特別棟に銃を持ったジロー先輩が入ってきたと聞かされた時は、このゲームをモニタリングしていた全ての編集者が標的を察知したらしい。
編集者も作家とは長い付き合いになると、行動パターンが読める。
ジロー先輩がこういう時、誰を殺そうとするのかすぐに分かったらしい。
「GMか! 確かにGMならログアウトの権限を持っているが……だが、なぜ生きているんだ? 確かに当たっただろう」
「当たったよ。すっげぇ痛かった」
俺は額の傷口に触れる。
少し穴が開いて、血が流れている。
傷の周囲から、ウロコの感触がする。
銃くらいでは傷ひとつつかなかった、竜のウロコだ。
「まさか、お前――ドラゴン……!?」
「ドラゴン人間だよ。別にラノベ業界じゃ普通の事だろ?」
「……そうか、お前、以前の取材でドラゴンの血を飲んだそうじゃないか」
「ああ。だけどすぐに元に戻っちまった」
本来ならば、呪いと褐色娘に詳しい作家の先輩に治してもらう予定だった。
しかしなぜか自然と元通りになっていた。
そのあたりの記憶は曖昧だ。
「俺も殺す相手の事くらい調べる。不思議な現象で、ドラゴン化は収まったと聞いた。医学的にも完全に普通の人間に戻ったと。だから銃で殺せると思ったのに――」
「その種明かしは簡単さ。俺はこのゲームに参加する時、イヤな予感がしたんだ。どうせKADOKAWAが作るゲームの事だ、何か罠があるんだろうってな。だから俺も入念に支度をしたのさ」
「まさか――お前」
「そのまさかさ」
俺は自分の鎖骨に触れる。
「もう一度飲んだんだよ、ドラゴンの血を!」
異世界に再び赴き、ドラゴンの山まで土産を持っていったのだ。
東京銘菓だけでなく、東京の地酒を持っていったのが功を奏した。
人間が口にする程度の血と引き替えと考えれば、安い取引なのか……?
「そこまでして――お前は!」
「実際、アリマさんがゲームプレイ中に撃たれたからな。KADOKAWAの編集ならそういう事も平気でやると思ったよ。ま、実際に撃ったのはジロー先輩、あんただけど」
「ふん――」
ジロー先輩は薬莢を捨て、新しい弾丸をリロードする。
その間に俺はゆっくりと起き上がり、寝台から降りた。
接続の関係で上半身は裸だが、どうせすぐに破けるから都合がいい。
「なぁ、ジロー先輩。なんでだ? 俺を殺してどうすんだ?」
「……ただの憂さ晴らしだ。お前は俺の生活を乱した。このまま弟子を使って、プロットを供給させる生活がな」
「別に俺はやめさせたつもりはねーぞ。あんたの弟子が自分の意志で、あんたにプロットを捧げたいと思ってるなら、止める義理はねーよ」
「……弟子は全員辞めていった」
それがどういう意味を持つのか、俺は聞かない。
おそらく彼の弟子も、プロットに対してそれなりの対価をもらっていたはずだ。
自分が書いたプロットを師匠に売り、ネームバリューも筆力も上の人に書いてもらう。
それもやり方のひとつだろう。
「ああ、そうか。その弟子達も――火がついちまったんだな」
寝台から降りた俺は、出口に向かって歩く。
「作家としての心の火がついちまった。それはなんでもないきっかけで、ポッとつくものだ。だけど、一度ついたら書き上がるまで消せはしない。たとえ世話になっている師匠でもな」
逆に言えば、その火を持っている者こそが作家なのだ。
それを理解しているからこそ、ジロー先輩も引き留められなかった。
「こいよジロー先輩。ここじゃ他の人に流れ弾が当たるかもしれない」
俺は――ゲームを変えたんじゃない。
あのゲームを体験していたプレイヤーの意識を変えたんだ。
歓迎してくれる人もいれば、スルーした人もいる。
そして、面と向かって反発する人もいて当然だ。
その反発を、俺は受ける義務がある。
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