第39話 変わる世界
気持ちのいい朝だった。
トスターの町は多くのプレイヤー達が歩いており、全員が笑っているか難しい顔をしている。時折、出会ったプレイヤー同士が挨拶をしつつ世間話をしているのを見かけた。
あちこちで物売りが叫んでいる声が聞こえ、ケンカのような罵声も聞こえる。
リアルでもあまり見ない光景だ。
まるで市場のような活気に、俺も面食らう。
ある意味、ファンタジーの町っぽい雰囲気に戻ったという事だ。
「センセー、嬉しそうネ」
俺の隣を歩くアミューさんが、ニコニコしながら尋ねる。
「嬉しいっつーか、楽しいな。それを言うならアミューさんだって」
「だってセンセーと二人で歩くの久しぶりだカラ」
「そうだったっけ」
言われてみれば、どこかへ行く時はJKも一緒だったな。
アミューさんと二人きりってのはあまりない事だ。
あぁ……そうか、そうだよ。
「アミューさん、仕事はいいのか?」
「これもお仕事だヨ。会社に楯突く不穏分子を監視してるんだヨ。いざとなったら、捕まえちゃうカラ」
「そりゃ怖いな」
優しい顔の監視者を恐れつつ、俺はアミューさんに微笑む。
このまま二人でずっと散歩していたいなぁ……。
「このゲームが終わったら、またどこか二人で行こうぜ。こっちの世界で案内したい場所、いっぱいあるからさ」
「ウン!」
腕にしがみつくアミューさん。
この貴重な時間を大切にしたいが、今はやる事がある。
「これでも仕事中だからな。デートはもっとマシな場所でな」
「JK抜きでネ!」
「なんだJKが邪魔なのか?」
「時と場合によるネ! 今はいなくて嬉しいヨ!」
なるほど、正直な人だ。
まぁ、俺もJKのおかげで間をもたせる事ができるヘタレなわけだが。
俺達はトスターの町の中央広場を抜けると、市場に出る。
NPCがアイテムを売っている場所だが、プレイヤーが物を売るスペースもある。売買専用の掲示板もあれば、直接やり取りをする者もいる。
「さー、見ていきな! 新作が入荷してるよ!」
紙束を持ったプレイヤーが大声で叫んでいる。
「ダルト帝国の古参作家が書いた、SFのプロットだ! 今なら誰も手をつけてないぞ!」
彼が売っているのは、プロット。
その彼に近づく若いプレイヤー。
「悪い、新作を見せてくれないか?」
「はいよ! どのジャンルがいい!?」
「ジャンルはどれでもいいけど、残酷な話が書きたいんだ。エログロ全開のプロットはないか?」
「それならこのへんはどうだい?」
「ふむ……あっ、これいいな。作者と連絡取りたい」
「あいよ、毎度あり!」
どうやら取引が成立したようだ。
プロットと作者の連絡先を得たプレイヤーは、喜んで歩き出す。
彼の目的地は、ちょうど俺達が行こうとしていた場所と同じようだ。
市場を抜け、また大通りに出る。
そして、この町で一番大きな酒場に入った。
「あっ、せんせー! アミューさん! おはよ!」
酒場のテーブル席では、JKが朝食を食べながら雑談していた。
相手はアルチュールと、もうひとりの女性作家。
先ほどプロットを買った作家は、別のテーブルにいる作家とコンタクトをとったようだ。
「おはようございます、先生、アミューさん」
「おはようJK、アルチュールさん。それから……タムラさん」
「おはよ〜! 元気だった〜?」
いつも笑顔のタムラさん。
彼女は俺の先輩作家で、同じレーベルで書いていた。
そのホワホワした優しい雰囲気は、話す者全てを彼女の時空に引き込んでしまう。人物も作風も不思議な魅力があり、俺を始めとする男性作家は彼女に逆らえない。
そんな妖精のようなタムラさん、JKと何を話していたのか。
「あのね〜、今、この子と一緒にプロット書いてたの。若い子っていいわね〜、アイデアがどんどん出てきて。私も負けてられないわね〜」
「い、いえ、そんな……タムラさんこそ天才ですよ。あたしのプロットの悪いところ、バンバン見抜いてくるし……でも、おかげで今までにないものが書けそう!」
「あと、アルチュールちゃんの絵もすごく助かるの。イメージをすぐに絵にしてくれるから、キャラが作りやすくて。次の作品のイラスト、彼女に頼もうかしら〜?」
「あ、ありがとうございます。タムラ様のキャラクターはとても動かしやすくて、生きている感じがするので描きやすいのです」
互いに褒め合う三人。
仲が良さそうで何よりだ。
「でも、すごいわね〜。この複数人でプロットを作るって呼びかけ、あなたから始めたんでしょ〜? 私、このゲームを始めてからケーキの味が気に入らなくて、ずっとケーキを作ってるだけだったもの。新しい事を始められる人って、すごいなぁ〜」
「そんな事ないですよ、タムラさん。新しいものはみんな持ってたんです」
「みんな持ってた……?」
「自分の中では使い古したアイデアでも、誰かにとっては新鮮なものになる。ひとりじゃ分からない事も、みんなで考えれば答えが出るもんです」
その過程で新しいものが生まれる事もある。
誰かのアイデアは、誰かにとってのアイデア。
互いに助け合う。
それが俺が出した売れるための作戦だ。
「あの……先生。ずっと疑問だったのですが」
「なんだアルチュールさん」
「誰かのプロットやアイデアを使うというのは、その、ナミオカ様がやっていた事と同じなのではないですか?」
「ああ、本質的には同じだよ」
俺は答える。
「ただし――自分の意志で選べる。これが大きな違いなんだ」
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