第38話 一方その頃

 KADOKAWA第三本社ビル。

 富士見ファンタジア文庫編集部――


「それで、ナミオカのゲームはどうなっているんだい?」


 編集長の机から飛んでくる声。

 多くの編集者が肩を震わせるが、編集長の問いに答えられる者はいない。

 別に編集長に逆らっているわけではなく、作業中だったり、打ち合わせに出ていたり、不慮の事故で死んだりしているかだ。


「お前達――」


 しびれを切らした編集長がもう一度尋ねようとした時だった。


「姐さん」


 編集部のドアを開き、アリマが姿を見せた。

 松葉杖をついて腹にはサラシを巻いているが、凶悪な表情は健在だ。

 彼はゆっくりと編集長の机に近づくと、息も絶え絶えに報告する。


「ナミオカの姐さんのゲームですが――ちょっと問題が起きてます」

「あんた、その傷はどうしたんだい? 誰に撃たれた?」


 容態を見てすぐに銃創だと分かる編集長。

 そんな彼女に対して、アリマは苦笑する。


「ナミオカの姐さんに、ちょっとね。ま、この程度じゃ死にませんよ。こちとら現場で叩き上げの編集だ。実戦経験が違いまさぁ」

「あんたのタフさは良く知ってるよ。それで、ナミオカはどうしてるんだい」

「へぇ、それがですね……」


 アリマは頭を掻いて、ばつの悪そうな顔をする。


「ナミオカの姐さん、もともとあのゲームを作家の牧場にするつもりだったんスよ。書かない作家にムリヤリ書かせて、それでも書けない作家にはプロットだけ出させて」

「で、そのプロットを名のある作家に回してたんだっけか? まったく、せこい真似するもんだよ。数字が出てりゃ問題ないんだけど」

「そのやり方が気に入らねぇってんで、作家の一部が――」

「ああ、聞いてるよ。いつものアイツだろ? ったく、人の言う事を聞かないねぇ、作家って生き物は」

「あ、ご存じでしたか」

「アタシが知りたいのは、その先さ。ナミオカはどうしてるんだって聞いてんだ」

「……すっげぇ荒れてます」


 そう語るアリマの顔は、少し晴れ晴れとしていた。

 ざまぁみろ、といった感情を隠そうともしない。


「たまに銃声聞こえてきません? あれ、全部ナミオカの姐さんですよ。ムカつくけど怒りの向けどころがねぇってんで」

「何にそんなにムカついてるんだい? あの作家に一泡吹かされたのかい」

「ええ、それなんですが――」


 アリマは編集長の耳に顔を近づける。


                *


 POKと名付けられたMMOの世界。

 プレイヤーのスキルによって自由に建物を作れるが、それでもゲーム側が用意した家屋は山ほどある。それを根城にするプレイヤーも少なくない。

 トスターの町から離れた場所にある森の中に、その一軒家は存在していた。

 もとは盗賊のアジトだったが、全て殲滅した。

 閑静な森の中で執筆作業ができる、とても条件の良い家だったが――


「抜けたい?」


 ジローは組んでいた足を解き、身を乗り出して向かいのソファに座る部下を見る。


「……すいません、ジロー先生」

「どうしてだ? 俺の弟子のままでいれば、給金も出る。創作の手伝いもできる。何が不満だと言うんだ」

「…………」


 弟子は俯き、何も言わない。

 今日、これで四人目だ。

 ジローの弟子を辞めたいと言い出した部下は。


「やはり“町”へ行くのか」

「……はい」

「そうか」


 もうジローは何も言わない。

 言えない。

 今まで“授業”と称して彼らに書かせたプロットを編集に横流ししていたツケが回ったのかもしれない。

 もちろん編集に流したプロットに関して、相応の謝礼は支払った。そしてジロー自身もそのプロットを使い、ラノベを書き、印税の一部を弟子に支払っている。

多くのレーベルで出版しているジローは、もはや全ての話を考えるヒマがない。

 能力の問題ではなく、時間の問題なのだ。

 だから弟子のアイデアをピックアップし、共同で書いてきた。

 それで――弟子達も得をすると思っていた。


「あいつらが……この世界に来てから、全てが狂った」


 いや、そうではない。

 最初から歪んでいたのだ。

 歪んでいた歯車に正しい歯車を合わせようとすれば、噛み合わないのは当然。


「……先生?」

「いや、なんでもない。好きにしろ。お前がやりたいようにやるといい」

「……ありがとうございます」

「元気でな」


 そう呟いて、ジローは拳銃を弟子の眉間に向けた。

 躊躇わずに発砲する。

 捨て身の先制攻撃のスキルによって、弟子のHPは一瞬でゼロになる。

 現実世界なら死ぬだろうが、ここはゲームだ。すぐに復活する。

 復活地点は町の神殿。つまり町まで送り届けた事になる。


「このくらいの憂さ晴らしはさせてくれよ」


 銃口から立ち上る硝煙を吹くと、ジローはソファに深く座りこんだ。

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