第36話 復活

 考えてみれば、死ぬのは久しぶりだ。

 正確には死ぬような目に遭うのが久々なんだ。

 生身の身体にデカい剣を突き刺したり、河童に足を引かれて溺死しかけた事もあった。

 それに比べたらゲームでの死なんて、本当にゲーム感覚だ。


「んっ……!」


 目覚めると、トスターの町の小さな神殿に寝ていた。

 神殿の周囲には石のベッドがいくつも立ち並んでおり、死者はそこで復活する。

 現実と同じように、同座標にキャラが存在できないこのMMOでは復活地点も広い場所を取らないとダメなのか。


「あ、いました。先生、おはようございます」


 俺の復活地点から少し離れたところで、アルチュールがいた。

 彼女は一般的なプレイヤーとは違うので、目立つ。

金髪碧眼の美少女異世界人が、膨らんだスカートや装甲などを身に纏っていれば、美人すぎてNPCに思われても仕方がないと思うんだ。


「おう、アルチュールさん。おはよう。他のみんなは?」

「皆さん、復活して酒場に集合しています。あと蘇っていないのは先生だけでした」

「そっか。待たせたな」


 俺は立ち上がり、メニュー画面を開く。

 レベル、アイテム、スキルなど、特に変わった所はない。

 ゲームの責任者であるナミオカさんの事だから、きっと俺の自由を奪うような真似をしてくるかと思ったが――それすら必要ないって事か。

 舐めやがって。


「んじゃ、行こうぜ」

「あの……先生。大丈夫なんですか?」

「ん、何が?」

「あの、ナミオカ様という方――編集者なのでしょう? 逆らっても平気なのですか? しかもこのゲームの最高責任者って」

「平気平気。あの女は人間を“金になるかどうか”で判断するから。まだ俺には利用価値があるって事だろ。ま、半分遊びなんだろうけどな」

「そこまで分かっているのに……」

「結局、条件をクリアしないとこのクソゲーから出られないんだ。何をやろうが、俺達はナミオカさんの手のひらの上で踊るだけさ」


 このゲームはナミオカさんがプロットを搾取し、他の作家に渡すための場所だった。

 彼女が“書かせたい”ように書かせる、牧場のようなもの。

 俺達は家畜同然ってわけだ。


「先生、なんだか楽しそうですね」

「そう見えるか?」

「はい。何かお考えがあるのですか?」

「ちょっとな」


 あの女の鼻っ柱をたたき折ってやりたい――そう思ったらアイデアが湧いてきた。

 家畜のような作家に何ができるか、教えてやろうじゃないか。


「なんだかアルチュールさんには悪い事をしたな。ラノベ業界の汚い部分を見せちまって」

「いえ、それはどの業界でもある事です。イラストレーターでも、騎士でも」

「そりゃそうか。どんな職種でも、イイ奴もいれば悪い奴もいる。有能な奴もいれば無能な奴もいるか」

「それで言うと、ナミオカ様は――」

「有能な悪い奴だ。だからこそKADOKAWAの編集しながらゲーム部門の開発も兼任できるんだ」


 本当にタチが悪い。

 金を稼ぐ事にかけては、あの女は優秀すぎる。

 小悪党の手口を自分なりにアレンジして、絶対に反抗できない場で実行する。


「アルチュールさん。それでもアンタ、ラノベの挿絵を描きたいのかい?」


 俺は尋ねる。

 彼女がこの世界に絶望してしまったのなら、その半分は俺の責任だ。


「いいえ。私はラノベが好きですし、絵を描くのも好きです。いつか――陛下や皆さんの小説に絵をつけてみたい」

「ほう、ヌルハチの」

「お世話になった方です。こちらの世界で右も左も分からない私を導いてくださった。その恩返しがしたいのです」


 その気持ちを恋心だと思うのは、邪推だろうか。

 アルチュールとは会って日が浅いから、本心が気になるところではある。

 それにヌルハチがこんな美人に好かれるのは、正直ハラが立つ。


「一応言っとくけど、ヌルハチは結婚してるからな」

「ええ、それも存じております。奥方とは毎晩メールしているようです。そのたびにため息をついておりました」

「会えなくて寂しいのか、メールの文面に絶望してるのか、気になる所だな……」


 そんな事を話しながら、俺達は町の酒場に辿り着く。

 相変わらず辛気くさい場所だ。テーブルに紙を広げて唸っている作家やマンガ家ばかり。

 そんな酒場の隅っこ、一番大きなテーブルにみんなが集まっていた。


「あ、せんせー! おかえり!」

「復活、オメデトー!」


 いつものように出迎えてくれる、JKとアミューさん。

 彼女達の笑顔を見ると、戻って来たって感じがするわ。


「おかえり~アルチュール。変態の出迎え、ご苦労さん」

「……そろそろ帰ってもいいか?」


 ヌルハチとアバラヤマもそこにいた。

 てっきり自分の国に戻ったのかと思ったが――

 一応、俺が戻ってくるのを待っていてくれたのだろう。律儀な連中だ。


「いや待てアバラヤマ。ちょうど良かった。話したい事があったんだ」


 俺は立ち上がろうとするアバラヤマを制する。


「なんだ貴様、まさかもうナミオカさんに一発ブチかます方法を考えたとでも言うのか? いかんぞそれは。段階を踏め、段階を」

「なんだよ段階って」

「こういう時、一度は挫折をするものだ。自分の無力さに打ちひしがれ、そこをヒロインに慰めてもらい、やる気を出す――それが物語の正しい運び方だろう?」

「挫折なら、何度もしたさ」


 最近のラノベの主人公は、とにかく楽に敵を倒し、良い所のみを見せ続ける。

 挫折はなく、勝ち続け、女にモテる。

 それが今のトレンドだと言われている。


 だけど実際は違う。

最強と言われているラノベの主人公でも、悩んだり苦しんだりする。

 辛い事だって経験するし、どうにもならない状況にも出くわす。

 読者に見えているところでも、見えないところでも。


「けどなアバラヤマ。ラノベの主人公だって、好きで挫折しているわけじゃねーんだ。立ち上がりたいと思ってるし、問題を早く解決したがってる。だからこそ、できるだけ早く立たなきゃいけねーんだよ」

「だが、それでは物語の整合性が」

「整合性の問題じゃねぇ。感情の問題だ。俺が、俺自身が立ち上がりたいんだ」

「貴様……!」


 アバラヤマは眼鏡を指で直すと、俺を睨み付ける。


「という事は、立ち上がる手段を考えついたのだな?」

「――死んでる時に、ちょっとな」


 思いついちまったんだから、しょうがないだろ。

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